■ EXIT
黒江大佐の憂鬱2−前・活動絵画は女提督の夢を見るか?


黒煙をたなびかせて艦隊が航行している。 しかし、単縦陣で接近してくる日本艦隊は、それよりも優速であった。

「敵は速いね」
老提督が一言もらす。

「しかし、戦艦の数、主砲の門数では我が艦隊が圧倒的に有利です」
参謀が威勢を張る。

「敵艦隊、発砲!」
見張り員が大声で怒鳴る。

言われずとも、日本艦隊の艦上に閃光がきらめくのが見て取れた。

「これは……速いな」

日本艦隊は大口径砲の不足を、中口径以下の速射砲の連射で補うためか、激しい猛射を繰り出してくる。


たちまち、日本艦の砲弾が艦隊に降り注ぎ、命中弾を受けた艦上に火災を発生させる。

「我が艦隊の攻撃はどうなっておる?」


「主砲、発射します!」

前部主砲が炎を吐き、轟音が響き、黒煙があたりを覆う。

固唾を呑んで見守る中、主砲弾は敵旗艦を外し海面に落下した。

「思ったほど当たらぬものよのぅ」


当たらぬ、しかも発射速度の遅い主砲に対し、日本艦隊の中口径砲は次々と砲弾を吐きだし、艦上に大火災と死を撒き散らしていく。 だが、艦隊の運命を決めたのは日本艦隊の苛烈なる砲撃ではなく、当の戦艦の主砲であった。 主砲の砲弾装填途中の暴発により、司令部にまで被害が及び提督も負傷する。 このため、旗艦は指揮能力を喪失した。しかも不幸なことに、旗艦が指揮不能状態に陥った際の権限委譲の手順を決めて いなかったため、艦隊の各艦が個別に戦闘を始めたのである。

連携をとれずバラバラに戦う各艦が次々に日本艦隊の砲撃に屠られていく。 逃亡する清国北洋艦隊が日本艦隊による激しい追撃を免れたのは、鎮遠が放った主砲弾が幸運にも敵旗艦松島に命中し、 日本側が追撃を断念したからに過ぎない。

「東洋の海に威容を誇った清国北洋艦隊はこの戦いで戦力を大いに減じ、以後は威海衛に籠もるのみとなり、ついにはそこも 日本陸海軍の猛攻により陥落。ここに北洋艦隊は壊滅するのである」

ナレーションが史実をたんたんと語り、自殺した丁汝昌提督の亡骸を乗せた船を見送る伊東中将の姿を映し出し、活動大絵画 『激闘日清戦争!黄海大海戦』の試写上映はほぼ終わった。

なお、映画の呼称を史実の「活動写真」とせず、「活動絵画」としたのは、帝国重工が実写映画のみならずアニメーション制作も 手がけていくためであり、海外向けには「Moving picture:略称 Movie」と紹介されていた。また、邦語では単純に「動画」と略される。

そもそも、この時代まだ「映画俳優」という職業が確立しておらず、背景となっている艦艇は当然のこととして、ほとんどのキャストが CG合成された映像だった。


エンドロールが流れ観衆の拍手が鳴り止まぬ中、黒江大佐は劇場ロビーへ早々に抜け出していた。

「試写会参加者に挨拶するっても、同じ動画を何回も見られるかって……」
向山慎吉少佐役として、出演者に名を連ねている黒江だったが、他の出演者の多くが実在しない以上、実のある人間が出てくる しかない(しかも出演といっても、身体データと声のデータを提供しただけで、実際に「戦ヒ難ク成シ果テキ」と三浦水兵に語る演技を したわけでは無いのだ)

なお、この時期に公開された動画は特撮技術を駆使した派手な演出のものが大多数であった。
配役を分けられるほどの俳優(顔)が居らず、モデル無しでCGに演技をさせるのは不自然になりがちであったが、大規模な特撮で あれば演技の粗は目立たない。特撮の方もCG合成された映像であったが、「これが撮影現場だ!」的な特撮のタネ明かし写真 (捏造)を公開してCGであることを隠蔽していた。


場内販売所で買った珈琲を啜りながら辺りを見渡していると、見知った顔が見えた。 いや、厳密には「顔」ではない。その相手はまだ珍しい「サングラス」をしていたからである。
ただ彼らの周囲に「ただ者ではない」オーラが異彩を放っており、それが黒江の目にとまったのだ。

