■ EXIT
建国戦記 第01話 『転移』


過去も未来も存在せず、あるのは現在と言う瞬間だけだ

レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ





2062年5月24日

冬の名残を感じさせる寒々とした鉛色の空と風に波立つ海のただ中に、
日本国防軍所属の数多くの艦船の姿があった。

天気の傾向は雨である。
しかも下り坂に向かっており、お世辞に言っても天候は良くはない。

これらの8隻からなる第3任務艦隊は同盟国であるアメリカ合衆国からの要請によってアメリカ第7艦隊の支援として台湾防衛戦に参加していたが、艦隊の補給と休息を行うために母港である呉に向けての帰途に就いていた。

現在の世界情勢は要約して最悪の一言であろう。

2030年頃から発展型協働ロボットの進出に伴う世界規模の失業者増大と、それに伴って顕著化していた一部の支配者層大が富を握って、先進諸国といわれる国々でも庶民は薄給に喘いでいた。加えて劣悪な経済状況に加えて悪化を続ける難民問題、致命的な環境破壊に伴う恒常的な異常気象、大規模な食料危機と慢性的な資源枯渇、そのような情勢に於いて残された乏しい資源と富を巡って世界は中国・ロシア側とアメリカ側の2つの陣営に分かれて第三次世界大戦に突入していたのだ。市場ではなく資源と食料を巡った生存競争の様子を帯びてきた戦争故に、余程の運が良くない限り戦闘艦と言えども単艦では航海できないような情勢になっていたのだ。局地的にアイソマー兵器の使用すらも行われていた程で、最終戦争のカウントダウンが始まっているような状況だった。

当然、国連や世界平和などと言う幻想は大戦勃発と同時に無残にも崩壊している。

その第三次世界大戦の流れは、圧倒的な人口と雲霞の如くの物量を有する中国軍とロシア軍を中心とするユーラシア諸国の軍勢による犠牲を省みない猛攻撃によって優位に進めていたが、開戦から1年目あたりから米軍が繰り出す高度軍事技術によって生み出された兵器群を前に、戦線は膠着しつつあったのだ。

このような情勢下で航行している艦隊の中心には竣工したばかりの基準排水量128,000t、最高速力36.5kt、72機を越える艦載機と満載時には20両以上の主力戦闘車両が満載可能な大鳳型強襲揚陸艦「大鳳」が存在していた。しかも「大凰」は核融合動力艦である。

補給艦として間宮級補給艦の「早埼」が随伴していた。

「早埼」は荷役能力が貧弱または破壊された港湾で迅速な揚搭を行うために右舷に巨大なツインクレーン2組と艦載艇10隻を有し、1070TEU(TEUとは20フィートコンテナ1個分)の積載能力に合わせ、自衛隊時代に竣工していた「ましゅう」級と同等の主燃料、航空燃料、真水用を搭載する事が出来た優れた補給艦だ。

その周辺に24,500t級、利根型護衛艦「利根」「筑摩」、6,800t級陽炎型護衛艦「陽炎」「不知火」「雪風」「天津風」を中心に、護衛艦が周囲の警戒に当たっていた。大鳳型と利根型は竣工5年以内の新鋭艦である。

艦隊の旗艦を務める大鳳の戦闘指揮所(CIC)には、艦隊を率いる高野栄治(たかの えいじ)中将が居た。年齢は51歳だが、30代の時に老化因子を抑える処置を受けているため、見た目は30代にしか見えない。大学教授を思わせる風貌をしているだけでなく、その知識の高さと風貌から「教授」と呼ばれている。

高野は小さく呟く。

「常任理事国の傲慢から発した戦争か…
 しかし、好き勝手してきた国同士が今度は争い会うのだから、
 これ以上の皮肉な話は無いだろうな。

 資源と市場を米国に握られている時点で我が国に選択肢などは無いが、
 それを抜きにしても、
 まともな自国戦略を展開できない時点で米国追従しかあるまい」

政治経済を専攻していた彼は、世界の行く末が心配で仕方が無かった。
平和であってこそ、祖国が栄えるの事をよく知っていたのだ。

「さゆり、近辺状況についての説明を」

高野は軍事AI(人工知能) のさゆり(JPDF AI number 0452-9, Sayuri)を呼び出す。
彼の声に応じて、戦闘指揮所(CIC)の中央卓の端末からホログラム画像で投射された、20代前半の女性士官が浮かび上がる。

