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転移戦記 第01話 『転移』


イノベーションとは未知なるものへの跳躍である。

ピーター・ファーディナンド・ドラッカー





レーヴェリア界、レニウス大陸の中部に君臨する、人口1億7800万人のディクトリアス連邦。この連邦は帝国を中心に幾つかの諸国からなる連邦国家である。そして連邦は軍事大国として君臨し、世界の覇権を握るために動いていた。軍事大国の地位に相応しく各種の魔法兵器の大量投入よって各地を支配下に置いている。その連邦の王都フランデンにある王城の皇帝執務室にて、皇帝のガイウス・ディクトリアスと彼に仕えるアルノルト・マクティファン軍務卿が話し合っていた。

まだ若さを失ってないガイウスは遠い目をしながら口を開く。

「あれからおおよそ250年か……
 今までの障壁の減退状況から、あと3.4年は掛かると思っていたが、
 監視所からの報告だと予想より早く消失しそうだな。
 で…報告を聞こう。軍の準備はどうなっている?」

「以前より準備を進めていましたが、
 予定が早まったために遅れが出ています」

「どのくらいか?」

「経済に影響を及ぼさない範囲で東部軍を本格的に動かすには
 最低でも後1年は必要かと思われます」

「こればかりは止むを得ないな…」

「申し訳ございません。出来る限り善処致します」

「構わぬ。南部軍に進撃準備を命じた余にも非がある。
 間違いなく東部軍に対する補給にも少なからず影響が出ていよう」

ディクトリアス連邦はレニウス大陸の中部に広大な領土を持つが、北部は極寒の地で進むに値せず、西方にはワイバーンやクラウドドラゴン、そして事もあろうに竜言語魔法を駆使する貴族種(ノーブル)などの上位種などが多数生息するラムリス山脈(飛竜山脈)が存在しており、少数ならともかく、そこを大軍にて進むのは極めて危険であった。

魔法機関によって動く空中艦などがあったが、
輸送量とコスト面から大軍の兵站を支える事は出来ない。

故に残された現実的な進出先は南方地域と東方地域だけだったのだ。

しかしながら南方地域は険しい山脈が多く、また山脈を越えた先には小国ながら精強な国家が存在しており、大軍を展開できない地形と物資輸送が難しい難所の為に攻略目標として選ばれなかった。攻略するにしても時間が掛かる。そして東レニウス海に面する東方地域は未開の地であり、開発を行うには大量の労働力と資本が必要になる。如何に大国家とは言え、そのような負担は大きく、軽々しく行えるものではなかった。

しかし、東方地域の沿岸部に中継拠点を設ければ海路から
大軍を持って南方地域を突く事が出来たのだ。

そこで、今から255年前に強欲王として名高いクラウディ帝は驚くべき方法で、東方地域の開発を行う資本と労働力を得ようとする。その方法とは、古代魔法文明に於ける超大国エリシオン王国の遺産として、連邦が発掘していた世界に現存する最後のアード転移装置を利用する事によって策源地と労働力を得ることだった。

またアード転移装置とは、異世界のものを大規模に召喚する装置である。

詳しい説明は割愛するとして、エリシオン王国の極めて初期において活躍した装置であった。細かい欠点は無数にあったが、その中で大きなものは以下のようになる。

転移に使う魔力は地中のレイラインから得るので問題は無かったが、遺跡を起動するには、高価な高純度の魔石が相応に必要だった。確かに地域規模に及ぶ大規模召喚が可能であったが、生物や物を問わず魔法力が多いものの召喚成功率は高いとは言い難い。 また多量の魔力を消費するので連続使用は出来ず、また事前探査技術を併用しても成功率が3.4割と、高い水準ではなかった。更には制圧が容易として分裂気味だった多民族国家を召喚した際には、どういう訳か一部の民族しか召喚できず、大幅な労働力を得られず大散財となった事もあったのだ。ダメ押しとして、転移先も大雑把にしか決められない。

