■ EXIT
神使 第03話 『賢者の戦い』


人間の行動はすべて次の七つの原因の一ないし、それ以上のものを有す。
機会・本性・強制・習慣・犠牲・情熱・希望が、すなわちこれなり。


アリストテレス





ルーラによってデルムリン島の奥地へと到着したイリナは早速、リュックから機材を取りだして前回の調査で見つけた硅酸質の溶脱層の周辺を重点的に調べ始めた。

万が一に備えてステルススキルは解除しない。
デルムリン島に生息しているモンスターならば簡単にあしらえたが、
無用な衝突を避ける措置である。

これは、不要な殺傷を好まないイリナらしい配慮であろう。

彼女が探しているのは、多量の鉄鉱石と可能ならばミスリル鉱石を探していた。

イリナは念入りに調べていく。
前回の調査で得た情報を頼りに探索を続けて数時間ほどの時間が流れる。

ようやく、ひとつの鉱床を発見した。

イリナは背中に掛けてあった戦斧……グレートアックスを右手で取ると、柄を強化しているフェリュールと呼ばれる貴金を両手でしっかりと握り直した。そして、躊躇うことなく、その鉱床に対してグレートアックスを振りかざして、頂点に達した瞬間に電光石火のように振り下ろす。

「魔神斬りっ!」

凄まじい勢いでグレートアックスの刃先が鉱床に触れると衝撃波が辺りに響く。それから1瞬遅れて衝撃に引っ張られるように粉塵が激しく舞った。

粉塵が治まると、イリナはルーペを取り出してから、屈んで地面を念入りに検分する。

「うん、間違いないよ…これは、珪酸塩鉱物の一種である橄欖石(かんらんせき)が変質したサーペンティン…やや、赤みを帯びてるね……となると、これはケイ酸塩鉱物だから、過去のデータからして付近に粘土鉱物か鉄鉱石の豊富な鉱床である縞状鉄鉱床(しまじょうてっこうしょう)があるはずね」

集中したときの癖で、イリナは独り言を言いながら作業を進めていった。

イリナは詳しく地層を調べるために、
グレートアックスを振りかざして次々と魔神斬りを繰り出していく。

「あっ、縞状鉄鉱床だ!」

岩の下に隠れていた目的の鉱床を見つけたイリナは嬉しそうに声を出した。
縞状鉄鉱床とは、一般に非常に大規模な鉱床を形成している。これ程の手間を掛けて多量の鉄鉱石を場所を探していたのは、イリナが大量の鉄を必要としていたからだ。

「えへへ…これでようやく……
 念願のアレの量産に取り掛かれる。
 リリスと一緒に語り合った"優しい世界"の実現に、また一歩近づいた♪」

理想が近づいたのを喜んだイリナが微笑む。
その笑みには優しさが満ちていた。

もちろんカール王国の王都外側にある道具屋「天使の翼」の面積では大規模な生産などは到底不可能であろう。それもその筈、あの道具屋はリリスの案によって作られたコネクションの構築拠点であり、大規模な生産施設では無かった。

量産を行うのは2年前にカール王国に来る前に二人が拠点としていた、謎の大爆発で滅んだアルキード王国があったギルドメイン大陸南端の半島の一角にて建造してた施設にて行うのだ。確かにアルキード王国は大爆発と共に水没して滅亡したが、それでも辺境地域に関しては残った部分もそれなりに存在している。

そして、その施設とはイリナとリリスが数多くのゴールデンスライムを倒して得ていた数百万ゴールドもの大金と、リリスが生み出した多数のゴーレムを労働力として使って、約3年の年にも及ぶ月日を掛けて作り上げていた秘密工廠である。

また、本格的な量産に備えて、イリナは魔界の奥地にある魔法力を無尽蔵に吸収する黒魔晶という物質を採掘して、呪術によって加工を施して大型魔力炉すら作り上げていた。

イリナはしばらくして微笑み終えると、
懐から魔法の筒を取り出す。

彼女が取り出した魔法の筒とはサイズに関係なく、ひとつの対象物を中に物を入れることのできる小さな筒である。 「デルパ」という掛け声で中身を解放し、先端を対象に向け「イルイル」の掛け声で対象を筒の中に封じ込める事が出来るアイテムであった。

「デルパ」

イリナがそう言うと筒の先から、煙と共に1体の何かが出てくる。
煙に覆い隠されていたが、そのシルエットからも判る、四本の脚、四本の腕に合わせて特徴的な輪郭と光り輝くモノアイから 機械剣士属ファイナルウェポンであろう。

