■ EXIT
ダインコートのルージュ・その25


≪何気ない日常の中で・その1≫


明治時代、正史では、富国強兵の大号令の元、産業の発展とともにかかる重税もあって、国民はつつましやかに暮らし、必要最低限の物だけをそろえ、商業ものろのろとしか振興しなかった。

しかし、この世界での日本帝国の躍進は目覚ましく、税は軽く、産業の振興とともに、商業も発展を続けていた。
それは、街角の光景を見れば誰でも分る。


賑やかな夕方の繁華街は、今日も大盛況。
帝国重工のそばには、社員たち目当ての店が多数できている。
こぎれいでにぎやかな居酒屋『おたふく』もその一つ。


「おばちゃ〜ん、ビールにレバニラ、焼き魚と冷ややっこ、クジラの煮つけと、あ、そうそう枝豆もちょうだい。」
「オレは、冷ややっこの代りに揚げどうふね。あとはおんなじでいいぞー。」

会社員らしいお父さんたちが、小遣いで気軽にテーブル満載の酒と食べ物を楽しむ。
隣の工事人らしい筋肉隆々としたおっさんたちは、ジョッキを次々と空け、さらにギョーザやかつ煮、刺身の盛り合わせなどモリモリ食べている。
これがごく普通の庶民の、小遣い(21世紀の平均的会社員のお父さんだと、一日1000円)で気軽に飲み食いできる平均的な光景。

え?、『今の小遣いでそんなに食えるかっ!』て?。それはまあ仕方ございません。何しろ明治時代、物価がものすごく安うございます。

もっとも、例外もけっこういるのですが。



「おばちゃ〜ん、生大ジョッキ4つ追加ね〜。あとイカ刺し、ハムカツ、焼き鳥3本づつ、酢キャベツとおひたし、あ、つくねも2本づつおねがい〜。」

可愛らしい声が、追加の注文を上げた。ジョッキの追加は3回目だと言っておこう。 さすがに、筋肉隆々のおっちゃんたちも、あきれ顔だ。

「イリナちゃん、どこにそれだけ入って行くんだ?」
本気で首をひねりながら、しげしげと思わず見てしまう、大工の玄さん。

「やあ〜ん、エッチィ。」

身体を隠すように身もだえして見せる彼女に、玄さん赤い顔をさらに真っ赤に染めててれる。
イリナの今日の恰好は、グリーンのタイトなスカートに、クリーム色のノースリーブシャツ、上着のジャケットはスカートと同じグリーンだが、今は脱いでいる。
はっきり言って、真っ白な脇下がちらちら見えるのは、おじさんたちには嬉しい限りだ。

「おっとごめんよお。ついイリナちゃんが可愛いもんだからよお。」

にぎやかな笑いと、歓声が酒場に響く。

輝くプラチナの髪に、真っ白な肌、細身だがスタイル良く、可愛らしい美貌は今や国民的アイドルと言っても過言ではない。
帝国重工広報部の名花として、名をとどろかすイリナ・ダインコート嬢である。

が、彼女自身はそんなこと気にした事も無く、こうして帝国重工の仲間と居酒屋に気軽にやってくる。
最初は驚いていたお店の面々やお客も、親しみやすい彼女の性格に、すっかりファンになってしまっている。
何しろ気さくでフレンドリィ、博愛主義なのかと思いたくなるほど、誰とでも仲良くなってしまう。そこにお酒が入れば無敵である。
ちなみに、明治時代は飲酒法などという無粋な代物は無いため、見かけ10代に見える彼女が飲んでも、誰も不思議には思わない。

