神使 第07話 『ガーゴイル戦』
アバンが唱えた破邪呪文(マホカトール)によってデルムリン島が落ち着きを取り戻すと、浜辺の近くにて一同は改めて自己紹介に入った。
「要約すると、アバンさんはレオナ王女に頼まれてダイを勇者として鍛えるために、
このデルムリン島に来たんですね?」
イリナはアバンの自己紹介を要約して確認した。
「イエス!
そう、正義を守り悪を砕く平和の使徒! 勇者、賢者、魔法使い…!!
彼らを育てあげ、超一流の戦士へと導くのが私の仕事なのですッ!!」
アバンは両手に力を入れて力説する。
彼が目に掛けたメガネがキラリと光った。
「は、はあ……」
余りのテンションのよさにブラスは気おされている。
「ゆ、勇者ですか…」
ブラスの言葉にアバンはオーバー気味に頷く。
「で…私の修業を受けますか、魔王を倒すために…
修業は無茶苦茶ハードですがね」
ダイはイリナの方に向く。
最初に師範を受けた相手が身近にいるので即答し辛かったが、
それを察したイリナは優しく微笑んでから頷いた。
イリナはダイを束縛する気はない。
むしろ多くの人々から学んで、より大きく育ってほしかった気持が大きい。
彼女の微笑によってダイの心の中から迷いが無くなった。
「やりますっ!!
レオナがピンチだというなら救いに行かなきゃ!
それに魔王を倒さない限り、じいちゃんたちも平和に暮らせない…!」
ダイの力強い答えにアバンは嬉しそうに頷いてから懐に手を入れる。
「よろしいっ!では…
この契約書にハンコを……あ、サインでもいいですよ?」
それを見たダイとブラスが派手にずっこける。
イリナはその後ろで苦笑いしていた。
少しして上空から接近する何かを感知したイリナは真面目な表情で空を見つめる。
「あれは…」
イリナの声に釣られて4人が空を見上げると、
そこには黒い点が2つ見え、それは徐々に大きくなってきた。
急速に接近している証拠である。
ソレがまだ点である内に接近する相手の正体を察したアバンが言う。
「あれは……ガーゴイルのようですね。
魔王軍の偵察隊でしょうか?」
アバンの呟きにイリナは思う。
(遠見の呪文を使わずに、この距離から判る程に視力が良いのに眼鏡!?)
声には出さないが、イリナの突っ込みはなかなか鋭い。
やがて2匹のガーゴイルはダイ達に気が付く。
「ケケケーッ! 人間だ!! 人間がいたぞ!!」
「殺せ殺せ!! キイイイッ!!」
職務に熱心で模範的な魔王軍の兵士である2匹のガーゴイルは猛速で降下を始める。先頭を飛んでいた勤労意欲が豊富なガーゴイルが、そのまま頭から破邪呪文(マホカトール)による聖なる結界に無防備のままぶつかった。
「グエッ!?」
突然の衝撃によってガーゴイルの口から苦悶のあまり鈍い声が漏れる。
ぶつかったままの態勢で聖なる結界の障壁にそってずり落ちていった。
「うわぁ、あれは痛そう…」
その光景を見たイリナは片手を額に当てて気の毒そうに呟く。
ダイにとってはデルムリン島の偵察にやってきたガーゴイルは憎むべき魔王軍の先兵であったが、
痛々しい姿を見て流石に少しだけ可哀そうに見えた。
「私は破邪の呪文マホカトールを使ってベリーベリー疲れているのです。
ポップ、頼みましたよ?」
アバンはポップに言う。
ポップはアバンの言葉に応じて破邪呪文の結界の外に出ると、挑発がてらに右手に持っていた
先端の宝玉に魔法力をわずかに増幅させる力が付属されている小型の杖であるマジカルブースターを挑発するようにガーゴイルに向ける。
「おい、お前ら! 俺が相手をしてやる!!」
「く、クソッ、この餓鬼があっ! 笑わせんなーっ!!」
ポップの挑発によって障壁衝突により予想外のダメージを受けていた
ガーゴイルの怒りが頂点に達した。自らを愚弄した相手がまだ少年である事が、その怒りに拍車を掛けている。
栄光ある魔王軍の一員として、そのような愚弄は許してはならない。
ガーゴイルは態勢を立て直すと手に持っていたサーベルを構えて、ポップに向かって低空飛行にて正面から突撃した。怒りによって冷静さを失い、正面からの単純な強襲という無防備な姿を晒したガーゴイルに対してポップは必殺の呪文を叩きつけるべく右手を向ける。
「くらえっ!上級火炎呪文(メラゾーマ)!!」
ポップが右手に掲げたマジカルブースターの先端から凄まじい炎が生まれ、
放射熱をまき散らしながら一直線にガーゴイルに向かっていく!
