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建国戦記 第03話 『第一次計画』


第3任務艦隊は応急処置を終えた後に問題らしい問題も無く、16ノットの速度で61時間後に関東から南に1000kmにある小笠原諸島父島に到達していた。島に到達した彼らは精力的に動く。二見湾から伸びるF文型桟橋の建設は既に終えており、喫水11.8mの大鳳も停泊できるようになっていた。ただし、大規模な物資の揚陸は考えておらず必要最低限の係留施設を満たされれば良いと割り切った簡略的なものである。物資の揚陸には大鳳が搭載しているLCAC(エア・クッション型揚陸艇)を使うので港湾施設が無くても物資の揚陸が可能だった。

1538年7月26日

この世界に流れ着いて父島に到着して34日経った現在、二見湾には一つの浮きドックが建設されていた。浮きドックといっても、原子力潜水艦や石油プラットホームを輸送できるような大型ではなく、非自走式の小型浮きドックであるAFDL-1型小型浮きドックをより小型にしたものだ。設備も平底の箱舟にクレーン、浚渫用のポンプ、沈下・浮上用の内部のタンクのみ。主要構造材もコンクリートや鋼鉄ではなく、父島の中央山東平にある乾生低木林を伐採して作られたバイオ素材(生分解性繊維)の一種である疎水性ナノ結晶セルロース(HNCC)を用いる。また、疎水性ナノ結晶セルロース(HNCC)は38式資材と命名と呼ぶこととなった。

38式資材はケブラーやカーボンファイバーよりも軽量でかつ強度があるにもかかわらず、おがくずや木の切れ端からでも作れるの優れた素材である。

視察として高野が真田とさゆりを連れて浮きドックの側面に立っていた。その高野が側壁から帆船の舷に視線を向けながら真田に言う。

「順調に建造が進んでいますね」

三人が立つ足元には帆船が納められた浮きドックがあった。

本来は修理用に用いる浮きドックを船舶建造の船渠の代わりにしていたのだ。浮きドックは次のように作られていた。先ずはバイオプラントで38式資材を生産する。次に38式資材を主構造材として小規模パーツは銃器、軽装備、小型資材などを製造していた58式立体印刷機で生産して、大きな構造体は拠点構築資材や艦載機や陸上兵器などの補修部品を製造していた56式大型立体印刷機を用いてモジュールパーツになるように生産していた。それらを船外に運び込んで擬体化工兵が組み立てている。

こうして作られた浮きドック内の帆船も同じ流れで作られつつあった。

21世紀初頭の段階で、3Dプリンターは複数台の並列使用によって24時間で家を作ったり、3ヶ月で金属製の橋を建設したりと従来と比べて作り上げる速度が劇的に速くなっている。ただし、この機材でも密度や材質、部品数によって生産速度が左右されるし、まして戦闘機や戦闘車両のような高度機材を資源から製造するとなると膨大な時間が掛かってしまうので万能器具とは言えなかった。それこそ現実的な時間で戦闘機や戦闘車両を生産しようとするなら立体印刷機が大小あわせて数千台は必要になってしまう。

だが建造している船は帆船を装った機帆船なので、
それらの機材と比べれば単純なものだった。

建造している機帆船は船首がやや反り返った3本マストと横帆を有するクリッパー型帆船で真田の希望もあって艦型を峯風型海防艦と呼んでいた。真田が峯風型を海防艦に分類したのは日本海軍に於いて金剛型コルベットなどの帆船の木造コルベットが海防艦に分類していたことが由来だ。峯風型海防艦の諸性能は全長40.6メートル、全幅12メートル、喫水4.1メートル、積載量495トン、帆装使用時速度18.5ノット、推進器使用の時最大速力24.6ノット、基準排水量511トンだった。機関は4600馬力の38式往復動機関(小型ディーゼルエンジン)を採用しており、武装として個艦防御用にボフォース 40oL/70機関砲を簡略化した38式40o機関砲を艦首に1基装備する。資源節約と生産性向上を見込んで簡素化した分、連射性能が毎分330発から120発に落ちていたが、その他の性能は劣化はしていない。生産する弾種は榴弾(HE)に絞っている。海防艦と言いながらも実際は巡視船に近い構造になっていた。

