■ EXIT
神使 第08話 『特訓1』


ガーゴイル戦の翌日、ダイがアバン流刀殺法「大地斬」を習得する修行を受けている時、ポップはイリナと1対1の模擬戦を行っていたのだ。現在もその最中である。

爆発によって巻き上げられた土砂が降り注ぐ中、
ポップは想定していた以上の展開に現実逃避していた。

 あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
 俺は魔法戦だと思っていたら思ったらいつのまにか蹴り飛ばされていたんだ。
 追撃を避けようと咄嗟に放った上級火炎呪文(メラゾーマ)も逸らされちまった。

 な… 何を言ってるのか わからねーと思うが
 俺も何をされたのかわからなかった…
 頭がどうにかなりそうだった…

 賢者だとか武道家だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ
 もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…


模擬戦とは言え、戦いの最中で現実逃避という贅沢な時間は続かない。

イリナから連続して打ち込まれてくる爆裂呪文(イオ)が ポップの周辺に絶え間なく着弾していくと、否応なしに現実へと引き戻された。逃げ出そうにも真空呪文(バギ)による牽制攻撃によって動きが封じ込められていたのだ。

攻撃の中で特に印象的なのが真空呪文(バギ)である。

派手さは無かったが効果は絶大とも言えた。イリナは真空呪文(バギ)を空気断層の操作に重点を置いてポップの行動を大きく抑止していたのだ。しかも断層間に微弱な魔力を流し込んでおり攻撃呪文を反らせる効果すら持たせている。

イリナは高い魔力に溺れず技術の練磨向上を続けており、彼女は破壊限定だった攻撃呪文ですらその枠組みを超える、相手行動と魔法攻撃の抑制を両立させる能力を生み出していたのだ。つまりイリナは自由に攻撃出来るのに対して、ポップは攻撃する自由すら奪われていたに等しいだろう。

また複数の作業を同時に行うマルチタクスという能力を身に着けているイリナにとって飛翔呪文(トベルーラ)を使いながら爆裂呪文を使用すると言う、呪文の同時展開は難しくは無い。

ポップは両手で顔をガードし、イオの嵐が終わるの待つも爆発は止む気配は無かった。嫌な魔力の流れを感じたポップは両腕の隙間から上空を見ると信じがたいものが目に入ってしまう。イリナは空に浮かびつつ、その右手に破壊力が感じられる濃厚な魔法力を集中させていたのだ。

「あれはイオナズンっ、マジカヨ!?」

「ううん、これはイオラ
 ちょっと痛いかもしれないけど、直撃させないから大丈夫!」

「嘘だぁああああああ!」

ポップは迫る光弾を見て絶叫した。
イリナの宣言どおりにイオラは確かにポップには直撃ぜず、離れた場所に着弾する。 しかし、その爆発の余波によって吹き飛ばされたポップは精根尽きて地面に倒れたままになった。

ついつい熱中してしまったイリナは慌ててポップの横に着地し、
そのまま屈み込みと回復呪文をポップに対して唱える。

何故、この様なことになっていたのか?

もちろん、独断で行った模擬戦ではない。

アバンがダイの修行を見ている間、イリナはアバンに対してポップとの模擬戦を介して魔法戦の流れを教えても良いかと提案した事が原因であった。幾つかのやり取りでアバンは大まかなイリナの人なりを理解し、またイリナの魔法練度の高さを知ると良い刺激になると、イリナからの理論的な提案により了承していたのだ。イリナもポップをダイに次ぐ人材として見ていた事も大きい。

