■ EXIT
ダインコートのルージュ・その31


≪エキゾチック・テレス 7≫


「んっ・・・よく寝た。」

肌寒い朝だが、艶やかな小麦色の肌は、寒さなど感じないかのように伸びあがる。

豊満で美しいベル型の乳房が、天を突くように反りかえり、ピンク色の小ぶりな乳首を震わせる。

豪奢な天蓋つきのベッドは、絹の海であり、寝乱れたそこから全裸で起き上がる彼女は、海の泡から生まれた小麦色のビーナスのように美しい。

「ん・・・おねえさまあ・・・・」

甘い寝言が、その傍らから聞こえた。

真っ白な肌の、細身で妖精じみた15歳ぐらいの少女が、これまた全裸でうつぶせに寝ていた。

その横にも、同じような肌で、豪奢な金髪の幼げな少女が寝ていて、その横にも、もう少し年上の17ぐらいのすらりとした女の子が、ぐっすりとうつぶせに寝ている。

居並ぶ全裸の少女たちは、みな抜けるように白い肌と、ほっそりとした美しい若木の姿でとてもきれいである。

巨大なベッドは、女性4人が寝るにも大きすぎるぐらいのしろもので、その上でどれほど“ふらち”な行動を取ろうが、何の不自由も無かったぐらいだ。


テレスは愛らしいソバカスのある寝顔に、くすりと笑いかけた。

このふらちな女性は、昨夜3人の少女たちと散々楽しく夜を過ごし、その性の知識をうぶな身体にたっぷりと仕込んであげたのである。

4人ともスウェーデンの名だたる貴族の娘たちで、親たちはこんな『お泊まり会』とはつゆ知らず、喜んで送り出している。


こうして彼女の毒牙にかかった少女は、すでに20余名。
しかも、イケナイ遊びを覚えた少女たちからのラブコールは凄まじく、さらに犠牲者は増えそうだった。




「おねえさま、私昨夜のすてきな夜は一生忘れませんわ。」

ソバカスの可愛い、薄い青い目の少女マリーシャは、朝の別れの時に目を潤ませながら、身体を疼かせる快感に耐えて言った。
テレスの優しいキスで、体中がしびれたように感じているらしい。

そっとテレスの手に金の十字架を握らせ、涙を見せないように身をひるがえした。

「まあ、困った娘ね・・・・。」

昨夜の可愛らしい乱れた姿、今にも心臓が止まりそうにあえぐ甘い声を思い出し、テレスも少し身体がうずいた。


握らされた十字架は、純金に大粒のサファイヤが埋め込まれた、家宝級の逸品だったが、少女からすれば精一杯の気持ちなのだろう。

だが、21世紀の上流階級のあつまる女学院などでも、バザーなどにとんでもない骨董品がポイと出されたりする事があるというのだから、価値と思いが釣り合うかどうかは分からない所だ。

テレスからすれば、その気持ちと涙が可愛い。

すでにもらった十字架だけでも10個余り、価値より何より、大事なのはその気持ちである。



ちなみに、この時点で彼女に贈られた宝飾品、芸術品、刀剣(守り刀)類は、王族、貴族たちから男女を問わず、すでに数十点に登る。

中でも、テレスがデートに応えた男性貴族たちは、『万一の時はこれを見せてくれれば良い』と、それこそ家宝の逸品を押しつける始末。

要するに、あまりに彼女との一夜がすばらしかったため、彼女との子どもを本気で作りたがったようである。
もちろん、その事実をもとに第二や第三婦人に加えたいのだ。この辺、まだ純朴さを残すスウェーデン貴族らしいと言える。

実際、中には彼女を帰したがらない貴族もいたが、『スウェーデン王と来週お約束がありますの』とテレスに言われると、抵抗はできなかった。
王と最初に関係を結んだのは、こういう点でもかなり有効だったと言える。









そしてテレスはスカンジナビアの内湾である、ボスニア湾の向かい側、フィンランド公国へと渡った。

表向きは商会の商用、鉄鉱石の売りさばき先の一つとして、スウェーデン王の紹介状を持って渡ったのだが、もっと別の用事もある。



シュウウウウ

フィンランドと言えば、日本ではフィンランド式サウナが有名。

マキを炊いて温めた石(サウナストーン)に、水をかけて蒸気をあげさせるスモークサウナと呼ばれる形。

そして白樺の若枝を束ねて作ったヴァスタで体を叩く。ウァスタを水に浸し、サウナの中で全身を叩くのである。
白樺からオイルがでて、体をきれいにし、森の香りが楽しめて新陳代謝も高まるという優れモノだ。

真っ白な大きいタオルで、胸と腰だけを覆ったテレスが、パシパシと濡らしたヴァスタで身体を叩いていると、入ってきた者がいた。

だが相手は、薄暗いサウナの中にもくっきりと浮き上がる、テレスの強烈な曲線にギョッとしたようである。

「ああ、お構いなく。今日のヴァスタは柔らかいわ。」

相手の男性は、少し戸惑った顔をしたが、合言葉に応えるようにつぶやいた。

「昨日のヴァスタのように、固いのが好みだがね。」

テレスは声をひそめながら微笑んだ。

「ようこそ、グラン・ドロッシェ」

「いや、まさか本当に女性だとは思わなかったよ。しかもこんな美人だとはな。ようこそフィンランドへ、テレス嬢。」

陽気そうな顔をにやけさせながら、腰にタオルを巻いただけの中年の男が握手をした。

フィンランド地下組織で、独立運動のリーダーをしている男である。




「いずれ近いうちにロシアは、南下のために大きな戦争を起こすでしょう。そのとばっちりが北欧に及ぶのは面白くありません。」

テレスは、イリュミン・ダイア商会とスウェーデンの関係と、これ以上北欧が欧州の食い物にされることを防ぎたい、というスウェーデン王の意向を伝えた。そのために、陰ながら彼らを援助するという。