彼女がさゆりなのだ。

彼女は単機能型AIではなく、この艦隊を司る多機能型高度AIであり、監察幕僚 広報幕僚 会計幕僚などを兼ねた存在である。自衛隊の時代から人員不足に悩んでいた日本国防軍では高度AI兵力の充実に力を入れて、可能な限りの省力化に努めていたのだ。そして、この艦隊に勤務する擬体の統括者でもあった。

さゆりの擬体も当然存在するが、戦闘航海中は自室にてスリープ状態に置かれている。 その擬体の外見は漆黒のストレートヘアを有する美女と美少女の中間の容姿であり、彼女のきめ細やかな配慮と容姿が相まって艦隊での人気は高い。

擬体、すなわちアンドロイドであり、若手人口の減った日本を支えている労働力の要。 すでに民需や軍用を含めて6000万体が稼動しており、日本国にとっては欠かせない存在になっている。そのうち50万体が国防軍兵士として勤務している。また、第三任務艦隊では試験ケースとして指揮官を含む多くの人員が擬体にて運用されていた。

「提督、付近に敵洋上艦の姿はありません。
 しかし潜水艦への警戒が必要だと判断します」

現在の艦隊の位置は那覇から南に350kmのフィリピン海の洋上になる。
中国海軍が活発に行動する海域でもあった。
海中に微かな違和感を察知した"さゆり"は索敵を密にする。

「航路前方に嵐と思わしき気象変化を観測!?
 そんな、事前予兆は無かったのに」

「規模は?」

高野が尋ねると"さゆり"は信じられないような表情を浮かべて言う。
異常気象が当たり前の地球とはいえ、気象学的にありえない数値で推移していく。

「規模、急速に拡大中。
 中心付近の最大風速が65m/sにまで上昇!!
 後31秒で影響圏に巻き込まれます」

暴風雨と言ってよい天候であり、
洋上では精密な戦闘が行えるような環境はない。

「原因は不明だが、現実に天候は嵐へと発展しつつある。
 総員、三角波に注意しつつ、嵐に備えよ」

高野の声と共に艦隊は嵐に備えるように動き出した矢先に、
更なる凶報が舞い込んできた。

「待ってください!
 艦種不明3、CSM警報発令!」

海中発射型のCSM発射準備を探知したのだ。新型艦なのか探知した情報の範囲では判別できない。友軍の活動情報は無いので敵艦と断定が出来る。そしてCSM(コンベンショナル・ストライク・ミサイル)とは、高速で大気圏上層を飛翔して短距離から中距離の目標を狙う誘導弾だ。戦略兵器であり長距離打撃能力を有する。直撃すれば大型空母と言えども大破は免れない威力になるだろう。だが、この位置だと目標は自分たちではなく、日本本土への攻撃の可能性も捨てきれない。

「ECM(電子戦)、EP(電子防護) 開始!
 指定エリアにオンステーション。
 これより対潜捜索に移行しソノブイ圏を形成する」

高野は詳細な情報を得るために矢継ぎ早に命令を下す。
さゆりは艦載機の準備を進めつつ、嵐により効果的な運用は望めないが対潜ドローンの準備を命じた。CSMは通常弾頭ならば戦術的な脅威に留まるが、特殊弾頭の場合はそうではない。このご時勢なら大威力兵器の搭載を疑うべきだろう。

「警報! CSM24の発射を探知!
 20秒で我が艦隊に到達します」

複数隻によるCSMによる攻撃となると第3任務艦隊は完全に待ち伏せになる。しかも攻撃の直前まで機関音などの探知が無かったことから、艦隊航路が完全に漏れていた証拠であった。

「政府からの承認まだか!」

「受信まだです!」

一部の左翼系議員や、平和憲法を妄信して現実を直視していない議員の積極的な働きによって、日本国外で軍事作戦を行う国防軍には、政府からの承認コード無しでは攻撃だけでなく、迎撃行動すらも取れないようにシステムにロックを施していたのだ。

現実を直視しない人々の自己満足の為に、
国防軍はこのような大きな足枷を付けて前線に送り出されている。

更に、第3任務艦隊の動きは、日本国防軍が外征能力を失えば再び平和憲法を掲げることが出来ると信じている議員の手によって中露側へと情報が渡されてすらいた。ここまで過分な攻撃を受けていたのは、高野は開戦からこれまでに中露側の原潜3、強襲揚陸艦1隻、巡洋艦3隻、駆逐艦5隻を沈めており、敵側からすれば叩いておきたい将校だったのだ。

そして、軍事システムが満足に動かなければ、
最新鋭艦艇と言えども高価な標的艦に過ぎない。

(承認コード…遅すぎるっ!)

