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ダインコートのルージュ・その31
≪エキゾチック・テレス 2≫
1897年 7月21日 帝国重工はサイパン島、グアム島、テニアン島、パラオを含むマリアナ諸島、マーシャル諸島、カロリン諸島をスペイン王国から領土権を購入した。
同時にトラック諸島(現代のチューク諸島)に休養地を建設する。
環太平洋地域の中でも、巨大な環礁と、とびぬけて離れた位置にあるこの諸島は、現代ではチューク・ラグーン(環礁)とも呼ばれている。
チューク環礁はかつて1つの大きい火山の島であった。しかし数千年をかけて島の大部分が海面から消え、その山頂附近が現在の島々となって残った。
周囲300kmに及ぶ巨大な礁湖の中に、大小90余りの島々が浮かびそのうち80島は無人島。島から島へと小さなボートが頻繁に往来するさまは“太平洋の湖”と呼ばれる。
この特異な環境は、戦慄すら感じるほどの妖しい美しさを作りあげ、この世の楽園と呼ぶ人も少なくない。
翌年1898年には、美しく、優れた保養地がこの地に完成する。
風土や文化は最大限残しながら、水資源の確保や、汚水の高度浄化機構、万全の保養設備、そして妖しいまでに美しい女性たちを集め、すばらしい施設と娯楽環境をつくりあげたのである。
施設が完成してわずか1年後、補給や飲料水の確保が非常時以外は出来ないにもかかわらず、トラック諸島への上陸許可は半年先まで埋まり、逆に在留延長を願う多数の申し出を必死に断らなければならないほどとなった。
公爵領は国家領とは違う扱いになるため、上陸や在留には高野公爵の許可が必須なのである。
ほんのお遊び程度のつもりで訪れた観光客たち(それも世界的な大富豪や大国貴族等)は、風光明媚さと気候の素晴らしさ(設備の凄さでもあるが、それには気づかない)、そして麗しい女性たちの心からのもてなしに骨抜きにされ、もっと長く在留許可を取らなかったことを、心底嘆いた。
そんな中、一人の巨漢がこの美しい島の噂を聞きつけ、また公爵領という特異な場所への強い関心もあって、上陸してきた。
北ゲルマン系の白人で、身長は190を超え、恐ろしく姿勢が良い。デンマーク王国第二王子、カールである。
この話の元となるスカンジナビア半島を語る上で、欠かせないのがデンマークという島国だ。
半島の南、その先端を覆うような形で広がる島国で、日本では酪農で知られていることが多い。
デンマークは位置の優位性が、半島に強い影響力を持っていた。
半島の北は北極圏、西は狂える波頭の北大西洋、半島そのものは険しい山が多く、動こうと思うなら南しか無い、その南の海を覆うように広がるのが無数の島からなるデンマークなのだ。
欧州に何かを運ぶのも、欧州から持ち込むにも、船ほど効率のいい方法はないのだが、それにはデンマークの許可なくしてはありえない。
それ故に、歴史を通じてスカンジナビアの国々から膨大な富を絞りとり、非常な勢力を誇る事も多々あった。
欧州の中でも、デンマークはかなり豊かな国であったと言えるだろう。
19世紀末のこの国に、カール王子はいる。
英明果断、文武に優れ、情に熱く、人気も高い。その名声は近隣諸国にまで鳴り響く傑物だった。
だがたった一つ、『玉に傷』とも言うべき問題があった。
『王子が次男でなければねえ』
デンマーク国民の誰もが、そう言って嘆くのだ。
彼は、デンマーク王フレデリク8世とスウェーデン王カール15世の娘ロヴィーサの次男として生まれた。
兄は、のちのデンマーク王クリスチャン10世。
彼は次男であり、王家を継ぐことはできない。
兄はもうすぐ即位であり、凡庸ながら身体は極めて健康、そして、凡庸ゆえに貴族たちの支持も『圧倒的に高かった』。
貴族たちにしてみれば、凡庸な王こそ“かつぎがいがある”と言う。
良く言えば、自分たちの腕の見せ場があるという事だが、かんぐってみれば、凡庸な方が都合が良いということだ。
『へたに名君だと、扱いづらくてしょうがない。』というのが本音だろう。
それゆえ、カール王子の人気は極端に庶民に高く、王家の中では逆に極めて低かった。
また、グリュスには数名の子供がおり、王位を継いですぐ亡くなったとしても、その子供が継ぐことになる。
