■ EXIT
ダインコートのルージュ・その5 【美女と野獣:3】


≪獲物は罠に≫


高速艇で、1時間ほど東京湾を突っ切る。
川の河口に船を着け、そこからハイキングになる。

山から木材を切り出す道の一つが、川に沿って伸びていて、 途中から道を外れ、川沿いに上るのだ。


銃を持った男が7名、 滝の右側にある小高い山の中腹に陣取っていた。

イギリス大使館から4名、オランダ大使館から2名、 ジョゼフ・チェンバレンの差し金で、ベルヘルネンに用意されていた。
だが、7名は顔を合わせて苦笑いした。

「まさか、こう言う面子になるとはな。」

「それはお互い様でしょう、ベル。」

ちょっと濃い肌をした縮れ髪の男フォブスが言った。
なんと、全員傭兵時代の顔見知りだった。

「さすが大英帝国様だな、やることがえげつねえ。」

やらかすのは傭兵、失敗しても知らぬ存ぜぬを押し通すつもりなのだ。
実際の戦闘でも、敵も味方も同じ村の傭兵だったという記録もある。



「しかし、本当に来ますかね?」

ベルヘルネンの計画を聞き、一人が首をひねる。

「来るさ、誰でも一日中同じ場所にいられるもんじゃない。
 ましてこの陽気だ、身体が浮き立って、じっとしていられねえ。」

休みは週一回日曜日、そしてもうすぐ『梅雨』と呼ばれる雨季が来る。
この5月の内に必ず来るはずだ。天気が良くなければ、そもそも出てきまい。

日曜日だけ、この山に陣を張って、見張る計画だった。

だが、仲間の疑問は杞憂だった。

「うあ、ほんとにきやがったよ…」

滝を見張っていた一人が、呆れた声を上げた。

「うわ〜、きれい〜〜。」

イリアが感極まった声を上げる。

高さ15メートルほどの中規模な滝だが、水量が豊富で水が澄んでいる。
滝壺は深そうで青く、底が見えない。

小石や川砂が浅瀬を作り、くねるように流れる水流に沿って、 シダや細い青草が、濡れて輝いている。

沸き立つ水のイオンが、空気を気持ち良く浄化し、 緑の萌え立つ香りに混ざり合って、たまらないすがすがしさを作り上げていた。

細かな水滴が絶えず舞い上がり、虹が奇麗に円形に見えた。

「ほお、これはいいな。」

シーナが満足げに見上げ、ソフィアもパシャパシャと写真を撮った。
イリナは、頬を染めて、来てよかったと喜んでいた。




「どうします?」

フォブスが銃を構える。

「まあまて、しばらくゆっくりさせてやろう。
 飯を食ったり、酒を飲んだり、そこら辺で連れ帰れば楽だろ。」

なるほど、とフォブスも、他の者たちも『周辺』に目を向けた。
万一、周りに警護が隠れていたりすれば、こちらが危ない。

しばらくゆっくりさせて(様子を見て)、 相手の戦力や安全を確認してから捕えればいい。

“無理だと分かれば、生きて逃れる”それが傭兵の原則だ。

ただし、彼らにも死角があった。
まさか、彼らのさらに上、背後から見ている者がいるとは思いもしなかった。

イリナの趣味は、森林浴と写真撮影である。
そして、この二つが同時にかなえられる最高の場所に来て、 彼女の興奮は激しく高まる。

胸を抱えるようなしぐさをしたかと思うと、思いっきり深呼吸。

「んんん〜〜〜っ、最高おおおっ!」

「あ…」
「これは…」
「マジやばい?」

思わず3人があとじさる中、 イリナはサファリルックの上着を脱ぎ捨て、薄桃色のブラすらさっさと外した。
プルンとこぼれる、可憐な乳房。
日差しを跳ね返して、白く輝く。

肌にプチプチと、ミスト状の水滴がはじけ、 緑のイオンと混ざり合って、染み込んでくるような快感を覚える。

ジーンと、上半身が覆われる快感、目を閉じて贅沢な『解放』のエクスタシー。

ピンクの愛らしい乳首が、ピクリと勃起し、白い頬は桃色に染まっていた。

下の短パンもブーツもさっさと脱ぎ棄て、 まっ白い肌を、光とミストのシャワーの中にさらけだした。

「ねね、みんなも脱ごうっ!」

逃げようとしたイリアが最初に捕まり、 あっという間に引っぺがされる。

『お姉ちゃんのお弁当いらないの?』と脅されては、逃げようが無いが。

「あ、あたしは遠慮するわ。」

と、ソフィアも逃げようとしたが、

「お姉ちゃん、逃げないでよぉぉぉ〜〜。」

イリアに泣きつかれ、逃げるに逃げられず、豪沈。

「あきらめなさい、今日はいいでしょ。」

さすがにシーナは、さっさと下着一枚になっていた。

胡坐をかいて細いシガー状の清涼剤を加え、のんびり吸う。
一時は葉巻も気に入ったらしかったが、 冬に黒服でトレンチコートを羽織って葉巻を咥えたら、イリアが本気で怯えたので、 以来、これだけにしているそうである。