「な、なんじゃと!」
ブラスはまだ少年の身にもかかわらず、
上級火炎呪文(メラゾーマ)を使った事実に驚きの声を上げた。
「なにぃっ」
ポップへと一直線に向かっていたガーゴイルもブラスと同じように驚愕の声を上げる。
しかし、その声はすぐさまメラゾーマの直撃と共に絶叫へと変わり、火だるまになって絶命した。
「貴様ぁっ!!」
「へっ!どんなもんだい!!」
同僚の死に激高したもう片方のガーゴイルが同僚の無念を晴らそうと
敵をとるべく、襲い掛かる。
「クエエエエェッ! 呪文封じ(マホトーン)!!」
「っ…!!」
メラゾーマの直撃によって油断していたポップは、
隙を突かれてマホトーンにかかってしまう。呪文を封じられた魔法使いは無力そのものである。
自らの攻撃手段を封じられて狼狽したポップを見てガーゴイルが言い放つ。
「死ねぇ」
必死に呪文を唱えようとするがポップの口は空しく動くだけで、
力ある言葉を紡ぐことは出来ない。
アバンは詰めの甘い弟子であるポップに対して、
やれやれと首を振りながらマホトーンに掛かった未熟と指摘する。
イリナは助けに入ろうと思ったがアバンを見て思い直す。
(なるほどね…アバンさんが弟子の危機にも関わらずあえて手出しを行わないのは、実戦によって訓練では得られない経験を積ませようとしてるんだなぁ……。それに万が一が起こる前に飛びだせるように準備も怠っていないようだし…大丈夫そうだね)
でも…あの、魔法使い君は無防備だなぁ…格上の敵との戦闘経験が少なすぎるから格下の敵にも後れを取ってしまった。防御力の無い魔法使いは特に、敵からの追撃や反撃に常に備えていないとダメなのに…うーん……魔法使いとしての素質は高そうなのに勿体ないよ)
ともあれ、イリナはじっと見守るアバンの考えを察してギリギリまで手出しを控えることにした。イリナも実戦経験は最大の教訓とも言えるのを良く知っており、訓練では得られない貴重な経験を積む機会を安易に奪いたくはない。
相手の主要攻撃手段を奪い取ったガーゴイルは、ポップに止めを刺そうと剣を振り上げた。そして、剣先が頂点に達するとポップの頭上に向けて振りかざされるが、その剣撃をダイは構えたレオナ王女から譲り受けたパプニカのナイフにて受け止める。
「魔王の手下めぇ…この島から出て行けえっ!!」
ダイの掌底がガーゴイルの鳩尾に入る。
予想以上の打撃にガーゴイルの口から苦悶の声がこぼれたが、ダイの攻撃がそれだけではない。ダイの掌底がガーゴイルの腹にめり込んだと同時に呪文が発動する。
「真空呪文(バギ)」
避けられない超至近距離からの呪文攻撃であった。
掌底によって張りきったガーゴイルの腹の皮膚が真空呪文によって生み出されたカマイタチによって衣服ごと切り裂かれる。
「グ、ギャアアアアアア!!」
その一撃は致命傷ではなかったが、それなりの裂傷によって生じる激しい激痛がガーゴイルを襲う。その隙を付くようにダイが油断することなく追撃を行った。
「ウオオオオオッ!!」
ナイフで切りかかる。
イリナは呪文だけでなく近接戦闘における効果的な魔法戦の仕組みをダイに教えていたのだ。
苦痛によって脂汗を浮かべながらも、何とか追撃を防いだガーゴイルであったが、