欧州の商船では海賊対策として上甲板に後装砲式の旋回砲が商船に搭載していたし、砲身長の長さが射程に影響を及ぼすことは広く知られているので、砲身が2548mmであっても、高い製鉄技術を示す以外はさほど不自然ではないだろう。

たぶんだが・・・

ともあれ、このような急増艦でも、この時代の南蛮船を構成するレドンダカラヴェル級長距離貿易船やカラック級汎用船だけでなく、ガレアス級大型ガレー軍用船や、ガレオン船よりは優れた性能を誇るものになっている。もちろん防御力も38式資材で作られているので、下手な鉄よりも強靭な防御力を誇っていた。38式資材は損傷艦の外壁修理にも使う予定である。

「建造そのものは問題は無いぞ。
 むしろ材料集めのほうが手間取ったぐらいだ」

真田が言うように浮きドックは3週間、峯風型海防艦一番艦である峯風(みねかぜ)は建造を始めて10日だったが、その内6割が材料入手に費やされていた。ドック内の帆船は8割がた建造が進んだ状態だ。建造工程の速度と船台計画の柔軟性は平行中央モジュールの分業建造により高い水準を有しているのが最大の特徴と言えるだろう。 浮きドックや帆船は艦隊技術幕僚である真田が1日の内に設計している。極めて短時間に設計が行えた理由は大鳳に蓄えられた豊富なライブラリーと高性能な電算機の助けに加えて、かつての趣味の延長もって暇を見て設計図の下地を作っていたことが大きい。

「この様子だと峯風の完成は明後日には形になりそうか」

上陸作戦時には夜間のうちに大鳳から発艦した複合艇で乗員と物資を運びこむが、太陽が昇ればそのような方法は採れないので、見た目からして櫂や帆が無くても動く大鳳と複合艇は人目に晒さないように陸上から離れた沖合いに退避する。燃料節約と戦略的な面から、当面は峯風型海防艦に搭載した物資からの輸送を頼る計画になっていた。峯風に続いて作戦開始までに最低でも3番艦までの建造を行う。

「そうじゃのう」

高野たちが急ぐ理由は、史実に於いて1538年10月には上陸地点の一帯である下総国相模台(千葉県松戸市)で北条軍と小弓軍・里見軍の連合軍が軍事衝突を起こす第一次国府台合戦が勃発していたからである。現在に日時を考えればあまり余裕は無いし、万全の準備を整えても土地が戦乱で荒れてしまえば元もこうも無い。

「宜しくお願いします。
 時間的な余裕は少ないですが絶好の機会にもなるでしょう」

「機会? まさか・・・
 小弓軍などが合戦に向けて集めている物資を奪うのか!?」

高野の言葉に真田は驚く。

高野の言葉を要約すると拠点制圧と同時に足利義明(あしかが よしあき)が率いる小弓軍が戦いに備えて集めた食料や物資を奪うのだ。高野たちにとっても木材や竹ならば利用価値は高いし、この時代の武器であっても現地兵で編成する治安維持用の兵力の装備として使えるので無駄ではなかった。木材と竹は戦国時代に於いては戦争継続のための最重要課題であり、その確保の為に禿山を多数作り上げた実例があるほどだ。そして、民の日常生活にとっても必要な資源でもあった。

バイオプラントを使えば竹も木材も重要な物資に作りかえることが出来る。
この時代の軍需物資とはいえ有効活用する手段は幾らでもあったのだ。

高野たちが話す中、
一人の女性が会話に参加した。

「閣下の言うとおり。
 戦いにも開発にも物資が必要よ」

会話に参加したのは日本人系美女の準高度AIの二条カオリである。カオリはさゆりの親友であり、落ち着いた女性の雰囲気がする特殊作戦群に所属していた女性だ。凛とした話し方と仕草は一級品の芸術品のようであった。美しく整った容貌と茶色味を帯びた瞳には、強い意志が感じられる。 腰まで流れる髪は揺らぐ度に、優雅な雰囲気と艶やかさを醸し出していた。日光を浴びている白い肌はホワイトオパールのように白く、 触れれば吸いついてきそうなほど優美に清楚に瑞々しく、名工によって磨かれた宝石のように曇り一つなかった。黙っていれば絶世の美女だが、彼女は敵対した相手には一切の容赦はしない人物である。本来の階級は大尉であったが、作戦に備えて少佐へと昇進になっていた。

