■ EXIT
ダインコートのルージュ・その31


≪エキゾチック・テレス 8.5≫


『白い世界の中心で愛を叫ぶ獣たち』



欧州人は、乾燥した気候に住んでいるため、身体をふいたり水を浴びたりはするが、日本のような風呂に入る習慣はあまりない。
一つには、都市部では水や燃料が高いせいもあるらしい。

が、北欧あたりになると、とにかく寒いからお風呂は入りたいのが当然だ。

ただし、やはり贅沢ではあるのか少し遠慮気味に入るらしい。



日本式の『湯船』や『温泉』が気に入っていたカール王子は、古くなって廃棄される巨大なブドウしぼりの桶を見つけ、それを修理加工させて湯船にしていた。

元が数百キロのブドウを、浅く広く踏んでしぼる桶だったので、巨漢の王子でも足を延ばして入れた上に、湯を張るたびに200年近く使われた桶に染み込んだ葡萄の香りがたちのぼり、陶然となる。


 カポーン


「まあ、いい香りね。」

もうもうと白い湯気の上がる中、濃い小麦色の肌を輝かせ、タオルで胸元を押さえたテレスが、浴室に入った。
普通の部屋にバスタブがおいてあるだけのような場所では無く、石とタイルを張り巡らせた防水性の高い部屋である。

長いタオルは、湿気で肌に密着し、隆起の激しい胸から、きゅっとくびれたウェスト、優雅な腰のあたりまで密着して覆っている。
あでやかな隆起から、おへその小さなくぼみまで分かるだけに、タオルをめくれる風の無い風呂場が恨めしい。

「うむ、この香りは私も意外だったが、友人たちもうらやましがっている。」

巨漢のカールが、胸毛も露わにのしのしと入ってくると、さらに湯気が濃くなり、あまり中が分からない。

湯船は大きく、二人が楽に入れるほどで、しかも木製のために保温性も良い。

チャプ、軽い水音がして、小柄な小麦色の影が下に沈む。

「んっ、きもちい〜〜っ。」

テレスも湯船に入るのはひさしぶりだ。


お風呂で伸びをしているらしいが、何しろ湯気もうもう、何も見えない。


「こちら(デンマーク)は寒いからな、風呂に入るのは誰でもよろこぶ贅沢だ。」

ザバッと、こちらは少し重い水音。王子が入ったらしい。


チャプ、チャプ

軽い水音が寄り添うように近づき、チュッと何やら音がするが、何しろ湯気もうもう、何も見えない。


「んふん」

ザザッ、と軽い水音が絡み合う。

「アメリカから来たイリュミン・ダイア商会の美女が、スウェーデンで大変な話題になっているとは聞いていたが、まさかそなたとは思わなかったぞ。」

「あら、どこで聞いてましたの?」

テレスのちょっと驚いた声。まだそのことは一言も話していない。

フフンと王子の鼻で笑う声。

「地勢学の話から、ダイア商会と繋いでくれたのはテレスではないか。」

ザブッ、と大きく水の動く音。小麦色の影が上にせり上がるように動くが、何しろ湯気もうもう、何も見えない。

「そなたのような女が、そうそう世界に何人もいてたまるものか。あちらの王や貴族たちがそろって骨抜きにされていると、モンフェが言っておった。その時に『まるでテレスのようだな』と思ったのだよ。」

柔らかいものを咥えたような声と、かすかな、ほんのかすかなテレスのうめく声。 チャプチャプと何やら怪しい蠢きが、水音となって伝わってくるが・・・・・・・・、何しろ湯気もうもう、何も見えない。


「まあ、ひどい。それじゃあ私がよっぽどの悪女みたいじゃない。」

笑いを含んだ声は、言葉を裏切って、面白がっている。

「みたい、じゃなくてそのものだろ、え?、どうだ、どうだ。」

「んあっ、やっ、ひ、卑怯よカールっ、んっ、ああんっ。」

ジャッ、ジャブッ、

一体何をやらかしているのか、水がはね、何やら激しく動く音と、細かなクチュクチュいう音がするが、何しろ湯気もうもう、何も見えない。


「いや、悪女というより淫売だな、天下御免の淫売だ、この大悪女め、一体何人の男に股を開いた、え、ほれ、言ってみろ、言ってみろ。」

「あ、ああっ、やっ、ダメっ、そこ弱いの覚えてたっ、ごめんっ、ごめんなさい、あっ、だめえっ、」

激しいあえぎと、繰り返す絶叫に近い声、それが何度も何度も、高く、低く、乱高下を繰り返す。 そして一瞬、テレスの声が途切れたかと思うと、ざぶっと倒れ込むような音がした。・・・・・・だが、何しろ湯気もうもう、何も見えない。


「はあ、はあ、・・・・んもう、ひどいカールっ、」

テレスの涙声など、めったに聞いた者はいない。

「ワハハハハ、焼きもちぐらい焼かせろ。でないと焦がれ抜いた我の立場が無いわ。」

湯気の中で、ドキッと音がしたような気がした。

「何度、そなたを迎えに行こうと思ったか、月光の中にその笑顔を見た時、我は狂うたかと思った・・・そのまま狂えても良いと思った。」



沈黙が、しばし湯船の中に荘厳に鳴り響く。



シャワシャワと何かを泡立てる音がして、ピチョッ、ヌルッと何かを塗りたくる音がする。だが、何しろ湯気もうもう、何も見えない。


「もう、ほんとに、ドキドキさせるんだから・・・・・」


耳元で囁いたらしい、ほんのかすかな、甘い声。

「お返しは、10倍返しと決めてるのよ。」

小悪魔のような笑いを含んだ声で、チャプ、プチュ、ヌチュルッ、と柔らかいものが広くこすれるような音がする。

「うお、お、こ、これは・・・」

「泡姫という言葉を、忘れられなくしてあげるわ。」

泡立った水音が、甘い声とあえぎが、激しくこすれるような音が、次第に湯船そのものをきしませていく。


・・・・・・・だが、何しろ湯気もうもう・・・くそおおっ、湯気がじゃまだああっ!!!
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