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転移戦記 第02話 『ファーストコンタクト』


皇紀2597年(西暦1937年)8月26日

日本帝国が異世界に移転するという異常事態から、10日が経過していた。

予想もしなかった状況の変化に日本帝国は茫然とするも、異世界に移転してしまったという信じがたい出来事を受け入れるしかなかった。外国からの電信途絶に始まり、本土外に展開していた各方面の軍からの信じがたい報告が疑いの無い事実を突き付けていたのだ。

そして欧米諸国の貿易網から切り離された事実が意味する事に気が付く。

資源問題である。特に問題だったのが、使えば消えてしまう石油資源である。そして石油は近代産業の維持に不可欠な資源だった。完全に切り離す事は不可能と言っても過言ではない。帝国政府は今後の方向性を分析するべく、内閣総理大臣直轄の研究所として大蔵省出身の星野直樹(ほしの なおき)を所長に帝国の方針の原案を決める機関として「総研」を開設していた。

極めて短時間の間に新組織が発足した事から日本帝国の焦りが判るだろう。

その総研にて星野所長、外務省の吉田茂(よしだ しげる)、松田千秋(まつだ ちあき)海軍大佐、渡辺渡(わたなべ わたる)陸軍中佐、からなる総研に所属する4名が、総研の会議室で話し合っていた。他のメンバーは別の厄介な調査に出かけている。

星野が渡辺中佐に向かって言う。

「で…移転2日目に第1連隊(支那駐屯歩兵第1連隊)が
 遭遇した4、50体ほどの化け物だが、実際はどの位のものなのだ?」

「現在のところ2種類の化け物が確認されており、数の多かったものを通常型と呼称しますが、これは豹をやや大きくしたようなもので体長は約2.4m、牙と爪にて対象者を攻撃するのが判っています。防御面に関しては三八式歩兵銃でも傷を負わせることは出来ますが、3.4発程度では死に至りません。仕留めるなら5.6発は必要かと」

「少数ならともかく、そのような生物が大挙しているとなると厄介だな。
 で、もう片方は?」

「此方は体躯も5.8mと大きい事から大型と呼称してますが、
 こちらの方ははっきり言って厄介そのものです」

「サイズ的には象を連想するが、どの点が問題なのかね?」

「象ならそこまでてこずりませんよ。
 それに象なら可愛げもありますし…まして象は口から光弾などを吐きません」

「面妖な……それは真か?」

「複数の下士官及び兵士から証言を得ています。
 報告では、たった1体の大型からの光弾攻撃にて、
 現地に展開していた八九式中戦車1両、九五式軽戦車3両が撃破されています。
 また大型は九〇式57mm戦車砲を3発食らってもなお鈍ることなく動き続け、
 5発目でようやく動きが止まりました」

「なんと……」

星野は絶句した。
吉田や松田大佐も事の深刻さを理解する。

今回の事件により支那駐屯歩兵第1連隊は少なからずの損害を受け、連隊を指揮していた牟田口廉也(むたぐち れんや)大佐は血まみれになりながらも作戦指揮を継続し、最後に軽戦車の無力を言い残して戦死していた。

話題はやがて先日、接触に成功した現地勢力へと移る。
吉田は言う。

「長谷川中将が接触を取った南方にある現地勢力だが、
 正直言って判断に悩むところだ。我々の科学とは異なる魔法に異種族か……
 化け物の一件が無ければ正気を疑っていたところだよ」

「少なくとも、この世界の住人ならば、
 あの化け物に関する情報は何かしら知っているだろう」

「そうだな…都市を形成しているのだがら、
 自然の脅威に対してある程度対抗できているはずだからな」

「化け物の情報も必要だが、資源地帯や農作地として使える土地の情報も必要だ。
 我々が欲する資源が都合良く有ればよいのだが」

星野は縋る様な表情で応じた。

なにしろ今の帝国では貿易相手国の消失も問題だったが、それよりも資源が最大の問題だった。資源地帯に関する情報が無く、購入することどころか制圧する事もできない。武力行使という選択肢もあっが、兵力を派遣して制圧した国家が大した価値が無い場所だったら資源の浪費でしか無い。

