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建国戦記 第02話 『基本方針』


幾度かの休憩を挟んで会議によって基本方針が纏められた。結局のところ高野が周囲の後押しによって、新勢力の代表として動く事になったのだ。新勢力は3本柱からなり、最高意思決定機関、企業、国家の3つを指す。

評議会(最高意思決定機関)は非公開機関であるが全体の戦略を定める機関であり、機密の問題から特定の固有名詞は無い。企業の名称は日本産業複合体あり、新技術の開発、日本圏の営利を目的として経済活動を行うのが目的である。国家の名称は扶桑連邦であり、日本の友好国として存在して日本列島に統一政権の後押しと近代化を推し進めるのを目的としている。 また国家の名称を扶桑連邦にしたのは「扶桑」は日本の異称である事と、「連邦」は各地の自治領を統括し、日本統一と近代化を進めていく政治的共同体意識としての意味合いが強いので、これらを組み合わせて扶桑連邦としていた。

国防軍は連邦軍と改名となる。

3つもの勢力を分散したのは安全対策の意味合いが大きい。

最初は難色を示した高野が新勢力の代表になる事を合意したのは、このまま座視すれば最悪な未来が日本にて繰り返される事を危惧した事が決断の理由である。あの時代における食料危機、資源危機は破滅的であり、先進諸国であっても餓死者が出たほどであった。中国大陸で繰り広げられている地球に遠慮をしない破滅的な環境破壊の余波を受けた日本でも例外ではない。 ただし高野は最初期に於いては評議会議長、国家元首、日本産業複合体理事を兼任するが、国家元首、日本産業複合体理事は相応しい後継者が誕生すれば席を譲るつもりである。

そして、日本の統一政権の礎として期待しているのが、稀代の英雄である織田信長(おだ のぶなが)の父であり、清洲三奉行の一人であり戦国大名の織田信秀(おだ のぶひで)だった。彼はこの時代の戦国大名でありながらも経済の重要性をある程度理解しており、天皇の私的区域である内裏に献金したのは織田信秀と今川義元だけであった点も大きいだろう。日本国の象徴は天皇しか考えられない。

これらの事から、返答によっては織田家の後押しを行う計画になっている。

ここまで慎重なのは、慎重に事を運ばなければ統一の後押しを行っても武装した国人や寺社勢力などの勢力を日本国内に残してしまうからだ。大多数に於いて柔軟性に乏しく、農民の犠牲の上に成り立っていた彼らをそのまま残しても、近代国家に至る足枷にしかならない。故に下手に勢力を拡大させては大きな禍根を残しかねなかった。

日本に統一政権が出来上がっており外国の脅威を正しく認識していれば、他にやり様があったが無いものねだりは出来ない。それに史実の流れに任せて統一を待つのは日本にある金銀を守る意味でも許されなかったし、棄民された民がやがて来るだろう南蛮人に買い取られて、奴隷として消耗していくのは絶対に許してはならない。

また、第3任務艦隊の特異性を忘れてはならないだろう。

擬体達は歳を取らず永遠に若いままであり、不老処置を受けている高野達は永遠の寿命は持っていないが、普通の人々から見れば似たようなものであった。科学的根拠で説明できるような時代でもなく、高野達の持論を推し進める立場を作り上げる必要があったのだ。準備を怠って開発のみを急いだ結果、異端視されて迫害されては本末転倒である。

真田は言う。

「物資をもう少し残っている間に、
 この時代に来ていればかなり楽が出来なのに残念じゃよ」

「それは言えていますね。
 あの物資があれば、日本の近代化も早まったでしょう」

大鳳には上陸部隊の物資を補うためと災害発生時の救難拠点、そして自衛隊時代から続く慢性的な弾薬不足の解決策として巨大な収容空間を活かした生産設備が相応に搭載されていたが、度重なる戦闘と修理によって、あらかたの物資は消費していたのだ。

そして大鳳の生産施設は、資材再利用の小型分解炉を始め、生分解性繊維材と第五世代バイオ燃料などを生産するバイオプラントと、搭載部隊などで使用する補充部品や装甲の生産が可能な大型3Dプリンター「56式大型立体印刷機」が2基と、小型3Dプリンター「58式立体印刷機」が10基だった。立体印刷機はどれも汎用機なので専用機材と比べれば生産性は落ちる。給養員が使用している食品生産用の立体印刷機もあったが、そちらは材料を食材カートリッジに特化しているので工業品として使うのはあまり適していない。

