■ EXIT
ダインコートのルージュ・その31


≪エキゾチック・テレス12≫


 日露戦争の開戦と、日本海海戦、その後のこう着状態の中、日本は大きくその手を伸ばし、慎重にロシアとその同盟国への包囲網を築きあげていく。

 北極圏に前線基地を築いた時は、さすがに世界が呆れかえったが、その効果は意外に大きく、しかも日本の消耗が恐ろしく少ない。

 北欧各国とも交渉を順調に進め、同盟とはいかなくても友好を結ぶことに成功し、それが一層ロシアをがっくりさせる。かといって、この段階で北欧ともめ事を起こすことは、ロシアの地理的条件から言っても絶対に避けねばならない。東と西、両方に火がつけば、本気で国内情勢と国民の心情が揺らぎだす。

 そして歴史的に北欧は、ロシアの暴政に恨みはあっても恩は無い。日本の活躍に本気で声援を送りたいに決まっている。がしかし、ロシア帝国としては大国ロシアにひれ伏して、日本に牙をむいて闘うと宣言してこそ友邦だろう!と外務大臣などは歯ぎしりして怒り狂うが、勝手に友邦扱いされた北欧の方が、凄まじく迷惑だろう。むしろ内務大臣や皇帝陛下の方が『いらぬことを言わぬように』と厳しく釘をさすほどだった。

 ロシアの同盟国は焦りに焦るが、反ロシア派の国は当然日本びいきであり、ロシア側から『実利』を切り取れるだけ切り取りたいと虎視眈眈。とはいえ、北欧各国が日本と同盟を結ばなかっただけでも、ロシア同盟国は胸をなでおろし、反ロシア側はちょっとがっかりしたようである。



 ただ、そこからちょっとした間違いが起こった。

 起こした連中は、ネズミのしっぽを踏んだぐらいのつもりだったらしい。




 だがこればかりは、『踏んだ相手が悪かった』。




「ふんふふんふ〜ん」

 柔らかそうなつばのあるグレイのニット帽、流れ落ちる濃い藍色の髪。

 鼻歌を歌うのは、濃い小麦色の肌をして、妖しい美しさと陽気さを兼ね備えた女性。20過ぎのようにも見えるし、楽しそうな表情は角度によって17,8にも見えてしまう。

 オレンジを帯びた赤いサマーセーターは、かなりゆったりしたつくりだが、それでも胸元が凶悪に盛り上がり、その谷間に細い金の鎖で下げられた数個の十字架が挟まっている。逆に黒のミニからはこれまた濃い小麦色の脚線美が伸び、美しいと言ったらない。生足の存在感は肉質の躍動と艶やかな肌の輝きに彩られ、黒のハーフブーツが余すところなく露わにしている。ちなみにきわどすぎるような腿の付け根ぎりぎりのスカートは、キュロットスカートという半ズボン形状を持つスカートのような服で、実質はスカートと言うより短パンに近い。乗馬用から開発された代物なため、たとえ風でめくれたとしても内側は見えない・・・はずだ。(なんで『はずだ』なんだ?)

 ちなみに周りの女性たちは、もっと大胆な恰好が多い。ここノルウェーの夏は短く、その太陽を浴びることは北欧人の至福と言っていい。

 ノースリーブは当たり前。お昼時となると、若い女性でも平然と下着一枚でねっころがって日光浴である。いあ、22,3の女性がうつぶせでブラを外してるとか、起き上がったかわいらしい女の子がうっかりタオルを落としちゃったとか、耐性の無い日本人には強烈すぎる光景は想像しない方がいい。鼻血が出ても責任は持てない。

 ただ、その肌は白く、日焼けでわずかに赤くなる程度。夏でも日差しは弱く、小麦色の肌へのあこがれは強烈なものがある。

 そんな中で悠々と歩く濃い小麦色の肌は、熱っぽいまなざしが集中する。

 もちろん彼女の名は、テレス・ロペス・ニキーネ。新生ノルウェー王国の大通りをのんびりと散歩していた。


 普通なら、こちらの男性たちが放っては置かないところだが、彼女の強烈な服装とデザインは見る者を見惚れさせてしまい、気が付いたら彼女が通り過ぎているという有様。そんな彼女が、教会のそばでふと足を止めた。

 子供たちを小柄な男が追い回している?。いや子供たちの顔を見れば逆だと分かる。せむしの男にあちこちから石を投げつけ、からかって遊んでいるのだ。せむしの男もかなり足は早いが、すばしっこい子供たちには、どうしても追いつけない。醜い顔がさらに赤く歪んでいる。

