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建国戦記 第09話 『津島会談』


1538年9月30日

太陽が頭上に煌き、昼食時が刻々と近づく頃に信秀は扶桑連邦との会談を行うために飛鳥の中に政秀と四名からなる僅かな護衛と伴って入艦していた。重一を連れてこなかったのは立場上の問題である。嫡子を嫁がせているとはいえ、商人の一人に過ぎない。表立って重宝しすぎると妬みが発生する可能性が高いだろう。そして、30日が選ばれたのは万事に吉とする大安だったのが理由だ。合計6名からなる信秀一行は今村の案内の元、船内に入ると驚きの連続に見舞われる。

「船の中にも関わらず明るいぞ」

昼間であっても太陽の光が届き難い船内は薄暗くなるのが定番だったが、
船内の各所に電灯が設けられている飛鳥では違っていた。

「蝋燭ではない、これは面妖な・・・」

「これは電力を用いて光を出す電気式灯火で、
 略して電灯と申します」

「ふむ、電灯と申すのか」

続いて今村は簡略ながらも仕組みを説明していく。信秀たちの中で誰一人として理解はしていなかったが、凄まじい技術である事が理解できた。高野たちは会談の成否によっては発電機を進呈するつもりだったので、この手の技術は目に見えるようにしておくのだ。

ただし、安易な技術移転は行わない。

これは経済力だけでなく想像以上の技術を有しているようだ。これで武器も優れていたら下手な対応は我らの存続を危うくするだろう。
だが、武力に訴えるのではなく、
会談を申し込んできた事はより良い機会になる可能性が大きいと見るべきだろう。

信秀は未知の技術に目を奪われながらも、素早く頭の中で計算を進めていく。その場に応じた、機敏な心の働かせ方が行える信秀らしい考えであろう。そして、信秀の考えは外れていなかった。扶桑連邦は会談の際に信秀の対応が水準を満たしていたならば全国統一の手助けをするつもりだったからである。

飛鳥の艦内は自衛隊時代から続く迎賓艇と同じように国内外の賓客を招いた式典・会議・会食を行える機能を有していた。その会談は上層1階部分に作られている会議室を用いて行われる。中央のテーブルにお互いが向き合って座る配置だった。椅子としてこの時代の人物にも慣れ親しめる畳床机が置かれている。会議室には信秀と政秀が入り、護衛は入り口で待つ。会議室には高野とさゆりの二人が居た。さゆりの立場は高野の副官であり、妻という立場だ。妻という立場を設定したのは政略結婚の持ちかけを避けるためである。

「始めまして。
 私は扶桑連邦関東総督と極東軍司令を勤める高野栄治と申します。
 本日は会談に応じてもらい、感謝の言葉もありません」

高野とさゆりの格好は第1種礼装を纏っている。高野は信秀へ握手を求めない。握手は明治時代に欧米の習慣として日本に入ってきたので、挨拶の形として、無難なものとして聖徳太子が定めた十七条憲法を元に行う。この時代の武家社会の礼儀で挨拶を行わないのは、お互いの立ち居地が曖昧なままにしたかった事と、信秀を下に扱うのを避けたかったのが理由である。何しろ同格、格下、格上など立場と場所に応じて礼儀が変わる複雑怪奇な礼儀作法で、面倒極まりないものだったからだ。

互いの挨拶を終えて、食事が運び込まれてくる。
食事を運んでくる女給には外国人と思われる容姿の者が含まれていたことにも驚く。

食事の前の酒と汁物、食事は本膳である鯛の焼き物、二膳は鰻、三膳は焼き鳥、四膳は椎茸、五膳は各種の刺身、そして御菓子という合計6膳に分けられていた。手の込んだ料理であり、この時代では貴重品のものも多い。歓迎している証拠でもあった。

食事を介して差し支えのない会話が進む。
これまでの会話で 信秀が理性的な人物と確信した高野が切り出す。


「さて、会談の目的ですが、
 あなた方と通商条約を結びたいと思っています。
 これは我が兄でもある王の意思もあります」

通商条約という言葉を聴きなれない信秀は思わず聞き返した。高野から説明を聞いて疑問がふつふつと沸いて来る。断るのも勿体無いが、同時に疑念も抑えられない。思惑が全く判らぬ状態で安易に応じられない。また、高野の兄は実在しないので映像を介した存在で凌いでいく。実際に必要になったときはアンドロイドとして製造して対応する案になっている。