史実では、航空機パイロットの防眩用に開発された(される?)ものであるが、「暗いところから急に明るいところへ出ても目が 眩まずにすむ伊達眼鏡」として発売されていた。

もちろん、そのような目的だけではなく、単純にファッションの一部として受け入れられ始めており、著名人がお忍びで行動する際の 必須アイテムとなりつつあった。

サングラスをかけた少女は同じくサングラスをかけた青年と談笑しており、その背後に侍女と思しき少女を従えている。
その侍女の顔には見覚えがあった。

(たしか、明日香ちゃんだったよな)
その侍女は砂神村という飛騨の山奥から出てきて節子(さだこ)嬢に拾われ、九条公爵家で働いている娘だった。家事万端に堪能で あり、他の侍女達の四倍くらい働いているという節子嬢のお気に入りである。
今日も見かけはぼんやりしている風でありながら、油断無く周囲に気を配っている。
(あの子、何者だろ?)


「あら、黒江様。お久しゅうございます。撮影会の折は雨具をお貸しいただいたが、寒い思いをさせてすまなんだのう」

「いえ、作戦通りですから。それよりも、公爵家へのご招待は昨日午前の上映だったはずですが、何故今日の上映会に居られるので?」

「実は、ハル様と一緒に見たいと思ってな。顔見知りの少ない日を選んで来たのじゃ」

(ハル様?)

青年はわずかにサングラスをずらし、瞳を覗かせるといたずらっぽく言った。 「こんな場所ですので名乗れませんが、父からは帝国重工の働きについて良く聴かされております」

青年の顔にも見覚えがあった。直接見知った相手ではない。だが、帝国重工の医療スタッフが最優先で健康状態を改善させた人物である。

(明宮(はるのみや)殿下!!)


「どうか、『ハル』とのみ呼んで下さい」

「不用心な!」

「大丈夫であろ。明日香もおるし」
節子嬢が後ろに控えている侍女を指し示す。やはり、ただ者では無いらしい。

「それに、ダインコートの姉妹が居る場所で、不埒な行いを誰が起こせようぞ」 確かに広報事業部活動の一環なので、イリナが来て仕切っている。特殊作戦群の擬体も何名か居るはずだった。


立ち話もなんなので、劇場内のカフェテリアエリアへ移動する。

「この度の『動画』の出来も、なかなかのものであったぞ。特に戦闘描写を清国側から描写し、連合艦隊側の描写を省くというのは、今までの 講談とはまた違った着目点で斬新であると、ハル様とも話しておったところじゃ」

「勝ち戦の話は、確かに国民の意欲を湧き起こす原動力とはなるでしょうが、一歩引いて冷静な判断…、負けた軍は何故敗北を喫したのか? それを考えさせ、特に世論に強い影響力を持つ新聞記者らに冷静な判断を促すには良い材料です。それに高級軍人や我ら高貴な義務を 負う者としても、判断をゆめゆめ過たぬよう、深く自省させる良き『他山の石』となります」

「実に正しいご判断だと…いや、出過ぎた事を申しました」
と、嘉仁親王に答えながら黒江は、この動画の裏にある意図をバラせない苦悩を隠していた。

すなわち、『日本はこれから葛城級巡洋艦という中口径砲を主砲として備えた艦を整備し、大口径砲を搭載した戦艦の整備を疎かにする』
という(過った)メッセージを諸外国に伝える目的である。

もちろん、直接にではなく「戦艦の整備を怠る日本海軍に対して不安を抱く国民に対し、『戦艦の主砲など実際の艦隊戦では役に立たず、 実戦では巡洋艦級の主砲の方が大いに役立った』という(ある意味厳然な)史実を動画で指し示して国民を安堵させている」というメッセージを 諸外国に知らしめて、正しい情報を与えながら、誤った判断に誘導するという戦略の一環である。