カール王子に王冠がめぐってくることは、ほぼ完全にありえなかった。
せめて女性で、十人並みの器量があれば、どこかに嫁ぎ先でもあるかもしれないが、男子となると、せいぜいどこかの養子か入り婿でも探すしかないが、これまた王子となると厄介で、そうそう見合う相手もいるわけがない。
おそらくあとは、王家の片隅でひっそりと日陰者として暮らすだけである。
なまじ頭脳も気概もあるだけに、このどうにもならない状況に、カールは己を必死で押し隠さねばならなかった。
もし、不満や怒りを口にして、グリュス王子を支持ずる一派に聞こえでもしたら、彼は密かに葬られる可能性すらあるからだ。
古今東西、お家騒動と言えば、跡目相続こそが一番のネタになる。
デンマークは豊かな国だけに、はびこる貴族たちは実にえげつない。
カールは、この国の欲望まみれのおぞましい貴族王族たちを、内心では本気で嫌っていた。
鬱屈と不満は、彼に強い行動欲を与え、頑健な体もあって、実にいろいろな国へ旅をしていた。
この時代は、病気や事故など旅先で亡くなる確率は非常に高く、厄介払いのつもりもあってか、王家は気軽に許可を与えている。
彼の最大の、そして最高の旅行は、1897年からの東洋への大旅行だった。
これを思い立ったのは、遠く東洋へのあこがれもあるが、何より日本への関心が激しく高かったためだ。
世界の歴史の研究もしていた彼は、東洋における日清戦争に非常に興味を覚えた。
この時代、国力はイコール国土(植民地を含む)と言ってよく、日本と清国の戦争は、日本が勝つなどと思う者は少なかった。
そして今では、日本の名声、商品、技術の高さまで、デンマークにも轟いている。
母を始め、女性たちが必死に買い求める抗老化化粧品は、全て日本製である。若きカール王子の、好奇心が膨らむのも無理もないことだろう。
兄や母はさすがに心配したが、カールは気軽に旅立っていった。
これが、彼の運命を大きく変える事になるとは、神ならぬ身の彼は知る由もなかった。
さて、ここでこの話の中核をなす女性、テレス・ロペス・ニキーネ少佐を紹介しよう。
帝国戦記本編、第二章で大活躍をする女性士官の一人である。
ラテン系の妖艶エロスな美女で、しなやかで豊かな藍色の髪をなびかせ、肌の色が少し濃い。この肌の色は、アラビア系のイメージもあり、かなりエキゾチックだ。
性格もラテン系、情熱的で姐御肌。頭脳は明晰で、指揮官としても優秀だが、こと個人的な事は大雑把というか、実に開放的。もちろん帝国重工『解放派』に所属し、その性癖もあいまって、ほとんど突撃隊長クラスの実戦派だ。
戦闘でもいざ暴れ出すと、獰猛果敢にて鬼神も避けると言わしめるほど。ブレーキ役の副官は胃が痛くなる事もしばしば。
性欲も貪欲で、趣味と性癖も兼ねて、というより、彼女の獰猛極まりない闘争心を少しでも和らげるためには、十分な性的満足が必要なのである。
そのため時間があると、特に客の多い娼婦館を選び、お目当ての性欲の強烈な軍人や相撲取りなどを喜んで相手している。
セフレも何人もいるらしいが、面食いという部分はまるで無いらしく、『どうしてあの美人が??』と周りが驚愕するようなご面相の男性も多い。
彼女の男の好みは、『闘争心旺盛』であり、彼女の強烈な性欲とSEXに負けない肝っ玉の大きな男性でないと、歯牙にもかけられない。
姐御肌というのは、世話好きという一面もあり、慕う者多し。
また、両刀使いなため、女性とのSEXも大好きで、5人の女性士官を相手に、丸二日絡み合ったなど武勇伝は事欠かない。
トラック公娼館など施設が完成した1898年は、テレスがまだ大尉だったころであり、好奇心と見聞、そして何より優秀な娼婦の不足もあって、公娼婦として行っていたのである。
テレスは、最初からカールの事を知っていたわけではない。たまたま観光船の来島に、出迎えの女性の一人として来ていたのだ。
だが、多くの客の中で、ひときわ目立つ存在がいた。
揺れるはしけの上から、恐れ気も無く桟橋に飛び移る身の軽さ。その眼光や姿勢、そして雄偉な体格と人相。ただものではないと見抜いたテレスは、AIの意識リンクからデータベースを開き、客名からデンマーク第二王子であることを知ったのである。
もちろん、同時にデンマーク王家やその家族構成も知っているため、彼の立場すらもすぐに理解した。そして、後のノルウェー国王となる歴史があることも。