「そうじゃな…
 現状では大規模生産は難しいとしか言いようがない。
 分解炉を使えば資源化が可能なのは幸いか」

「それと、上陸用部隊が乗っていた事が不幸中の幸いですね」

暗い話題だけではない。

大鳳には台湾軍の拠点強化に協力していた軽装備の1個擬体化工兵中隊(205名)に加えて強襲揚陸艦に相応しく、連隊戦闘団のほぼ半分規模の戦力として特殊作戦郡に属する4個中隊の特殊作戦群(合計820名:擬体化兵は615名)が乗船していたのだ。大鳳に残された設備に加えて、これらの兵員は大きな財産と言えるであろう。ただし、この戦力では制圧保持できる戦力ではないので穏便な日本統一は不可能であったが、うまく運用すれば地域保持は可能な戦力である。

高野が口を開く。

「さゆりの言う通りです。
 無い事を悔やむより、補う方法を考慮しましょう」

「となると必要なのは食糧と磁鉄鉱だな…
 特に食糧は燃料に転化できるだけに重要じゃ」

「そうなると艦艇修理は最低限に留めて、
 現状は補給物資と拠点用の資材生産に絞るしかない。
 加えて補充の厳しい資材は極力使わないようにして行きましょう」

高野が物資関連の方針を定めた。資材があるとはいえ、そこから工業地帯をいきなり作れるわけではない。限られた資材の問題もあって出来ることは限られていた。物資及び各種生産機材が完全状態に保っていた大鳳だったならば、高野達の苦労は半減していたであろう。

さゆりが尋ねる。

「戦力の投入はどの様な比率で行いますか?」

地上戦力として期待できるのは特殊作戦郡の4個中隊と2個擬体化工兵中隊である。この時代では近代兵器を装備すれば工兵であっても脅威的な地上戦力であるが、戦闘任務よりも開発任務に従事させたいので、戦力としては数えられない面があった。

「最初の作戦が完了次第、
 特殊作戦郡は一部を除いて全てを領土開発に回します。
 領土開発計画に関しては……」

「良ければ開発計画の詳細な運営はワシにやらせてくれぬか?」

普段の真田らしくない態度であったが高野の言葉を遮る様に発言する。自信ありげに発言する様子を見て高野は頷く。

「判りました、お任せします」

「感謝する!」

真田は上機嫌に答えた。
都市開発ゲームの愛好家でもある彼にとって都市開発は夢であり、しかも祖国日本を発展させる開発となればやる気の大きさは半端ではない。

「詳細な開発計画は真田准将に一任するとして、
 まずは分解炉にて早埼の空コンテナを解体し、
 領土開発用の資材生産に当てていくのがベターでしょう」

「うむ。それまでは鉄材に関しては小規模生産で対応するしかないのう。
 建築資材にはバイオ素材とセラミックを多用して補うとして……
 まぁ、鉄に関しては最初は磁鉄鉱で十分じゃな」

磁鉄鉱とは全世界どこでもある鉱物資源である。不純物を取り除き、鉄の含有量を上げる選鉱処理を行えば、踏鞴製鉄の原料となるものであった。この時代の鉄としては十分なものと言えるだろう。

調査の結果、大破の損傷を受けている天津風の解体も進めていく。だが、6000トン程度の鉄では近代的な中規模鉄橋を2つ程、作り上げた時点で無くなってしまうので資材の使用は慎重を期す必要がある。それ以上に有事の際には目に見える抑止戦力として護衛艦が必要なので、それ以上の解体は行えなかった。どちらにしても、最初の内は小規模の磁鉄鉱でも生産は補えるが、本格的な開発を行うならば鉄鉱石を産出する鉱山の開発を行わなければ効率の面から早晩に立ち行かなくなるのは間違いない。

それに現段階で大名が連合して損害かまわず攻めてこられては、最低限の資源採掘を確保しなければ数に劣る第3任務艦隊では効率が悪くなってしまう。戦国時代の技術水準から比べて強大な火力を有しているが、後方支援体制の無い近代戦力など何時までも戦えるものではない。それに無駄な戦いは可能な限り避けるべきだった。正常な軍事センスを有する高野たちには、これらの事が痛いほどわかっていたのだ。