 男が胸元に手を入れた時、ゴン!と鈍い音が聞こえた。ガキ大将の頭を、テレスの拳が容赦なくぶん殴ったのだ。

 ぎょっとして足を止めた子供たちに、さらにゴン、ゴン、ゴン、とつづけさまにぶん殴る。

「一対一で戦わないで、それでも男か!」

 呆然とする男の前で、子供たちは泣きべそをかいて『ごめんなさい』を言いながら逃げ出した。本気で殴られ、本気で怒られた。上から目線ではなく、テレスがしゃがんで同じ目線で怒ったのが特に痛かったらしい。

「ちっ」

 ばつが悪くなったせむしの男は、軽く舌打ちした。ばつが悪くなるような『何か』をしようとしていたのだから、少々たちの悪い男なのだろう。下手をすれば、何人か大けがさせられていたかもしれない。

 歪んだ目でテレスを見て、いやらしく表情を緩める。

「どこのおっかさんかと思えば、商売女かよ。」

「あら、よくわかるわね。」

 普通の女性なら侮辱もののセリフだが、テレスは平然としたものである。

「しなの作り方が年季が入ってらあ。だが、この辺じゃあ見たことがねえな。」

「バカンスで旅行中なのよ。」

「くそお、あと10年若けりゃ、財布はたいても買うんだがなあ。」

 テレスの素晴らしい胸元や、曲線美のような腰つきを、舐めるように見回す醜いせむし男に、首筋や胸元を強調するポーズを取るのは、見られる事が大好きな性癖のためらしい。ここまでサービス精神旺盛な女性相手では、性格の悪そうなこの男も何となく軟化されてしまう。

「ざんねんねえ。あそうだ、王宮の方へ行くのは、どう行くといいのかしら?。」

「そのバカでけえ乳もませたら、教えてやるぜ。」

 乱杭歯を見せて笑うせむし男。いやもう、とことん性格は悪いらしい。だが、彼女を一発で娼婦と見抜いたことに興味を覚えたテレスは、ペロンと気軽にサマーセーターをまくり上げた。

 いや、だから教会のそばだってば・・・。ちなみに今日は平日で、いつも遊んでいる悪ガキたちも逃げ出して、教会の周りは人気が無いのが良かったのか悪かったのか。

「ほー、これがこの頃話題になってるブラジャーってやつか。」

 真っ白なレースの下着が、濃い小麦色の肌に強烈なコントラストを描き、男の目が真ん丸に広がる。そこへ皺だらけの手がもぐりこむのは、あまりに淫靡である。

「んっ、上手・・だけど下は約束外よ。」

「けへへ・・って、おい。お前これキュロットスカートじゃねえじゃねえか!。」

 キュロットスカートにもう一方の手を突っ込んだが、逆にびっくりしてしまう。このいやらしい男が、思わず手を引いてしまったほど驚いた。いやもうドン引きである。 「ちょっとまて、その尻はズボンじゃなくて下着なのか?!。お前は下着を見せびらかして喜んでるのか??。」

 てへへと笑うテレス。この時代のキュロットスカートは、乗馬服から生まれた短パンの変形で、後ろから見れば短いズボンなのだが、テレスのお尻をよく見ると密着度が違いすぎる。しかもラインが出ないように下着をつけていない。要するにスパッツ一枚に、前だけキュロット風に見えるような短い巻きスカートをつけているだけなのだ。いやもう開放派もここまでやればご立派というかなんというか。

「俺もいろんな商売女みたけどよ、どんだけ変態なんだよ・・・。」

 この悪そうな男が、本気で衝撃を受けて声まで震えているのだから、この時代としてはちとやり過ぎと言えよう。

「その分余分に触れて良かったじゃない。さ、代金払ったんだから教えなさいな。」

「なんか得した気がしねえぞ・・・。まあいいや、ここをまっすぐ行くだけで王宮だが、右の小道から一本入ると買い物通りだ。安くてうめえ店は、ロイゼンの居酒屋と、マイラの食堂がいいだろさ。左の小道からも行けるが、こっちはお前が行くともめそうな売女が多い。あと男が欲しけりゃ男娼もいるぜ。奥のメイザイの売春窟が取り仕切ってるからよ、商売したけりゃ申し出るんだな。」

