■ EXIT
ダインコートのルージュ・その31


≪エキゾチック・テレス 5≫


1898年8月、帝国重工会議室。

メンバーは、高野指令、“さゆり”嬢、技術幕僚の真田忠道准将、特殊作戦郡の黒江大輝大佐、ダインコートの四姉妹など、帝国中枢部のメンバーである。 ちなみに、イリア・ダインコートが参加しているため、彼女の特殊技能『電脳大会議室』(命名、ソフィア・ダインコート)に、他の準高度AIたちも全員アバター(各個人を代表する仮の映像)を投入している。


「あと1ヶ月ほどで、カール王子が帰国されます、現在インド洋のこの位置を航行中です。」


“さゆり”嬢が、テーブル上の大きなホワイトボードに浮き上がった世界地図のホログラムと、そこに赤いラインで示される船の航行位置を見ながら、淡々と話す。

王子の乗船している船は、高高度無人探査艇が見張っていて、天候の異常や海上戦闘などに巻き込まれないか注意している。船の中には、特殊作戦群のボディガードが数名乗船、王子の安全を誰にも悟られることなく見張っていた。

大げさなようだが、万が一にもカール王子にもしもの事がないよう、しかもそれを王子には悟られないよう、帝国はかなりの注意を払っている。



歴史上の人物が、今死ぬような事は無いだろうと思いたいが、何しろ歴史と関係の無いはずの自分たちが、突然現れてしまったのだから、だれか歴史から押し出されて死ぬような事があったとしても、不思議でも何でもない。まして、これから行う作戦には、戦力はほとんど必要ないが、おびただしい戦略、謀略が必要になる、そのための重要人物である王子に死なれては、本気で困る。



高野指令が、真田を見て言った。


「真田君、銀河の特殊仕様はすんだかね?。」


真田は大きな白ひげを緩め、にんまりと笑う。
飛行船『銀河』は、こういう隠密作戦にもうってつけである。


「ええ、余裕ですよ。視覚阻害用光学迷彩、長期航行用低燃費化、潜伏用耐久装備、既にすんでいます。その他要望があればどうぞ。」

「いや、十分だよ。それに通常の航空機では、飛行場が必要だからね。銀河が無ければ難しいところだ。」

「ちょうどデンマークが、イギリスに戦艦を取り上げられて、ドックの潰れた場所がいくつもありますから、商社を通じてそこを買い取り、夜間に隠せばいいですわね。」


“さゆり”嬢の言葉に、思わず含み笑いをする一同。それもかなり悪戯っぽい笑い。

これから作戦が繰り広げられるのは、スウェーデン。テレスが隣のスウェーデンにいるなどと、露ほども思わないカール王子のおひざ元へ、飛行船を隠そうというのだから、ちといたずらが過ぎようというものだ。

ぽぅっと、ホワイトボードにテレス嬢の、りりしい軍服姿のホログラムが浮かんだ。ただ、そのスタイルの強烈さはどうしようもなく彼女のアバターである。


「でも、本当にこんなアバウトな作戦でよろしいのですか?。」


豪快な性格の彼女ですらも、少々困惑気味の表情だった。
綿密な作戦と万全の行動準備による、現実主義的な完全な行動こそが軍人の本分。
それに比べて、今回の作戦は・・・・。


「アバウトだからいいのですよ。今回の作戦は7割うまくいけば十分すぎるほど、逆に完璧はありえませんし、無理をすれば破綻します。あなたの思うままに行動すれば、それが一番高い成功率につながります。」


可愛らしい白いベレー帽のイリアが、ひどく大人びた口調で話しかける。見た目が頬ずりしたいほど可愛らしいだけに、かなりの違和感を感じる。
彼女の特殊能力の一つ、強力なプロファイル(行動心理学分析)が導きだした結論は、帝国内でも非常に信頼性が高い。



