■ EXIT
ダインコートのルージュ・その21


≪闇の争い:5≫


4式大型飛行船「銀河」の巨体が、不気味な風音とともに降りてくる。

あまりに圧倒的な光景に、ヨシやアシの茂みに隠れていた連中は、
しばし呆然となった。

巨大な船体が、地上10メートルまで下りてくると、
圧倒的な巨体に、視界と魂まで奪われてしまう。

ポンッ、ポンッ、

軽い発射音が、間抜けな響きをたて、
銀色の砲弾のようなものが、放物線を描いて飛んでいく。

それが、茂みの上でパッと弾けた。
白い粉のようなものが、一面に降り注ぐ。

中身は、金属ナトリウムを主体とした、合金の粉末だった。

バッ、バババババババッ!

それが、水面についたとたん、猛烈に発火し、爆発した。

「うっうああああっ!」
「ぎゃーーーーっ!」

ある種の金属は、水に触れると猛烈な反応を起こし、爆発する。
その特性を生かし、水辺に潜む連中をあぶり出す、簡単な仕掛けだった。

この茂みには効果満点、銃を構えていた連中は、
水の上だと言うのに燃え上がった茂みから、死に物狂いで逃げだしてくる。

ウォアアアアアアアアアアアアアアアアアン

鈍く、甲高い音が水面を疾駆した。



「銀河」から伸びた数本のロープが、それぞれ黒い塊を着水させ、
その瞬間、急速にボンベの圧力で膨らむ。

ゴムボート式モーターボートだ。

次々と水面に広がるボート、そして縄を伝い、
鈴鹿衆と鬼姫が、ボートへと降りる。
最後に、帝国のエンジン操縦者が降り、ロープの接続を外した。

短時間だが、40キロを超える高速ボートは、
水面を飛ぶように走る。

機関銃でもない限り、小銃程度の火力では、
この高速ボートは捕えることもできない。

うろたえる手こぎの船を間を、
黒い縄が襲った。

カギのついた縄が、人をひっかけ、引きずり落とし、
その直後、まるで生き物のように外れる。

元々険しい山々を、生活の場としている鈴鹿衆は、
特に縄の使い方が絶妙で、女の髪を編み込んだ丈夫な黒縄は、
鞭のようにたたき落とし、カギでひっかけ、
手と首を絞め落とし、次々と船の上の男たちをたたき落とした。

そして疾駆するもう一隻。

この船には、『鬼姫』と操縦者しかのっていない。

素肌に鎖かたびらをまとい、黒髪を頭に強くとめ、
なめし皮の腿までしかない短い上着を帯で留め、
金属を入れた小手とすね当てに、白足袋にワラジを絞めて、
細く見えた両手に、メリッと筋肉が盛り上がる。

妖艶な姿が、力と破壊の化身と化し、
白い歯がギラリと『笑った』。

両手に横たえていた、2メートルの銀色の棒が回転した。

細身の肉体に、鋼のような筋肉が盛り上がる。
美麗に盛り上がった胸が、膨張する筋肉にさらに押し上げられる。

ダイナミックに足を開き、瞬時に腰を落とす。
肉づきの良い白い腿が、妖しい陰影を露わにし、
ふんどしの白い三角がまぶしく広がる。

振り回す腕力と、棒の質量で船が斜めに傾く。

キリと白い歯が食いしばり、細い柳眉が強く寄った。

プロレスラーでも肩が抜けるような、40キロを超える金棒の嵐は、
水面を豆腐のように切り裂く。それも左右立て続けに。

ゴンッ、ドゴンッ、ゴンッ、

スラロームのように蛇行するボートの両脇、
凄まじい音とともに、水に落ちた男たちが、斜め後方へ高く舞い上がる。

両端にはめた金属冠が血に染まり、水面を恐怖で彩る。

運の悪い男は、まだ船から落ちず、銃を向けようとして、

 ドゴンッ!