「いっ、いったい全体、何やってるんだ……?」

生唾を飲む音やら、鼻息の荒いのやら、ひどく騒がしい。

「す、すげえ、おおおおっ、黒のレースううっ」
「あの腰たまんねえなああっ、」
「お、おまえら、ここで暴発すんなよ。」

さらに、イリナとイリアが水遊びを始め、 目がちかちかするような無防備な有様に、しばし全員呆然と見とれた。

シーナの見事な肉体美、喉が鳴りそうな細くくびれたウェストと腰つき。

ソフィアの黒いレースの下着と、黒いガードルとストッキングは妖艶なまでに色っぽい。

イリナの無防備奔放な裸身、無邪気さと可憐さが薄桃色に弾ける。

イリアは少し幼げで、はじめは恥ずかしがっていたが、 大きなクマらしい浮き袋を膨らむと、大喜びでしがみつき、全裸だという事も忘れてしまったらしい。

「なあ、特別手当、ありだよな?」

目を血走らせているやつに、ベルヘルネンも苦笑い。

「別に、処女連れて来いたあ聞いてねえよ。穴ぐらいあいてたって不都合はあるまい。」

弁当を広げ始めたのを見て、 そろそろ襲撃をかけることにした。

4人そろって連れ去れるなら、当然言う事も聞かせやすいし、 ボーナスもはずんでもらえるだろう。
それに、男たちも士気があがるというものだ。

全員が立ち上がり、下へ降りようとした。
周辺への警戒がすべて下へ向かった瞬間、後ろから殺気が飛んだ。

頭に血が上っていた傭兵たちは、対応が遅れた。

二人が飛んできた槍に腹を貫かれ、一人が足をぶち抜かれた。

「なっ?!」

斜面を降りかけた身体は、急には方向が変えられない。
瞬間後ろを見た目に、木の間を獣のような姿が見え隠れした。

ライフルが轟音をたてるが、姿勢と位置が悪すぎる。

ビュッ

分厚い巨大な刃が、フォブスの視界をかすめた。
樫の銃床をかち上げ、防護した。

だが、ナタと呼ばれる大きな刃は、 その重さと鋭さであっさりと切断、フォブスの頭がずれ落ちた。

背が低くごつい傭兵が、必死で立ち木をつかみ、片手で連射。
だが、同時に出刃包丁を倍にしたようなウメガイと呼ばれる武器で、喉を刺されあいうち。

誰かが、もう一人と掴み合い、転がり落ちる。

気がついた時には、血まみれのナタが目の前に迫っていた。
ベルヘルネンは一か八か、自分から転がった。




≪美女と野獣≫

ダンッ、タタンッ、バンッ

「なっ、なにっ?!」

突然の銃撃音に、ダインコートの姉妹は驚いた。

誰かが転がり落ちてきた。

二人が血まみれで、互いに刃物で刺し合って息絶え。

一人は傷だらけで這うように逃げてきた。

そして、ぼろのような衣類をまとった姿が、そのあとを追うように滑り下りた。 ぎらぎら光る目、野獣のような生臭い匂い、乱髪が異様に長い。

逃げる男を探そうとして、立ちすくんでいるイリナと目が合う。

「お、おんな……」

全裸の真っ白な女が、目に焼きついた。
猛然と走りだした。

「キャーーーーーーーッ!」

悲鳴を上げるイリナをかっさらうと、もと来た山へ猛然と駆け上がる。

「イリナあああっ!」

シーナが飛ぶように駆け寄るが、イリナを抱えているというのに、 あっという間に林の中に見えなくなった。
ましてやシーナも裸で、道もない山を追うのは無理だ。

「あんたっ、いったいなんだってのよおっ!」

ソフィアが激怒して、傷だらけの男の襟首をつかんだ。

「おっ、俺たちにも、何が何だか・・・っ。」

ベルヘルネンは、手と足を骨折し、体中傷だらけになっていた。
だが、あそこで転がらなかったら、間違いなく頭を割られている。
痛みと打撲で、そのまま失神した。




イリナはおびえ、もがき、そして気が遠くなっていた。
風が吹き、身体が震えた。

「……ひっ?!」

男の右肩に担がれ、目の前は、何十メートルあるか分からない崖だった。 そしてイリナを抱えたまま、左手と両足だけで、そいつは登っていた。

「オウ、オンナ、ドダ」

たどたどしい言葉も、イリナは恐怖で聞こえず、必死にしがみついた。 身長は170ぐらいだろうが、その男の身体は異様に固く、 脂肪がほとんど無いようで、太い血管が体中に走っていた。 若いようにも、年老いているようにも見える。

イリナの震える肌や柔らかい感触にニヤつくと、 その背中を優しく撫でるようにたたき、 崖に生えている小さな茂みを見つけ、蜘蛛が移動するように動いた。

そして、その上でおびえるイリナにのしかかり、あっさりと押し入った。

「えっ、えっ、あっ、あぁぁぁ……」

動転したイリナは、恐ろしい高みの中、されるがままに身体を広げられ、のけぞった。

男は歯を食いしばり、激しく身体をゆすり始めた。




『ウメガイ』は、猟師、きこり、そして「山人」と呼ばれる山岳に居住する一族がよく使っていた、特殊な多目的の刃物だ。

「山人」は、ほとんど里に下りず、部族単位で自給自足で生活した狩猟民で、 昭和初期までいたという学説もある。

先に書いたように、山岳に居住する民族は戦闘力が高いが、 その中でも「山人」は徹底していて、忍者でも彼らにはかなわなかったという。 たまに村や町で犯罪を犯しても、山に入られたが最後、当時の警察では追う事は不可能だった。