その劣勢は隠しようも無かった。
「チッ!!」
状況の不利を悟ったガーゴイルは目の前の人間を殺害する事を諦め、軍本陣に戻ってこの島の危険性を伝えようと翼を使って空に飛び立とうとする。
偵察隊の任務は情報を持ち帰る事なのだ。
しかし、ダイはその瞬間を見逃さなかった。
左手を突き出して呪文を唱える。
「氷結呪文(ヒャド)」
「グワッ!!」
ダイが唱えたヒャドによって、ガーゴイルの肩翼の間接部分が凍らされ飛び立つことは適わなかった。面ではなく点による一点集中により効果を高めている。
退路を絶たれたガーゴイルは生還するのを諦め、目の前の敵を道連れにする事を決意した。ガーゴイルは自らを奮い立たたせるかのように叫びながら攻撃を行う。ナイフからの攻撃は致命傷を除いて放置し、無我夢中でダイに対して剣を振るい始めた。やがて実戦経験の差が出てしまい、ダイのナイフが弾き飛ばされてしまう。
死力を尽くす敵は手強い。
常に戦いの流れを見守っていたアバンとイリナが危険を察して動く。
「ダイ君!!」
「ダイ!」
アバンは名前を叫ぶと同時に腰につけていた剣を鞘から抜いて投げると、
その剣はダイの目の前に突き刺さった。
イリナはアバンの動きに呼応するように補助呪文である集団防御呪文(スクルト)と
集団攻撃力上昇呪文(バイシオン)を同時にダイに掛ける。単体ならばスカラとバイキルトの方が効果的であったが、あの魔法は呪文対象者が近くにいなければならず、離れている相手に掛けるには、これらの呪文しかなかったのだ。
イリナの支援はそこまでにとどまる。
彼女もアバンの考えに賛同し、
可能な限りの実戦経験をダイに積ませようとしていた。
アバンは厳かに言う。
「貸してあげます。由緒正しき名剣ですよ」
ダイはすぐさま剣を浜辺から引き抜くと、
その剣を上段に振りかぶる。
ダイの額に一瞬だけ何かが光った。
「でりゃあああああああっっっ!!!!!!」
怒りの形相を浮かべたガーゴイルに向けてダイが勢いよく剣を振り下ろす。ガーゴイルはその凄まじい速さで振り下ろされる剣に対応できなかったが、その剣速に対してなんら自らの体にダメージの無い状況に余裕を取り戻し始める。
しかし、数秒して自らが置かれた状況を知る事になった。
自らの背後にあった海がその剣圧によって真っ二つに割れており、僅かに遅れるようにして
ガーゴイルの身体もまた、海面と同じように真っ二つに分断されていく。そのままガーゴイルは短い絶叫を上げてから、一つのからだが頭上から股間にかけて二つに分かれて絶命した。
「…や、やった…」
「やったぞーーーっ!!」
魔王軍の偵察兵との戦闘に勝利して、
勝ちどきを上げるダイにデルムリン島に住んでいるモンスターたちが集まっていく。
ブラスやイリナも嬉しそうにその光景を眺めていた。
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【あとがき】
うーむ、バトルロードUに出てくるラリルマとかも出すべきか悩む…
とある理由でイリナは暗黒系が大の得意なので(笑)
(2010年01月06日)
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