会社員や労働者のおっちゃんたちと、気軽に乾杯し、元気に話しまくり、酌などしょっちゅう。

「あははは、おほめの言葉ありがとう〜。ささ、一献どうぞ。」

これだけの美少女が酌をしてくれるのだから、嬉しくないはずが無い。

「おーっとっと、嬉しいねえ。ありがとよ。風霧の旦那、大事にしねえとゆるさねえぞ、こんちくしょう!。」

急に話題を振られ、思わずむせる風霧。

「お、おいおい。何を言・・・」

と、風霧がいいかけるや、店中から大ブーイング。

「見え見えですよ。」
「視線がエロエロだあな。」
「風霧さんと店には一番きてるでしょうが。」
「アレだけくっつかれちゃあねえ。」

とんだやぶへび、思いっきりいたぶられる風霧。もちろん、やっかみ満載である。
当のイリナは、赤い顔でケラケラ笑っている。

「どうでえ、イリナちゃん。風霧の旦那は、大事にしてくれてるかい?。」

「ええもう、この間なんか、仕事が重なって時間が無いのに、」

「「「無いのに?」」」

思わず、目を剥き、身を乗り出してハモる一同。

「食事は移動の船で食べろって、軍用レーション(携帯食)渡すんですよぉ。ひどいでしょお。」

どどっと、ずっこけるみなさん。
ところが、さっきの大工の玄さんだけがニヤニヤ。

この玄さん、大工の棟梁としても一流だが、若いころはかなりの遊び人だったらしい。

「『お江戸のぉかたきぃは、長崎ぃでぇぇ』って歌があるが、さしずめ『お昼のぉかたきぃは、宵の闇ぃ、蒲団のぉなかぁでぇ討ちましょう〜〜』かい?」

風霧が思わず、まいったなあという顔で、額に手を当てる。
その日の夜は、風霧は散々すねられ、なかなか寝かせてもらえなかったのである。

「きゃああんっ、玄さんったら、エッチィ!」
パッチィィィィン

頬を染めて、心底うれしそうに、思いっきり後頭を張り倒すイリナ。
絶妙な間合いに、どっと酒場が笑いだす。
張り倒された玄さんも、ゲラゲラ笑っていた。

こんな風にエッチな話題も気軽にかわし、すっかり溶け込んでしまっている。

イリナは、居酒屋に来る時は複数で来るため、店も喜ぶし、重工の名花が大勢来るので、お客も喜ぶ。
今日は風霧部長に、姉のソフィアと、警備隊の綾月美里がついてきている。
風霧はとにかく、白衣の下は黒の超ミニで、イリナの姉ながら妖艶系の美女のソフィア。
ストレートの黒髪で広い額にきりっとした眉の色白な彩月は、小柄だがかなりのグラマーな上に、短パンとTシャツというラフな格好。
そして、どちらも話せるお姉さんなので、色っぽい目つきで、他の客たちとも気楽に会話を楽しんでいる。

「それにしても、ソフィアの姉さん、たまにゃあ白衣を脱がないかい?」

『おたふく』の大将の声に、ソフィアが笑みを浮かべ、ほんのり染まった目元をちらりと流す。

「おや、白衣だけでいいの?」

おおっと、どよめく野郎たち。

「かんべんしてくだせぇ、女房から殺されますから。」 vv 思いっきり迷惑そうな大将と、対照的に割烹着姿の、ふっくらしたおかみさんの方はニコニコ。

「あらあら、私はそんなこと、一言も言ってませんよ。」

「おまえね、出刃包丁とぎながら言うんじゃねえよ。」

ほとんど漫才である。

「まあ、ソフィアさんの場合、前科がありますからねえ。」

彩月が生ビールをぐびぐびあけて、オヤジっぽくぷはーっと声を上げる。
彼女のスタイルも凄いので、Tシャツと短パンという姿は、かなり危ない。
先進科学がグラビアで、そういう服装を広めていなければ、問題視されたかもしれない。
もっとも、身長は150前後なのに、バスト90という彼女が、先進科学のグラビアのような、へそ上でシャツを縛ったり、短パンをローライズにされた日には、鼻血を吹く者が出かねないが。

「あのときは参ったわよ〜。下着の上から直接白衣着てるんだもの。」

イリナが赤い顔で、半分ぼやくように言うと、えええっ?、と食いつく男ども。
一昨年、夏の落雷で10分ほど、電源が切れたのだが、当然、室内灯と同時にエアコンも切れた。
復旧して明るくなると、ロビーで白衣を脱いでいたソフィアに、周りが凍りついたのである。
本人は『ああ、うっかりしてたな。』と平然と白衣を着たそうだが、それ以来『公共の場で白衣を脱ぐこと禁止』を言い渡されている。

もっとも、激突して転倒した人が4人、3段の階段を踏み外して骨折した人が1人、
ひっくり返った湯のみが直撃した電話が2台、お盆の直撃を受けたノートパソコンが1台、 電源確認のための脚立が数名直撃と言う、相当な惨事を引き起こしたのだから、ある意味破壊力は抜群と言えよう。

「な、な、何色だったんだ〜〜〜っ!」
「そっちかい!」

男どもの魂の叫びに、思わず突っ込んでしまうイリナでした。


日本はまだまだ、アジアの片隅の小国だった。
それだけに、どこまでも伸びる余地もまた、世界中に向けてある。

運輸や保管技術も飛躍的に発展し、市場は充実し、物品に不足は起こらず、物価は安く、働くとおいしいものがしっかり食べられる。
給金が高いのではなく、物価が安いため、結果的に生活に余裕が生まれてくる。

しかも、地域や郷土という相互扶助の枠組みが、しっかり存在している時代だ。
対ロシア戦を戦いながら、日本の国民は揺らぐことを知らなかった。

皮肉なことに、正史のロシアでは逆に、国民の動揺が国そのものを揺るがしていくのである。
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