神使 第04話 『賢者の決断』
未来は、それに備える人々のものである。
ラルフ・ウォルド・エマソン
バロンが乗りこんでいるキラーマシンは、暗黒呪文ドルクマによって生み出された、薄紫色のスパークを放つ地獄の雷によって構成されている放電球に巻き込まれていた。
対魔法を視野に入れた特別装甲を使用していたキラーマシンであっても金属製の装甲板ゆえに電撃に連なる魔法攻撃は完璧に防げず、ドルクマの威力を少しだけ軽減させた程度で大部分が内部へと浸透して行く。
バロンは必死に己の体内にある魔力を活性化させて魔法抵抗力を高めるも、
一向に威力が軽減する様子は無い。
「うぎゃああああああああああっ!」
バロンのリアクションは大げさなものではなかった。
イリナは習得した各技能によって、魔法力などが大幅に底上げされていた事を珍しく失念していたのだ。彼女の放つ爆裂呪文イオはイオナズン寄りのイオラの威力に匹敵し、イリナの唱える回復呪文ホイミは並みの僧侶が使うベホイミよりも優れていた。
「あっ…大丈夫かなぁ…ちょっと強すぎたかも…えへへ」
ようやくキラーマシンに降りかかっていた魔法の効果が収まる。
魔法が収まってからキラーマシンは1oたりとも動かない。
ダイは悲惨な攻撃に晒されたバロンが可哀そうになった。
「い、イリナって思ったより過激なんだね…」
イリナは自分の顔の前で手を慌ただしく振って不同意を示す。
その仕種が可愛らしい。
「それよりも、ダイ、
レオナという女の子を見ててあげたほうが良いよ?
あんなに慌てるぐらいに大切な人なんでしょ♪」
イリナがそう言うと、ダイは真剣に頷いてレオナの下に走る。
ダイの抱いている感情は純粋な心配であったが、それでもイリナから見て微笑ましいものであった。
近くで事の成り行きを見ていた年老いた鬼面道士があまりの出来ごとに呆然としていたが、我に返ってダイの下に駆け寄って行く。
鬼面道士の傍にいた羽の生えた黄金のスライムも慌てて、
ついて行った。
「ダイ、大丈夫か!?」
「うん、ブラスじいちゃん! ゴメちゃん!」
ダイは、鬼面道士を「ブラスじいちゃん」と呼んだ。
ブラスと言われた年老いた鬼面道士の瞳には闘争の光ではなく、
温和で優しい感じがする光に満ちている。
ブラスはかつては魔王の側近だったが、魔王ハドラーの支配から解放されたのちに人との争いを避けるべく、このデルムリン島に移り住んでいた。怪物でありながらも温和で優しく、船の難破によって漂流してきた赤子をダイと名付けて我が子同然に育てていたのだ。
少し遅れてダイの周りを飛び交う、ゴメちゃんと呼ばれた、金色の身体を持ち、翼を生やしているスライムも嬉しそうにダイに懐いている。ゴメちゃんの表情の可愛らしい表情はイリナから見てもスラリンと匹敵するであろう。
ブラスが言う。
「ダイが上位呪文を使ったのも驚いたが…
あの少女の存在はそれ以上の驚きじゃぞ」
「じっちゃん、どういう事?