「制圧するついでに物資も頂いて、将来の繋ぎにする。
 一石二鳥というわけじゃな」

「ええ、それに大敗する戦争で無駄に浪費する物資ならば浪費に等しい。
 それならば私たちが有意義に使ったほうが良いわ」

北条軍20000人に対して小弓軍と里見軍は両軍を合わせて約10000人が合戦に参加している。小弓軍が集めた物資だけでも回収して加工すれば、今後の進展が楽になるのは明らかである。

「確かに義明氏は確実に強権を用いて物資の徴発を進めていくでしょう。
 制圧後の税徴収は直ぐには行えないと考えて良いでしょうね」

カオリの言葉にさゆりが肯定の意を示す。

支配した直後に税の徴収を行うのは難しい。住民台帳に相当する籍帳を調べて戸籍や計帳を調べようにも、この時代では形骸化が進んでいるので新たに調べ直さなければならなかった。それらの業務に加えて土地の権利文書である土地台帳が怪しければ田畑の面積と収量の調査である検地を行わなければならないし、その土地を治めている村や地侍や国人衆、そして面倒な寺社勢力への対応も必要だろう。要約すると情報の入手と支配者の力を認めなければ税の徴収は夢のまた夢だったのだ。戦争に備えて臨時徴収を行われていた地域ともなれば更に難易度が増していく。

「面倒なのは国人と寺社勢力ですね」

「それは私に任せて欲しいわね。
 ふふ、誠心誠意の説得で彼らを動かしてみるわ」

血の雨が降りそうだな・・・

カオリは優しい表情で言うが黒江には判っていた。いや、黒江だけではない。カオリが言う誠心誠意の説得とは武力と恫喝を交えた物騒な説得になる事を誰もが理解している。彼女は恫喝・実力を用いた尋問に関しては他の追随を許さない。武力衝突を前提とした説得を行うのは、支配地に於ける寺社領と国人領の徴税権・支配権は絶対に取り上げるのが理由だ。必死の抵抗が予想されるが妥協してしまっては大きな問題を後の世に残すことになってしまうだろう。

無論、扶桑連邦に協力する者には銭で雇う形を採る。

そして、扶桑連邦は領内に於いて関東で広く流通している永楽通宝は、ある程度は認めるつもりだったが、偽装や鐚銭を防ぐために新たな通貨(硬貨)も持ち込む計画を進めている。ただし、ニッケルなどの資源備蓄量の問題もあって、まずは小額硬貨には手をつけずに永楽通宝よりも高額硬貨の生産から始める予定だ。

「抵抗勢力の掃討と平行して、
 生産設備の建設も進めなければならないな」

「当面は慌しい状態が続くでしょう」

高野の言葉にさゆりが応じた。全て大鳳の生産設備を利用するのではなく、簡略的なものでも良いので地上拠点に生産設備を設けなければ色々と効率が悪かった。量を問わず資源を毎回運ぶだけでも手間が発生してしまう。それに将来の事を考えるならば資源確保と同じように生産拠点の拡大は必須だった。

峯風型海防艦の6番艦の建造を終えたら生産設備関連の製造を優先していく事が決まっている。 流石に全ての生産設備を作り出す時間も資材も無いので、まずは大鳳に設置されているものよりもかなり小型のものになるが資材再利用の分解炉と、発電用のケーソン防波堤型波力発電所機材の生産を行う。次に旋盤、ボール盤、フライス盤、平削り盤、切落とし旋盤、縦削り盤、形削り盤、研削盤、中ぐり盤、歯切り盤に留まらず、駆動装置を組み込んだ普通旋盤、多軸ボール盤、平歯車研削盤、タレット旋盤などの工作機械と平行して貨幣を生産する。

これらの原材料は損害の酷い天津風の解体を進めて、分解炉を用いて原材料に還元して充てていく。鉄系、銅系、クロム系、ニッケル系、アルミニウム系、マルエージング鋼系、チタン系、シリコン系、エラストマー系、カーボンファイバー系、バイオ素材系などが得られるし、余った材料も利用価値が高い。電装品は大部分は流用する予定だ。

