■ EXIT
ダインコートのルージュ・その12


  ≪緋色の御堂・その2≫


シーナ・ダインコートが、警備隊の綾月美里一人を連れて、
海岸線をぶらぶらと歩いていた。

まだ強い太陽を、短目の銀髪がはじき返し、
二重まぶたにまつ毛の長い、大きな青い目が、それとなく周りを見ている。

高い鼻筋と、細い顎から首の長いラインが、息をのむばかり。

それでなくてもすらっと細身の9等身モデル体型。

細い皮のサンダルと、太ももぎりぎりで荒く切ったジーンズの短パンは、
ため息が出るほど長い脚線美を、見せつけるような姿。

そのくせキャミソールでは到底入りきれない胸が、
Get Back!と大書された黒の袖なしTシャツに包まれ、ヘソ上で縛られている。

ノーブラの砲弾のような胸が、歩くたびに黒地を揺らす。


ちなみに綾月美里は、整った顔立ちだが、
控え目な化粧と黒のポニーテール、一重まぶたという、おとなしめな容貌をしている。

しかし、158センチの身長に、98:59:99というダイナマイトボディを、
身体のライン丸わかりの薄手の水色ブラウスと、黒の極ミニスカートへ押し込み、
艶めかしい下半身のラインがむき出しに近い。
ちなみに、小さな足には花をあしらったサンダルである。

ひと気のない海岸だからいいようなものの、
これが21世紀の湘南などだったら、男が群がって身動がとれまい。

ただこの二人、
何の目的もなくぶらぶらすることなど、まずない人間である。

シーナは帝国重工軍事部門の、特殊部隊群の指揮官であり、
綾月美里は、本社警備隊に所属しているが、特殊部隊の副部隊長でもある。

何気ない話と、女性らしいふらふらした歩き方をしながら、
そのかすかな警戒が、周りに蜘蛛の糸のような網を広げていた。

かすかな、視線らしい感覚がわずかに感じられるが、
それも敵意や排他的な感覚は全くなかった。


「結局何もなかったわね。」
「そこまで警戒する必要は無い…ということでしょうか。」


先日、海岸で起こった事件の時、人の気配のした藪、
その向こうにある古い石垣を見て、二人はつぶやいた。

古い石垣だが、彼女たちの目はごまかせない。
不自然な苔が、偽装されているのと、
かすかに継ぎ目らしいものがある。

「まあ、隠す気が無いなら、こちらも気にすることは無いわね。」
「そうですね、どちらかと言えば、好意的な関係を結びたがっているようですし。」

綾月は、シーナの参謀的な立場のAIの一人であり、
状況認識と、判断力の鋭さは、シーナですら舌を巻くことがある。

自分と同じ意見を聞き、満足げにうなづくと、
また海岸をぶらぶら、しかしもう少し気軽に、楽しげに貝などを拾いながら帰って行った。




これまでのイリナとの会話や付き合い方、
それに、先日の米国諜報機関騒動の結果などから、
少なくとも、妙采寺側が好意的な関係を望んでいることは、
ほぼ間違いないと、イリナたちは推論していた。

そして、シーナが二人でそれとなく調査に出向いても、
どこかで見ていながら、何も隠すこともなく見せる様子から、
推論は確信に変わった。


「さて、これでどうかな?」

薄い二枚貝と、枯れた小枝を丸く組み合わせたランプシェードが、
淡い光を放って、穏やかに周囲を照らす。

「うんうん、これならバッチリだよ。」

夜に枕元を照らす光源が欲しかったイリアは、
イメージぴったりのランプシェードを喜んだ。

「う〜ん、いいわねえ。」
「海辺の感じがすてき。」

イリアとソフィアも、穏やかな光と海辺のイメージにうっとりと見つめる。

みんな寝間着だけのラフな格好で、
食後の一時を、シーナの工作を見ながら話していた。

が、話している内容は、世界の命運すら揺るがせるような、
作戦や情報操作、新規の軍備や生産計画などなど、
明日のお天気を話すように、気軽に話しているのだから、なかなか凄いものがある。