真田が言葉を続ける。

「当面は磁鉄鉱で補いつつ、鉄鉱石の入手が軌道に乗れば、
 幕張の地に炉頂圧発電を兼ねた電気炉型大型高炉を作れば良いじゃろう」

「電気炉型大型高炉ですか……
 資源面を考慮すると、
 早くて50年後位になりそうですね」

「まぁな。 だが、大型艦艇を量産するわけでもない。
 しばらくはこれで十分じゃろう」

そうですね、と高野、黒江、さゆりが同意する。

それから、統治と食料計画について話が進んで行き、やがて会議進行役のさゆりが休憩を提案すると全員の同意にて30分の休憩となった。適度な休憩を挟むことによって思考の低下を防ごうとするさゆりのきめ細やかさが伺える配慮であろう。









休憩を終え、会議が再開した。
統治と食料計画の概要を無事にまとめ終え、次の議題へと進んでいく。

さゆりの入れたお茶を飲みながら真田が口を開いた。

「それと提案がある。
 内々のときは地理名称は我々の時代のものを使用したいのだが良いか?
 慣れないしデジタルマップを改変するのも面倒じゃて」

「提督、宜しいでしょうか?」

"さゆり"が尋ねると高野が応じる。この時代でも幕張と言う地名はあったが、元々は千葉郡の西側一帯を指す名称だった。

「確かに幕張を須賀というのも違和感を感じます。
 公式に於ける地名変更は追々進めるとして、
 当面はそれで行きましょう」

「話を中断させて申し訳ない。
 計画の件じゃったな」

「はい」

第一次計画は高野たちの起源になる拠点を作る計画を指す。歴史の継続がないある程度の面積を有する無人島が好ましい。出生不明ではいずれ大きな問題に発展するからだ。そして日本近海に丁度良い島が存在していた。

関東から南南東約1000kmにある小笠原諸島である。

小笠原諸島は1543年10月にスペインのルイ・ロペス・デ・ビリャロボスが指揮するガレオン船が発見するまで無人島だった事と、小笠原諸島の父島の西側には開けた二見湾が存在し、僅かな工事で船舶の停泊が可能な事が故郷として選定されたのだった。それなりの規模のF字型桟橋を整備すれば第3任務艦隊の停泊は難しくない。そして、起源は飛鳥時代の天武天皇(てんむ てんのう)からの密命を受けて日本本土から渡海した末裔たちであると通してゆく。

第二次計画は幕張上陸作戦である。穀倉地帯、人的資源を確保しなければ将来の発展が難しいからだ。地方豪族で満足するならともかく、高野たちの目的は大きい。友好国として日本の統一の後押しを行いつつ、太平洋の島々を領有化に伴う生存・経済圏を確保して将来に備えるのが目的だ。

これらの計画に必要な計算は、"さゆり"とリンクしている大鳳のメインフレーム奥に設置された、日本国防軍技術開発局が開発した51式軍用複合演算機(量子・DNA複合コンピュータ)にかかれば容易い。

UAV(無人航空機)による高高度からの航空偵察とさゆりの計算を元に立てられた計画は、特殊作戦群が夜間の間に上陸用の複合艇で上陸を果たして作戦目標を制圧する計画だった。

作戦の概要は次のようなものだ。侵攻拠点は千葉郡にある須賀(幕張)に建設する。橋頭保を確保後にそこから南南東約15kmにある小弓城、東北東に24kmにある本佐倉城、北12km にある米本城、南約25kmにある椎津城、南南西32kmにある佐是城、東64kmにある森山城に特殊作戦群と擬体化工兵隊の合同部隊からなる2個分隊をそれぞれ送り込む。それらの目標制圧を終えてから、上陸地点から南46kmにある久留里城、南南西38kmにある笹子城と南南、東39kmにある真里谷城、南東54kmにある万喜城、南西57kmにある佐貫城、南南西66kmの造海城、南に94kmにある館山城にも部隊を送り込んで一帯を制圧するのだ。千葉氏の家臣である高城胤吉(たかぎ たねよし)が建てたばかりの小金城は当初の作戦が落ち着くまでは狙わない。ともあれ、下総国の中部から房総半島を抑えていく作戦になる。

下総国にある小弓城は足利義明(あしかが よしあき)の居城であり、それ以外の上総国にある城群は大半が上総武田氏の当主である真里谷恕鑑(まりやつ じょかん)の支配下にある城だった。里谷武田氏と同盟を結んでいる安房国(千葉県南部)の里見氏への攻撃は、下総国の一部(千葉県北部)、上総国(千葉県中部)が安定したら行う予定だ。