イリナがどうかしたの?」
ダイが思わず聞き返す。
「ふむ、あの少女の名はイリナと言うのか…。 良いか、ダイ。 彼女は攻撃呪文と回復呪文を使いこなす賢者なのは間違いないだろう。しかし、異様に高い魔力…いや、魔王と比べても遜色が無い魔力だけでも驚異的なのに、更には未知の魔法すら使っていたのじゃぞ…それに加えて、勇者に対抗するために作られたキラーマシンを簡単にあしらう身体能力の高さじゃ…」
ブラスは解毒呪文キアリーと各種攻撃呪文を簡単に使っていたイリナの姿を逃すことなく見ていたのだった。呪文に関して詳しいブラスならではの評価方法であろう。
「でも、悪い人じゃないよ。
さっきの攻撃は過激だったけど、イリナから暖かいような優しいような感じがする…」
ダイが言う。
ブラスはダイの気持を察して、それ以上の事は言わなかった。
(魔法力の溜めが無しでアレほどの呪文を使えるとは、
しかも、あの魔法力はかつて魔王として君臨していたハドラー殿を上回っているぞ…
だが…確かにダイが言うように悪事を行うような人物でもなさそうじゃ)
ブラスは遠めで見えるイリナの行いを見つめながら結論を付ける。
距離が離れていて良く見えなかったが、ダイやブラスからはイリナが慌ててキラーマシンの中から引っ張り出したバロンに回復呪文を唱えていた。自分で唱えた魔法で与えたダメージを必死になって治療するイリナの行いが、彼女が示した能力に反してちょっととぼけている感じがしてちょっと可笑しかった。ある意味、親しみすら感じられる。
ダイはバロンが無事なのを見て、ホッと安心した。
バロンの処置を終えたイリナと言う少女が、傍に来たのを見てブラスは思う。
純真無垢な雰囲気と安心させるような笑顔から、ブラスは先ほど疑った自分を恥じた。
(ダイのように悪意が全く感じられん…)
聖女のようなイリナにブラスはダイと重ね合わせる。
そんな中、イリナは思案に耽っていたブラスに向かって言う。
「えーと…あなたは?」
イリナは盗賊の特技である相手のあらゆる情報を得る事が出来る「みやぶる」を覚えていたが、敵でない限り初対面の相手に対しては使用を控えている。だからこそ、あえて知る手段が有るにも関わらず、尋ねるという手段を取っていた。
「おぉ…これは失礼。
私はダイの育ての親のブラスと申します。
このたびはダイやレオナ姫を助けて下さり、感謝の言葉もありません」
ブラスが顔を下げ、丁重にお辞儀をしながら言う。この礼は、ブラス自身も魔法使いという職業がら、その上位に位置する賢者と言う職業に対して敬意を払っていた事だけではない。ダイの危険を救ってくれた事も多いに含まれていた。
ブラスは鬼面道士という種族の為に顔と体の境界線は分からなかったが、イリナには気にもならない。家族同然のスラリンも顔と体が同じ場所にあり、鬼面道士と大差はなかった。
イリナもブラスに対して粗相が無いように丁重に対応する。
「私の名前はイリナと言います。
道具屋を営んでいる商人で…はい、これが名刺」
イリナの言葉にダイとブラスが驚く。
攻撃呪文と回復呪文を使いこなす賢者と思わしき人物が商人と名乗ったのだから余計に驚きは大きい。
「何が書いてあるの?」
ダイの言葉に応じるようにブラスが名刺を読み始める。
「雑貨などの御用の際には、
住所はカール王国王都外縁部の大通りの…「天使の翼」にて」
それからしばらくして、事の顛末が明らかとなり、王女レオナに付き添っていた者たちの中で、無事だったメンバーによって、司教テムジンと賢者バロン、テムジン直属として王女謀殺計画に賛同して働いていた7人の部下が捕縛されていった。彼らの保有していた最大兵力であったキラーマシンが敗北した今、徹底抗戦を行う武力と気力を完全に喪失していたのだ。
現行犯に加えて隠しようもない位に大きなキラーマシンと言う物的証拠が彼らの有罪を決定付けるであろう。
イリナは周辺の散歩に出かけると言ってダイたちから離れると、かつて破邪の洞窟にて得ていた合流呪文リリルーラによって、ロビンからの通信呪文による呼びかけに応じるようにロビンの下へと戻っていたのだ。
リリルーラとは、離れた対象人物の元に瞬間移動する秘呪文の一つである。
ロビンの元に戻ったイリナは、少し嬉しそうに話しかける。
「ロビン、確定したのね?」
「ハイ、姫ノ予想通リ、本格的ナ縞状鉄鉱床デス」
「やったぁ♪
ロビン、調査ありがとう。 じゃ、早速…この一体を隠匿するね」
イリナがそう言うと、リュックから魔法触媒用の1本の組み立て式の杖と取りだして組み立てて行く。やや大きめの杖が出来が上がるとイリナはその杖を大地へと突き立てる。全ての準備が整うとイリナは両手で複雑な印を組みながら魔法の詠唱を開始した。
「ガイヤール・ガイヤール・フェール・ヤーフェン・ド・シャルーダン
創造の基に於かれし事象、盟約の言葉により、隔離せよ!