そしてエリシオン王国で高性能の産業用ゴーレムが実用化されると、アード転移装置は不要の装置となった。手間を考慮すれば異世界の人間や亜人を奴隷として召喚してまで使う必要性が無くなったからだ。更にゴーレムならば反乱の心配もない。そして愛玩用の奴隷ならば現状の数で十分だった。そして、魔力を帯びていないあらゆる物質を安価に錬成する技術が確立された事が大きい。またアード転移装置には転移座標が狂って大都市の上に国家を召喚してしまう危険性も指摘もあったのだ。

異世界移住用として使おうにも転送失敗の可能性が大きく、
また魔法力が乏しい世界では進出する意味がない。

コストが掛かり、失敗が多く、成功しても遠くに召喚してしまう。

魔法文明の人々から見れば欠陥品といった方が正しい。

ともあれ、高度な魔法文明を完全に失った今では、不幸な事に労働力としての奴隷の価値は復活していた。そこで、クラウディ帝の命令によって遺跡を使った探索が行われる事になり、5年に及ぶ探索によってようやく探り当てた、人口が1000万以上であり、かつほぼ単一民族で占められている、とある世界の島国を中心に、東レニウス海に向けて召喚が行われることとなった。この国は戦闘用キメラで十分に制圧可能な軍事力及び技術格差という好条件もある。

だが召喚装置の起動には成功したものも、発動と同時に装置は霧散するアクシデントに見舞われ、転移完了まで途轍もないロスが生じる事となった。しかも障壁が生まれ、侵入することすら適わくなっていたのだ。東方地域を開発し、その先にある東レニウス海を越えて連邦の覇権を広げようとした矢先に起こった、不幸な事故である。しかも障壁の力場の余波によって外洋への海路の安全性が著しく損なわれた事も大きい。

まさに踏んだり蹴ったりという表現がしっくり来る出来事であろう。

このような出来事によって、クラウディ帝は中途半端な成功を悔やみつつ、
結果を見ることなく他界する事になった。

アルノルトが現状を報告するべく、言葉を続ける。

「とりあえず現状としましては、先遣隊として前哨用の砦に展開済みの戦闘キメラを基軸とした混成部隊の編成を進めています」

「魔導機は使わぬのか?
 確か東部軍には旧式とはいえデビエス型が50機程あったはずだが」

魔導機とは装甲機動歩兵として運用される魔力炉によって動く主に人型をした機動兵器である。魔導機は豊富な搭載兵器と優秀な兵器で、かつてエリシオン王国が生み出した産業用ゴーレムの一部技術を利用して作られていた。優れた騎士が搭乗した魔導機は戦場では一騎当千の働きをする。もっとも1機あたりのコストが通常の軍用ゴーレムの35倍以上も掛かっており、大量生産には適していない問題があった。それでも全天候に対応した作戦能力を有する戦争の花形と言える兵器である。

アルノルト軍務卿は冷静に応える。

「召喚儀式を始める前の事前調査では召喚国の軍隊は歩兵を主体としており、
 またその武器は刀剣類にマッチロック式銃(火縄銃)と少数の大砲のみです。
 技術も貧弱でゴーレム、いや…小型キメラですら過剰兵力でしょう」

「まぁ、その方が支配しやすくて助かるがな。
 とにかく東に関しては時間の問題として、今抱える問題は南だろう。
 他の小国は時間の問題として、
 レンフォール王国や難所に立て篭もるクノール公国は予想以上に厄介だな」

「はい、先発隊を任せていた属国軍は苦戦しております。
 特にレンフォール軍が扱うレイナード型は脅威的と言っても過言ではなく、
 現状の戦力では、突破は不可能かと」

「遺跡にある大出力魔力炉が支える高度魔法産業か……
 高性能魔導機に乗る魔法資質に長けたレンフォール軍、忌々しい限りだよ。
 しかも物量で叩き潰そうにも大軍の展開に適さない地形ときた」