テレスの鋭い頭脳は、直観的にこれが歴史の転換点になることを理解した。
何の理屈もないのに、理解するというこの不思議、これが歴史に何度も多くの影響を与えてきている。
『“さゆり”、カール王子に接触します。』
意識リンク形成時は、全AIと直結状態となる。さゆりともコンマ001秒で接触できる。
『ターニングポイントを作るのね、ならば歴史条件98123−bNYの修正許可します。』
“さゆり”嬢もまた、最上位の準高度AIなだけに、テレスの『理解』を察していた。
そして、帝国重工が進める大計画の部分修正と、同時並行の多数の計画を別に立案し始める。
だがそれは、テレスの知った事ではないし、知る必要もない。
ただただ、この不思議、偶然が楽しくて仕方が無かった。
そして、彼女が『楽しい』と感じたことで、間違ったことはこれまで一度も無かったのだ。
桟橋に降り立ったカールは、そのまま気軽に海岸へと歩き出た。
そして、しばし呆然とたたずんでいた。
人は、その生まれた土地によって、さまざまな自然条件を受け止めねばならない。
北欧と呼ばれる、フィンランド、スウエーデン、ノルウェー。
地中海に面していないヨーロッパ、イギリス、オランダ、デンマーク、ドイツ、チェコスロバキア他。
北極を囲むロシア。
極端に長い夜や、厳しいという言葉すら生ぬるい『苛烈な冬』を持つ国々。
それらの国の民族にとって、太陽へのあこがれは、日本人の想像を超える。
リゾート地や避寒地を必死に探し求めたのは、みな彼らの欲求がなせるわざだ。
それは大航海時代を経て、ヨーロッパが世界を席巻した一つの理由だろう。
キリスト教にある、失われた『楽園』。
それを探し求める探究心こそが、未開のジャングルへの探検や、凄絶な外洋航海を成し遂げさせた、巨大な推進力の一つだったと思う。
だが、それはこの地上にありえないからこそ、『失われた物を求める』という切ないまでの願いがあるからこそ、起こりえる力。
ついにその『楽園』を見出してしまったら、どうしたらいいのだろうか?。
カール王子は、魂の抜かれたような顔で、そんなことを考えながら、あまりに美しすぎる海岸と海と風景を呆然と見ていた。
彼の190センチの巨躯と、堂々とした体格も、この風景の中ではちっぽけで何の意味も感じられないほどの存在感が、全てを包み込んでいる。
切なくなるほどに美しい砂浜は、神秘的なまでの曲線を大きく青い内湾に描き、デンマークで彼の血をたぎらせてきた荒れ狂う海は、穏やかでくすぐったくなるような優しい波と音の調べを放ち、緑と花のあふれる全ての土地は、彼の原風景とも言うべき、寒く枯れた大地の風景を吹き飛ばす、明るさと美に満ち満ちていた。
風がそよぐ、ヤシの緑が揺れ、赤くまぶしいまでに輝く花が震える。
ここは本当にこの世なのか?。
『王子、いかがなさいましたか?。』
彼を呼ぶ声が、心地よすぎるほどの調べとなって、耳をゾクリとくすぐる。
振り向く彼の目を、潰そうとしているとしか思えない、可憐で美しく強烈な刺激が視神経に突き刺さってきた。
『・・・・・・・・・』
しばし、言葉が出なかった。
呆然として、目の前にいる女性に見入る。
艶やかな微笑みの中に、立ち上るエロスの気配。大きな瞳は黒曜石のごとく輝き、その意思の強い光が彼の目を打つ。
薄い透ける上下をまとい、はちきれんばかりの胸元と腰を、目にも鮮やかな赤い布が、申し訳程度に隠していて、息をのむばかりの妖しさだった。
だが何より、濃い肌の色が激しく彼を疼かせる。
北欧と呼ばれる、北の各国では、夏は極めて短く冬は恐ろしく長い。
太陽への渇望は凄まじく、日本の真冬のような気候でも、日があれば肌をさらし、太陽の恵みを必死に求める。
黒人のような真っ黒い肌では無く、濃い小麦色の肌は、カール王子のその部分をとても強く刺激した。
『ほお、きれいなデンマーク語だね。こちらへ来て、これほど美しい言葉に会うのは初めてだよ。』
一度深く息を吸うと、魅力的な笑みを浮かべながらも、彼のその目は笑っていない。
『だが、なぜ私がデンマーク王子だと分かったのかね?。』
最初からテレスはデンマーク語で語りかけている、これは彼の意表を突く半面、警戒すべき事態の可能性もあった。
王族と分かれば、強盗、誘拐、暗殺、何が起きても不思議はない。