ノウアードスフィア(叡智隠匿圏)」
これはイリナが生み出したオリジナルの隠蔽魔法であり、一定以上の知能を有する存在に対してのみを対象とした認識障害魔法である。見破るには術者と同等かそれ以上の技量で、かつ触媒を使用すれば術者が居なくても効果が持続するという、極めて使い勝手の良い魔法である。
更には、採掘作業に従事する関係者はイリナからの特別な呪式を組み込んだ護符によって例外として扱える、無い抜け目のない利便性を誇っていた。
詠唱を終えるとイリナを起点に不可視なる結界が静かに構築されていく。
「これで良しっと」
爆裂系最大の威力を有するが、それだけに膨大な魔法力を使うイオグランデの6倍にも及ぶ魔法力を消費するノウアードスフィアを唱えたため、イリナは少し疲れたような表情をする。呼吸を整えたイリナはロビンに言う。
「じゃあ、採掘プランD4を宜しくね」
「アイ・マイ・サー」
ロビンはステルススキルを展開してから瞬間移動呪文ルーラを唱えて秘密工廠へと飛びだって行く。ロビンが工廠に戻る理由は、イリナがキラーマシンを再設計して作り上げたRFM-001シリーズ(通称、タイプ・ワン)のEC系(工兵型)で編成された採掘中隊を連れてくるためである。
ロビンを見送ったイリナはステルススキルを発動させてから合流呪文リリルーラを唱えた。
レオナ姫は大事をとって、持ちこんでいた王族用の大型テントにて休息しており、療養中という事情もあって、テント内に立ち入れないダイは自宅の近くで、木剣を握って剣の練習をしていた。
そんな中、イリナが突如として現れる。
「あ、イリナっ! 何時の間に戻ってきたの!?」
突然現れたイリナにダイは驚く。
イリナはダイに対してルラムーン草の粉末を付ける事によって、
リリルーラ用のマーキングを済ませていたのだ。
「今、合流呪文リリルーラで戻ってきたの。
ダイって練習に集中していたから気がつかなかったんだと思うよ」
イリナは好奇心旺盛なダイの言葉に丁寧に応じていく。
ダイに対する立ち位置は少し年上のお姉さんの様な感じであった。
それから会話が進む。
「なるほど!
ブラスさんはダイを魔法使いにしたいけど、
ダイ自身は勇者を目指しているんだ」
「うん」
少年の身でありながらキラーマシンと戦えた事から、
イリナはダイの素質の高さを確信していた。
「ねぇ、イリナ! オレに勇者の素質はあるかな!」
「才能としては問題ないよ。 あとは絶え間ない努力と心次第だね。 もし、ダイが良かったら、時々でよければ私が勇者になれるように私が鍛えて上げようか?」
「えっ!?」
イリナの言葉はダイの予想の斜め上を行く内容であり、
ダイは思わず驚く。
"優しい世界"の実現に向けて力の蓄積を着々と進めているだけあって、イリナは見かけと違ってタカ派であり、力の必要性を誰よりも理解している。
それもその筈、イリナはこの世界に飛ばされる前は女神セレシアの御心に従って、
尋常ならぬ戦いの中に身を投じていたのだ。
人類滅亡を行うべく創世神グランゼニスをバラバラに引き裂いて、神界を作り変えた堕天使エルギオスを阻止したのを矢次に、かつて創世神によって迷宮の奥底に封じられた魔神達の下に赴いて討伐すら行っている。
確かにイリナはこの世界に飛ばされる際に記憶を失いはしたが、魔神、魔王、大魔王、破壊神たちとの神話級と言っても良い数多くの困難な戦いを得て培った、心の底から湧きあがる危機感までは失っていなかった。また、女神セレシアによる人類を見守る願いも深層心理に大きく働いていており、常に大きな力を求めているのも大きい。
そんなイリナが記憶を失っていたとしても、過去に起こった魔王軍による猛威を知るにつれて、
"優しい世界"の実現に向けて、力を集めていくのは当然の結果であろう。
イリナは前途有望な少年を鍛えることによって、"優しい世界"の一翼を担う人物に育てて行こうと考えていたのだ。
それに加えて、ダイに対して弟のような存在を感じたのも小さくは無い要素でもあった。
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【あとがき】
元天使にして女神セレシアのお気に入りであるドラクエ9の"心やさしい主人公"は、冷静に見ると相当な武闘派かもしれない…
【Q & A :名刺っ!?】
16世紀からあったものなので、ドラクエの世界にあっても不思議ではないでしょう。
意見、ご感想を心より、お待ちしております。
(2009年11月18日)
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