■ EXIT
神使 第02話 『もう一人の仲間』


逆境における仲間は、苦難を軽くする。

トーマス・フラー





イリナが商品の補充し終えると、
昼食を取るのに丁度良い時間帯になっていた。

春の終り頃とはいえ日差し増して、暑さが気になる季節であったが、この道具屋では色々な工夫によって快適に生活できるようになっており、何時の季節に於いても気にはならない。

錬金素材の氷の結晶や、星の欠片、鏡石、ヘパイトスの火種の3種を錬金術によって掛け合わせて作られた太陽の石などを季節に応じて、室内の各所に設置して気温を調整しているのだ。

更に、夜間になれば光の石で光源を確保する徹底振りで、松明やランタンの消費を抑えていた。光の石に頼っているために、火の揺らめきによる安定しない光源という問題は無い。

「さて、忙しくなる前に昼食を取らないとね」

イリナは朝食に何を食べるか考えにふける。
豊かな食事は心も豊かに楽しくするから、イリナは食事にはかなり力を入れているのだ。

「うーん…何を食べようかなぁ…」

悩んでいると、イリナの脳裏に名案が浮かんだ。

「うん、彼女とスラリンの好きなアレにしようっと!
 となると、材料が足りないので2階の貯蔵庫から取ってこないとね」

イリナはメニューを決めると早速、行動に移る。

立ち上がって店のカウンターに離席という看板立ててから、2階に行くために階段を昇っていく。 この道具屋は小さいながらも4階建てであり、2階は貯蔵庫、3階は居住区として使うことが出来るので、さほど大きくは無くても不便は無かったのだ。

2階の貯蔵庫に来ると、並べられている鉄金庫の一つを開く。

「2日前に市場で手に入れた黒豚のウインナー…っと。
 あったあった!」

この季節で、しかも2日前にも関わらず、ウィンナーの新鮮は全く劣化していない。

イリナは、金庫の中に氷の結晶を敷き詰めて低温化によって腐食を防いで食材が傷むのを予防していた。彼女は寒冷地方に住む人々の生活から低温による食料保存方法を突き止めていたのだ。また、念のために毒化を防ぐお手軽なマジックアイテムの一つのる、破毒のリングすらも食材保存用の金庫の中に入れてある。

錬金術とは魔法や呪文に関する知識だけでなく、多岐にわたる分野の知識が必要であり、そこから得た知識を知恵に昇華してイリナは活用していたのだ。古来より錬金術とは叡智の結晶であり、最古の科学実験である。限られた人々しか知らされない分野でもあった。

ウィンナーを確保したイリナは一階へと降りて、工房の隣にある調理場に行く。

イリナの料理は他の人々と違って錬金術の恩恵を受けることが出来る。
錬金術の恩恵の一つとして、薪を燃やす薪焜炉ではなく「太陽の石」を引きつめたイリナが独自開発した熱焜炉が設置してあるのだった。調理の度に火を熾す必要は無く、何時でも利用が出来る熱源は料理の上で大きなアドバンテージであろう。

火で直接炙る必要がある料理では、その時に火を熾せば良いのだ。

「カップ4杯分の水を鍋に入れて…
 沸騰するまでの間に、煮材の準備をしなきゃね」

イリナは楽しそうに煮材として入れる野菜の準備をしていく。

錬金術によって大きく利便性を増している調理場によって、このようにイリナは驚くべき短時間で上質な昼食を作り上げていた。 イリナにとっては、錬金術は武器生産などの軍事利用ではなく、生活を便利にしていく事に使ってこそ、活きると考えている。

沸騰したお湯が入っている鍋に、 キャベツを半分、千切りにしたタマネギ、4等分したジャガイモを2つと、1個のニンジんを等間隔に切りそろえたものを入れて1200秒煮込みつつ、塩、コショウ、ローリエと少量の白ワインで味を付けしていく。ある程度煮込み終えると、黒豚のウィンナーを12本入れて600秒ほど煮込んで、ポトフと言われるおかずの出来上がりだ。