ちなみに、ダインコート家には会議室が二つあり、
一つは台所、もう一つはお風呂場と決まっている。

現在ちゃぶ台が、作戦会議本部であろうか。

「どお、その後聞いてみた?、イリナ。」

ソフィアに妙采尼のことを聞かれ、イリナが困った顔をする。

「う〜ん、あそこなんか怖いんだよねぇ。下手なこと聞いたら、
 『みぃたぁなぁぁぁぁ〜〜〜〜(ドロドロドロドロ)』とか言われそうだし。」

「ひいんっ」

下からぬめあげるような白目全開の目つきで、ペロンと舌を伸ばし、手を前にぶらぶら、 思わずイリアがおびえる。

「ちょっ、ちょいイリナそれ本気で怖いって…」
やたら力の入った恨めしげな声に、ソフィアが冷や汗。

「私も本気で怖かったんだってば。
 先日地獄絵図を見せられた話をしたでしょう?。
 あの時だって、誰もいないのに、どこからか念仏が聞こえてきてたんだよぉ。」

「まっ、まさか、絵の中からとか?!」
「や〜〜め〜〜て〜〜〜〜!!」

イリアの突拍子も無い意見に、イリナが半泣きで悲鳴を上げる。

「それだけは考えたく無かったのにぃ。」

いや実際、床に置いた絵の中から聞こえてきたような気がして、
イリナは、幻聴だと無理やり信じようとしていたのです。

「ええっ、まじぃ?!。やだあ、今夜トイレにいけないよぉ。」
「やれやれ…うちのおこちゃまたちは。」

シーナの口調にぶうっと膨れるイリアでしたが、
結局、夜中にトイレについてきてもらう羽目になるのでした。

(きみら……ほんとにAIか?。)




「そういえば、北陸支部からの連絡、どうするの?。」
ソフィアが、細いメガネの中で、ちろっと青い大きな目を向ける。

清国から、朝鮮半島を経由して密入国してきたグループが、
石川地区の能登半島に発見された。

入ってきてすぐ発見されたのは、地元の山人の部族が、
警告を発してきていたからだ。

帝国重工は、山人たちの保護と同時に、国土の7割を占める山地の管理強化に、
彼らを役立てる方策と立てていた。

太陽電池や風力発電を使った基地局を、あちこちの山に設置し、
異常や緊急事態が起これば、そこから帝国重工へ連絡を入れられるようにしてある。

誇り高い山人たちは、『山と国土の守り手としてお願いしたい』という高野の言葉に、
本気で喜び、それを役立てることを誓った。

急病人や、土石流災害の前兆などが時々入るようになったが、
今回初めて、密入国者のグループが発見された。
それも武装していることが分かり、支部から本社へ連絡が入ったのだった。

が、しかし支部が困っているのが、
入り込んだ連中が、山人たちに銃を撃ちかけたため、
彼らが怒って、今にも攻めかけそうだというのである。

「誇りが高すぎるのも、問題ね〜。」
「明日の朝、一番に行ってみるわ。それまでは待ってくれるそうだから。」



翌朝、シーナは部隊を率いて、無音ヘリで石川に飛んだ。

山人の部族から、山犬・山鹿の兄弟が待っていた。
ひどく痩せた兄弟だが、筋肉は凄まじく、兄は山犬、弟は鹿の毛皮を背負っている。
二人は部族の者すら抑えるのを苦労する暴れ者だが、
シーナの冷たい美貌に怯えの表情を浮かべ、急におとなしくなった。

彼らの案内で、山間のくぼ地をのぞき見る地点に来て、シーナは眉をしかめた。
くぼ地に、木の枝を刈り集めて、簡易な隠れ家が作られている。
問題は、その周りに見張っている2人。

『あれは…間違いない、M1893ライフルだわ。』

見張りらしい男の持っている、特徴的な形状のライフルは、
有名なモーゼルGew98の改良型で、大国の正式小銃に認定されるほどの性能がある。

「あの男の持っている銃、あれはまだあるの?」
「さいしょは、無かった……今は、ぜんぶ。」

兄の山犬が、口ごもるように言う。
あの隠れ家にはほかに5人いるが、最初は猟銃らしいのが一つだけだった。
ところが、翌日に、坊主が一人尋ねてきた。

「坊主?」

墨染の衣を着た、本当に坊主だったらしい。
だが、銃を向けて脅す男たちに、何かを言うと、男たちは急におとなしくなり、
従者が背負った荷物を受け取った。
それが、7丁のM1893ライフルだったのである。