必要最低限の工作機械の生産には128日は掛かると見られている。

「民の教育も可能な限り早く行う必要があると思うわ」

「確かに先を見据えるなら教育は欠かせないのう」

教育関連に熱心なカオリの意見に真田が同意した。生産の拡大にも生活水準の上昇にも、民の教育水準を上げなければ何も始まらない。人的資源の確保も行わなければ、立ち上げた扶桑連邦の拡大も夢のまた夢である。それに生産力の拡大にも教育は不可欠だった。

扶桑連邦は日本近代化を推し進めつつも、将来の生活圏である宇宙への橋頭堡も勧めなければならない。地球上の覇権には興味が無く、例え獲たとしても長期に及ぶ支配など不可能だと分かりきっていたので、高野たちは宇宙に活路を見出している。

このように上陸作戦に向けた準備が進みつつあったのだ。

下総国から房総半島の制圧準備を進めると共に、天武天皇からの勅命の証拠作りも平行して進められている。当初は初の女性天皇である推古天皇(すいこ てんのう)が候補に挙がっていたが次の理由から天武天皇が選ばれていた。

まず第一に天武天皇は他氏族を下位に皇族を要職につける皇親政治を採りつつも、自らは更に上位に位置した存在の日本史上まれな権力集中を成し遂げた存在として君臨していた点が大きい。密命という理由を付ければ公的な文献に名前が残っていなくても怪しまれない点が後押しになっている。それにあの時代の公的な書類で現存しているものも少ないので真偽を確かめようにも手段が無い。

第二に役職を才能によって定める制度を作り上げ、
女性であっても宮仕えを許していた点が挙げられている。

第三に国家の支配を貫徹しようと試みた点である。

第四に天武天皇が都である飛鳥浄御原宮の一帯を守るために不破関(東山道)、鈴鹿関(東海道)、愛発関(北陸道)という大きな関所を設置させてから関東という言葉と概念が誕生していた事と、その上で勅命という言葉があれば、関東地域に拠点を設ける大義名分になる点が理由になっていた。

軍事力を嵩にあやふやな根拠を理由に大義名分として掲げてきた戦国大名も多かった事に比べれば、それなりの証拠を用意すれば軍事力さえ伴えば根拠にするのは容易いだろう。逆に言えば力が無ければ正しいことも容易に踏み躙られる時代とも言えるが。

高野たちの祖先は主に「壬申の乱(じんしんのらん)」の際に決起側の天武天皇に協力して勝利に貢献した際に受けた褒賞を用いて一族総出で海外に新天地開拓へと進出し、命懸けの航海の果てに小笠原諸島の父島に漂着した一族の末裔を貫く。

また、与えられていた八色の姓(やくさのかばね)は技術で仕える有力氏族の道師(みちのし)である。この姓(かばね)に関しては技術を司りつつも、情報が殆ど残っていないので都合が良かった。そして、万が一に書物が見つかっても大丈夫な理由も用意しておく。高野たちの祖先は八色の姓が制定される前に国外から出てしまった事と、天武天皇が彼らに託した「勅命」の理由もあって大々的に公的な文章に残さない代わりに褒美を弾んだと言う話も盛り込んでいたのだ。信憑性のある書物も先端技術を用いて用意しておく徹底振りである。不可能では無いが、かなり無謀な航海に挑んだ破天荒な一族になってしまうが目的を考えると致し方ない。

そして、勅命とは国家や天皇家が苦境に陥っていた時に、子孫が再び協力するというものだった。国家が分裂や戦乱状態に陥っていたならば関東を領有化して、そこを基点に統一事業の道筋を立てる内容が勅命に書かれている事になるのだ。
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【あとがき】
高野たちは関東東部と房総半島、つまり上総国(千葉県の中部)、下総国(東京都の隅田川東岸、千葉県の北部、茨城県の南西部)、安房国(千葉県の南部)の一帯に新国家を建国し、特定大名(織田)と同盟を結んで日本国の戦乱を鎮めようと考えています。

日本列島にて確保する領土はそこまでですが、後に南方に向けて拡大(悪)


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(2018年08月26日)
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