■ EXIT
ダインコートのルージュ・その9


  ≪決戦!リリシア嬢≫


幕張にある帝国重工本社。

1900年代に入り、騒がしくなってきた日本周辺の状況に、
広報部は、一見仕事が手持ち無沙汰のように見せながら、
実は、情報収集と解析に全力をあげていた。

ただ、問題は情報収集よりも、情報解析の方だろう。


イリナが各国大使館を訪問した際、
薩摩焼の名品をプレゼントしている。

見事な白磁に、繊細極まりない曲線を描かせ、
隙間を芸術的な形状で描き出す焼き物に、
各国大使館は驚嘆し、喜んで受け取った。

そして、プレゼントは全部、高性能の盗聴器が仕込まれている。
おかげで、各国の機密は非常に入手しやすくなった。

しかし、神様は非常に悪戯がお好きらしい。

あまりに薩摩焼が美しすぎたのか、
大使館を訪れた政府上層部の人間が、
焼き物を絶賛し、本国へ持ち帰ってしまう例が続出。

ロシアは内務省大臣室に、
大英帝国は王宮の貴賓室に、
アメリカにいたっては、ワシントンのホワイトハウス内、
大統領プライベートルームというありさま。

ちなみに当時のアメリカ大統領は、セオドア・ルーズベルト。
あのクマのぬいぐるみ『デディ・ベア』のデディは、
セオドアのニックネームに由来している。

この大統領、
『歴史上最も大勢の家族を引き連れてホワイトハウスへ入った』
事でも知られていて、プライベートルームを盗聴するハメになったイリナは、
この田舎者の家族の騒音に、ひどく気が滅入った。


まあ、その他色々な方法で、情報収集はできるのだが、
あまりにダイレクトな情報が入りすぎるのも考え物で、
まさか本国の指令が、大使館に届く前に対策を立てられていては、
どんな馬鹿な国でも、おかしいと思うだろう。

そのため、時間を読むことが非常に難しくなってしまった。
無理をしすぎるイリナを、風霧が心配する。

「イリナ、少し無理しすぎだ、休め。」

「でも…」

「情報は出そろった、あまりに突っ込みすぎれば、
 自分の予測に足を取られてしまうぞ。」

「そーそー、見切りと決断は上層部の決めることよ。」

突然の明るい声に、全員が振り返る。

「リリシアさん!」

広報事業部を率いるリリシア・レイナードが、
黒いスーツ姿でひょう然と現れた。

ただし、彼女のスーツは薄い光沢素材で、通気性も抜群、
スカートは同じ素材の超ミニときているから、
彼女の赤紫の瞳と美貌、真っ白な肌と、強烈グラマラスな肢体もあいまって、
ど派手に目立つことおびただしい。

「私も見せてもらったけど、あとは随時追跡調査をしていくだけみたいよ。
 安心して休みなさい。」

リリシアの声は、落ち着きと安心をもたらす。
イリナも、ほっと肩の力が抜けた。

「娼館の方も、周辺事情がきな臭くなってきたから、
 事業は一時控えさせてるわ。その報告と、私もちょっとお休みね。」

ロシアとの間が怪しくなってきているからだ。

「ああ、それならどこか行きます?」

「ん〜、それなんだけど、ちょっと会いたい人がいるのよね。」



場所は変わって、
帝国重工調理区画、F−4。
だがしかし、帝国重工の人々、特に女性陣には、
『パティシエルーム』と呼ばれている

そしてそこの主と言えるのが、
準高度AIの一人、"はるな"大尉である。

彼女の趣味は、パティシエールとして洋菓子を作ること。
女性たちは、彼女の新作をいつも待ち焦がれている。



リリシアは、以前から切に願っていたことがある。
彼女の大好物である『チョコレートパフェ』、
その作り方を、ぜひとも覚えたいのだった。

"はるな"嬢のパティシエールの腕前は、以前から聞いていたし、
時には味わうこともして、信頼していた。

時はようやく1900年代が始まったばかり、
21世紀後半の思い出『チョコレートパフェ』など、
どこにも探しようが無い。
無ければなおさら欲しくなるのが、人のさが。