適正迎撃距離を過ぎても、送られてこないコードに高野の焦りの色が濃くなる中、さゆりからの報告が淡々と続く。戦闘モードに入った彼女は常に冷静なのだ。

「被弾警報予告!
 CSM到達まで後10…9…8…7…6…5…4…承認確認っ!」

「反撃開始!」

高野提督の反撃開始の合図と同時に、CSMの弾頭内部に納められていた、核励起兵器の一種であるガンマ線爆薬が激しい閃光を放つと、一瞬の内に励起反応によって生じた高エネルギーが第3任務艦隊にまで広がっていった。














核励起兵器の攻撃を受けた第3任務艦隊であったが、閃光が治まった後に状況を確認すると全艦が何らかの被害を受けていた。不幸中の幸いか遠距離の爆発とはいえ核励起兵器による損害にしては軽微と言えるものだ。そして、嵐も綺麗に消え去っている。不可解な点はそれだけではない。地球上に溢れかえっていた人為的な電磁波が、全周波数帯に亘って綺麗に無くなっていたのだ。

司令部や政府のみならず民間ネットワークすら接続できない事態に高野は不審に思って、無線で各方面に呼びかけつつ状況を把握するべくUAV(無人航空機)を放つ。15分ほどして信じがたい事実が判明したのだ。

太陽系惑星の位置、地形情報、UAV(無人航空機)からの映像など、情報と名のつくものは徹底的に調べて判った事は、現時間が西暦1538年6月23日であることだった。

つまり、グレゴリオ暦に入る前の大昔である。

信じがたい出来事であったが、軍事AIのさゆりは所有する膨大なデータと各方面から得られた情報から、一番高い可能性はそれしかないと断定していた。

「事実は小説よりも奇なり、か…
 だが、このような事態は想定すらしていなかったよ」

「提督、想定している方が異常ですよ」

さゆりの言葉に高野は、それもそうだと言いながら表情で頷く。

「で…各艦艇の状況はどうなっている?」

「各艦は損害を受けましたが幸いにも沈没の危険はありません。
 天津風は機関停止中ですが、応急措置を行えば動かせるとのことです。
 ただ、状況に関しては此方と同じく混乱気味のようですね。
 現在非常事態下につき特例A22条の第1項を適用を進言いたします」

「了解した…」

高野は投げやりに言ったがその頭の中は、今後の行動を考えて忙しく動いていた。 上級司令部との連絡が取れない今、第3任務艦隊において、現地司令官に全兵装使用権限を与える特例A22条の第1項が適用されており、高野はこの艦隊を自由に操る事が出来るのだった。

また、日本国防軍の士官は軍事クーデターを避けるべく、命令系統に忠実に従うように戦術情報過程を睡眠学習で受ける際に、命令遵守の強制暗示が睡眠学習装置を用いて 施されているのだ。非人道的に聞こえるが、荒廃した世界で人道主義など空想の産物でしかない。生存が関われば幻想などはたちまち吹き飛ぶ良い例とも言える。

高野の命令は命令遵守の強制暗示によって絶対とも言える影響力があったのだ。
もちろん、将官はそれに相応しい態度をとる様に教育されており、また高野自身もそれを傘にして強権を振るつもりなどは無かった。

統制のとれている国防軍であったが予想外の出来ごとによって大鳳の戦闘指揮所(CIC)はざわめき始めていたが、混乱には繋がっていない。

命令遵守の強制暗示だけでなく、艦隊人員の多くが準高度AIと言われるアンドロイドで占められていた事も混乱を最小限に留めていた要因であろう。

警戒態勢が解除された今の状態の"さゆり"の表情には優しさが戻っており、提督の副官としての立場も兼ね備えている彼女は提督に心配そうに問いかける。彼女の表情には上司に対する敬愛以上の何かが感じられた。

「提督、どの様に致しますか?」

「……このまま呆然としている訳にもいくまい…
 物資の状況はどうなっている?」

高野が補給幕僚でもない"さゆり"に尋ねたのには理由があった。

"さゆり"単体で、訓練幕僚、作戦幕僚、航空幕僚、砲術幕僚、対潜幕僚、掃海幕僚、情報幕僚、通信幕僚、電子幕僚、気象幕僚、監理幕僚、保全幕僚、運用幕僚、船務幕僚、武器体系幕僚、補給幕僚、機関幕僚、整備幕僚、後方幕僚、企画幕僚、計画幕僚、安全幕僚、当直幕僚の合計23に及ぶ幕僚と旗艦の艦長を兼任しているのだ。