 最後は調子を取り戻したのか、『おめえみてえな売女ならしこたま売れるぜ』という毒をたっぷり盛ったセリフで締めくくる。

「ありがとさん、あんたが地獄に落ちますように。」

 テレスの毒のある笑いとセリフに、むしろニヤッと嬉しそうなせむし男。

「おめえも同類みてえだな。そうなりゃ地獄も結構楽しそうだぜ。」



 テレスはとりあえず右の小道に入っていく。まあ彼女には何という事も無い出来事だったが、気になったのが左の乳房に触れた手の形だ。内股から奥へ触れた左手のはそうでもないが、右手にはひどくタコがあり、特に親指と小指が異常に変形していた。そして筋肉の付き方が左右極端に違う。明らかに何らかの武器を使う手の形だが、この形状は彼女も全く知らない。

「何者かしらね・・・」

 触り方はなかなか上手で、薬指でくすぐられた乳首が立ってしまっていた。

「ああいう男は、ベッドでけっこう強烈なんだけどな〜。」

 インポでなければ、彼女は男の顔形にこだわったことは一度もないので、遠慮なく誘っていたかもしれない。
そして最後のセリフの『同類』という意味は、彼女の内股に触ったためにうっかり口を滑らせたようだ。テレスはフルマラソンだろうとトライアスロンだろうと余裕でこなせる体をしている。見かけはしなやかで実に柔らかそうだが、内股に触れば極めてしっかりした筋肉が分かる。商売女でこの筋肉は、ある特例を除いてはありえない。その特例とは『暗殺者』である。殺すだけならば女の手でも可能かもしれないが、職業的暗殺者は逃げられなければ殺されるだけだ。自然、普通の娼婦とは筋肉の付き方がまるで違ってくる。つまりあのせむし男も『同類』、すなわち暗殺者の可能性が高かった。

 まあテレスの場合は、特例の更に特別、暗殺者ごとき裸足で逃げ出す『公娼婦で特殊作戦群の指揮官クラス』という化け物なのだが。


 左の小道も刺激的だったかもしれないが、面白い男に会えた事で満足したのか、にぎわう穏やかな右の小道を眺めつつ王宮へ向かう。新王を迎え、独立を果たし、ノルウェーは沸き立っていた。民の表情を見れば、その輝きは日本のそれと良く似ている。 何かお祝い事があったのか、葡萄酒の樽を開けて、道行く人にどんどん進めていた。一杯テレスも押しつけられて飲んだが、なかなかいける。

「美味しかったわ。今日は何のお祝いなの?」

 葡萄酒を進めていた夫婦は、そばの酒場の主らしい。

「王様の次女様の誕生日なんだよ。その次女様がうちの娘と同じ名前でねえ。お祝いのおすそわけだあね。」

 どうやら新王は国民からとても好かれているようである。また来ることを約束して、王宮へ向かった。

 王宮の門番に名前を告げ、内務大臣になったモンフェ・レグリに面会の約束があることを告げた。もちろんアポイントメントはとってある。モンフェから国王陛下に連絡が行くのはもちろんだ。


 待たされること3分。

ドドドドドドドドドドドド

 突如、地鳴りのような音が近づいてくる。

「な?なんだ??。」

 思わず身構える門番。だが、その音は王宮の方から近づいてきた。



「おね−−−−−さま−−−−−−−−−−−−−−!!」



 象牙色のドレスをまとった小柄な姿とキンキン声が、ドップラー効果をまといつつ一気に驀進してきた。


ドーン!


 小さな両手が戸惑う門番を、突進力+興奮状態の火事場のナントカパワーで一気に吹っ飛ばす。そのまま門番の犠牲で緩んだスピードで、広げられた小さな手がわふっとテレスの細いウェストにしがみついてくる。ほんのり残るソバカスと、薄く青い大きな眼、まだ5年前の面影がそのまま残っていた。

「ま、マリーシャ、マリーシャなの?!」

「おねえさま、おねえさま、おねえさまあああっ!」

 涙を流しながら、ひしとしがみつく小柄な女性は、以前よりほんの少し肉づきが良くなったようだが、テレスがスウェーデンを走りまわっていた頃に色々“ふらち”な行為をやらかした少女の一人である。

「も、もしかして、王妃様って・・・?。」

「はっはっはっ、その通り。我の妻である。」

 悠然と現れた偉丈夫は、元カール王子ことホーコン7世陛下。ただ悠然としているように見えるが、その実かなり汗をかいて息を必死に殺している所を見ると、マリーシャの驀進に追いつけなかったらしい。