今日は“はるな”嬢にお願いして、『チョコレートパフェ』
製作法を伝授してもらう事になった。

もちろん、洋菓子作りの大好きな“はるな”嬢、
喜んで、気合を入れてやってきた。

“はるな”嬢は、見かけは“さゆり”嬢にちょっと似ているが、
少し小柄で、可愛らしく、甘い声と人懐っこい性格。
その点はイリナの妹イリアに似ている。

大きなコック帽をかぶって、白い調理服に身を固めても、
かえって人形のように可愛らしい。



「では、チョコレートパフェの作り方でえす。
 用意するものはあ…」

チョコレートソース、バニラアイス、バナナ1本、
コーンフレーク(チョコだとなおグー)
ホイップした生クリーム(つのが立つ程度)、
飾り用のチョコ、キウイ(無ければパインとか)、
チェリー(缶詰でいいお〜)

「ちなみに、容器はパフェ用の深くてふちの広がってるものですね。」

1.まず、器に生クリームを半分ぐらい入れます。
 アイスが多いと重くなる(夏用?)ので気をつけて。

2.コーンフレークを小さじ1杯入れます。

3.生クリームを軽く覆うように入れます。

4.バナナを1本の8分の1に切ったものを2切れ入れます。

5.チョコレートソースを横に3往復、たてに3往復します。

6.バニラアイスを2段にやや重なるようにのせます。
(6と8をソフトクリームでまとめちゃってる店もあるわね)

7.バナナを1本の8分の1に切ったものを2切れ、左右のふちにのせます。

8.2個のアイスにかかるようにホイップクリームをかけます。この辺加減はお好みで。

9.その上から再びチョコレートソースを横に3往復、たてに3往復します。

10.残りのふちに4箇所のる感覚で、飾り用のチョコとウエハースなどをのせます。

11.正面にキウイを飾りつけ、アイスにチェリーをのせてできあがりです。


「どお、簡単でしょ?。」

にこっと微笑む“はるな”嬢だが、メモを取ってるリリシアとイリナは、
かなり必死。

「け、けっこう大変そうね。」

リリシアが早くも冷や汗。

「そうですかぁ?。計量もいりませんし、
 メレンゲを泡立てるような必要も無いし、
 作り方さえ覚えれば、楽な方ですよ。」

けろっと言われ、リリシアはめげそうになるが、
チョコレートパフェへの愛情を奮い起こす。

幸い、新鮮で美味しい南方の果物が、常時入荷するようになって、
パフェ用には事欠かない。

ただ、ちょっと、リリシアの緊張がひどかった。

ずーっと我慢していたチョコレートパフェ、
それを作れる、食べられるかと思うと、
生クリームを、器いっぱいにしてしまいそうになったり、
チョコレートソースを派手にぶちまけたりと、
普段の彼女らしからぬ失敗で、“はるな”嬢を苦笑させた。

「う…っ、う…っ」

チョコパフェはかなりシュールな形になり、
リリシアは、泣きそうな顔になった。

「大丈夫大丈夫、見た目はイマイチでも、味は絶対美味しいです。
そこは私が保証しますから。」

ポイントは間違えていないのだから、味がおかしいはずが無い。

恐る恐る、すくいとったチョコとアイスは、甘く切ない味わいで、
すうっと舌にひろがった。

「おいしい…」

今度は、うれし泣きの顔で、リリシアは懐かしい味を、
思う存分食べ始めた。


次の日、“はるな”嬢が腕を振るったチョコレートパフェは、
暑い夏を、一時忘れさせる冷たく甘い味わいで、
首脳部の全員を魅了したのでした。
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