イリナたち広報部の諜報活動が入手するおびただしい世界の情報を元に、“さゆり”嬢は、さまざまな計画、立案を行う。

見た目、清楚で美しい目の覚めるような美人だが、対外的には世界に名を轟かせる科学者、そして帝国重工内部では訓練幕僚、作戦幕僚、航空幕僚、砲術幕僚、対潜幕僚、掃海幕僚、情報幕僚、通信幕僚、電子幕僚、気象幕僚、監理幕僚、保全幕僚、運用幕僚、船務幕僚、武器体系幕僚、補給幕僚、機関幕僚、整備幕僚、後方幕僚、企画幕僚、計画幕僚、安全幕僚、当直幕僚の合計23に及ぶ幕僚と旗艦の大鳳艦長を兼任している最高位の準高度AI。

それらの無数の計画、立案を、各専門分野の準高度AIが補完し、あるいは検討と再提出を行い、常時数十の小会議室が活動して世界に網の目を張り巡らし、日本の進路を常に万全の注意を持って進行させている。


イリアのプロファイルは、そのなかでもかなり高い地位を占めていた。


彼女が、カール王子の性格や行動パターン、そして彼から入手したおびただしい情報や人間データから、テレス嬢のプロファイルを重ね合わせると、意外な結果が現れたので、“さゆり”が計画行動を修正、新たな作戦を立案。高野も『面白い!』と作戦許可を出したのだった。

また、テレスはダインコート姉妹たちなどに比べ、まだほとんど顔を知られていない。 彼女が広報事業部の活動に、積極的に参加して、世界の男どもを悩殺するのは、少佐に昇進した1905年以降。
アメリカ企業の名をまとってスウェーデンに現れても、疑問に思う者などいなかった。


「テレスは用意は済みましたか?」

「ええ、まあ・・・」


“さゆり”の質問に、少し渋い顔で赤い唇をへの字にして、歯切れの悪いテレス。彼女らしくない返答に、ちょっと首をかしげる男性たち。

イリナが、苦笑しながら、


「何事も慣れですよ、テレスさん。よく似合ってたから、気にしない気にしない。」


女性たちがクスクスと笑い、男性たちが『はて?』という顔をするのも無理は無い。

テレスの印象を強めるために、彼女に似合う服を、AIの女性陣たちが総出で大騒ぎしながらデザインし、テレスに着せまくって遊んだのである。
もちろん、イリアの電脳大会議室でだが・・・、テレスの同意など、きゃあきゃあ大騒ぎする女性たちにはあってなきがごとし。

あっという間に引っぺがされ、透ける黒レースの強烈な下着姿に、ああがにあうの、この色がどうのと、もう狂乱状態で次々とデータを作り出す。
獰猛果敢と恐れられるテレスも、ハイテンションの同性の群れにはどうにも対処しようが無い。

3D映像で、瞬時に現れた服だけで二十数着、髪飾りからアクセサリーや靴まで入れると、二百数十種類にのぼった。それを全部試着というか、瞬着というか、着せられ、ポーズをとらされ、ほとんど戦場のようなすさまじさで服や靴やアクセサリーが飛び交う光景は、人間にはとても想像できない。

人をいじり倒す事はあっても、いじられた経験のあまりない彼女からすると、着せ替え人形にさせられた経験は、かなりショックというか疲労していた。
その上、『にあうにあう〜〜〜!』とみんながはやし立てた服は、かなりアラビアン風なエキゾチックな物が多く、慣れるのに時間がかかりそうである。


「あれでは、銀河でも無いととても運べませんよ・・・。」


恨めしそうにいうテレスに、女性陣は苦笑するだけであった。
まあ実際、実物が出来上がってみると、梱包や容器にはかなり特殊な物が多く、軽トラック一台分ほどの量になった。銀河でも無ければとても運べまい。



そして20日後、スウェーデンに現れたテレスは、わずか半月で国中の話題になっていた。



とはいえ、まだ情報伝達が極めて遅い時代。異国の女性の噂は、尾ひれがついて広まっても、正体はほとんど謎のまま。
エキゾチックな衣装に身を包んだ写真は、飛ぶように売れたが、何しろ新聞や写真の生産能力が小さく、カードサイズの映像がほとんどで貴重品扱い。つまり、よその国にまで広がることは、まるっきり無い。第一、わざわざ海や山を越えて運んだら、凄まじく高くついてしまう。