ファイナルウェポンとは魔界の科学者が作った特殊金属装甲に覆われた最後兵器であり、高難易度の宝の地図の最深部を探すときは、それなりの頻度で見かける殺戮機械であった。

煙が晴れる。

確かにファイナルウェポンだった。

しかし、出てきたものは、従来のファイナルウェポンとは明らかに格好が違っている。

本来のファイナルウェポンならば手前の両手には敵を粉砕するべく二つの巨大大鉈を装備している筈だった。しかし、鉈ではなく巨大マトックと巨大スコップに変わっており、後ろの両腕には大型連装ボウガンではなく、機体固定用のアンカーに代わっている。

また、機体各所には「安全第一」や「工事中」などの文字が書かれており、本来あった威圧感が殆どなくなっていた。極めつけが全体の色がメタリック調のシルバー色ではなく、黒と黄色を基調としたシマウマのような縞々模様に変わっている事であろう。

このファイナルウェポンはイリナの知的欲求の結晶のひとつである。

彼女は錬金術のみならず機械工学にも興味を持っており、破壊してきた多くのファイナルウェポンを始めとした多くの機械剣士属の残骸の構造を解析し続けていたのだ。それらの結果、イリナは記憶喪失前には機械剣士属の仕組みを完全に理解するだけでなく、改良さえ行われていた。

この世界に飛ばされてきたイリナが知識を元に知らず知らず作り上げたファイナルウェポンは、対スーパーキラーマシンを睨んだ改良が施されており、全体に使われているミスリル製装甲だけでなく、機体主要部分にはオリハルコン製装甲すら使用されていたのだ。また、スーパーキラーマシンと同じようにギガスラッシュやスーパーレーザーも撃てるようになっている。

性能は申し分なかったが、制作行程の多さと希少素材の多用によって
量産が不可能だったのが欠点であろう。

ここにあるファイナルウェポンは、イリナはその記憶を頼りに再現した機体であった。 今回は突撃兵系ではなく工作兵タイプの装備であり、このような格好だったのだ。 元の機体を超えた、この改良機にイリナが与えた形式番号はRFM-004Sであり、愛称はロビンと言う。

「ロビン、私は他の場所を調べてくるので、ここの採掘をお願いね。
 あと、ここのモンスターは大人しいから大丈夫だと思うけど…
 攻撃を受けても脅威レベルが2未満なら無視するように」

「姫、了解シマシタ。
 滅私報国、頑張リマス」

改良型ファイナルウェポンであるロビンがイリナの問いかけに応じる。
マスターの望みに応じる事こそ、機械剣士属に共通する喜びであり、存在意義であろう。
秘密工廠を警護する他の先行量産型の機械剣士達も同じであった。

そして、簡単な受け答えしか出来なかったファイナルウェポンをここまで話せるようになったのは、リリスが改良を加えた魔力回路による力が大きい。魔力回路に関してはリリスの得意分野であり、イリナは教えを受けている立場であったのだ。

産業用機械として機械剣士属の技術を生かした生産技術が確立されており、ティーチングシステムと言われる命令処理の構築においてもリリスの魔力回路は大きく貢献していた。

「私は姫じゃないって…」

ロビンの言語部分が何処か可笑しいのは、思想原理を入力したリリスの影響であった。
イリナがちょっと疲れたような感じで言うと、ロビンはすぐさま返事をする。

「ハイ、プリンセス」

「そ、それも、同じだって。
 まぁいいや…ロビン、よろしく頼むね」

「アイ・マイ・サー」

イリナは苦笑しつつ、この場をロビンに任せて次の調査に取り掛かる為に、カール王国に移住する前に覚えた飛翔呪文トベルーラを唱えて島全体の観測に入った。

縞状鉄鉱床があると言うことは、デルムリン島は数万年から数億年の過去には海に沈んでいた可能性が高かったのだ。山岳部のみならず、海岸線部分にも豊富な資源が隠れている可能性が高い。

予想通り、いや予想以上に豊富な資源を有するかもしれない、
デルムリン島の現状にイリナの心が高ぶりを感じていた。

地形観測を行うべく島の上空をトベルーラにて飛行を続けていると、
イリナは浜辺にて巻き起こっている騒ぎを発見する。

「あれは…キラーマシン!?
 でも、うちの子じゃないし……誰が運用しているの…
 っ、あれはっ!」

イリナはキラーマシンの傍に少年と、その近くには地面に横たわる少女が居たのを発見した。しかも事もあろうに、キラーマシンは少年に襲い掛かろうとしていたのだ。

キラーマシンを動かしている背後関係を考えるのを中断したイリナは、少年を救うべくトベルーラによる飛行速度を上げて、キラーマシンが居る浜辺へと向かう。
それと同時にステルススキルを解除して、キラーマシンを攻撃するべく魔法詠唱を始めた。