現状で資源の浪費は自殺行為に等しく、戦意旺盛だった陸軍もかなり慎重な姿勢になっていた。それに化け物の総数や分布地域が不明であり、このように情報が無い現状で、これ以上の面倒事を抱えたくない気持ちも大きいだろう。もし戦車を葬る生物が跳梁跋扈する世界だったら戦力は幾らあっても足りない。

日本側は現時点では知る由もなかったが、支那駐屯歩兵第1連隊が遭遇した化け物はディクトリアス連邦軍、東部軍が出した戦闘用キメラ増強大隊からなる威力偵察隊である。

また異世界の住民同士の言葉が通じるのもアード転移装置に組み込まれた魔法が原因である。言葉が通じない民族を召還しても手間が掛るだけで、それを避けるべく転移魔法には医療魔法の亜種が組み込まれていたのだ。それは脳に於ける言語野をレーヴェリア界に適したものへと変化させるものである。そして翻訳魔法だけでなく隷属魔法を組み込まなかったのは召喚範囲と成功率の減少に加えて、必要工程とコストが劇的に増加してしまうからであった。何事にも何かしらの欠点がある好例と云えよう。

吉田が暗い雰囲気を払拭するように発言する。

「ともあれ、現状で判っているのは、無電による確認の結果、本土、台湾、カロリン諸島、マーシャル諸島、マリアナ諸島、これらの依然の領土では外国人が消え去った以外には変化は無し。大陸に作った施設は半分ほど、在外邦人の安否は確認中だが現在で6割がたが無事……他は連絡が取れぬ。まぁ、不幸な転移の中でグアム島と樺太全島が付いてきたのは僥倖と言うべきか?」

吉田の言葉に渡辺中佐が応じ、松田大佐も同意の意見として頷く。

上海のケースと同じく遼東半島の一部と共に、満州国の鞍山にあった筈の昭和製鋼所、奉天兵器廠、満州航空、南満州鉄道などの施設も人員と共にこの世界に転移している。支那駐屯軍の本隊が駐留していた環渤海湾地域も上海と同じように部分転移となっていた。

大陸方面に展開していた陸軍に関しては一部を除いて沿岸部への撤収を開始。海軍も一部の小型艦を除いて動けなかった。これは燃料事情ばかりでは無く、何しろ領海内が従来と同じ水深なのか調査を行わなければ危なくて船舶など動かす事など出来ない。この為、2隻しかない測量艦「勝力」「膠州」を駆逐艦の護衛の下で動かしている。

「そうだな……現状では漁業拠点にしかならないグアム島はともかく、
 それなりの石油が採掘できる樺太全島が無ければどうにもならなかっただろう。
 だが樺太のオハ油田を完全に手に入れたとはいえ、全然足りない」

「資源に化け物……予断を許さないな」

「一応、資源備蓄を始めていたので経済破綻は直ぐには来ないが、
 遠くない将来には備蓄していた資源を使い切ってしまう。
 鉄は再利用が出来るので何とかなるにしても、
 時間と共に石油や希少資源が足りなくなる……特に石油は深刻と言っても良い」

一番石油問題に直面している海軍の松田大佐は言った。国内にある油沢油田、黒川油田、桂根油田、羽川油田、八橋油田などの油田の年間原油生産量は約128万バレル、新たに掌握したオハ油田は日本油田から見れば有力な存在であったが、それでもオハ油田の産油量は年間116万8000バレルに過ぎず、これらを合計しても日本国内で必要な3〜4割程度でしかない。

そして旭川油田は前々から生産量が減りつつあった。

日本帝国の現在の精製比は大雑把に分別を分別を行うと、27.6%が重油、7.2%が航空ガソリン、21.2%が車両用ガソリン、軽油が23%、11%が灯油、0.6%が潤滑油である。

「現地勢力からの情報収集及び、周辺地域の調査で新たに油田を発見し、
 必要分を満たすまで軍や軍需産業から削るしかないな…」

「化け物退治はどうする?」

「資源を理由に陸海軍の幾つかの部隊の統廃合を行い、
 効率よく対応させるしかないだろう。
 それに現状では何も無い土地を守る必要は無い。
 我々に必要なのは資源地帯及び、農地になりうる土地だ」