「何と戦うかによって変わりますが弾薬に関しては、
 同レベルの敵性軍隊を基準にして戦闘は1回戦分あります」

「戦闘を行わない場合は?」

「食糧等の消耗品の問題から最大で8ヶ月になります」

「なるほど……
 この大凰は核融合動力艦だから電力の問題は無いが、
 物資面を考えれば余り猶予は無いな」

「如何なさいますか?」

「"さゆり"、至急、会議を開く」

「了解しました!」

高野の声にさゆりは応じた。
こうして大鳳にて今後の方針を採りきめる会議が開かれる事となったのだ。














高野の命令によって大鳳艦内にある提督居住区の会議室兼食堂には、大鳳の艦隊技術幕僚の真田忠道(さなだ ただみち)准将、上陸用実戦部隊として特殊作戦郡を率いる黒江大輝(くろえ だいき)大佐が呼ばれていた。真田は初老の好々爺といった感じがする技術将校で、黒江は精悍な顔つきをして、無駄なく戦いに備えて鍛え抜かれた肉体を有する鍛え抜かれた戦士だった。重要指揮官である大佐以上の階級を有する、主要幹部が集まっている。もちろん高野の副官であり、大佐階級を持つ"さゆり"も自らの擬体にて参加していた。

さゆりの姿は上品でにこやかに人に接し、明るい雰囲気を纏うお淑やかな感じが漂っていた。少女の面影が感じられるが、軍服の着こなしも様になっている。気品も感じられるが、高嶺の花という硬さは感じられない。むしろ、見る人々を安心させるような優しげな雰囲気が漂っているだろう。着る服によっては学生と言っても十分に通用する若さが感じられる。あまり幼く見えないように化粧をしているが、

「以上の事から同じような状況に遭遇したとしても、
 元の時代に戻るすべは無いでしょう」

「だろうな。
 そんな現象が頻発したら大変な事態じゃわい。

 しかし、まぁ……
 過去に軍艦がタイプスリップとは、
 大昔のアメリカ映画のような展開ですなぁ」

高野の言葉に初老の真田が面白そうに言いのける。
優秀だが奇抜な考えが大好きな真田らしい反応と言えよう。
そのまま真田は言葉を続ける。

「で、高野は如何したいのじゃ?」

高野はまとめておいた考えを述べた。

元の世界に戻ろうにも手段が判らない。そして全艦を自沈させて全員が現地に溶け込もうにも、準高度AIの少なくない数が欧米系の容姿をしている。この時代の日本人には後ろ盾がない人々に対して根強い対外排斥の風習もあり、その考え自体が困難な事。そのようなリスクが大きい努力を行うぐらいならば、あの狂った未来世界を繰り返さないように介入していく事こそ最善ではないか、と言う考えであった。

高野の考えを聞かされた真田、黒江、さゆりは心の底から高野の考えに同意する。

核戦争直前とも見える最悪ともいえる世界情勢、無策な政府、そのような時代を経験した彼らの考えは一つに纏まっていたと言えよう。歴史の改変に関しては"エヴェレットの多世界解釈"から大きな問題はない(どうすることも出来ない)と結論を下していた。何しろ、自分たちの存在を艦艇を含めて完璧に消し去らなければ、歴史に誤差が生じるだろう。乗員が吐いた息によって空気中の成分にも極々微量ながらの差が生じるし、結局のところそこから元の世界から分岐した平行世界になってしまう。

高野の言葉が続く。

「日本の鉄状況を考慮しつつ、
 我々の戦力を戦国時代の大名に対して持ち込んだらどうなると思いますか?」

「そうじゃなぁ……
 大雑把に言って日本全土の加工済みの鉄は430から450トン位かな?
 大鳳の設備があっても鉄資源などの入手が無い限り、
 代用資源を見つけない限り大半が宝の持ち腐れになるじゃろう。

 それに鉱山の開発も尋常な手段では時間がかかる。
 だが、時間は掛かっても、
 私たちの支援を受けた大名は遅かれ早かれ、
 武力で日本統一を成し遂げるじゃて」

「ええ、その通りです」

「だなぁ……で、余程の名君で無い限り、
 自らの大名家の命脈を保つために大陸進出を行うじゃろうなぁ。
 統一する際に増大した武士階級を維持するためには多くの知行が必要だからのう」

真田の言う通り、非生産者の代表格である武士階級の維持には多くの知行(領地)が必要だった。そして武勲に応えるためにも知行が必要なのだ。行き着く先はジリ貧そのものの結果である。