錬金術を行う関係上、時間を知る時計は欠かせない。
各種の時間を計る砂時計だけでなく、イリナはトゥールビヨン機構を取り込んだ長距離航海用のぜんまい動力型機械式の時計すら所有していた。

完成した昼食を皿に盛り付けると、イリナは銀のトレイに乗せて客間へと運んで、
中央のテーブルに綺麗に並べていく。

昼食の内容は、軽く焦げ目をつけたシナモンハニートースト、新鮮なトマトとレタスがたっぷりと盛られたサラダ、そしてメインのポトフである。スープ皿によそわれているポトフに丁度良い量のパセリが掛けられており、見た目もおいしそうだ。

準備が整うと、イリナはスラリンに声を掛ける。

「スラリン、彼女を起こしてきてね」

「ピィー」

イリナがそう言うと、気持よさそうにクッションの上で眠っていたスライムのスラリンが目を覚ました。そして、嬉しそうに声を上げながら階段を跳ねるようにして駆け上がって行く。

スラリンはイリナの役に立つ事が嬉しいのだ。

しばらくして、スラリンと共に眠そうな顔をしていたが、
あぶないビスチェというキワドイ格好をしている女性が降りてきた。

彼女の名前はリリス。

容姿は腰まで流れる漆黒と紺色を交わせたような髪に、異性を虜にするような怪しい光を放つパイロープガーネットのように赤い瞳をしている、絶世の美女と言う言葉がふさわしい容姿である。

リリスは記憶を失ったイリナが最初に目覚めた時に一緒に居たのだ。
それ以後、行動を共にしている。

最初の頃のイリナはリリスの格好に慌てていたが、今では慣れっこだった。
日常という名の慣れは恐ろしい力を持っているかもしれない。

また、リリスがこのように豪快に寝坊していたのは自堕落ではなく、昨日は夜遅くまで錬金素材集めを行っていたのが理由である。このように二人は役割を分担して効率よく道具屋の経営を行っていたのだ。

「おはよう、イリナ」

「おはようございます、リリス。
 昼食の用意が出来ていますよ」

最初の頃、イリナは年上らしいリリスに対して敬称をつけていたが、
他人行儀なのを嫌うリリスの懇願もあって改めていた。

「ありがとイリナ♪
 ん、私とスラリンの好物とは嬉しい限りだわ」

独特なイントネーションでイリナに応じつつリリスが着席すると、
スラリンも嬉しそうにスラリン特製の椅子に座る。

すごくエッチな格好なのに、下品さを感じさせないのはリリスが放つ上品な魅力故であろう。

その日、昼食を食べ終えたイリナ、リリス、スラリンの2人と1匹は
手を取り合って店を切り盛りしていく。

その日の大きな出来事として、特別客の一人であるカール王国騎士ホルキンスが"星降る腕輪"を、その弟が"癒しの腕輪"を購入していった事もあって、その日の夕食は何時もより少し豪華になったのだ。














翌朝、イリナは3階の自室にて何時もより早く目を覚ます。
寝巻き代わりの、ちょっとキワドイ感じがする神秘のビスチェが魅力的だった。

天使のように純情なイリナであったが、
元が真っ白ゆえにリリスに感化されてるのかもしれない。

自室を出たイリナは同じ階にある浴場へと向かう。

神秘のビスチェを脱いで丁重に畳み終えると手短に体を清める。
サッパリしたイリナは綺麗にたたんだ神秘のビスチェを手に持って下着姿のままの自室に戻る。

自室に戻ると鏡の前で一回りして、相変わらずの体付きに溜息をつく。

「ふう………はぁ……
 リリスさんの様な体付きになるのは、何時頃なんだろう?」

イリナは残念がっているが、成熟しきっていない体とはいえ、その白く透き通った肌に包まれたボディラインを見たら多くの男性が感嘆の声を上げるであろう。

ため息を吐いてからイリナは旅に出る準備を始める。

旅と言っても素材集めの旅であった。
イリナとリリスは交替で素材集めに出かけている。

ローテーションとしては、1ヶ月に一度で3〜4日程度の素材集めだった。

当初は二人で出かけていたが、今では世界各所を回り終えており、素材の採掘ポイントも3割程度は把握している。瞬間移動呪文のルーラや、それと同等の効果があるキメラの翼があるので、わざわざ二人で取りに行く必要も無い。各地域の念入りな調査は殆ど行っていなかったが、錬金知識のあるイリナが順次に行っていけば解決する。

