■ EXIT
ダインコートのルージュ・その14


  ≪緋色の御堂・その4≫


左翼系運動家、共頭佐全(ともがしらさぜん)と、
その同盟者たちの凄惨な最後は、さすがの帝国重工メンバーも、
度肝を抜かれた。

シーナの部隊すらも追い抜く手際の良さ、
殺戮の徹底ぶり、痕跡すらもほとんど残っていないのだから、
メンバーは、ほぼ全員薄気味悪くて仕方が無かった。
唯一人を除いては。

報告を終えた後、“さゆり”嬢と大谷嬢、それにイリナが首をかしげた。
報告をしたシーナの様子が、心ここにあらずという感じなのだ。

上位AIにして、シーナをよく知っている“さゆり”、
直属の部下で分析能力にたけている大谷、
実の妹で情報部の主力メンバーイリナ、
3人ともシーナの性格と行動パターンはよく知っている。

普通ならば、こういう事態が起これば、即座に調査や検討に入るはず、
だが、この様子から見て、すでに何かを検討中のようである。

「シーナ、どうしたの?」

“さゆり”の何気ない声に、はっと顔を上げる。
その視線で意味を悟り、苦笑いした。

「すみません、ちょっと気になることがありまして。」

“さゆり”は姉妹同然であり、フランクな物言いをするが、
シーナは、上下関係に厳しい。
会話も少し硬くなるが、その辺は性格だからと割り切るしかない。



「共頭佐全は、あの時料亭に入るのを確認しています。 しかしその時点で、主を除く料亭の人間は全員縛られ、一室に閉じ込められていました。
では、誰が部屋まで案内したのでしょうか?。」


その場にいた全員が、あっと顔を見合わせる。
そんじょそこらの小さな店ではない。
木造とはいえ4階建て、恐ろしく大きな料亭なのだ。

目撃されている襲撃者は、ひどく獣じみた大男ばかりだったという、
そんな人間が案内に立ったら、佐全は即座に警戒するだろう。

「佐全が警戒しないような人間、女性の可能性が高いですね。」

大谷がつぶやくように言う。
中居や女中など、料亭ならば女性はまず怪しまれない。

「オペレーターの撫子ちゃんが言ってましたが、
 大東亭は美人ぞろいで有名な料亭だそうです。
 それで、政財界の殿方がよく使いたがると。」

イリナが私情を交えないよう、気をつけて話す。
その表情は『Hなおじさんたちは、困ったものだわ』と言っているが。

「つまり、そういうことか。」

シーナがイリナの表情から、裏の意味を読み取る。
要するに、大東亭は未公認の売春も行っていたのだ。
それも政財界の大物用の高級嗜好だろう。

大東亭の主が、佐全の同志であることは調査済みで、
彼らの顔の広さは、そういう裏の商売も絡んでいる。

「ますます分らなくなってきましたね。
 よほどの美人でないと、大東亭の女中にはなれず、佐全も油断しない。
 そういう美人で、あの殺戮と関係があるとなると…。」

大谷が困惑した表情を浮かべるが、シーナはさらに眉を寄せる。
イリナがどういうこと?と首をかしげた。

「大東亭に残された着物の中で、一つだけ弾痕があったんだ。
 それも左胸から背中に抜けてるのに、血痕すら無い。
 弾はおそらく、佐全の持っていた銃だ。」


革紐で吊るされていた男たちは、全員外傷ひとつ無かったが、
調べてみると、外の連中は鼻に、シビレタケと呼ばれる毒キノコの粉末がついていた。
よく乾かして粉末化すると、わずか0.1g吸っただけで、即座に1〜2時間は身動きが取れなくなる。
これを風上から大量に振りまいたのだろう。

中の男たちは、酒に混ぜられていたらしい。
こうすると、かすかに辛味が出るだけで、効き目もかなり遅いが、効果は変わらない。
一服盛った方には、実につごうのいいしろものだ。

つまり、吊るす方は何ら苦労は無かったのである。


だが佐全は、銃弾を発射した後、鋭い刃物のようなもので、見事に首を落とされていた。
とすれば、この女性と戦った可能性が極めて高い、ということになる。

ここまで非常識な状況だと、わけが分らなくなって当然だろう。
だが、イリナが痛そうな表情を浮かべた。

「お姉ちゃん、一人だけ、ど〜も心当たりがあるような気がするんだけど…。」
「そうか、実は私もだ。」

無表情にうなずくシーナ。
『やっぱり』という表情で、思わずため息をつくイリナ。
それしか無さそうですねえ、と大谷もつぶやいた。
“さゆり”嬢を始め、ほかのメンバーは何が何だかわからない。