星野は吉田の疑問に対して答え、頭の回転が速い二人の軍人は、祖国が置かれた現状からそれ以外に選択肢がないと納得するしかなかった。

吉田はニヤリと笑う。

「確かに化け物は脅威だ。
 しかし、より脅威だった米国やソ連といった仮想的はもはやいない。
 星野所長の言う通り、
 これを機会に軍縮を行い数ではなく質の軍備を目指し、消費を抑えていく。
 少なくとも4年から5年の時間は稼げる。
 それに軍を維持して文明を崩壊させたら暴動じゃ済まんぞ?」

「…やるしかないですね」

「文明の維持は陛下の意志でもある。反対すれば逆賊さ。
 それにだ…地理情報だけでなく世界情勢すらも我々は何も掴んでいない。
 全く知らぬこの世界で無駄を行う余裕は無いだろうよ」

強硬的な政治信条を持つタカ派である吉田は言い切った。しばしば関東軍よりも強硬に満蒙分離論を支持しつつも親英米派の彼は極めて現実主義である。現実主義だけに闇雲に軍事力を行使する危険性は誰よりも理解していた。

こうして資源統制と同時に異世界での資源探索を行う事が総研によって纏められ、天皇の裁可の下で日本帝国は新たな世界で生き残るべく、新たなる国家戦略の下で動き出す事になる。














皇紀2597年9月7日

共同租界から約220km南西の沿岸部にある小城を中心とした大きな港を有する港町がある。人口の規模は1万人であり、名はリーブルと言う。東方地域に於けるディクトリアス連邦の南下を警戒するべく、障壁発生から時を置かずして作られたレンフォール王国の軍港を有する前哨基地を基点に発展した街である。

またレンフォール王国とは温暖気候で水資源が豊かである南方地域にて、ディクトリアス連邦と戦い続ける国家であった。総人口は581万人とディクトリアス連邦と比べて小規模ながらも高い魔法工学技術、娯楽産業、そして古の超大国であるエリシオン王国が残していった遺物によって栄えていた。そしてレンフォール王国には、この世界に於ける夢魔族(サキュバス、リリム等)や妖精族(エルフ、ダークエルフ等)の7割以上が住んでいる。

夢魔族と妖精族、この二つの種族は嫣然として微笑むと王侯貴族もかくやと言うばかりの気品と優れた美貌を有し、魔法資質に優れた不老長寿の種族であった。

その魅力は異性の情欲に訴えかけて虜にしてしまうだけでなく、愛情や気品を先天性のものとして身に着けているのも忘れてはならない。 群れから逸れた夢魔族と妖精族の殆どが、各地域において最上の神殿娼婦として手厚く扱われる程だ。魔法資質の高さから魔導機を始めとした魔法兵器との親和性が高く、他種族と同じ機体を使っても、より高い性能を引き出す事が出来る。二つの種族は似通った境遇と、似た文化構造から共闘の道を歩んでいたのだ。

しかし二つの種族にて大きな差が三つほどあった。

一つ目は人類種の中で最も高い水準にある人間と比べて低い出産率を有する妖精族と比べても、夢魔族はそれに輪を掛けて低い。その為に夢魔族では子を授かるのに数十年、運が悪ければ数百年かかるのは珍しくは無かった。そして二つ目は最大魔力開放時に具現化する翼と尻尾である。それすらもチャームポイントになってしまうのが夢魔族の種族特性といえた。最後に、夢魔族の女性から生まれる子供の大半が、母の遺伝子を色濃く受け継ぐ夢魔族である。

その国の統べるのは夢魔の女王リリス・レンフォール。

賢王と名高いリリスは強大な魔力とそれを操る高い詠唱技術によって魔王の一人に数えられる偉大な存在。魔王とはピラミッド型の能力に於ける段階的組織構造の頂点に位置する存在であり、種族に縛られたものではない。魔王としての実力に加えてリリスは街と街を繋ぐ街道の整備、連絡を密にする魔法通信網の整備、河川の氾濫に備えた治水事業、常備軍や治安組織などの後世に多大な影響を与えた制度の制定、その他様々な施策を執り行って街を徐々に繁栄させていった実績から尊敬を集めている。

ともあれ、このリーブル軍港に日本帝国の軍艦である海防艦「出雲」が停泊していた。主な目的は国交樹立に向けての交渉とこの世界に関する情報収集である。出雲は艦種こそ海防艦だったが、かつては日露戦争の蔚山沖海戦にて装甲巡洋艦リューリクを撃沈した装甲巡洋艦だったのだ。主砲として203o連装砲塔2基を搭載している常備排水量9750t、全長121.9m、全幅 20.9m、吃水 7.37mの艦艇であった。またベルヴィール式石炭専焼水管缶の機関の為、貴重な重油を使わずに済むのが、資源不足の現状に於いては大きな意味を持っている。