「あー、それと、そちらの門番には後で見舞いを出してやっておいてくれ。」

 陛下は本気でゼエゼエ言っているお付きの者に、すまなそうに言った。ちなみにその後ろには、モンフェ・レグリ内務大臣が青い顔で息を荒くしている。王妃を除く全員の視線が、5メートルほど離れた樹木に頭から突っ込んでピクリとも動かない門番を、気の毒そうに見ていた。




「久しぶりだな、テレスよ。」

 王家の客室で、落ち着いた調度と静かな室内に座を変え、国王陛下は改めてあいさつをした。

「はい、ご無沙汰しておりました国王陛下。」

 ソファで向かい合う国王とテレス、だがテレスの腰にはニャーニャー甘えまくりからみつくマリーシャ王妃がいて、なんとも珍妙なあいさつになってしまっている。

「マリーシャ、少しは落ち着かないか。」

 国王陛下も困ってたしなめるが、まるで聞いていない。たまたまテレスが下げてきた十字架の一つが、マリーシャが送った物だったため、それに気づいた彼女はもう陶酔の極みに堕ちていた。子犬のように無邪気に甘えつく姿は、へたに強く言うとこちらが罪悪感で潰れそうなほどである。

「おねえさまが国王陛下の愛人だったと聞いた時はもう、私、心臓が止まりそうなほど驚きましたわ。でも、ならばどうしておねえさまが、陛下のお側にいられなかったのか、私は第二王妃でいいから、おねえさまにいてほしかったですぅ。」

 本気で困り果てるテレスは、マリーシャ王妃の言葉を聞いて、ジロッとホーコンをにらんだ。

『カール!、あんた何を彼女に言ったの?!』

 凶暴な視線にビビりまくる国王陛下は、とたんにカール王子に戻ってしまう。

『いやっ、別に何もおかしな事は言ってない、本当だっ!』

「でも、陛下のお人柄に触れ、無体なことをなさる方ではないと確信しました。そしておねえさまの国情を聞くにつれて、日本へ行かれるのも仕方なかったかもと・・・でも、いつか、いつか帰ってきてくださると、私信じてましたわ!。」

 純真そのものの目線に、どうしていいかわからないテレスは、珍しく弱った笑みを浮かべる。

「おねえさま、おねがい、ず〜〜っと我が国にいて下さいまし。おねえさまがいてくださるなら、私おねえさまを第一王妃にして差し上げますからあ。」

 涙目で愛くるしい顔を歪め、とんでもない事を言い出す王妃に、国王もモンフェも頭痛を起こしそうな顔をする。

「じょ、冗談よね・・・?。そんなことしたら、他の王家も大騒動になっちゃうわよ。」

 なんとなく、冗談では済まないような雰囲気に、少々焦るテレス。いやまじに、そんなことを発表しようものなら、ノルウェーはおろか、ホーコンの故郷のデンマークや王妃の祖国のスウェーデンが激怒する。ところがお日様すら気合負けしそうな笑顔で、王妃はにっこり。

「大丈夫、うちにもよその王家にも絶対何も言わせませんわホホホ・・・」

『な、何の根拠があるのよ・・・?』

 この先は何か聞いてはならない闇がありそうな気がして、思わず引いてしまうテレス。しかも、国王もモンフェ内務大臣も諦め顔。

『ちょっと、そこ何を諦め顔してるのよ?!』


 ここで、このまま会話が続いていたならば、テレスは何か抜き差しならぬ事態に巻き込まれていたかもしれない。そこへノックが起こった。

「モンフェ様、油田鉱区統括のレザラス様が至急お会いしたいとのことです。」

 陛下とモンフェの目線がひどく緊張して交わる。今まで全力で甘えモードだったマリーシャ王妃までもが、急に動きを止めた。

「テレス、少し待っていてくれ。」

 彼女の返事を待たず、二人が出ていくのはただ事ではない。少し理性を取り戻したマリーシャ王妃に、テレスの強い視線が突き刺さる。瞳孔がきゅっとすぼまり、目の奥をのぞき込むような視線が走った。

 ぼっとマリーシャの頬が染まり、主従関係に近いような逆転が起こる。

「マリーシャ、何があったの?。」




「これで5人目か・・・」

 痛ましい表情を浮かべるホーコン7世。

「全員油田の技術者ばかりとは・・・えげつないまねを。」

 モンフェが片目を怒らせて歯ぎしりをする。

 がっちりした体格のレザラスが、体をかわいそうなほど縮めていた。

 最初は、海に転落死したと思われていた設計士が、側頭部に異様な傷が見つかった。  二人目と三人目はボーリング機械技師とその助手で、どちらも胸の真ん中に風穴があいていた。
 今日の五人目の犠牲者は、整備士で後頭部がぐしゃぐしゃになっていた。
 そして、全員死因が不明。当然犯人はわからない。

