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帝国戦記 外伝 第18話 『心理戦 6』




イギリス空軍の第4飛行隊は多重に及ぶ地上の警戒線と偵察機郡に加えて無線機を組み合わせた念入りな索敵網によって、電探を実用化していない状況にも関わらず、エンゲルス基地に接近しつつあった条約軍第14航空戦隊の捕捉に成功していた。その代償として。偵察機は条約軍第14航空戦隊の護衛機に撃墜されているのか、短い電文を発するのみで連絡を絶っている。幸いにも偵察任務を行ったのはエンゲルス基地が保有していたフェアリーIIID偵察型である。

そして、第4飛行隊に於ける対爆撃機の切り札として期待されていたのが12発のヘイルズ・ロケット弾を搭載したフェアリーIIID汎用型だった。

プロクター大尉も汎用型として改修されているフェアリーIIIDにパイロットして搭乗して部隊の指揮を執っている。プロクター大尉は、これまで得られた情報と水平爆撃照準器の性能限界と分厚い積雲の状態から効率の良い爆撃に適した高度は3000mまでが限界だと判断しており、第4飛行隊の高度は敵の予定針路の1000mほど高い高度で上空警戒の状態で布陣していた。

その読みは当たり、プロクター大尉は2時の方角からの飛行してくる飛行集団を発見する。第4飛行隊が最初に発見できたのは見事な編隊飛行を行う爆撃機の群れだった。敵編隊を見てプロクター大尉は気を引き締める。制空権を取得することに執念を燃やしている日本側だけに絶対に居るだろう護衛機の戦闘機隊はまだ見つけられなかったが、間違いなく自分たちと同様の4000mに居るだろうと確信していた。理由は明白だ。高度が高すぎれば接敵までに時間がかかってしまうので、適切な高度を取れるかで迎撃が巧くいくか決まってしまう。

第4飛行隊は爆撃機隊を襲うには、まずまず優位な高度だったが、部隊を率いるプロクター大尉は欧州大戦の経験者でもありエースパイロットでもある彼は、直ぐに違和感を感じ始めていた。

あの爆撃機の速度は想定以上に…
いや、恐らく7F.6ドラゴンか同等か、それよりも早いっ!

自機の速度、双発爆撃機の機影が拡大していく様子から、プロクター大尉は敵機の速度を大まかに把握する。彼らが目標とする1式重爆撃機の巡航速度は245km/h、最高速度は320km/hに達する機体だった。イギリス空軍の実用的戦闘機の中で最速の240km/hを誇るソッピース7F.6ドラゴンよりも速い。この時代では日本機を除けば、一部の速度記録機として特別に強化された航空機以外には達成し得ない速度だ。主力戦闘機であるソッピース7F.6ドラゴンであっても1式重爆撃機の巡航速度にすら追いつけない性能差である。

速度差から、どのような戦術を駆使しても追撃は不可能なので攻撃が行えるのは一度限りだと思わされた。幸いにも条約軍第14航空戦隊は編隊を用いた水平爆撃の特性上から、後5分もすれば爆撃コースに入るだろうから、この状態では編隊規模での大規模な回避行動は行えない。大きな針路変更は編隊を崩してしまう危険性がある。そして、陣形の再編成には時間が掛かってしまう。

確かにフェアリーIIIDの最高速度は190km/hであったが、上空からの緩降下状態ならばカタログデーター以上の速度が出せるだろうし、第4飛行隊の作戦行動を要約するとヘイルズ・ロケット弾を用いた一撃離脱に全てを掛けるのは作戦前から決まっていたことなので焦りは少なかった。

それに性能差で諦めるほどイギリス側の士気は低くは無い。

何よりプロクター大尉にとっての勝利条件は敵編隊を阻止するのではなく、数機でも良いので1式重爆撃機を確実に撃墜するだけで良かった。残骸を集めて技術解析を行って後の勝利につなげる布石とする。理想は爆撃阻止だが、日本機と比べて比べようが無い機体性能の差から、プロクター大尉と上官のブラント准将は、勝利条件を可能と思えるものまで落とし込んでいたのだ。戦術的勝利を諦めて戦略的勝利に繋げようとするのは、流石はイギリス帝国と言うべきだろう。

無論、イギリス空軍省は現在の保有機に満足していたわけではなかった。

まずは欧州大戦時に7200機(史実では約5000機)ほど生産されたブリストル F.2 ファイターの後継機として来年の初飛行を目指している、単座戦闘機ブリストル ブルドッグMk.IAの開発が始まっていたのだ。ブリストル F.2 ファイターは史実では全般的に優れた戦闘機として1927年5月に初飛行していた戦闘機である。時として奇抜な兵器を好むイギリス帝国であってもソッピース7F.6ドラゴンが搭載するABCドラゴンフライ IA 星型エンジンが有する点火システムの欠陥があったので、本機を強化していく計画案は無かった。

加えて新鋭艦載偵機として、フェアリーIIIDよりも高性能な総金属製の汎用複葉機であるフェアリー フェレットMkIの評価試験を翌月の11月に控えている。イギリス空軍は日本側の傑作汎用機である4式艦上汎用機「流星」の活躍に強い影響を受けており、予算を汎用機開発に対して史実よりも多めに投資していたので、フェレットMkIも2年8ヶ月も早く試験飛行を行えるようになっていたのだ。また、フェアリー フェレットMkIはフェアリー・アビエーションが総力を挙げて開発していた機体である。