港にはレンフォール王国軍の3隻の駆逐艦と1隻の巡洋艦の姿があった。
これらの艦艇は日本帝国海軍の艦艇と比べても遜色が無いサイズである。

ただし、日本帝国とレンフォール王国は共に、無用な軋轢を生まないように細心の注意を払っているのが上陸している兵たちからも伺える。その為、現在のところは誤解が生じてもいざこざに発展せず、お互いが相互理解の努力に勤めており平和そのものであった。両軍に於ける下士官の親睦会も行われている。また、レンフォール側の好意もあって、一部地域の上陸許可と大浴場の使用許可も下りていたのだ。

本日のレンフォール側との会談を終えた長谷川中将は、
本国への連絡を終えると出雲の司令官室にて参謀長の杉山少将と話し合っていた。

執務机に肘を着いて長谷川中将が参謀長に言う。

「本国から情報を求められていた、
 あの化け物どもが大国の兵器だったとは予想外の展開だな」

「ですが、彼女たちからの情報を信じるならば、
 キメラを軍事兵器として生産しているディクトリアス連邦なる
 国家はかなりの大国になりますが?」

「1億7800万人ともなれば、そうなるだろうな。
 人口だけならばアメリカ合衆国よりも多い。
 しかし、それを嘘だと断定する情報は無いのも事実だ。
 少なくとも連邦に我々を奴隷とするべく召喚した可能性がある以上、
 友好的な関係にはなり難いだろう。
 もっとも決めるのは我々ではなく政府だがな」

「それはそうですね。
 とにかく全長5mほどの人型をした機械…ああ、こっちでは魔導機ですか、
 戦力としては未知数ですが、あれは工兵として使うならば相当なものですよ。
 現に、このリーブル港はなかなかのもので、重機に相当する何かがある証拠です」

杉山少将は熱意を隠そうともせずに言った。
それに対して長谷川中将も同意したように頷く。

「確かに、ここまで整っていれば戦艦でも容易に入港できるだろうな。
 それに彼女たちの軍艦は侮れない技術だぞ」

海外経験の長い長谷川中将が経験から技術水準の高さを指摘する。何しろ港に停泊しているレンフォール王国軍の軍艦は波浪の影響も受け難く、速度と直進性に優れている波浪貫通型水中翼船であった。王国軍の艦艇は魔法機関による水系統の魔法を応用したウォータージェット推進である。長谷川中将は大正6年から15年の殆どをアメリカでの出張在勤に費やしており、アメリカの隣国のカナダにて船舶速度の世界最高記録を記録した水中翼船のHD-4を知っていたのだ。114km/hの速度は新聞でも大きく取りざたされており、外国人だった長谷川中将でも知りえる情報だった。

何しろ初めてリーブルに向けて近海に接近した砲艦「安宅」は30ノットで接近するレンフォール王国軍の駆逐艦レアと遭遇している。長谷川中将はこの事から、船体や機関を構成する技術からして、兵装だけがお粗末なものとは到底思えなかった。長谷川中将の推測通り、この世界にはテレパシー通信やゴーレムなどの魔法人造物が対象物の探知方法として使用する生命・魔力探知機能を改良した各種誘導弾があったのだ。

長谷川中将がいかにして友好的な現在の関係を維持しようか腐心する。未知の世界での友好国の意味は大きい。幸いなことに、レンフォール側も同じように考えており、かなり積極的に動き出していた事を、後に長谷川中将は知ることになる。
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【あとがき】
牟田口大佐は綺麗なまま英霊に!

ディクトリアス連邦と比べてレンフォール王国の兵器は高性能ですが数が少く、生産に時間が掛かります。対するディクトリアス連邦は数と補充力を重視しており、本格的な戦時体制に移行すればかなりの物量になるでしょう。 ともあれ、想定外の敵との対立が予想される帝国陸軍は装甲兵力の充実に頭を悩ませることに……

日本軍はザーグリングラッシュのように攻めてくるキメラとどの様に戦うのか!?
ともあれ、反応が良ければ来月あたりに次の話を更新します〜


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2011年03月13日)
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