またイリナが少々乱暴とも言える特訓を行うのは、
ポップの実戦に於ける心構えや立ち振る舞いを調べる為である。

「ちょ、ちょっとやり過ぎちゃったかな?」

「そ、そう思うなら手加減しろよ……
 普通、訓練で爆裂呪文を連発するかぁ、っ痛てててて…」

「だって手を抜いたら修行にならないし」

不満を隠そうともしないポップに対してイリナは笑顔で答えた。
ニコリと笑顔を浮かべながらイリナの言葉が続く。

「それに大丈夫! 上級蘇生呪文(ザオリク)があるから安全だよ」

「じょ、冗談だよな!?」

「ううん、ザオリクはちゃんと習得しているから安心してね」

ポップが問いかけた言葉は怯えからであったが、イリナはそれを真偽から来る不安と勘違する。鋭い洞察力を有するイリナであったが、どこかしらが抜けているのはご愛敬であろう。

「というか、あれが本当にイオラなのか!?」

ポップが指を指した先には大きなクレーターがあった。
元々あったものではなく、先ほどのイオラでイリナが作り上げたものである。しかし地面に出来あがったクレーターを見れば、イオラではなくイオナズンの爆発跡にしか見えないだろう。

「うん、普通のイオラだよ。
 威力は魔法力とコントロール能力に左右されるからね。
 じゃ、ポップの事も大体わかったから本格的な修行に入ろうか」

「さっきのは本格的じゃないのか!?」

「うん、小手調べ」

あの激しさで小手調べと言いきったイリナにポップは逃げ腰になる。
少しの困難で逃げ腰になるのは、才能に溢れるポップの悪い癖と言えるだろう。逆に言えば、勇気さえ持てばポップは稀代の魔法使いになれる素質をもっているのだ。そんな逸材を前にイリナはついつい熱が入るのも仕方が無いと言えるに違いない。貴重なものを逃さないのは錬金術師にとって重要な素質とも言えるからだ。

イリナの言葉に怖気づいたポップは震えるように言う。

「お、俺はアバン先生のペースで十分だよ」

ポップの言葉を聴いてイリナは思う。 確かにアバンさんは確かに強い、超一流と言っても過言じゃない。でも優しすぎるから、ポップの現状の心構えだと、短時間の間で鍛えるには難しい。もう少し厳しければポップは短期間で大化けしていただろうと見立てた。

賢者とは考え分析する職業でもある。

イリナは短時間であったが先ほどの訓練での実験の結果からポップの人格を把握し、彼に不足しているのが勇気であることを見抜いていた。魔法戦闘を考慮しなければならない魔法使いにも関わらず、直撃させても居ない爆裂呪文(イオ)に対して過剰に怯えていたことが良い証拠であろう。

イリナは改めて口調で話し始める。

「ねぇ、ポップ……
 強くならなければ遅かれ早かれ死ぬことになるよ?」

「オイオイ、縁起でもない!」

「そうかな?
 現にポップの実力からすれば格下だった筈の
 ガーゴイルに魔法を封じ込められたよね。
 もし、あの時がポップ一人だったらどうなっていたかな?」

「うっ……」

「それに、ポップはこれから
 魔王軍と戦わなければならない人生がまってるんだし」

「はぁ!?」

「ポップは気が付いていないのかな?
 貴方は先日、魔王軍の偵察兵を一人殺害してるんだよ。
 つまり魔王軍の侵攻の邪魔をしたのと同意語」

「だ、だがあの偵察隊は全滅させたから魔王軍に情報は漏れてないと思うぜ?」

ポップの自信にイリナは気の毒そうな表情を浮かべつつ言う。

「ポップは離れた場所のものを見る遠見の呪文を忘れてない?
 遠見の呪文じゃなくても、それに近い呪文は占い師、祈祷師、一部の魔族が多用するよ」

「うげぇ…マジかよ…」

「後は悪魔の目玉なども魔力を通じて長距離監視なども行ったりするし、
 呪文で大雑把に偵察し、偵察隊で詳細を調べるような分担作業をとっていたら?」

「だ、だけど、それは推測だろぉ!?」

「うん、仮定の話だよ……
 でもね、遅かれ早かれ、送った斥候が帰ってこなかった時点で
 何かしらの手を打っていると思うな〜
 なにしろ偵察は戦争を行う上で重要な分野だからね」