ところがテレスはクスクスと、可愛らしい笑みを浮かべた。
『私に言わせれば、なぜ王子と分からないのかの方が不思議ですわ。カール様はご自身の威光をご存じなさすぎます。』
それで無くとも、旅行用の地味な服とはいえ、見る者が見れば最高級の材料や縫い方をしてある。
何より、その立つ姿、彼の身体から立ち上る威光がただものではないのは、はしけの上の行動から、嫌でも目立つ。
『いや、私が言いたいのは、なぜデンマーク語を最初から使っているのかな?、ということだよ。』
カール王子は、この時代では非常識極まりないが、従者を誰もつれていない。
誰とも話していないのに、デンマーク語まで用意されているというのは、少し異常だ。
ただ、彼の身分からすれば第二王子とはいえ、一人旅などきちがい沙汰と言われる時代である。
『あら、失礼ですわね。乗客名簿に、クリスチャン・フレゼリク・カール・ゲオルク・ヴァルデマー・アクセルとご本名をお書きになっているではありませんか。
こんな大層なお名前がそうそうあるものですか。公爵領では、降りる人の名前は全部確認されていますわ。』
「それに、私は欧米14カ国語が話せますから、デンマーク語も普通に使えますわよ。」
妖しく、しかし強い笑みを浮かべながら、デンマーク語から途中でクイーンズイングリッシュに変え、カールの方が驚いた。
「君は外交官なのか??、だがその格好は・・・。」
彼もあわててクイーンズイングリッシュに切り替えた。
彼とて王家の高い教育は受けているので、7カ国語が話せるが、14カ国語と言われるとさすがに驚愕してしまう。
そして、彼女の話しぶりや姿勢の良さ、美しい発音を聞けば、それが本当であることは疑いようが無い。
この時代はまだ、本物の教育は国家上層部の独占物に近く、庶民がそれを手にすることは不可能に近い。
彼女の教育が王家のそれを上回るような本物であることを考えれば、その立場もある程度以上としか思えない。
それほどの教育を受けている者、それも女性となると、王族を除けば外交官ぐらいしかすぐには思いつけない。
だが女性の、それも彼女の恰好を見て外交官と思う人間がいたとしたら、相当な変人扱いされるだろう。
「あら、申し遅れましたわ。私はテレス・ロペス・ニキーネ。トラック公娼館の一員でございます。」
そう言って、片膝を折り、深々と一礼した。
「カール様にも、ご指名いただけると嬉しいですわ。」
「な・・・・え・・・・????。」
傑物カール王子にしても、さすがに頭がついていかず、唖然とした顔になる。
“公娼館の一員”、そして“ご指名”、その意味が理解できるまでに数秒かかった。
まさか、これほどの女性が娼婦と名乗るなど、想像を絶していたからだ。
だが、同時にかしこまる彼女の柔らかな曲線と、美しい乳房のふくらみが揺れる動きに、彼の心臓が激しく高鳴ってしまった。
元来、北欧は極めて大らかな地方であり、ある意味開放的で知られている。
先に出たように、太陽への激しい渇望から、日光がさすと老若男女を問わず気楽に裸になるし、それに抵抗が極めて少ない。
かといって、性欲が少ないわけでは無く、そちらの問題は大らかに解消させてしまう開放的雰囲気もある。
何より北欧の厳しい気候の中、病気になった子供の死亡率は高く、老人も早く死ぬ。
その上、欧州を何度も襲ったペストやスペイン風邪等の強烈な伝染病で、ノルウェーなど王家まで絶えてしまうほどの大規模な人口減に見舞われた経験は、世代を超えて伝えられていて、骨身にしみていると言っていい。最終的な滅亡を伝える北欧神話の、厳しく壮絶な戦いの神話は、彼らの世界の厳しさそのものと言える。
それ故に、人口増加につながる行為には極めて寛大である。
この点、他の宗教を根絶やしにし続けてきたキリスト教も旗色が悪く、北欧神話は後世まで輝くことになった。
カール王子も、これほどの女性に出会ってしまうと、己の欲求と渇望に勝てるわけが無かった。
テレスは、彼に抱きあげられ、激しくキスを交わすと、その腕の中で激しく燃え上がるのを感じた。
そして、公娼館で自分の見立てた男が、想像以上であることをたっぷりと味わい、満足する事になるのであった。
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