「失礼ながら目的が見えません」

高野は氏姓制度と己の位を照らし合わせると朝廷に仕える為に必要不可欠とされた氏・姓を有しており、しかも技術的な功績を有していなければなれなかった道師である。起重機や電灯のような優れたものを見せ付けられれば、技術力の高さを疑うような事は出来ない。しかも八色の姓が形式的なものに成り下がる前に取得していたものなので、明らかに名家と言ってよい血筋だと伺えるので、信秀は言葉を選びながら疑問を返した。

「これには天武天皇の勅命に関わりがあります」

「伺いましょう」

高野は勅命の概要を話し始める。国家や天皇家が苦境に陥っていた時に、海を渡ったご先祖の子孫である我々が関東を拠点に統一の道筋を立てる内容を述べていった。政秀は余りの内容に驚き、信秀は軽く片眉を上げる程度に留まっていたが内心は大きく驚く。勅命を守って来た事は聞いていたが、そのような内容だとは想像すらしていなかった。二人の驚きを当然のものとして受け止めた高野であったが、構わずに言葉を続ける。

「しかし、二つの問題が発生しました。
 我々は同じ民族とはいえ国外に本拠地を置いています。
 大々的に統一を行えば海外からの侵略と言われる可能性が出てくるでしょう。
 二つ目は扶桑連邦はイスパニアなどの欧州諸国との戦争に備えたいのです」

「いすぱにあ!?」

一体、何の話をしているのだ・・・
国内の話から海外の話に飛んだぞ!?

「欧州諸国の強国です」

信秀と政秀は予想以上の内容に絶句する。高野が言う欧州諸国との戦争に備えるは方便だった。連邦軍が日本本土に対して大々的に展開できない状況を信じ込ませることで、織田家自身が自らの力で統一を行う様に誘導していく。外の勢力に頼りきっては本当の意味での国家にはならないと危惧していたのだ。史実のような外圧に弱い国にしたくは無かったし、扶桑連邦が直接統治しては自分たちの力で立つこと忘れてしまう危惧があった。そして欧州諸国との武力衝突の必要性は日本本土に近い海外植民地の存在は不都合なのと、有色人種が侮れらないようにするためだ。無論、直ぐにではなく時期を見て力を見せ付ける予定である。

要するに自分たちは直接行えないから、
我らに統一を行えと言うのか?

信秀はこれまでの聞かされた勅命と会話から高野たちが求めている要求を推測した。

「信秀殿は国内で地方政権が群雄割拠し、
 民に多くの不幸をもたらしている現状をどう思うか?」

「良くないものと思っています」

信秀は偽りなく応じる。これは優しさというよりも、統治上の問題からの答えであった。住民が流民となって他領に流れれば税収は下がるし、一向一揆などが発生すれば被害も増す。結果としてに統治な費用も上がってしまう。高野は信秀が経済的な理由を主にしていると見抜いていたが、それでも十分だった。信秀は経済的な余裕が出来れば無用な重税や圧制を行わない証拠でもあったからだ。第一、まともな為政者ならば、特別な事情が無い限り治安が乱れた土地よりも安定した土地を好むだろう。

「我々もそれを憂慮しています。
 だからこそ、織田家には天皇家を象徴とした国家統一をお願いしたい。
 もちろん、いきなりの統一事業に取り掛かることはできません。
 なので尾張統一に必要な支援を行います」

「詳細は此方になります」

さゆりが高野の言葉に続くように一つの書類を取り出す。あまりの急展開に政秀は思考が纏まらず言葉を挟めない。信秀は自分の家の安泰の為に会ったはずが、いきなり国家統一の話に飛躍してきたことで、理解はしたが思考がやや混乱気味になっている。

