神使 第06話 『前兆』
運、不運はナイフのようなものだ。
その刃をにぎるか、柄をにぎるかで、
われわれを傷つけたり、役に立ったりする。
ジェームズ・ラッセル・ローウェル
イリナはダイとレオナと面識をもち、定期的な交流を約束していた。
レオナに関しては交流を持つ事を約束させられていたが、優しい世界の実現に国家元首とのコネクションは不可欠であったのと、イリナ自身もレオナの活発でお転婆だが広い視野を持ちつつも気高さを失わない、人なりを気に入った事もあって快諾している。
イリナは約束を守って、
ルーラを使って商人として何度かパプニカ王国を訪問していた。
約束を守りつつ、商売を行う無駄の無さである。
そして、ダイに関しては修行と課題を与えるためにイリナの空いた時間を使って
デルムリン島へと訪問し、メラ、ギラ、ヒャド、バギ、ホイミに加えて不安定であったが初等魔法剣まで習得させていたのだ。
また、ヒャドとホイミはダイの育ての親である鬼面道士ブラスから習ったものである。ブラスにとって、真剣に魔法鍛錬に励みだしたダイとの生活は、とても充実した日々と言えるだろう。
今日は3週間ぶりにイリナが来訪すると約束した日。
穏やかな怪物たちがひっそりと住まうデルムリン島。
しかし、この平和だった島に明らかな異変が起きていた。
「ブラスじいちゃーん! 大変だぁっ!!
みんなが……!!」
ダイが大声を上げながら、大岩をくりぬいたような家の中に駆け込んできた。
金色に輝くゴメちゃんも続く。
「じいちゃん!!」
室内に入ると、ブラスが歯を食いしばりながら苦しそうにうずくまっていた。
近くにはイリナからブラスに渡されたドラゴンの杖が転がっている。
「じっ…、じいちゃん! しっかりしろよ!」
「…ダ、ダイ!?」
ダイの呼び声で正気を取り戻したブラスが言う。
「うううっ、何かドス黒い血が体を駆けまわっとるようじゃ…!
気を抜いたら大暴れしてしまいそうで…ぐぅ…!!」
「島のやつらも変なんだ、みんな急に暴れだして…
一体どうしたんだろう!?」
信じられないという表情を浮かべながら、
そう問いかけるダイに、ブラスは荒い息の下でこう告げた。
「考えられることはただ一つ。
魔王が………、復活したのじゃ!!」
ブラスはそう言うと、急いでダイを外に連れ出す。
向かった先は、小さな船着場を兼ねた入り江である。
ダイをこの島から逃がすためであった。
しかし、入り江に到着すると、ダイは島からの脱出を頑なに拒み始める。
「早く島から出るんじゃ、ダイ!!」
「嫌だっ!」
「ダイッ!何を言っとるんじゃ!?」
ダイにとっては、、この島が故郷であり家であった。そして家族でもあるブラスを見捨てて逃げ出す事などは出来ない。モンスターの大群が迫ってきてもダイの意見は変わらなかった。
「ブラスじいちゃんや皆を置いて逃げるなんて出来ない!