ガイウスは豪華な椅子に座りながら言い放った。

「それに関しては、もうじき障壁が消失します。
 そうすれば東レニウス海に面する沿岸に拠点を構築できますし、
 そこを介して南方地域に回り込むことが可能になるでしょう」

「結局のところ、南方戦域も東方地域の開発次第となるな」

「はい。しかしそれも早期に解決するでしょう。現代戦に於いて魔法が無ければ闘いになりません。そこで得た労働力を持ってして東方地域を開拓し、それらが軌道に乗れば南方戦域に於ける我々の勝利は確実なものになります」

「そうだな。
 南方を抑えれば、そこから海路をもって西方に打って出る事が出来る……
 待ち遠しい限りだな」

ディクトリアス連邦の予想通り、確かに召喚されようとしている国家は250年の年月を経ても魔法文明を有していない。しかしその反面、250年前と比べて科学文明が発達し、更に召喚魔法にて召喚を試みた時代と比べて遥かに精強な軍事力を有する軍事国家として成長していたのだ。想定しなかった相手の変化がディクトリアス連邦の戦略を狂わしていくことになる。














西暦1937年(皇紀2597年)8月13日、150万人の人口を誇る上海を中国軍が包囲していた。包囲する中国軍は中国に協力するドイツ軍事顧問団団長であるアレクサンダー・フォン・ファルケンハウゼン中将の作戦計画に従い、日本軍陣地に対し攻撃を開始する。

いわゆる第二次上海事変の幕開けであった。

防戦に当たる大川内傳七(おおかわち でんしち)少将が率いる日本の陸戦隊は不拡大方針に基づいて可能な限りの交戦回避の努力を行い応戦し、更に戦闘区域が国際区域に拡大しないように配慮するも、日本側の努力を嘲笑うかのように中国軍は砲撃と共に米、英、日などの共同租界にある日本の地区に対して本格的な攻勢を開始する。 翌日には中国軍が使用するカーチス・ホークIIによって市街地が空爆される。その被害は日本の地区以外にも飛び火していた。しかも上海市街地の下流にいたイギリス海軍の重巡洋艦カンバーランド、アメリカ海軍の重巡洋艦オーガスタに対しても悪天候による誤認によって爆撃が行われていたのだ。

このような劣勢な状況下に於いて陸戦隊は各地域をバリケードで封鎖して中国軍と対峙していた。唯一の救いとして、1937年7月から不穏な情勢に対処すべく第三艦隊が配置に就いていた事であろう。また、第三艦隊を率いる長谷川清(はせがわ きよし)中将は、翌日の14日には世界初の試みである電波航法による渡洋爆撃を行い、劣勢下の陸戦隊を援護していた。 また、長谷川中将は礼節を重んじ、想信条を問わずあらゆる人々を許容する懐の大きな人物である。女好きで花街で有名あったが、家庭生活は円満という不思議な人物でもあった。更には長谷川中将は過去に陸海軍の航空隊運用の役割分担を決定し、実行に移した実績をもっている。

緒戦は10倍以上の兵力差によって日本側は苦戦するも、海軍陸戦隊と航空支援の活躍によって戦線を維持し続けていた。また8月15日には空母「加賀」が上海沖に到着し、加賀の航空隊によって上空警戒が始まると制空権は完全に日本のものへと移行していく。

その状況の中、8月15日の21時頃から上海地区を覆う異常な濃霧が発生する。
そして、その濃霧は16日の昼まで晴れる事は無かった。

辺りを覆い尽くしていた霧がようやく薄れ、周辺の状況が判る様になった頃、長谷川中将は第三艦隊の旗艦を務める海防艦「出雲」の司令官室にて参謀長の杉山六蔵(すぎやま ろくぞう)少将からの呼び出しを受けた。少将はまっ青な顔をしている。