「イオラっ!」

イリナの手から生み出された魔法の破壊光弾は凄まじい速度でキラーマシンへと向かっていく。
大魔法を使わなかったのは詠唱速度の問題もあったが、それよりもキラーマシンの付近にいる少年少女を巻き込まないようにする為であった。














少年の両腕から真空呪文バギクロスが放たれる。
バギクロスはキラーマシンに直撃して、その巨体を吹き飛ばすも目立った損傷は無かった。

「フフフッ バカめ…
 このキラーマシンは勇者を抹殺するために造られたのだぞ!!
 貴様程度の魔力なぞ通用するかあ―っ!!」

少年は挫けず、何度も攻撃を繰り返す。

「フハハハハッ!!バカめ 何度やっても同じことだ!!
 魔法は効かない!剣でもうち破るだけの力も無い!
 どうあがいてもおまえに勝ち目はないのだあっ!!!」

キラーマシンのモノアイ部分をコックピットのように改造を行い、
そこから操作していた賢者バロンが叫ぶ。

彼は、パプニカ王国に仕えていた賢者であったが司教テムジンと共に権力掌握を行うべく、 パプニカ王国の第一王女レオナが儀式の為に怪物が住まうデルムリン島に訪れたのを機会に、自ら持ち込んだ魔のサソリによって王女の抹殺を図ろうとしていたのだ。

王女の死は島に住む怪物の仕業になる筈だった。

しかし、一人の少年の働きによって、魔のサソリによる毒を用いた謀殺に失敗したバロンであったが、 挽回を図るべく彼は旧魔王軍の遺物であるキラーマシンの改修型を、デルムリン島に来る際に乗り込んでいた軍艦の貨物区画へと密かに持ち込んでいたのだった。

ひとつの策に溺れずに、対応策を用意しておくバロンは 動機は不純であったが、多くの知識を扱う賢者に相応しい見事な危機対処能力と言えるであろう。

しかし、バロンにとって想定外の出来事が起こる。
突如飛来したイオラの直撃を受けたのだった。

「ぐはぁああああっ!?」

キラーマシンの巨体が先ほどの少年が放ったバギクロスの時よりも派手に数十メートル先の海岸へと吹き飛ばされる。 キラーマシンの巨体がそのまま海へと突っ込むと同時に、暗黒呪文ドルマが追い討ちとばかりに炸裂して、大きな水しぶきが立った。二つの魔法が有する破壊力を考えれば、普通のキラーマシンならばオーバーキルと言えるであろう。

その数秒後にイリナが少年の近くに着陸した。

「す、スゲー……」

突然、キラーマシンが大爆発と共に吹き飛ばされたのを見て、
額に竜のような紋章を浮かべていた少年が感嘆の声を上げる。

「そこのキミ、大丈夫? 私の名前はイリナ。
 訳あって近くに来ていたところ、貴方達が襲われているのを見て駆けつけたの」

イリナは少年を安心させるように語りかける。

「あ、ありがとう…、オレの名前はダイ。
 そ、そうだ! イリナは魔法が使えるんだよね! キアリーは使えるの!?
 レオナが毒に侵されていて大変なんだ!」

ダイと名乗った少年は倒れている少女に指を指して必死に言う。イリナは事情は判らなかったが、ダイの必死さから時間的な余裕が無いのを悟ったイリナは、すぐさまレオナと言われる少女に駆け寄って解毒呪文キアリーを掛けた。

「これで大丈夫…
 ただ、強い毒だったみたいなので完全な回復まで少し時間が掛かるから」

「よかった…」

ダイは安堵する。
力が抜け切ったように砂浜にへたり込んだ。
自然とダイの額に浮かんでいた紋章も消える。

そんな中、ようやく復活した賢者バロンが操るキラーマシン。

「フフフッ バカめ…
 このキラーマシンは勇者を抹殺するために造られたのだぞ!!
 貴様程度の魔力なぞ通用するかあ―っ!!」

「アイツ…さっきと同じことを言ってる…」

ダイからの何気ない一言でバロンは、
凶悪な計画を目論む悪の賢者から、ただの"可愛そうな人"へと大幅にスケールダウンした。
ダイに続いて、イリナの言葉が続く。

「ねぇダイ。
 もしかして、キラーマシンに乗っているのはお知り合い?」

イリナが気の毒そうに言うと、ダイが「違うよ!」と即座に否定の意思を示した。
その表情は心外だという意思で満ちている。

「良かったぁ…
 回復呪文では彼の頭は治せそうに無かったから、
 友達だったら如何しようっと心配したんだよ」

悪意は無かったが、イリナの言葉はダイの言葉の威力を高める追撃とも言えるような内容であり、バロンを大きく傷つけていたのだ。バロンも若くしてエリート階層に連なる賢者になるだけあって、プライドは人一倍に高い。