「もちろんこの場での返答は難しいでしょう。
 来月一杯まではこの場に留まります」

「此方から輸出できる最初の交易品としては、
 差し支えのない範囲として紙、砂糖などを考えており、
 そちらからは陶磁器を輸入します」

信秀は考えが纏まらない状態だったが出された書類に書かれている事は、自分たちにとって大きな利益になると確信した。少なくとも難題であった家の安泰どころか尾張統一の道筋に大きな光が点った瞬間と確信させられたのだ。書類には制圧地域を直轄地とすることで知行による税収減を防ぐ案なども書かれている。しばらく書類に目を通すとその中で気になる項目を発見した。

「この通貨条約とは?」

政秀が放った疑問の言葉に信秀は思う。

通貨条約に書かれている鐚銭との硬貨交換は魅力的だが、室町幕府が行い失敗した精銭令のような事例もあったので安易には頷けない。
より劣悪な鐚銭と交換させられたら不味いな。

「交易の際には通貨が必要になります。
 我々としては鐚銭は望ましくないので、それを減らすための案になります。
 まずは我々が使用している扶桑貨幣をご覧下さい」

扶桑連邦が鋳造し始めた1文銭、5文銭、10文銭、50文銭、100文銭、500文銭、1000文銭を信秀と政秀に見せる。永楽通宝とは比べ物にならない銭がそこにあった。

「おお、これは…」

「なんと精巧に作られている銭なのじゃ」

信秀と政秀は始めて見る硬貨に感嘆の声を上げた。鐚銭どころか質の良い銭すらも足元に及ばぬほどの出来具合だろう。芸術品と言われたほうが納得する質だ。自分たちが使っている永楽通宝が品質を問わず鐚銭に分類されてしまうものにしか見えない。

「2年限定ですが我々と信秀氏の間で、
 永楽銭1貫文と1文銭の交換比率を同じ重さで行いましょう。
 鐚銭であっても重量が釣り合えば構いません」

高野の言葉に信秀は、より粗悪な鐚銭などを民に押し付けた精銭令とは根本的に違う内容に、しかも扶桑貨幣のような良貨と変換する内容に顔に出して驚く。

「失礼ですが、そちらの利点が見当たりませんが?」

信秀の言葉は最もだ。都合の良い話には何らかの裏があるのが世の常だ。特に戦国の世ともなれば慎重さが増すのも当然だった。

当然の疑問にさゆりが口を開く。

「利益は十分にありますよ。
 まず、これらの扶桑硬貨と永楽通宝は材質がほぼ同じなので、
 私たちの加工技術を持ってすれば大量生産が可能です。
 これによって尾張の経済が安定すれば交易を行い易くなりますね」

信秀と政秀は得心が行く。全うな為政者や商人ならば貨幣品質の向上と安定化は望ましい。鐚銭ばかりで通貨が足りない状況は不安定要素にしかならないだろう。経済基盤の強化は自らの勢力拡大に寄与するし、今後の経済活動拡大に於いても必要不可欠だった。扶桑連邦にとっては、より利益が大きい。尾張方面でも質の悪い永楽通宝や鐚銭を回収を進めて再加工を行えば、鐚銭であっても高額通貨と交えていけば通貨価値は更に増す。リスクなしで双方の繋がりが強まる良案と言えるだろう。

「それと我々が希望する領事館の建設場所についてですが、
 蟹江の海岸線付近の過疎地で構いません。
 租借料は扶桑通貨にて支払います」

さゆりが言った。

蟹江の地を選んだのは関東からこの地までに路線を通すための拠点にするつもりだったのだ。今川領と北条領を跨ぐので、扶桑連邦としては状況がこのまま進めば織田家と歩調を合わせながら攻略を進める計画すら立てていた。 この日を境に清洲織田氏に仕える庶流であった織田弾正忠家の惣領に過ぎなかった織田信秀が、主家である清洲織田氏(大和守家)どころか、その主君である尾張守護斯波氏を明確に超えようと動き出すのだった。
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【あとがき】
次からは信長を主眼に置いた話に進んでいきます。信長が如何にして日本帝国を作り上げていくか、破天荒な話になるでしょう(汗)

また、タイトルを改名するかもしれません。

ともあれ、マイペースの更新ですが、来年も宜しくお願いします。

(2018年12月30日)
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