シーナからの緊急通信で、帝国重工本社は急いでイリナの追跡を開始する。
イリナの体内に埋め込んである生体チップから、彼女の位置は特定できる。

武器の内容と、民俗学のデータから、外国人の一団を襲ったのは、「山人」だろうと推測された。 だとすればイリナをさらった男は、縄張りからさほど遠くへは行かないはずだ。

「はあ、はあ、はあ…んあっ!」

イリナと男は、山頂に移動していた。
大きな岩に寄りかからせ、可愛い尻を突き出させるや、 後ろから再び男が動き出す。

恐ろしいぐらいの精力であり、持続力だった。

「オレラ、ズットマエ、ココニイタ…」

聞きづらい発音だが、北陸の発音がかなり混じっていた。

房総の山地にも小さな「山人」の部族がいたが、 江戸幕府は、もともと領民にならない彼らを嫌い、狩りたてていた。 そして、江戸防衛の拠点(砲台)が置かれる際、 幕府は彼らを徹底して追い、何人も殺され、別の地方の山を転々とした。

数年前に拠点整備が中止になり、その一族の生き残りが戻ってきていた。 それが彼らだった。

だが、静かだった山に、火薬と武器の匂いを充満した異人が7人も入ってきた。 彼らは自分たちが再び狩られると恐れ、ついに襲撃を決意したのだった。

胡坐をかいた男の膝で、イリナは激しくあえいでいた。 まだ、男は彼女とつながっている。

「コヲ、ウメ、マタ、フエル」

男のうめきが、イリナの中にほとばしった。

イリナは身を震わせ、切なげな顔で、ゆっくりと腰をゆすった




新月の夜は、ほぼ漆黒の闇に等しい。

暗視仕様のゴーグルをつけ、シーナと彼女の部隊が山の峰を囲んだ。
非常に急角度な山肌で、普通の人間には登ることすら難しい。

赤外線映像が、山頂の岩の深いくぼみに人間の像を結ぶ。

シーナが黒い影のように走り、そっと肉眼でのぞいた。

その気配に、イリナが振り向き、微笑んだ。

膝枕をしていた頭を、そっと下ろした。

「大丈夫、ぐっすり寝てるわ。」

小さな声で、シーナにうなずく。

「さようなら…ごめんね。」

そっと振り返り、小さくつぶやいた。

男は性も根も尽きているらしく、最後まで目を覚まさなかった。

「山人」は乱暴だったけど、意外に優しく、 イリナは体に刻まれた彼の記憶に、立ち去りがたいような気持ちを抱いた。

そして帰りの船の中で、一人ぼっちになってしまった彼のことを思い、 ひどく胸が痛んだ。




ベルヘルネンの脳探査を行い、 彼の周到な罠に“さゆり”嬢と風霧はぞっとした。

「まさかイリナの趣味をネタに罠を仕掛けるとはな。」

シーナが同行していたとはいえ、妹たちが捕まれば、 彼女も手が出せなくなる しかも、全員戦い慣れした傭兵たちばかり。 ゲリラ戦なら、100人の陸戦部隊でも苦戦する相手だった。

「だけど、それが彼らより恐ろしい「山人」を刺激してしまったのは、
 ある意味、皮肉なめぐり合わせよね。」

立ち会っているシーナが、清涼剤をふかした。

「どういう意味なの?」

“さゆり”嬢の疑問に、清涼剤を置いた。

「もし、彼らが故郷のスイスの村にいて、
 凶暴な戦闘集団が近くに来たら、どう対処したとおもいます?。
 スイス人の重武装と、戦闘意欲の激しさはよく知られているわ。
 ほぼ間違いなく、武器を取り、戦ってでも追い出してるわね。」

「なるほど「山人」と傭兵、立場を逆にしても同じことが起こる、ということか。」

風霧の言葉を、シーナが強く否定する。

「彼らは縄張りを知っているし、野蛮だけど女を大事にすることぐらい、わきまえてるわ。  こいつらには、縄張りも礼儀も何も無いわよ。」

シーナの薄い青い目は、すぐにでもベルヘルネンをくびり殺しそうだ。

「まあ、これだけの失態をやらかしたんだ。どうせ欧州には帰れん。
 アメリカでヘッドハンティングに精を出してもらおう。」

もちろん、洗脳と意識改造を行い、もっと平和な形で、 帝国重工に影ながら役立ってもらうことになる。

「それにしても…この人がスイス系アメリカ人になるのは、  この事件のせいだったのかしら?」

まさに卵が先か、ニワトリが先か。
“さゆり”嬢の疑問に、風霧もシーナも考え込んでしまった。
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