「ええ、日本統一は大賛成ですが大陸進出は百害しかありません。
 だからこそ、不用意に武士階級を増やさない、
 また、下地進止権を掌握できる深慮のある大名を選ぶ必要があります」

高野の警戒は当然であろう。
歴史を知っている高野からすれば大陸進出は愚行を通り越している。
何もしないほうがマシという政策であった。

「あー、……一つ良いでしょうか?」

黒江がそう言うと、
どうぞと会議進行役の"さゆり"が応じた。

「高野閣下が大名になれば早いのでは?」

「え?」

予想外の内容に思わず高野は言葉に詰まる。

「それじゃ!
 高野が大名になれば全ては解決するぞ」

真田は子供が新しい玩具を見つけたときのように目を輝かながら叫んだ。黒江とさゆりも大賛成と言う表情であった。さゆりは目を潤ませて、誠心誠意に御使えしますとすら言っている。聡明な高野であったが自らが大名に担ぎ出される事など考え付かなかった。思考の硬直ではなく、日本国の無い過去に飛ばされても国防軍の将校としての意識の強さが伺えるであろう。

冷静な高野は問題点を指摘する。

「大名は守護職でなければ就けなかったような……」

「むっ、確かに!
 ワシとした事がぬかったわ」

「なら、諦めて…」

高野に勝るとも劣らぬ頭の回転の速さを有する真田は、
否定の言葉をさえぎる様に次の言葉を出す。

「ならば大名ではなく、国家元首で良いぞい。
 力で立場を勝ち取れば問題はなかろう」

真田の言葉によって高野の立場はより悪化した。
言葉の中に真田に悪意は全く無い。
ただ、純粋に日本民族の行く末を心配していたのだ。

不確定要素の多い大名支援よりも、確定要素が圧倒的に高い高野に期待するのも当然といえよう。現に、有能にして人格者として名高い高野は各政党から政治家としてのオファーが有ったぐらいである。

死中に活を見出したかのように真田の勢いが増す。

「むしろ天啓!
 このまま房総半島にある久留里城を攻めるべきですな!!」

久留里城とは安房一国(房総半島一帯)を支配する里美家の居城である。

「いやぁ……しかし。
 まぁ、大名や国家元首はともかくとして、
 なぜ、久留里城を狙うのですか?」

高野は話題を変えるべく真田に質問し、
それに対して質問に応じる事が大好きな真田は嬉々として説明を始めた。

真田が言うには、浦賀水道には豊富な魚介類が存在し、良港も多く艦隊停泊に適している。更には内房から九十九里浜の先にある鹿島灘に掛けて8箇所の磁鉄鉱の鉱脈がある事と、特殊な地形ゆえに守りやすい事が上げられた。造船所を作るに適した地形なのも大きい。

「なるほど…確かに理にかなっています。
 鉄無くして近代国家の建設は不可能ですからね」

高野は大名や国家元首になる事は納得してなかったが、房総半島を拠点として捉える根拠には納得する。それらを抜きにしても、第3任務艦隊の停泊が可能な場所となれば限られてしまうであろう。

このように真田が瞬時に房総半島の戦略価値を言えたのには訳があった。

彼は少年の頃には都市開発ゲームに没頭すると同時に海上自衛隊の1個護衛艦隊が戦国時代にタイムスリップして歴史改変を行う仮想小説を書いていた経験があったのだ。それもかなり熱心に。

その小説の始まりは、久留里城に対して対艦ミサイルによる攻撃から始まる過激なものであったが、少量とはいえ鉄資源が取れ、適度な僻地であり制圧も容易なことから攻略プランとしては問題ないものと言えよう。もちろん、そのときの小説に使用した知識が生かされているなど、言いたくても言えなかったに違いない。

艦隊の針路を日本に向けつつも、
第3任務艦隊の首脳陣の会議は続く。

時に、織田信長が4歳の時の出来事であった。
奇しくも6月23日の織田信長の誕生日でもある。
そして、日本の歴史が大きく動き出す、最初の一日目でもあったのだ。
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【あとがき】
約8年前に書いた帝国戦記の外伝「建国戦記」の書き直し版になります。
信長の野望をプレイしていたら、戦国時代ネタを書きたくなって書きました。 転移した戦力の時期を変更し、展開も変更していきます。

もしかしたらタイトルも変更するかもしれない。


【Q & A :大鳳があれば、日本統一は楽勝じゃない?】
戦略的な理由から高野たちの手によっての統一は行いません。
外圧に等しい存在による統一は悪害にしかならないからね。

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2018年08月19日)
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