「中国軍からの攻勢が再開したのか?」

「いえ、中国軍ではなく、真に信じがたいのですが…
 上海にて大きな変化が発生しました」

「具体性に欠く報告だな。どの様な変化なのかね?」

「一番大きな変化は、上海近郊に見た事も無い山を発見しました」

「冗談はよしたまえ」

「……真実です」

「一応聞くが、それは余山(シェシャン)の事ではないのか?」

「余山なら良かったのですが、
 ともかく艦橋から双眼鏡にて見て頂ければ判ります」

「判ったこの目で見て判断しよう」

余山とは上海市内にある一番高い山であった。盛り土をしたかのような標高97メートルの丘である。合理的な長谷川中将は参謀長の真偽を確かめる方法としてもっとも手早い方法を採るべく、すぐさま艦橋へと向かった。参謀長と共に長谷川中将が艦橋に到着すると、そこは混乱の渦中で参謀達は右往左往した様子である。

艦橋に到達した長谷川中将はすぐさま九三式双眼鏡にて上海方面を見始めて数秒で、その表情が固まった。 出雲は艦砲射撃による陸戦隊の支援を行うべく租界の日本地区に隣接して流れる黄浦江(こうほこう)に侵入していたが、そこから見える光景は余りにも予想外だったのだ。参謀長が言うように上海近郊に明らかに丘とはスケールが違う山がそびえ立っている。

また中国軍に包囲されていた上海市すらも大部分が包囲していた中国軍共々消え去っており、その代わりに周辺には樹海と言っても過言ではない森林が広がっていた。更には黄浦江の東側にあった不便な農村でしかなかった浦東は消え去り、海と思われる海域へと繋がっていた。

どう考えても人為的な出来事とは思えない。

しばらくして長谷川中将は口を開く。

「……確かに異常事態だな。
 共同租界の一部は確認できたが…
 租界があったとしても、ここはどう見ても以前の上海とは言いがたい。
 参謀長の意見は?」

「……正直申しまして、
 人知を超えた何らかの超常的な現象に見舞われたとしか思えません」

不幸中の幸いか周辺海域に展開している空母1隻、水上機母艦1隻、海防艦3隻、軽巡洋艦8隻、駆逐艦26隻、砲艦7隻からなる第三艦隊と、日本人居留民の保護と周辺の守備に就いていた陸戦隊の無事が無線にて確認できたことであろう。この時期の海軍陸戦隊はTM式無線電信機を装備しており、日本が守備する5km範囲なら問題なく通信できたのだ。

「同感だ。
 ともあれ、現地に居る我々が茫然としている訳にも行くまい。
 一部の陸戦隊に市内の調査、加賀に艦載機にて周辺の偵察を行うよう命令を出せ」

「本国への連絡は?」

「ある程度の情報が入ったらだな。
 いきなり山が在りました、樹海を発見しましたでは連絡にならないだろう。
 私だったら確実に正気を疑う」

「たっ、確かに……」

長谷川中将の決断によって陸戦隊の一部と、加賀から飛びだった6機の九六式艦上爆撃機による調査が始まった。徐々に情報が集まってくる。残っていた部分の共同租界を捜索した陸戦隊からの報告によると、誰一人として居ないもぬけの殻であり、むしろ日本人が居た周辺の地域を除いて、何処かへ消え去ったと言った方が正しいかもしれない。航空偵察の結果、行う前から殆ど判っていた事だが、上海があった長江河口南岸とはまったく別の場所と判明する。

そして、事もあろうに共同租界から約220km南西にある沿岸部には中世ヨーロッパにあるような小城を中心とした城下町すらも在ったのだ。また、その城下町はとある王国の前哨基地を兼ねた湾岸都市である。こうして日本帝国と異世界の交流が始まろうとしていた。
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【あとがき】
レンフォール戦記のリメイク版として書いていたものを改編したもので、レーヴェリア界に西暦1937年の日本帝国を転移させてみました。

レーヴェリア戦記は仮の題名なので近いうちに変わるかも?
そして、反応によっては短編で終わったり、転移が無かったバージョンに変わるかもしれません。


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2011年02月12日)
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