「そんなぁ〜
 じゃ、じゃあ俺はこれから逃亡生活を送るしかないのか!?」

効果的な修行を行うためには、ポップを必死にさせなければならない。イリナはそれを実現するべく、説得力を持たせた話を続ける。ポップに覚悟を持たせつつも、それを事実だと信じ込ませる内容が必要だったが、悟りを開いた賢者がその気になれば、未成熟な魔法使いを信じ込ませる事はさほど難しい事は無いだろう。

イリナは諭す様な声で話し始める。

「でも、どちらにしても逃げるのは逆効果だろうね」

「何故!?」

「軍隊から逃げ切るのはかなり難しいし、
 それに逃げ切れば逃げ切るほど追手の規模が上がっていくよ?」

「穏便に逃げ切ればいつかは諦めるんじゃ……」

「甘い!
 ポップはガーゴイルに出会って、相手を傷つけずに逃げ切れる?
 血を流さずに無力化するのは、なまじ倒すよりも高い技量が必要になるんだよ」

「うっ………」

「でしょ? 結局は今のポップではガーゴイルを傷つけずに無力化するのは無理。
 だから生き残るには倒すしかないの。
 それに勝てる敵を撃退し、勝てない敵には適切に逃げる魔法使い、
 つまり攻撃力を保持したまま逃げ回るという行動が戦場では一番厄介なの。

 魔王軍からすれば放置できないし、かと言って倒そうにも中途半端な戦力では
 悪戯に傷口を広げてしまう可能性が大きい。
 そのような結果になるとおもう?」

「け、結果って!?」

「答えは明瞭。
 ガーゴイルのようなレベルではなく、簡単には撃退されない強力な刺客…
 上位魔族などのような精鋭を送り込んでくる事かなぁ。
 もし、あのガーゴイルの親類に上級魔族が居れば直ぐにでも来るかも?」

「マジかよ!?」

「親類縁者の件は可能性としては極めて低いけど、
 だけどその年齢でメラゾーマを使った事実からして、
 魔王軍はポップの事を要注意人物として見られる可能性はほぼ間違いないよ?」

推測と事実を入り交えて真実味を高める手腕によってポップは完全にイリナの話術に陥ってた。だが、イリナの例えは必ずしも出まかせではない。敵兵の殺害にはそれなりのリスクが伴うものなのだ。正体が知られれば尚更のことであった。

がっくりと項垂れるポップに対してイリナが慈愛すら感じられてるような口調で優しく問いかける。交渉は心理戦であり、ここからは希望を持たせる場面であった。失意に落ちた直後に照らす希望の光はより一層に輝いて見えるのだ。

イリナはポップのやる気を出させるために策を弄していたが、そこにあるのは純粋な善意と優しさからくる思い遣りだけであった。イリナの思いはポップの才能を惜しむのと同時に、彼が魔王軍と敵対した際に少しでも危険性を減らしたいという気持ちに集約されている。

「大丈夫……ポップに魔法戦のイロハと呪文の使い方をレクチャーしようと思うの。
 その若さでメラゾーマを習得出来たポップには大きな才能がある。
 少しの工夫で生存率は大きく上がるよ!」

「ほ、本当か!?」

「うん。まずは魔力をコントロールの向上だね。
 これが高いほど威力と精度も上がるし、損は無いよ〜」

どれほど高い魔力であってもコントロールが疎かではどうにもならない事をイリナは経験から熟知していた彼女らしい言葉であろう。イリナはポップに対して魔力の効率の良い使い方と、呪文の指向と拡散を調整する内容を伝授していくつもりだったのだ。
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【あとがき】
久しぶりの更新です。
王道的な進みではなく、変則的な進み方もあるかも…
ともあれ、話を早く進めるべくイリナの強さを上向き修正しました。

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年06月21日)
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