「で、あんたらとしては、商売に二股かけて安全を確保したい、ということかい?。」

腕を組んで笑いながら、グランは言う。だが、その目は笑っていない。
今のロシア側大公と地下組織、両方にコウモリのように行ったり来たりしたいのかと言っている。

「二股かけるぐらい危険な事はありませんよ、グラン。」

小麦色の肌に汗を光らせながら、テレスは妖しく笑う。

「南へ向かう国は、北に関心は薄いですわ。ただ、関心が薄くなりすぎるのがああいうバカでかい国の欠点。」

グランの目が、驚いたように開かれる。関心が薄くなりすぎれば、無関心になる。
そうなると、誰がこの国を守るのだ?。

「ロシアの重しが取れれば、どうなるかお分かりでしょ?。」

このグランという男が、ただのはぐれ者と違う事は、収集された情報からも分かってはいたが、こうして顔を突き合わせて話すと、かなりの傑物であることが理解できた。 ただの男なら、独立の好機と喜ぶだけだろうが、この男はもう一つの可能性をすでに気づいていた。

「ロシアの重しが取れれば、なべ(欧州)が沸騰しちまうぞ。」

「特に危ないのが、ドイツやオーストリア。」

テレスの小さな声に、思わずうなづき返すグラン。

「そして対抗するフランスやイギリスもな。」

「だからこそ、あなた方にしっかりした国を作っていただかないと困るのですよ。」

今、フィンランド公国はロシアの皇帝が大公を兼任する形で統治されている。一応自治権はあるが、ロシア側の圧迫は強く、極めて危うい。フィンランド人としては、はがゆい限りなのである。同時にそれは、この地が不安定であるといえた。ここの混乱は、国境を接するスウェーデンにとっても、他人事ではない。

ここがしっかりした国となれば、スウェーデンはわきが固まり、北欧全体も極めて堅固な連合体になることが可能だ。


顔を寄せ、真剣に話しかける凄絶な美貌。そしてタオルからはみ出しかける美麗な膨らみ。乗り出した身体からは女の甘い香りがたちのぼり、くらくらさせる。 艶やかな小麦色の肌は、北欧の男という男を魅了する輝きを持ち、わずか二枚のタオルで、辛うじて隠されているのみ。


「人に頼む、その根拠は?。」

グランの顔が赤くなるは、暑さだけのせいではあるまい。

テレスは、一枚の書状を見せた。グラン・ドロッシェあてのスウェーデン国王オスカル3世の親書だった。
これで、国王の意向というのが本物であることは間違いなさそうだ。

「本物のようですね。」

連れて来ていた彼の参謀は、目を触れんばかりに近付けて、サインを見て判断した。

「そして、そちらさんもただの関係じゃなさそうですな。」

テレスが指にはめている地味な指輪に、ギョロギョロした目を光らせた。

グランはようやくその指輪の意味に気付いた。左右に配された外を向く王冠をかぶった獅子のデザインは、

「王家の紋章!?。」

そのまま印肉につけて押せば、王のサインになるという、ある意味最高位の信任を示す証明。
だが同時に、許可なく身につければ、極刑は免れない。王位の詐称に匹敵する重罪となる。

妖しく笑うテレスが、一瞬とんでもない魔物のように見えた。
だが、その魔物の何と魅力的で悩ましい事か。


「これは、北欧各国にとって、他人事ではないということですわ。我ら北欧の民は、己の身を家族で守らねばなりません。」

すっと空気が移動するように、テレスがグランのそばに身を寄せた。

「私たちが、家族であるということを、証明していただけませんか?。」









しばらくして、4人は笑いながら、そばのきれいな川に飛び込んだ。

体中の汗と体液が流れ落ちていく。

ただ、グランたちはテレスの体臭が消えることが、本気で惜しいと思った。









その後スウェーデンは、日本と極めて平等な貿易協定を結ぶことになった。
何よりイリュミン・ダイア商会と、テレスの後押しがあったからである。

その一番の目的は、帝国重工の優れた製品の仕入れルートを確保するためだった。

だが、さすがに日本との交易は誰も経験が無く、大半は英国などの欧州を経由する取引ばかりである。


「私が参ります。帝国重工に出向して、スウェーデンとの貿易をまちがいの無いものにしてまいりますわ。」


テレスがそう名乗り出た時、オスカル3世は顔をひきゆがめ、泣きそうに見えた。

この関係づくりは、将来的には武器や兵器などもありえる発展性があり、並みの者には任せられない。
東洋に何の経験も無い自国の官僚では、とてもできそうになかった。
テレスだけが、貿易のプロフェッショナルであり、オスカル3世の心中を知り、北欧連合の可能性も理解している。

だが、彼女を失うことは、王にとって身を切られるようにつらい選択だったようだ。

まして、王が耐えているというのに、テレスにぞっこんの他の貴族や官僚たちも、必死でこらえざる得なかった。




こうして、テレス・ロペス・ニキーネは、『アメリカ商社からスウェーデンのために出向してきた社員』として、帝国重工に戻ることになる。

ただ後のテレス嬢曰く。

「あの王の顔だけは、見るのがつらかったわ。」



壮大な詐欺とも言える彼女の活躍が、北欧の発展につながることを信じて、彼女は故郷へ戻ることになる。

だが、最後にひとつ、為さねばならない事があった。
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