金属冠の直撃に、肉塊と化して吹っ飛んだ。




隠れていた船の男たち50数名は、あっという間に全滅した。

離れ小島に、5隻のボートが突進する。
比較的大きな島で、物陰から銃が乱射された。

だが、ボートから次々と発煙筒が飛び、視界が遮られる。
瞬時に上陸した鈴鹿衆が、狙撃主たちに襲いかかった。

恐ろしく低い姿勢で、獣のような早さで走る彼らに、
接近戦を挑まれたらどうにもならない。

「ぐっ」「うがっ!」

狙撃主を襲った鈴鹿衆の何人かが、思わず声を上げた。

短い刃物が、肩や足に刺さっていた。

小柄な影が物影をはしり、岩から岩へ飛びながら、
次々と刃物が飛んでくる。

先ほどの軽身功の男だ。

もう一人、こちらは筋肉質の巨躯の男で、
べん髪という、後頭部にまとめ、細く編んで伸ばした髪をしていた。

両手に薄く幅の広い刀を持ち、
それを風車のように振り回しながら、突進してくる。

その合間を、飛び道具の刃物が襲い、コンビネーションで襲ってきた。

ビュオッ

『鬼姫』の金棒が、背筋の寒くなるような音をたて、刀の男を襲った。

さすがに薄い刃物では、こんな凶暴な兵器には対抗できない。

のけぞり避けた瞬間、軽身功の男の刃物が飛んでくる。
『鬼姫』の身体がくるりと回転し、白い華麗な尻がひらめくと、

ドゴンッ

金棒が地面を砕き、しなやかな身体が地面にぺたりと伏せ、
その上を飛ぶ刃物。

跳ねあがる棒と『鬼姫』。

大ぶりにぶん回す金棒を、今度は余裕でかわすべん髪男。


「んうぅぅっ」
鬼姫の気合が、空気を打ち、足を大胆に開くや、瞬時に腰を落とした。
白足袋とワラジの足が、大地をひねり上げ、その質量を金棒にたたきつける。
足下の岩盤がビシリと悲鳴を上げた。

一回転した金属冠が地面をえぐり、耳が痛くなるような音で、
岩をえぐり、小石を散弾銃のように飛ばした。

熱力学第一法則が、凄まじい質量と打撃力の総和を消しきれず、
瞬時に灼熱の弾丸と化す。

べん髪男がかわした瞬間を狙った小男に、小石の嵐が襲いかかった。

額に、目に、頬に、口に、のどに、体中にめり込む灼熱の弾丸。
もちろん即死。

切りかかろうとしたべん髪男の、視界から『鬼姫』が消えた。

金棒が天地を支え、その上に逆立ちするかのように、『鬼姫』がいた。

岩盤をたたき割り、金棒の回転力に身体を預け、
くるりと、重さが無いかのように、その肉体は金棒の上に移動していた。

引き締まった足が天を裂くように、まっすぐに伸び、
かすかに反ったしなやかで優美な身体が、静止から落下へと変転する。

赤い唇が、にいっと、美しく、凶暴に笑う。

落下のエネルギーと、全身の筋肉が凝縮し、躍動し、
爆発的な回転エネルギーが、金棒の銀の輝きとなって、周り全てを薙ぎ払った。

胴から真っ二つになったべん髪男が、呆然とした顔で倒れた。

凄まじい血化粧が、白い柔らかな頬を、細い首筋を、
豊かな胸の谷間を、柔らかく力強い身体全てを染め尽くした。

ぺろりと、赤い舌が、唇を濡らした血を舐めた。
凶暴に、卑猥に、そして妖しい美しさで。




「こんなものかな?」

ちょっと困ったような顔をしながら、
発信器兼通信機のボタンを、迷うように入れる。

「こちら花梨、こちら花梨、これでいいの?」

「はい、こちらイリナです。ご苦労様でした。」  

「花梨、ごくろうさま、ではこちらも取りかかるわ。」

木瓜の声に、ふっと笑う花梨。
「ああ、予定通りに。」



スモークが焚かれ、『鬼姫』たちが襲いかかった直後、
琵琶湖を見る一室から、電話がかけられた。
男は、かなり高級な双眼鏡でそちらを見ていた。

「はい、私です。始まったようです。
 先日発表された「銀河」が現れました。
 煙が突然湧き出し、様子はわかりません。
 では佐全様、ご武運を。」
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