「あの人、いったい何者なんだろう…」

イリナの視線の先には、帝国重工本社の地図、
その地図の端にちょっとだけあるのが『妙采寺』だった。




さすがに、心当たりだけでどうこうするほど、帝国のメンバーは愚かではない。

調査を進めるうちに、佐全の組織の一部に、
猛烈な『殴りこみ』がかけられたのが分った。

しかも主力は『山人』たちである。

佐全が起こした闇の組織は、各地で子供をさらい、集め、
未認可の売春宿にあっせんを始めようとしていた。
それも話題になりにくい田舎や地方で、かなりの数を集めていた。
『山人』の子供も何人か攫われていたのだ。
彼らが怒り狂うのも無理はない。

もちろん、子供たちは全員無事に救い出され、
それぞれの親元に、丁寧に送り届けられている。

襲撃された側には、死人もかなり出たようだが、
どこにも訴えようが無いのだから、泣き寝入りしか無い。

帝国と政府ももちろん、不問に付す。
それに、この手の人さらいは、転々と転売し、
子供自身、どこから来たのか分らないようにしてしまう。
一刻も早く捕まえないと、子供たちが心身にひどい傷を負わされるばかりか、
元の居場所すらわからなくなる。


ただ問題は、その襲撃(神奈川県)と佐全が襲われた(京都)時間が、
2,3時間しかずれていない。ほぼ同じ頃だと言ってもいい。
単なる偶然とは思えなかった。
そのうえ、妙采尼はその時間、頼まれて葬式を2件片づけていた。
おかげで、ますます問題がごたついてしまう。


そして料亭で目撃された、獣じみた男たちは、全員毛皮をまとっていたそうで、
様子を聞けば聞くほど、山人としか思えなくなってくる。

「彼らに渡していた基地局を使えば、山人同士での会話は難しくはないけど、
 問題は、それを指揮した人よね。」

イリナは、考えれば考えるほど、空恐ろしくなってくる。
料亭の襲撃も見事なもので、集団戦、ゲリラ戦術、広域連絡法、
山人と何らかの深いつながりがあるとはいえ、
この20世紀が始まったばかりの世界では、考えにくいほどのものだ。

シーナもかなりのショックを受けたらしく、
警備で、風上への警戒を重要視するようになった。

「まさかこの時代に、B、C兵器の警戒をせねばならんとは。」

近代戦では当然とはいえ、兵器専門家のソフィアに忍者小説の
「春霞の術(風上から眠り薬や毒薬を振りまく忍術)」を見せられ、
かなりめんくらっていた。

「とすると、やっぱり聞いてみるしかないかな。」



翌日、イリナはお休みをもらい、テツロの元へ向かった。

イリナのセフレで、山人のテツロは、
房総半島の山を根城とするある部族の、最後の一人。

最近は、大叔父の部族と交流をはじめ、
そちらにいる日も増えたが、
家族が暮らした山を捨てることはできないらしく、
一人で山を守り、暮らしている。

すぐれた狩人で、帝国重工が交易所を作ったことで、
生活には困らないが、一人暮らしのため、話に飢えていた。

イリナと獣のようにいちゃつくのも楽しみだが、
それ以上に、彼女の話を聞くのが待ち遠しかった。

彼女と滝で水浴びしながら、
不思議な寺と尼僧の話をするイリナに、じっと耳を傾ける。

イリナも、テツロにはどんなことも話せるし、
どこへも話が漏れることはありえない。
同じAI以外で、これほど安心して話せる相手は、そうはいないのである。

推定年齢22,3歳のテツロは、純真素朴な魂の持主で、
何でも子どものように聞いてくる。

「ねえテツロ、この妙采寺って知ってる?」
「『妙采寺』かあ・・・知らないなあ。」

ゆっくりと首を傾げるテツロに、イリナはちょっとがっかりした。
だが、彼は一族ごと山を追われ、長いことよそへ放浪していた、
それらの情報に疎いのも、仕方がないのかもしれない。


彼のたくましい腕が、イリナの美しい裸身をぐいと抱き寄せた。
イリナは頬を染めて、柔らかく身を任せた。




それから3日後、一通の手紙が届いた。
妙采尼から、お茶席の案内だった。

『よろしければ、ご家族お友達もお誘いくださいませ。』

「ふむ、そういうことなら」
「私らも同席してみましょうか。」
「うんうん、薄茶も濃茶も好きだよ。」

シーナ、ソフィア、イリアはもとより、
風霧部長も、好奇心ありありの目で参加してきた。

高野や“さゆり”嬢も参加したかったが、
さすがにそこまで行くと、万が一の時は帝国重工がひっくり返る。
残念そうにあきらめるしかなかった。


だが5人は、寺に近づくと目をむいた。
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