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ダインコートのルージュ・その31


『代理戦争 掃討』



がやがや言う声が聞こえてくる。

酒を喰らい、手柄話や女のことが大半で、やたらとうるさい。


『あの女房と娘は、けっこういい味だったな。』

『四菱の支社長の女房と15の娘だろ、うめえことしやがって。』

『連れてこようとしたんだがな、部隊長が邪魔になると怒ったんで、俺は娘が回ってこなかったぜ。』

『ま、二人とも裸で放り出したんだ、今頃は生きたまま山犬の餌だぜ。』

ギャハハハ、と下品極まりない笑いが響く。



 ここは上海の北15キロほどの山中、50名あまりの集団が古い城跡にこもっている。軍人としては、かなりの訓練を受けている方だが、言う事もやることも強盗と変わりない。

 四菱商事の上海支社長宅を襲い、本人と家族を誘拐すると、山の中で妻と娘を強姦した後裸で放り出し、支社長だけを連れ去っている。

 ほぼ同時刻に、帝国重工の上海支部には時限式の爆弾が仕掛けられていた。これはすぐに撤去されている。


 この集団は、最近上海租界で五人、十人と小集団で動き、日本人や日本企業を狙って殺人や放火、爆破などみみっちいテロ行為を繰り返していた。  少人数で動いていたため、これまで発見できなかったのだが、連中は欲をかいて身代金を奪おうとしたのが運のつき。埋めた死体がすぐ見つかるとは、まったく思っていなかったらしい。四菱支社のポストに脅迫状を入れた男の後をつけ、この城跡を発見したのだった。


 1キロほど離れた場所で、迷彩をつけた日本軍の監視が、集音マイクの焦点をずらし、別の場所の会話を聞きとりはじめる。石造りの古い城跡は、音波が反射しやすく、回析現象によりかなり奥まった場所の会話でも響く。集音マイクが集めた音を、増幅器が自動的に分析し、特定の位置の音波を抽出できるのである。


『わ、私たちのことはいいから、お父さんを助けてください!』

 マイクに集中しながらも、父親の無事を必死に願う声が、隊員の耳にこびりついて離れない。

 迅速に組織された日本軍の追跡隊は、無事二人を保護した。さんざん暴行されたあげく裸で山中に放り出され、獣の恐怖と戦いながらも、娘は母をかばい父親の事を心配していた。だが、二人の必死の願いもむなしく、支社長はさほど離れていない場所で、殺されてぞんざいに埋められていた。

 連中を今すぐ皆殺しにしたい怒りと戦いながら、隊員は情報の収集を続ける。



『上からはなんと言ってきているのでありますか?。』

『移動の用意をしろとの事だ。東の港で船に乗るのだから、南だろうな。』

『上海は放置するのでありますか?。』

『いや、今度は地方の馬賊や盗賊を使って、我々の痕跡を消すつもりらしい。』

『馬賊や盗賊では、日本軍に対処は難しいと思われますが。』

『逆だ、そいつらを退治させて、これで済んだと思わせるつもりらしい。』

『なるほど、さすが袁将軍。日本ごとき僻地の田舎者には、中華の優れた才覚などわかりますまい。』



カサカサッ


 かすかな気配がして、同じ部隊の人間が顔を出す。

「ルンバの回収は終わった。」

「了解。」


 監視を始めてすぐ、連中の連絡員らしい人間が手紙を持ってきたが、外で受け取った部隊長らしいのが読んでその場で焼き捨てた。

 もちろん証拠を残さないためだが、日本軍相手にはちと甘すぎた。21世紀のお掃除ロボットを祖先に持つ、ルンバ1908という大型のクモに似た収集ロボットが、残骸を拾い集めてくれている。行動半径は500メートルほどだが、ピンポイントで指示された地点10メートル四方から灰や燃えカスだけを集め、光学分析データを自動的に解析してくれる。たとえ砕けた灰でも、1ミリ以上の欠片で残っていれば、コンピューターが自動的につなぎ合わせ、98%近い精度で再生してくれるので、内容はおろか書き手の筆跡にいたるまでほぼ全部分かってしまう。もし灰から情報を読み取られたくなければ、他の灰や土を5倍以上混ぜ合わせて、水に流すしかない。

 ルンバが集め終わった情報を送信する。集音マイクが拾った情報は常時送り続けている。高高度無人探査機を中継し、日本の帝国重工本社でチェックを受け、上海の情報担当官へほぼタイムラグ無しで送信される。