大喜びした男たちは、のぞいていた子供の山人に銃を撃ちかけた。
遠くだったので子供は助かったが、人や動物を見かけては撃ちだした。

ライフルが7丁に十分な弾薬があれば、村ぐらいすぐに襲える。
下手に時間をかければ、被害者が間違いなく出る。

「どおする、つかまえるのか?」
「そんな必要は無い、子供を撃つような阿呆は殺すだけよ。」

冷酷な氷の目に、兄弟は喜悦の表情を浮かべる。
彼らは男であれ、女であれ、強い者が好きだ。

「大谷、殲滅戦用意。」
「まて、殺すだけなら簡単だ。」
「まかせろ。」

ニタニタ笑いながら、山犬・山鹿が言った。

シーナが、えっ?と聞き返す間も無く、
二人はカモシカよりも早く、50度近い斜面を駆け上がった。
常人の感覚なら、ほぼ絶壁に近い。

山犬が先に上がり、山鹿がその左へ走った。




山犬が、沢に溜まっていた土砂の材木を引き抜いた。
山鹿が、別の沢の谷間に、石をころがり落とした。

   ドドドドドドドドド

夏の雨が、土砂を沢の谷間に溜め、小型のダムが作られる。
これが突然崩れ、土石流を起こすことがある。

濁流は、倒木や土砂を巻き込み、立ち木を根こそぎし、
数トンもある岩石も軽々と押し流す。

加えて時速100キロを超える猛スピード、
これに襲われると、人間はまず助からない。

岩と岩のぶつかり合う音、
斜面がえぐられ、倒木がはじけ飛ぶ、
轟音は恐ろしい山津波の恐怖を、人間の脳に直撃させる。


一瞬後、清国人たちの隠れていた谷間は、まっ平らにならされていた。


山人たちは、時折、山の危ない所に手を入れ、
わざと小規模の土石流を起こして、危険の無いようにしておく。
自分たちも、沢や川を使うのだから、手入れは当然。

もし、旅人が近くにきていれば、前もって警告もする。
旅人は、それを受け入れ、さっさと退散するのが山のしきたりだという。


『これは、使えそうだな…』


シーナは嬉しげに笑った。
彼らの身体能力、山の知識、地形を読む目、なかなか使えると見た。
いずれ、彼らの中から、特殊作戦群に参加する者も出るかもしれない。

息も切らさずに、二人は戻ってきた。

「見事なものだ、ありがとう。」

「えへへ…」
「お前、イイ女、俺達の村へ来ないか?。」

彼女をを口説こうというのだから、いい度胸と言える。

「そのうちにな。」
まんざらでもない口調で、シーナは応えた。

帝国重工からの酒と米の礼に、山人たちは喜んで帰っていった。
シーナたちは、破損したM1893を2丁回収し、謎の僧侶の事を本社へ伝送した。
破損しているとはいえ、シーナが見ればどこから出た製品か、ある程度推察ができた。

『やはり、フィリピンからの横流し品か』

現在、米国とフィリピンの間で、激しい争いがおこっていて、
フィリピンの銃器は、M1893がメイン武器となっている。
これは、帝国重工が裏から手をまわして、彼らに武器が渡るよう仕向けていたのだが、
その影響で、こぼれ出たM1893は、比較的広範囲に出回っている。

フィリピンの中にも、やはり横流しや、密売などで小金を稼ぐ者もいるのだ。

本社では、謎の僧侶について、オペレーターの大連撫子が、
膨大なリストから見つけ出し、ツインテールを震わせた。

「あっ、こいつかな?」

ロシアで密かに台頭していた共産主義に教育を受けた、
左翼系運動家で、共頭佐全(ともがしらさぜん)という男だ。

何とこの男、僧侶(禅僧)の格好をしていて、
清国の仏教交流という名目で大陸へ渡り、帰国している。

日本の厳しい入国チェックも、さすがにノーマークだった。

「でも、銃器は持ち込めないよね?。」
イリアが、首をひねる。

「米国が、かなり悪辣な手を使ってきてるわ。」
イリナが不快そうに言った。

横流し品が大量に出回りだした背景には、やはり米国がいた。
第三国の商人を経由し、フィリピン軍のM1893と弾薬を、
市場価格よりかなりの高値で買い取り始めたのだ。

逆に、1893の2世代ほど前の、モシンナガンM1891ライフルなどを格安で売りさばいた。
M1891はロシア製で5連発、性能的にはそこそこだが、
自国の生産能力が追いつかず、一部は米国やフランスで生産されている。
当然米国は、安く作れる。

これだけ見れば、多少性能の差があるとはいえ、銃の数は変わらない。
だが、米国は商人たちに手を回し、M1891の口径に合う弾を、わざと品切れさせたのである。

フィリピン側の一部の強欲な連中は、差額の大儲けに束の間喜んだが、
弾が無いことに気づいた時は、後の祭りだった。

ろくでなしでも戦力である。
一部とはいえ、戦力の減少は、フィリピン軍に不利なった。

同じような戦法は、過去に日本にもある。
豊臣秀吉が羽柴藤吉郎を名乗っていた頃、
鳥取の城を攻略するために、
戦う前に、北陸で飢饉だと商人たちに高値で米を買い取らせ、
地域の米が尽きた頃を狙って戦争を始め、食糧不足で降参させている。


買い取られたM1893は、清国やロシアの反政府勢力、
それも米国の息のかかった連中へと、これまた第三国の商人たちを通じて、
密かに流されていった。

当然、米国船籍の船は、その商人たちには非常に協力的だ。
銃の取引先の、ロシアの共産主義者からの要請で、
日本の若狭に寄港した船は、こっそり一部を共頭佐全に引き渡していた。


「とっつかまえて、締め上げてやらなきゃね。」


イリナが、怒りに燃えているそのころ、シーナはヘリに乗って本社へ向かった。

舞い上がるヘリを見送る、一人の尼僧がいた。

帝国重工側は誰も知らないが、清国人のグループを最初に見つけ、
山人たちに教えたのは、この尼僧だったのである。

にっこりとほほ笑むその笑顔は、あの妙采尼そっくりだった。
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