「き、貴様らっ!
 この俺を無視するなぁ! ええぇい、俺を馬鹿にした罪だ、お前も死ねぇ!!!」

怒りが頂点に達したバロンはキラーマシンの右手に装備した大剣にてイリナに向かって攻撃を仕掛ける。元は対勇者用の殺戮兵器であったキラーマシンの威力を絶対視していたバロンは、その一撃にて勝負が決まったと思った。

しかし…イリナはいつの間にか抜き放っていた星屑の剣にて、キラーマシンが放った大剣を最小限の動きで簡単に受け止めていたのだ。

「あの呪文攻撃で少ししか壊れなかったなんて…
 外装が特別製なんだね? その他は普通のキラーマシンと同じみたい…
 でも、その操作システムは面白そう」

イリナは攻撃を受けたにもかかわらず、技術的な好奇心を隠そうともしない。

それに対してバロンの心境は穏やかではない。対峙している少女は、見知らぬ魔法を使うばかりでなく、キラーマシンの巨体から放たれた攻撃すら簡単に受け止められた事実にバロンは恐れを感じ始めていた。

「キラーマシンに乗っている人。
 ちょっとだけ、痛くて怖いと思うけど…我慢してね?」

イリナがそう言うと、その可愛らしい唇から暗黒呪文ドルマ系の中位に位置するドルクマの呪文詠唱が流れていくと、それに応じて彼女の周辺に高密度の魔法力が満ちていく。賢者を極めているイリナは呪文に使用する25%もの魔法力を、このように自然界から取り入れることが出来るのだった。

少女の周りで動く、ありえないような魔法力の動きと魔力密度を感じ取ったバロンは少女が行っている魔法詠唱を辞めさせようと次々と攻撃を仕掛けていく。

しかし、その全てが悉く回避されてしまう。

万策尽きたバロンは本能的な危険に従って叫ぶ。

「止めろっ!」

相手に止めろと叫ぶバロンであったが、
身勝手なことに少女に対する攻撃は止めなかった。

「いくよ?」

イリナが親切心から宣言する。

バロンの知らない詠唱内容であったが辺りに満ちる魔法力からして、食らったことが無くとも優しい威力ではない事が賢者の知識から否応なしにわかってしまう。先ほどに増してバロンは大きな声で叫ぶ。その叫びは絶叫と言っても良いであろう。

「まっ、待て! 止めろぉおおおおお」

バロンの操るキラーマシンは、避ける間も無く破滅的な闇の力によって覆われていった。
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【あとがき】
イリナとリリスの二人は、
"優しい世界"の実現に向けて機械兵力の充実に力を入れていますw

純粋だけど世の中の力の必要性を認識しているイリナ
お気楽だけど世の中の裏表に精通している大人なリリス

…並外れた個人武勇に加えて資金力と技術力を有するだけ、ある意味…
この二人は魔王軍より危険かもしれません(笑)

魔王軍と人類軍の戦いの中に、"優しい世界"の実現に向けてキラーマシンの量産型などで構成された機械軍が介入するかも(笑)


【Q & A :ロビンの実力って?】
RFM-004S(改良型ファイナルウェポン)は量産性は劣悪…というか絶無ですが、魔界の奥地にある魔法力を無尽蔵に吸収する黒魔晶という物質を呪術で加工して、作り上げた魔力炉を搭載しているので継戦時間は極めて長いです。

しかし、ハドラーって天才かもしれない。

キラーマシンを作り出し、性格は欠陥だったけどフレイザードも生み出している。
ハドラー親衛騎団に到っては高性能で基本性格も大抵は悪くない。

なにより、フレイザードと親衛騎団は完璧な自我すら所持しているのが凄過ぎる…。
ハドラーの技術だけでなく、大魔王バーンは城を空に浮かばせる技術などを有しているが、魔界の技術は何故にここまで高いのだろうか? これじゃ人類の劣勢は必須だなぁ…

【Q & A :キラーマシンではなく、キラーマシーンでは?】
近年のドラクエの呼び名で統一して、キラーマシンにしました。


意見、ご感想を心より、お待ちしております。

(2009年11月15日)
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