■ EXIT
ダインコートのルージュ・その27


≪怖い・2≫


「うう〜、怖いよお・・・おねえちゃん早く帰ろうよお〜〜。」

か細い声をあげながら、ダインコート姉妹の四女、イリア・ダインコートが一人で、恐る恐る暗い回廊を歩いている。 プラチナの軽くカールしたフワフワの髪は震え、大きな青い目は今にも泣きそうだ。目じりにはすでに涙がたまりかけている。
普通の懐中電灯も、彼女の手には大きく、おびえで少し震えている。


なかなか帰ってこないソフィアを迎えに来たのだが、守衛さんと会うまでは元気だった彼女も、真っ暗な中、非常灯だけがぽつりぽつりとついている回廊は、とても心細かった。

いつも人が動き回っている帝国重工だが、今日に限って、誰とも会えないでいる。
時間も遅い上に、今日は停電のため、社員はほとんどが帰ってしまっていた。

「えっと・・・あ、こっち。」

壁に沿って歩いていたイリアは、懐中電灯の光で案内板を見つけ、右へ曲がった。

もう一回右へ曲がって進めば、右側に階段があるからそれを登ればすぐ研究室だ。

「あ・・・あれ?」

そこには階段は無く、同じ案内板があった。

「??」

おかしいなあと、もう一度案内板を確認する。
右へ、2度曲がれば、階段がある。
右へ、右へ・・・・彼女の足が止まった。

「な、な、なんで・・・???」

同じ案内板があった。
そんな馬鹿な事、ありえない。
たった2回曲がっただけで、なぜ同じ場所に!。

戻ろうとして、恐怖で思考が停止したイリアは、左へ2回曲がってしまった。
そう、同じ案内板の前に。

「い、い、いやあああああっ!」

嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、

ところが、右へ曲がっても左へ曲がっても、案内板があった。

パニックを起こしたイリアは、そこら中のドアを必死に動かそうとした。 だが、夜の帝国重工のドアは、どれも厳重に鍵がかけられていいて、小さな手が必死に掴んでもびくともしない。

ガチャッ

ようやく一つ、鍵の掛かっていないドアがあった。 もう、何も考えることができない。
急いでそのドアに転げこんだ。


内側から鍵をかけ、へたり込んだイリアは、懐中電灯の光を向けた。

「ひ−−−−−−−−−−−−−−−−−!!」

様々なガラスビンの中から、ホルマリンに漬けられた『モノ』たちが、恨めしげにイリアを見ていた。 日本各地から集められた様々な生物試料、それを一堂に集めた場所『標本室』。

「XXXXXXX!、XXXX!!」

息が出来ない、言葉が出ない。

『出して!、出してええっ!』

ノブが動かない、必死に回しても、びくともしない。
小さな手が必死に叩いても、ドアは音一つしない。
静けさの恐怖と闇が、静かにイリアの理性を喰らい尽くす。

ガチャ

懐中電灯を取り落とし、必死にそれを拾おうとして、何かがあるのに気づいた。

足?

裸の足が、暗い懐中電灯の光の中に、ぽつねんと立っている。

ゆっくりと掴んだ電灯を上に向けた。

恨めしげな、半分ガイコツとなった人が、彼女を見ていた。 目の玉が、ギロリと動いた。


「はう・・・・・」

イリアが気を失うと同時に、闇が部屋を飲み込んでいった。
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