 ここまで犠牲者が重なれば、狙いが分からない方がどうかしている。全員イリュミン・ダイア商会の技師であり、商会へテロという脅しをかけているのだ。

 商会はスウェーデンの鉱山開発に大成功をおさめ、今度はノルウェーの海底油田開発を当てた。しかもこの油田の位置は欧州のそばであり、原油の質も極めて上等であることが分かっている。その位置的な優位性と高品位の油質から、油田としての価値は凄まじく高い。商会への妬み、油田の利権への欲望、北欧のレベルアップを喜ばぬ国家、様々な敵が表からも裏からも圧力をかけてきていた。そしてテロ行為はえげつないが、直接の暴力ほど効果的な脅しも無い。

 しかも狙われているのはあくまで企業であって、しかも大半がスウェーデン人であるため、ノルウェーは面目をつぶし、スウェーデンの方は犠牲者の数と犯人を捕らえられないノルウェーにだんだんいきり立ってくる。つまり北欧の関係悪化まで狙いに入っているらしい。それでなくとも、同君連合を解消しノルウェーを手放したことに不満を持つスウェーデン人は多いのだ。

 それにしても、未だに犯人はおろか殺害手段すら特定できなかった。
ノルウェー政府をあざ笑うかのように、犯行はすべて昼間、それも作業中を狙って行われている。
死亡した人間のそばにいた者の証言で、銃声はおろか爆音一つしなかったらしい。5人目の時は直後に発見したため、全力で捜査網を敷いたが、それらしい武器や道具すら見つけることが出来なかった。もちろん、現場の動揺は凄まじい。

 小国であること、そして『弱い』ことをあざ笑う大国の影が見える。ひたすら身を縮めるレザラスを責められない。次第にじりじりと委縮させられ、気持ちが萎えていきそうだった。




「陛下・・・!」

 マリーシャがひどく赤い顔をして、部屋に入ってきた。そしてテレスも。だが、その眼を見てモンフェやレザラス、いや国王陛下すら舌が凍りついた。その眼光は、肉食獣がおびえて逃げ出すほどの殺気が宿っている。


コッ、コッ、コッ、

足音すら耳に刺さるような音を立てる。


「話は王妃様から聞いたわ。」

それは、国王が出会ってから初めて聞く声だった。


「うちの会社に舐めたマネしてくれるじゃない。全員逆さづりにして岩でカマ掘ってやる。チンコ引き抜いて糞と一緒に引き裂いた口に押し込んでやる。おふくろの胎から出てきたことを死ぬまで泣き叫ぶぐらい後悔させてやるわ!。」


 真っ黒な毒を含む声が、地獄から聞こえてくるような煮えたぎる怒りをところかまわずぶちまける。テレスの美貌は、悪鬼羅刹の凶相を帯び、白い歯は吸血鬼の牙のように閃き、破壊と殺戮の衝動がしなやかな肉体すべてを駆け巡って、嵐のように放射されている。この凶暴獰悪なエネルギーは、委縮して縮み上がっていた男たちの魂に黒々とした怒りの炎をぶちまけた。マリーシャ王妃に至っては、別の部屋ですでに何度もテレスの凶暴さに炙られ、犯され、性的絶頂に繰り返し達していて、再び部屋に轟きわたる咆哮に耐えきれず達してへたり込んでしまう。

 もともとテレスはイリュミン・ダイア商会のアメリカ人幹部としてスウェーデンへ来て、各地の鉱山をじっくり見て回っている。そこで知り合った技師や鉱夫も多い。今回の犠牲者のうち3人は、顔見知りである。嫁ぐ娘のことを話され、難産だった双子の写真を見せられ、自分のような鉱山技師になりたいと言う息子を自慢された。その思い出が、生皮を剥がされたような痛みと怒りとなって、体中を駆け巡っていた。

「ホーコン国王陛下。」

 低く、そして腹に響く声。

「ああっ、テレス。やってやろう!。」

 ノルウェー国王の目も、赤く怒りに燃え上がっていた。

 新生王国には人口も武力も大してあるわけが無い。だが、戦いは武力だけではない。
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