ただし、高野たちが転移時に持ち込んでいる艦艇兵力と航空兵力は諸勢力に対して不用意な警戒を与えないように大々的には投入しない。もっとも受けた損害もあって、地上戦力以外と一部の艦載機を除いて、実戦が可能なものは殆ど無かったのだが。しかし、擬体兵を用いた電撃的な侵攻ならば組織的な反撃を講じる前に首脳陣を制圧する事も不可能ではなかった。

それに軍隊に於いて指揮系統が麻痺してしまえば、軍隊の行動は大きく阻害されてしまう。中世の軍隊ならばなおのことだ。そして、隣接している北条氏が早期に事態の急変を知っても対応は出来ないだろう。常識的な判断から敵の勢力が判明しない内は大規模な攻撃は行わない。

こうして、介入に備えて準備を進めていく。

上陸作戦後は支配地域の安定化を進めつつ、織田信秀などの勢力と接触し、経済交流などを通じて親交を深める予定だ。逆説的だが第3任務部隊物は物資不足とはいえ、戦国時代の大名からすれば質量共に十分な物資を有しており、幾らでもやりようがあった。

第三次計画はオーストラリア大陸西部に上陸して拠点を構築する計画を指す。オーストラリア大陸西部が選ばれたのは、この地域は先住民のアボリジニが殆どいない事と、磁鉄鉱、鉄鉱石、鉛、天然ガス、ボーキサイト、金の採掘が可能だった点だ。上陸予定地のスワン川河口部は桟橋によって着岸水深を確保すれば、内陸の開発が容易に行える点も大きいだろう。スワン川河口部を直線化してドックを進めれば近代化にも耐えられる将来性も兼ね備えていた。工兵隊の一部を派遣して小規模ながらも先行開発を行う。

当初は磁鉄鉱で補って、
5.6年後を目処に鉄鉱石の採掘を開始する予定だ。

「まずは第一次計画で拠点を構築してから、
 日本本土との連絡用にクリッパー型帆船が良いと思われます」

「そうだな素材には木材を加工したバイオ素材を使おう」

この手の話題に鋭い理解を示す真田が反応する。

生分解性繊維材の生産が可能なバイオプラントを使えば木材の加工も難しくない。木材などの植物を加工した方が生分解性繊維材よりも早く生産できるのも魅力だった。

船の方向性について話しが進む。方向性として決まったのは洋上で安定しつつも高速を誇るクリッパー型に近いが、戦闘艦ではなく船は商船としての機能を最優先にしてサイズは小型に抑える。なまじ大型船を建造しても日本の港では湾岸工事を行っていない港では僅かな例外を残して着岸水深の問題で停泊が出来ないので最初はこの程度で十分だった。それに、小型船ならば主要構造材にバイオ素材を用いて建造すれば、機帆船としての機能も取り入れても最小限の金属と56式大型立体印刷機で必要機材を生産が可能な利点がある。後はドックで組み立てれば良く、短時間に作れる点も大きな魅力であろう。

そして、意図的に帆船を建造するのは不要な誤解と恐怖を与えない事が目的だった。希少な物資の消耗も押さえられる点も大きいし、まずは交易と交流が目的だからだ。

第一次計画、第二次計画、第三次計画の基本案をまとめ終えると、高野は人権を有している電子知性体を内外問わず人間として紹介する方針を取り固めた。高野の意見は最もであろう。戦国時代の人間にアンドロイドを説明しても通じる訳がない。

その指示に伴って、"さゆり"は自分の姓に尊敬、敬愛する上官である、高野の姓を名乗ることを許してもらえるように懇願した。それに対して高野は「もっと良い姓があるのに」と苦笑いしながら了承すると、"さゆり"は喜色満面に喜び、改めて日本を良くしていこうと誓ったのだ。
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【あとがき】
帝国戦記の外伝である建国戦記の第二話です。
お盆休みの途中で上げようと思ったけど、誤字の修正に手間取りました(汗)

ともあれ、群馬鉄山を抑えたいけど現状では制圧し続ける普通の手段では人的資源が足りないですね。それと、ニッケルなども必要なのでニューギニア島東部への上陸も考えないといけないなぁ・・・量は多くないけど、房総半島にもニッケルがあるのでしばらくは大丈夫か・・・


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(2018年08月19日)
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