そんなの勇者じゃないよ!!」
「その通り! 偉いよダイ」
そう言うと、突如としてイリナが現れる。
ルーラにて島に来たイリナは直ぐに異変を察知すると、
リリルーラにてダイの下まで飛んできたのだ。
イリナは、ブラスに状態異常を防ぐエルフの守りを渡すと、
すぐさまに次の行動に移った。
素早く印を組んで、魔法力の効果を高めるスキルを発動させる。
「魔力覚醒っ! 上級睡眠呪文(ラリホーマ)」
魔力覚醒とは、魔法版の攻撃力上昇呪文(バイキルト)である。唯一の欠点は他者に施せない事だけであったが、魔力覚醒を行った状態ならば初等火炎呪文(メラ)が上級火炎呪文(メラゾーマ)に匹敵する威力に跳ね上がるのだ。
ダイ達に向かってきたモンスターたちは抵抗すら出来ずに
一匹残らず深い眠りへと落ちていく。
イリナはダイが凶暴化したとはいえ友達を殺さない形で無力化したのだ。
彼女の優しさと配慮であった。
「お見事!」
背後からの声に反応するようにイリナが振り返ると、
メガネを掛けた一人の紳士と頭に巻いたバンダナがトレードマークの少年が立っていた。
称賛の声は、このメガネを掛けた紳士からである。
二人の背後にある入り江には1隻の2.3人が定員と思われる小型船が停泊していた。イリナが上級睡眠呪文(ラリホーマ)を使用している間に小舟にて上陸を果たしていたようだ。
バンダナを巻いた少年の前に立つ紳士を見てイリナは分析した。
(達振る舞いは明るく気軽そうだけど…一切の隙が無い
それにかなり出来る人、でも気配から悪意は全くない…)
イリナが紳士に尋ねる。
「先ほどからの視線は貴方ですね?」
「おや、気付いていましたか。
申し遅れました。私、こういう者でございます」
アバンは懐から過剰なリアクションを取りながら、
大きな名刺のようなものを取り出す。
その巻物のような名刺には”勇者の育成ならお任せ! この道15年のベテラン アバン・デ・ジュニアール三世、魔法使い、僧侶も一人前に育てます。私に連絡くださいドゾヨロシク”と書かれていた。
あえて誤字が書かれている。
「「「はあっ!?」」」
イリナ、ダイ、ブラスの声が見事に重なる。
その余りに妙な内容に、三人が端的に感情を表現した。
「アバン・デ・ジニュアールV世、勇者育成業…
ま、平たく言えば家庭教師ですな」
「「「家庭教師ぃ!?」」」
流石のイリナも予想外の展開に驚きを隠せない。
「で、後ろの少年が生徒のポップで…詳しい自己紹介は後にして、
モンスターが自我を失って暴れているようですが…
ダイ君は島を出る必要はありませんよ。まぁ、私に任せて下さい」
アバンはそう言ってから腰に下げていた剣を掴む。
地面に鞘の底を接地にさせてから、新手として出現したモンスターの大群に物凄い速度で突っ込んでいく。
「ああっ、危ない!!」
思わず、ダイが叫ぶ。
「心配すんなって。アバン先生に任せておけば大丈夫だから」
バンダナを額に巻いたポップと言われた少年が軽い調子で言う。
ポップの言葉通り、アバンは立ちふさがるモンスターの大群を歯牙にもかけずに一方的に吹っ飛ばして走り続ける。
「凄い…走りながら剣の鞘底で呪式を描いてるんだね…
波長とパターンからして破邪系だね。
でも凄く大きい…」
イリナはアバンが行おうとしている事を察して、推論を立てて行く。
彼女の知的好奇心が刺激される。
「判るのかっ!?」
ポップが驚いた口調で言う。
目の前の少女が並々ならぬ実力者だと言うことを先ほどの魔法で知っていても、
初見で尊敬する先生の魔法を見破られた事に驚きを隠せない。
「うん、破邪呪文(マホカトール)の呪式は知ってるから。
でも、あのアバンって人…唯者じゃない。
それに…」
「それに?」
イリナの言葉の続きが気になるのかダイが尋ねる。
「あの大呪文をこれだけの規模で、触媒を用いず使えるなんて凄い!」
イリナは自らの推論を確認するべく、占い師等が使う遠見の呪文で上空から見下ろす視点で見ている。だからこそ、アバンが何をしようとしているのか正確に把握していた。規模や洗練さから言って間違い無く破邪呪文に関しては、アバンはイリナの数段上を行っているであろう。それゆえに驚きは大きかったが、そこには嫉妬は無く純粋な賞賛だけであった。
島全体に驚異的な速度で魔法陣を書き終えたアバンは地面に一息つく。
そして、右手に魔力を込めながら地面に振り下ろす。
「邪なる威力よ、退け
むううううぅっ!! 破邪呪文(マホカトール)!!」
島の外縁に書かれた巨大な魔法陣がアバンの声に反応して聖なる光を放つ。
その規模はデルムリン島中を包み込む程である。
光が収まると、先ほどまで互いに争っていたモンスターの瞳に正気が戻り、島は再び静けさを取り戻していった。
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【あとがき】
残念ですが、神使は人気が無いようなので、
ダイやレオナたちとのやり取りをカットして本編へと突入しましたw
質問〜
オリジナル呪文って出さない方が良いでしょうか?
また、イリナは破邪系の魔法はトヘロス等で止まっています。
暗黒系が得意なので(笑)
意見、ご感想を心より、お待ちしております。
(2009年12月21日)
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