そして、採掘地点に最上位モンスターや魔王級の存在が居るとは思えないし、
万が一遭遇した場合もルーラで逃げればよいのだ。

ため息をつき終えたイリナは準備を始める。

イリナは様々な状態異常に強い耐性がある、黒ろ水色と金属の装飾が施されている"絶対のズボン"を両足に通してから、歩く度に魔法力が回復する"イデアのサンダル"を履く。

上半身には死の呪文に耐性があり、
高い防御力を誇る上品な水色基調の"セラフィムのローブ"を羽織った。

指には"イデアのサンダル"と同じように歩く度に魔法力が回復する"女神の指輪"を装備する。
魔法力回復装備を重視するのは、賢者の最大の武器は呪文だったからだ。

そして、両手にはマヌーサや混乱に強い"女王の手袋"を装備し、左手には呪文攻撃によるダメージを軽減する"女神の盾"を装備した。最後に、頭には嫌な呪文に掛かりにくくなる"黄金のティアラ"を被る。

「防具はこれで十分だね…武器はどうしようかな?」

イリナは賢者に転職する前は、戦士やバトルマスターなどの職業も経験しており賢者であっても各種の武器や格闘戦にも精通していたのだ。魔神や魔王との戦の記憶はイリナから抜け落ちているが、その位の力がなければ、魔神、魔王などの強敵が最下層に待ち受けている宝の地図のダンジョンを攻略する事など出来ないであろう。

「……うーん、星屑の剣かなぁ…あと、幾つか持って行こうっと」

星屑の剣とは攻撃した敵の守備力を下げる長剣である。賢者であるイリナが、杖ではなく剣を携帯したのは非友好的なモンスターに遭遇した際に、可能な限り魔法力を温存するためである。

それに攻撃呪文は目立ってしまう。
目立つような呪文を放って、周囲のモンスターを呼び寄せては本末転倒だった。

イリナは左側の腰に星屑の剣を収めた鞘を装着して、その背中にはグレートアックスが掛けられている冒険に必要な道具が収められているリュックを背負う。

このグレートアックスを持って行く理由は露天堀にて鉱物資源が採れる場所を発見した際に、斧技の一つである魔神切りを使って採掘を行う為である。キングメタルですら一撃で葬る魔神切りを鉱物資源採掘に使用している点で何か間違っているが、経済効率は良かった。

「これで準備完了だね」

イリナの装備はパラディンのような重装備ではないが、
対魔法防御に関してはかなりのものであろう。

準備が整った頃にリリスが起きてくる。
スラリンはまだ夢の中に居るようだ。
時折、リリスやイリナの寝床に入ってくるが、今日は自分の寝床で眠っているようだった。

「イリナ、もう行くの?」

「うん」

「今回は主な行き先は前から言っていたデルムリン島の調査かしら?」

「鉱物資源の在庫が少なくなってきたからね。
 採掘量が少ないので新規開拓しないと追いつかないし…
 それに、デルムリン島の地形からして資源量は相当なものだと思うよ?」

錬金術に長けているイリナは科学的見地から、
世界の外れにあるデルムリン島の地形に注目している。

島の中央には現在も活動している火山があり、それだけでも地下資源の存在が期待できそうだった。しかも前回の簡略調査では、島には硅酸質の白色の溶脱層があり、更に土壌からは鉱質土が検出されている。これは、高確率にて鉱物資源がある証拠とも言えよう。