 即座に、情報担当官の百合京子から連絡が入った。



『情報収集は終了せよ。第二段階に入る、≪殺ってよし≫。』 



極めて平板な声で、口調、内容ともに聞く方がぞっとするが、今回ばかりは小隊全員が本気で怒っているのでテンションが上がる。


 選択してあった岩盤に台座を置き、フレキシブルアームをはめ、窪みに先端を入れると瞬間硬化樹脂を流し込む。地盤によっては深く杭を打ち込まねばならないが、岩盤があれば、樹脂を使うと同じ効果が出る。何より音がしないのがいい。外す時は溶解剤を入れればすぐにとれるのだ。

 その間に、城跡のある地盤の地形と電波解析結果を本社へ送り、目標設定を行う。

 太さ20センチほどの金属の筒を、台座に三本並べて固定する。見た目より重いのは、砲身にも使われる非結晶型モリブデンを使った特殊鋼のためだ。なぜそんな構造をしているのかというと・・・。


 ズドムッ!


 異様に腹に響く音がして、大砲のように炎が撃ち出される。  

 初速に乗った砲弾が点火しミサイルとなってさらに加速。 

 最大加速でマッハ2になった新型携帯ミサイル『RAIJIN』は、岩盤に激突した瞬間、多層集積型形成炸薬をマイクロセコンドのタイミングで連続して爆発させた。前面の一点に、その全エネルギーが集中し、頑丈強大なはずの岩盤を貫通する。

 6メートルの鉄筋コンクリートをぶち抜くという地下施設破壊型爆弾のバンカーバスターに匹敵する貫通力は、巨大なくさびとなって岩盤を貫いた、それが3発。上層の岩塊がそれに耐えられるわけが無く、撃ち込まれたエネルギーが逃げ場を求めて表層を広く割った。


 ズドドドドドドドドドドドド・・・・


崩落した表層が、その上に乗っていた城跡をゴミのように巻き込み、地響きを立てて下の谷底になだれ落ちていく。

『かたきはとったぞ。』

隊員の一人が、心中でそっとつぶやく。哀れな娘の悲しい声を思いだし、そうつぶやかずにはいられなかった。

だが、戦いはこれで終わったわけではない。こんな馬鹿げた命令を出したさらに上の連中を『吊るす』準備が必要だった。




 マイクロメモリの録音情報は、1キロ離れた城跡の屋内での、北京語訛りの聞き苦しい笑い声やツバを吐く音まで、克明に記録している。ここは味もそっけもない、日本軍駐留施設の一室である。上海に駐在している日本軍の情報担当官である百合京子の副官、小山田良平は、メモを取りながら聞いていた。『日本のレモンスカッシュが恋しいなあ。』などとつぶやきながら、仕方なくウーロン茶をすする。
『なるほど、さすが袁将軍。日本ごとき僻地の田舎者には、中華の優れた才覚などわかりますまい。』

そのしばらく後で轟音が響き、記録は終わっている。

 かなりの犠牲者も出ているのだから、生き埋めにした連中に同情するいわれはカケラもない。ついでに情報的な価値も全く残っていないため、生かしておく必要性もカケラも無かった。そして袁将軍というのなら、袁世凱以外に該当する人物はいない。

 「南か・・・。そういえば清国軍の中に、何か報告がありませんでしたか?。」

 「うん」

 長い黒髪を細く編んで頭の両脇に巻いた、抜けるように白い肌の美女が、細い首をうなずかせる。小山田の上官で男女の関係もある百合京子である。ちなみにあだ名は“鬼アザミ”。

 タイトで細身の軍服姿なのだが、ボリュームたっぷりに盛り上がったプリンプリンの胸が、今にも胸ボタンを内側から弾いてしまいそうで、目を引くことこの上ない。それでいて、極めて表情は鈍く、何を考えているのかさっぱり見えない。

 細い長めのキセルに火をつけ、少し吸う。濃い赤のルージュが異様に艶めいて見える。

 「船の移動先だな。」

 かすかな言葉が、煙とともに立ち上る。

 ふむと、小山田がメモを止めた。清国軍は、人の動きは厳重に隠していたが、船にかなりの移動があったことは報告が上がっていた。この時代、社会資本整備と言う概念も無ければ、言葉ですら理解できない清国では、鉄道も無ければ公的輸送機関もほとんど無い。唯一大量輸送機関としてあるのは、大河を移動する船ぐらいなもの。そして船は、移動先を知らないで準備することはできない。チェックされていた船には、『榕城(ようじょう)』行きが異常に多かった。榕城(ようじょう)は、現在でいう福建省の省都である福州市で、台湾に一番近い都市でもある。
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