「しかし、今回の動画はあまり女性の活躍が見られなかったな」
節子嬢は少し不満そうな顔をする。

「無理だよ、サダちゃん。帝国海軍にも清国海軍にも女性の提督・艦長が乗り込む余地は無い」


節子嬢が云う「女性の活躍」とは、以前に公開された「炎の女提督ブブリナ」の事である。

ロシアに漂着した大黒屋光太夫一行の中で、日本へ帰国しなかった若者が居た。彼はロシアの少女アンナと恋に落ち、ロシアに永住する 決意をする。親から勘当されたアンナは結婚後数年して娘ソフィアを産む。だが、厳しいロシアの冬に夫は倒れ、自らも病を得たアンナは 旅の商人に赤子のソフィアを託してこの世を去る。やがて、美しくたくましく成長したソフィアは出生の秘密を知り、父の故郷「日本」に渡って みたいと願うようになる。しかし、女の身でシベリアを陸路踏破するのは無謀であり、海路により日本を目指すべく、オデッサの港から黒海へ と乗り出した。

という、明治の日本人に馴染みのない19世紀初頭の東地中海事情に興味を持たせるための架空人物紹介の後で、本編の主人公 『ラスカリーナ・ボウボウリナ(ブブリナ)』の登場となる。

トルコ帝国に支配されていたギリシャでは独立の気運が高まっていた。独立派に与したとして刑死させられた主人の仇を討つため、ブブリナは 夫の遺産で艦隊を整備し、自ら旗艦『アガメムノン』に乗り込んでトルコからの独立戦争に参加する。

ブブリナ指揮の下、襲撃したトルコ船には日本へ赴くために旅立ったソフィアが乗っており、こうして出会った二人は、何故か意気投合して トルコ艦隊との決戦に臨むこととなる。

「開放派」が女性の権利拡大という意図を込めてはいるが、基本的にエンターテインメントに徹したこの動画は、娯楽作品として日本国内はもと より欧米でも大人気を博した。 特にギリシャでは絶賛を持って迎えられ、ギリシャ国内を一気に親日ムードに沸き立たせたという。

逆にエルトゥール号遭難事件以来、日本に好意的であったトルコでは動画に対して批判的な世評が立った。
そもそも、宗教上の制約(偶像禁止)により写真や絵画・動画の類に対し抵抗があって受け容れがたいのだ。ただ、都市部を中心に写真入りの 新聞や動画を見る習慣が育ちつつあるのも事実。そして、そういう新しいもの好き=改革を望む一派、例えば青年トルコ人らはこの動画で 「旧態依然としたトルコの体制不備が元凶になって、トルコ側が敗北する」との描写が、市民に「このまま改革を怠れば、トルコは女にも負ける 存在に堕する」との警句になる、と好意的な評価を与えていた。

事実、ムスタファ・ケマルは後日「この動画を機に親日家となった」と語っている。

もっとも、ケマルはヒロイン・ソフィアを演じた(データ提供だけだが)ソフィア・ダインコートの大ファンでもあるため、動画がトルコ市民にもたらした 良い影響のためばかりでは無さそうではあるのだが。


「さすがに黄海海戦に女性を出すわけにはいきませんが、次の動画では大活躍をさせられそうですよ」
黒江は、噂程度になら情報を開示して良いというレベルになった話を持ち出した。

「ほぅ、それは楽しみじゃな」

「舞台はスマトラ島、時代は17世紀。ヒロインの一人は相続争いに巻き込まれ誘拐されて南蛮船に連れ込まれた松浦党(倭寇)の娘・喜久姫」

「して、もう一人のヒロインは?」

「喜久姫を南蛮船から救い出すのが、スマトラ西北部、アチェ王国提督の未亡人『ケウマラ・ハヤティ』。彼女はポルトガル艦隊との海戦で戦死 した夫(提督)の遺志を継ぎたいとスルタンに願い出て許され、ポルトガルとの戦いで夫を失った寡婦千名を集い、艦隊を組織しています」

「なんと剛毅な女提督よ」


「今までの動画と比べ、政治色が強いように思われます」
嘉仁親王からの鋭い指摘。

「はい、その通りです。スマトラ島は今もオランダと独立を巡って戦っており(アチェ戦争:1873年〜)、この動画の公開は彼らを勇気づけ戦意を かき立てるものになるでしょう。さらには、現在は列強の植民地の地位に甘んじているアジアの各国の民衆を独立運動を駆り立てる大きな火種 ともなるでしょう」