アメリカの大商会の、それも女性幹部という、いわば『高嶺の花』の衣をまとい、その服装と美貌は羨望の的となり、スウェーデンの貴族階級も注目した。

実を言えば、この当時のアメリカは、大半がスウェーデン以上の田舎だったが、そこはそれ、大西洋の向こうの様子はまず分からない。
少々不自由なご面相でも、遠く離れたら美女に見えたりするものである。北欧の食い詰めた人たちが、アメリカに激しい希望と憧れを抱いて向かったのも、距離が幸いしたと言える。

また、それまでにスウェーデンに進出してきたアメリカ企業はかなり強欲強引で、評判も良くなく、その会社の代表者のご面相もそれ相応のアブラギッシュばかり。
そこがテレスの容姿との対比で、彼女の印象を強烈にしていた。


ついでに、この商会は社長を始め、幹部が『ほぼ全員スウェーデン移民や2世を厳選してある』という念の入れようである。

こんな手段がとれるのも、移民大国である米国ならではだろう。

もちろん、帝国重工のヘッドハンティングによる逸材であり、丹念な洗脳と教育で祖国愛に燃え、帝国との事業協力を『極秘に自分たちから熱望し』、それも祖国スウェーデンのためにしていると思い込んでいる(実際その通りになるのだが)。

帝国との協力体制を取ることが、事業の拡大や業績の向上に確実に繋がっているし、まだ1898年は商売にこすっからく国家の権力を笠に着る欧州の列強より、東洋の小国日本との交易の方が、商売上有利と資本家や米国政府から見られるのも事実。第一日本との商売などスズメの涙ぐらいにしか思われていないので、アメリカの誰も注目しない。

そして行政府の対応もかなり違っている。

『フランスへ輸出だと?、スウェーデンから何でこんなに必要なんだ。軍艦でも増やす気じゃないのか?。我が国の安全にもかかわる、審査をし直すから再来月こいと言っとけ!。』

『日本への輸出だと?、こいつらも遠くまで大変だな・・・ほれ書類だ、早くいってやれ。帝国重工のイリナ嬢に会ったらサインもらっといてくれと言っとけ!。』


まあ極端に言えばこんな風。

本社の米国政府から、通過する領海や運河の国家など、列強の資源購入は、大量であればあるほど、警戒や疑念が持たれ、いろいろ横やりも入るが、日本向けはそもそも疑う者すらなく、書類審査も簡単だ。さらに分散と迷彩をかけて、どこをどう流れているのか分からないように念を入れていた。
この隠れ蓑で、莫大な資源が隠す手間も少なく、楽に集められている。

また、汚染された土壌の洗浄液を、日本が割安で浄化を引き受けているのを『貧しい東洋の小国家が、国土を汚しても金を集めようとしている』と各国は小馬鹿にし、調べすらせずに、急いで行かせた。毒物・劇物が多いので調べたくも無いのだ。もちろん、そういう企業の活動に、税法上の優遇措置まで喜んではからってくれるのだから、それぞれの国から、金をもらっているようなものだ。ドイツやイギリスのアイルランドなどは、途中の輸送まで協力してくれている。これは日本の小さな別会社の名義で行い、帝国重工がしているとは分からないようにしてある。万一にも疑念を持たれるのを防ぐためだ。

おかげで『汚染除去』を目的としたレアメタル・レアアースの濃厚溶液は、ぞくぞくと日本へ集積されている。
帝国重工は、お金をもらってレアメタル・レアアースが集めているようなものなので、笑いをこらえるのに腹筋を総動員しなければならなかった。



こういう祖国愛に燃え、帝国へは骨身を惜しまず協力する企業は、すでにアメリカ国内に十いくつも設立されていて、その祖国からもとても大切にされていた。
誰でも為政者は、自国民をアメリカになど移民させたくは無いのである。アメリカの富や技術を自国へ持ち帰らせ、いつかはとられた分を取り戻したいと、どの国も思っている。

これらがまた隠れ蓑の一つとなり、帝国の資源収集は一段とスピードをあげている。


見かけ上まじめで清潔だが、実は祖国愛に燃え、アメリカの富や技術を祖国へ(そして世界中の資源は帝国重工へ)密かに流し込むこれらの企業体は、アメリカにとってはたちの悪い寄生虫が体内で繁殖を始めたようなものだ。