それに加えて、自然も豊かで植物類やキノコ類の採取も期待が出来そうだった。

「なんだか嫌な予感がするわ…本当に一人で大丈夫なの?」

「前回の調査からして大丈夫そうだよ。
 それに、何かあったらすぐにルーラを使うから安心して」

気配を完全に遮断するステルス状態で調査していたので、モンスターに見つかることは無かったが、観測結果から生息している大半のモンスターは大人しい事も判っていた。

「判ったわ」

「じゃ、お留守番お願いします」

「こっちにはスラリンもいるし大丈夫」

リリスも相応の実力者であったが、スラリンのレベルは決して低くは無い。

スラリンはイリナやリリスとの冒険を繰り返してきた結果、スライムの頂に達していたのだ。

そう…スラリンはニフラム、スクルト、ルカナン、リレミト、メダパニ、トラマナ、ザオラルなどの各種呪文に加えて不気味な光、瞑想、灼熱炎を習得しており、並みの用心棒と比べても圧倒的に強いであろう。

時々、健康食材としてリリスから与えられていた、
力の種や素早さの種などの効果もあって侮れない。

事実、二人が留守中に入った泥棒がスラリンに撃退された事もある。
その泥棒はスラリンの手加減もあって、死ぬことは無かったがスライム恐怖症になったらしい。

しかし、スラリンが活躍するような出来事はほとんど起こらないであろう。

成功率ゼロに加えて、恐怖に囚われ震えるような同業者が出るような場所に盗みに行きたいとは思わないし、その位なら普通の防犯体制しか整えられていない大きな商館を狙う。泥棒の多くはスリルと恐怖が欲しいのではなく、金が目当てなのだ。

また、周辺住民がスラリンに対する感情は極めて良好である。

イリナの好意的な態度と聖女のような振る舞いは、子供達やおばさん達から人気がある。そして、リリスの妖艶な振る舞いは男性陣からの人気があった。そのような背景もあって、イリナとリリスが溺愛するスラリンに対して敵意や嫌悪感を持てる人は極めて少数であろう。

スラリン自身も子供達から人気があるのだ。
リリスはイリナから錬金術を習い始めており、その一環としてスラリンの人気に着目し、スライムピアスを作り上げてマスコットアイテムとして商売を始めてすらいた。

「じゃ、行ってくるね」

イリナはリリスに後を任せると屋上へと上がる。

屋上に来たイリナはステルススキルを発動させてから、
ルーラを唱えて他人に知られること無くデルムリン島へと飛びだった。
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【あとがき】
何気にカール騎士団が強化されていますが、気にしないで下さいw
ゴメちゃんを犠牲にしないような結末を目指すためには、ある程度の底上げは必須。

この世界に飛ばしたのを一人じゃなく二人にしたのは、色々なことを出来るようにする為ですw

そういえば、凍てつく波動をミストバーンに撃ったら大変な事になりそうだなぁ(汗)
怒ったバーン様が直接攻撃してきそうw

そして、アバン先生の声はグリーン・ワイアットと同じように田中秀幸さん…
ぬぅぉ…性能が180%増しになりそうw


【Q & A :中世の技術水準で機械式の時計っ!?】
外洋航海する技術があれば作れますし、現実の大航海時代でも簡単な機械時計はありました。
というか……航海黎明期のように砂時計10〜15個を乗せて、測量するなんて外洋航海では恐くてできない…

嵐に遭遇して船が多いに揺れて砂時計の砂が狂えば、座標も狂う(汗)
ダイの大冒険の世界でも、大砲、外洋帆船、火薬、気球、測量技術(地図)があるので、機械式の時計はあるものとして扱います。

ただし、死ぬほど高価ですけどw


【Q & A :スラリンって強すぎません?】
ドラクエXの能力を参考にしています。
Lv99ですが…

オリハルコン獲得の為に、キングメタル狩りに付いていったのが主な原因かもw


【Q & A :イリナはブラス老やダイと会っているの?】
イリナは海岸線ではなく島の内部を調査していました。
そして、調査の際にもステルススキルを使用して調査していたので誰にも見られていません。


意見、ご感想を心より、お待ちしております。

(2009年10月13日)
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