「アジア諸国が列強支配の軛を逃れ、独立を達成するのは好ましい事ではあるが、無謀な闘争を煽り立てるのは確かに宜しゅうないな」

「列強の植民地となっているアジア諸国への供給が何時になるか?は、最高意志決定機関の裁定を待つ必要がありますが、とりあえずは 娯楽作品として、国内と欧米諸国で公開されます。私たちはそれを楽しめば良いでしょう」 いずれにせよ、アチェはイスラム教国であり、トルコ程には改革も進んでいない。映像作品が浸透して影響力を持つには時間がかかる。
オランダ軍が全島を制圧するまでに島民の意識改革が起きるかどうか疑問である。


「うむ、その通りであろう。そして、我が国民や軍部に、女性が兵士として戦場に立つ事をあまり厭わない意識を醸成せんとする意図もよう判る」
節子嬢はこの動画の真意をまだ見ぬうちに見抜いていた。来るべきロシアとの戦いにおいて、日本の軍人は国防軍の女性兵士とくつわを並べて 戦うこととなる。彼らの違和感・嫌悪感をあらかじめ払拭しておくため、史上希な「女提督」の物語が動画にされて供される事になったのだ。



「!」
二人と会話しながら、珈琲を飲もうとカップに手を伸ばした黒江は、既に飲み干していることに気付いた。


「黒江様、お代わりを頂いて参りましょうか?」
明日香嬢が立ち上がる。

「妾とハル様にも”茶”を頼む」

「かしこまりました」

明日香嬢がコーヒーカップを下げて、給仕所へ行くのを見ていると、映写室の清掃が終わったとみえ、入れ替えになった観客がガヤガヤと入って来た。

本日三回目の上映であり、通算して七回目になる。最初の招待客はそれなりに貴顕の方々を招いていたが、この回くらいになると、百貨店の福引きで 当てたとか、新聞社が公募した抽選に当たった、といった一般客の姿も増えている。ここから先は関係者からの挨拶も省略されているため、黒江も のんびりできる。



「……しかし、清作君。こんな所で騒ぎを起こしても、君の将来にとっても不利になるばかりだぞ」

「いえ、血脇先輩。ここで動かなければうらの将来はねぇも同然です。」

一人の青年が彼を引き留めようとする別人の制止を振り切って、列を離れ、黒江達のテーブルの方にやってくる。

おかしな人物をプリンス達に近づけるわけにはゆかず、立ち上がった黒江は、その青年の前に立ちはだかった。

「動画の試写を観覧に来たなら、列に戻りたまえ」
見知った顔だった。もちろん直接にではない。祖父が収集していた、21世紀初期に発行されていた紙幣に彼の肖像が使われていたのだ。
紙幣になるくらいだから将来はさぞ偉人になるのだろう。
もっとも、帝国重工は世界を変えるつもりなので、彼が史実通りに偉人になれるかは未知である。名前は確か……。

「帝国重工の方とお見受けすっざ。うらは野口とええ、医学を志していっざ。ほやけど、学資が尽きて勉学を続けることができんでの。
どうかうらを雇っておくんねの。このとおり……」
障害を負っているらしい左手を掲げて続ける。
「左手は不勝手やけどおめーえ、頑張って勉強して、必ずお役に立って見せます」

帝国重工の存在を世に知らしめてから、幾人もの人材が自薦・他薦により会社での働き口を求めて現れたが、こうも直接的な行動で来た人物を 見るのは初めてだった。もっとも、本社の正門で追い返されていた有象無象の存在を黒江はあまり周知していなかったが。

医学史にさほど詳しくない自分でさえ知っている偉人である。たとえ、帝国重工の存在により、彼の以後の業績が否定される(というか、無かった ことになる)にせよ、何らかの成果を生み出せるだろうと予想して答えた。

「逆境を克服して勉学に勤しんだようだな。高野総帥に君にふさわしい職を見つけてもらうよう進言しよう」
そして、有名な逸話を思い出して付け加えた。
「さぁ、福島のお母さんに仕事が見つかったと報告して、安心させてあげなさい」

「ありがどがす」

野口はお辞儀をしながら、様子を見守っていた先輩(血脇)の元へ戻っていった。開幕のベルが鳴り二人は慌てて映写室に駆け込んでいった。



こうして、ちょっとした騒ぎは終わり、別のところで騒動が持ち上がっていた。

給仕所から珈琲・茶等を載せた盆を運んでいた明日香嬢が、取材に訪れていた記者らしき男にぶつかってしまい、相手の服に珈琲を溢し、 慌てて手ぬぐいを取り出して拭いている。

(明日香ちゃんって、ドジっ娘じゃなかったと思うんだが??)