そしてスウェーデンで活躍するテレスが、ついに社交界へ現れたのが、テヴェーヴェ侯爵夫人のパーティだった。
何人もの貴族や大金持ちが、どうにかして彼女を自宅やパーティに呼ぼうと画策してたが、成功していなかった。


侯爵は、その領地にアチキ銅鉱山の一部があり、採掘の交渉に訪れた彼女を侯爵が口説き、ようやくパーティへ招くことを承知させたのだった。

喜んだのが侯爵夫人で、異国の客人に凄まじく興味があり、しかもテレスを招いた事でパーティの盛況はほぼ約束されたようなものだからだ。

実際、テレスが来ると言うので、通常なら3〜4割は来ない招待客が、ほぼ全員来ている。招待客の数が多く、質が高ければ高いほど、そのパーティの格が上がるのだから、侯爵夫人の鼻はさぞ高かったことだろう。



ヨーロッパでも、北欧というとかなり田舎で、その服装たるやデンマーク貴族階級といえどかなり野暮ったい。
すでに欧州ではすたれている腰当て型や大型の枠をつけたスカート、男たちのカツラの形などもそうだ。

そのため、テレスの現れた瞬間、貴族たちが目を見開き、日ごろのつつしみも忘れて騒然となったのは致し方あるまい。



深い藍色の髪に、黄金のフェザー(羽)バンクルがきらめき、
薄くひらめく黒のロングドレスは、大胆にして強烈な深い色合いのベイズリー柄が舞い踊っている。


薄く透けるヴェールの下には、艶然として美しい微笑みがある。
しなやかな腕には、目を射るような金やシルバー、燃えるようなサンゴのアクセサリーが、誰も見たことがない強烈なデザインで輝いていた。



普通、パーティでは、女性には男性が、男性には女性が寄ってくるものだが、彼女の場合、男性の方が寄りたいのに部が悪かった。

女性たちが、その奇抜華麗な衣装にくぎ付けになり、群がって見入ったのだった。
ここに男性がいなかったら、テレスは服を剥がれかねないほどの熱があった。

ファッション雑誌すら無い時代だが、女性たちの美への関心の高さは古今東西変わらない。 ましてや、見た事もない衣装とアクセサリーに魅了され、彼女の一挙手一投足に注目が集まり、凄まじいほどだ。


何しろ21世紀のファッションセンスを身につけた、準高度AI女性陣の趣味の極致のような服とアクセサリーであり、エキゾチックの本家本元であるアラビアや中東の王侯貴族でも、絶対に持っていない。
しかも組合せの妙技、日本の素晴らしい製法と技術、時代を飛び越したデザイン等々、その迫力はテレスの美しさをさらに何倍も高め、輝かせていた。

えもしれぬ美しさとセンスに、見入った女性たちの目は完全にハート型になっている。


何とか女性たちの重囲を突破し、彼女に酒を進める男性貴族もいた。
北方の人間は酒に強いので、彼女を酔いつぶし、介抱するふりをして・・・という算段だったようである。

かなり強そうなカクテルに、女性たちがハラハラしながら見守る中、彼女はクイッと水でも飲むように軽くグラスを空ける。
これでは男性が飲まない訳にはいかず、5回目の乾杯でハイスピードさにふらつきだす。

「今度はアブサンを入れてね。」

にっこりとしながら、とんでもない事を言い出すテレス。

ニガヨモギの効いた、幻覚症状すら起こすといわれる75度の酒。それをベースにした強烈なビターのカクテルに、男性が青ざめたが、テレスは相変わらずクイッと軽く空ける。

とうとう乾杯10回目で、男性は急性アルコール中毒で運ばれる羽目になった。
実は、日本で相撲取りを平然と飲みつぶせるテレス、相手が悪かったとしか言いようがあるまい。

ほんのり色づく小麦色の頬と、揺らぎもしない美しい雄姿に、見ていた女性たちの目のハートは、桃色に染まっていた。



群集心理というのは不思議なもので、誰もかれも、テレスに焦がれた。 まさにスウェーデン貴族階級は、男女を問わず、テレスに『恋い焦がれた』のだった。
■ 次の話 ■ 前の話