「申し訳ありませんでしたぁ」
「気をつけてくれよなぁ」


「何かあったようじゃな」
記者に会釈して戻って来た明日香嬢に、節子嬢が問いかけた。

「はい、先ほどの騒動を密かに撮影しておりましたので……」
懐から写真機のフィルムを取りだして示した。
「乾板を取り上げておきました」

「うむ、妾はともかく、ハル様の御姿が写っておっては一大事じゃからのぅ」

「しかし、それが無ければ彼も記事を書くのに困るでしょう。都合の悪い写真は抹消して彼の新聞社へ届けておきましょう」

「うむ、そうしてくれると助かる。撮影禁止を申し渡しておるわけでも無い場所故、妾達とてあまり勝手な事は言えぬでのう」

「そう思われるのでしたら、殿下を一刻も早く東宮へ戻されるのが宜しいでしょう。察するに密かに抜け出して来たのでしょうから、あまりに御不在が 長いと騒ぎになりましょう」

「そうですね。タケ兄ぃ(威仁親王)に心配をかけるのは、不本意ですから、そろそろ戻ります。黒江殿、素晴らしい動画をありがとう。 サダちゃん、今日は楽しかった」

「では、明日香に送らせよう。よいな、明日香。きちんと送り届けるのじゃぞ」

「かしこまりました」



二人を見送って(もちろん、別に護衛を付けて送り出したのは当然である)、黒江は節子嬢に言った。
「いくら優秀な工作員をお持ちでも、姫の我が儘のために殿下を連れ出すとはもっての外ですぞ」

「そうであったな。あまりにも簡単に明日香が段取りをしてくれたおかげで、うっかり失念しておったが、ハル様の御世話をする者どもに余計な 心配をさせてしもうた。反省いたす」

「どうしても会う必要があるのでしたら、姫が東宮へ忍ばれる方がはるかにマシです。東宮御所へは帝国重工から動画の映写装置一式を届けて おきましょう」

沈んでいた節子嬢の顔色がパッと明るくなった。
「『ブブリナ』のフィルムもか?!」

「『寡婦艦隊』のパイロット版も付けますよ。本編が完成すれば、もちろん、これも届けます」

「パイロット版?あぁ!予告編であるな。それは楽しみじゃ」




数ヶ月後、『寡婦艦隊(輸出名:Inong Balee)』が完成し、予定通り日本と欧米で公開され絶賛された。
ただし、スペイン、ポルトガルでは公開されず、現在アチェで戦闘継続中のオランダでも公開は見送られた。
そして、トルコではイスラムの禁じる画像芸術であるにもかかわらず受け入れられて大いに称賛された。


なお、英国には「英国本土、英連邦内のうちカナダ、南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドでのみ上映を許可する」という条件で契約した にもかかわらず、興行主が契約を無視し、選りに選ってなんと、シンガポールで上映してしまうという愚挙を行った。

当然のことながら、回教徒であるマレー人はこれを絶賛し、その情報は対岸のアチェにも広まった。
フィルムそのものが持ち出されたわけでは無いが、動画の内容は口伝えで宣伝され、旅廻りの芸人達が話を村々に広めた。
(効果はおそらく動画そのものを持ち込んだより高かったと思われる)

その結果、アチェにおける反オランダ闘争は激化し、チュト・ニヤ・ディエン(オランダの弾圧に最後まで抵抗していた女傑)が生き延びて戦いを続け、 史実では第一次世界大戦の直前までには鎮圧が完了していたはずのアチェ戦争は終結せず、アジアへの進出機会を狙うドイツ・イタリアなどによる 密かな援助もあって遂にオランダが根負けして兵を引く事態になる。


その後、アチェ王国は日本から援助を得て、社会改革を推し進める中、帝国重工に対してある依頼を行う。

すなわち、「国母『チュト・ニヤ・ディエン』を主人公とした動画を作成して欲しい」と。
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