イギリス帝国側に於ける大型爆撃機の開発速度は史実と変わりなかった。

まず第一に制空権を取得しなければ、満足のいく航空作戦を行えないので、予算の順位は 戦闘機や汎用機に集中している。

「迷っている時間は無い」

プロクター大尉は即時攻撃を決断すると、周囲を見渡して編隊が崩れていないかを確認を行う。第4飛行隊は全員が教官レベルに達するほどの極めて練度の高い飛行隊だけに、編隊の乱れは無かった。後部座席の搭乗員に突撃を命じる信号弾を信号拳銃を用いて上げさせる。

編隊といっても横1列(アブレスト)という簡単なものであったが、これまでイギリス側のこれまでの空中戦闘の思想からすれば凄まじい進歩と言ってよい。

何しろ欧州大戦では戦闘機による航空戦は1対1が中心であったが、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国と北欧条約機構との紛争に介入してから事情が変わってきた。条約軍の中でやたらと航空機を多用する日本側の部隊が仕掛けてくる絶望的とも言える航空戦が原因である。

戦術も問題だったが、
一番の問題は制空権を担うべき戦闘機の性能差であろう。

イギリス側の戦闘機は日本側の量産戦闘機であり、輸出も行われている甲式戦闘機4型と比べても勝っている点は無かった。より優れている4式艦上汎用機「流星」との空戦は自殺と言われるほどで、1対1で4式艦上汎用機「流星」と遭遇したときは逃走が認められていた程である。

このような事情もあってイギリス空軍は航空戦に於ける劣勢を少しでも補おうと簡易的だが編隊を組む思想が生まれていたのだ。戦闘中の陣形や僚機を用いた援護体勢にまでは及んでいなかったが、有利な態勢で空戦を始めるための指揮や、方位喪失による未帰還機を減らすための作戦終了後の集結帰還が始められていた。もっともこれは戦訓によって得られたものではなく、イギリス帝国が非合法な行いで条約軍から入手した情報を元に行っている。

また、信号弾の打ち上げをプロクター大尉が行わなかったのは、彼が居る操縦席から信号弾を打ち上げると上翼に当たる危険性があったので、後部座席の搭乗員が行っていた。

第4飛行隊が2時方向から接近してくる爆撃機隊に向かうと同時に、条約軍第14航空戦隊の護衛機がプロクター大尉らを阻止ししようと向かってくる。第4飛行隊に属する84機のソッピース7F.6ドラゴンの内、制空任務を担う40機が護衛戦闘機隊に向かって空戦を仕掛けていく。

残る44機のソッピース7F.6ドラゴンは左右の翼を合わせて8発のヘイルズ・ロケット弾を搭載している対爆撃機仕様のものだ。彼らが先陣を切って突撃を行って、可能ならば爆撃機の先頭集団の陣形を乱して、その隙を突くように汎用型に改修してある44機のフェアリーIIIDが少数機を確実に仕留めに行く作戦だ。

爆撃機を迎え撃つ攻撃隊として参加するのが、ソッピース7F.6ドラゴンとフェアリーIIIDの双方を合わせた88機だった。

緩降下の状態で全速を超えた速度で進むフェアリーIIIDの集団は信じられないものを目にした。74機からなる爆撃機集団から行われた弾幕射撃である。

ヘイルズ・ロケット弾の有効射程は120mだったが、1式重爆撃機には防御機銃として 12.7x99o弾を使用する50口径の95式重機関銃からなる12.7o連装機銃を機首、胴体上部、胴体左右、尾部の合計5箇所を有しており、機銃の有効射程は2000mに達していた。それらの機銃が斜線上の敵機に対して火を噴くのだ。先陣を切ったソッピース7F.6ドラゴンの中で機銃弾の火線に晒された機が炎上しながら堕ちていく。

高度差を付けつつ爆撃機を配置すた箱型陣形(コンバットボックス)は最近になって日本重爆で見られるようになった陣形だが、これまで赤軍飛行隊やイギリス空軍らの戦闘機隊が日本重爆隊を攻撃を実行しても、その直前で護衛機によって阻まれていたので、実際の効果を体験するのは今回が初めてだった。74機の1式重爆撃機となると、機体全周囲を機銃をまとめると740丁の95式重機関銃に撃たれるという事だ。第4飛行隊からすれば凶悪なキルゾーンと言えるだろう。

被弾によって爆発・炎上していなくても致命傷になっていた機も存在する。

「うっ!!」

機銃弾が機体を貫通してコックピットに座るパイロットの胴体を大きく破壊したり、手や足などを吹き飛ばしていくといった悲惨な出来事も複数発生し、パイロット負傷による操縦不能によって墜落していく機体がいくつも発生していた。装甲版など有していない総重量が967kgのソッピース7F.6ドラゴンでは、有効射程内から放たれた12.7o連装機銃の機銃弾を防ぐことは出来ない。 ソッピース7F.6ドラゴンの装甲化の案もあったが、エンジン出力の問題から遅々として進んでいないのが現状だった。また、この時期のイギリス空軍のパイロットはパラシュートの携行を嫌っていたので、自ら持ち込む一部の例外を除いて、エンジンが停止した時に不時着に成功しなければ悲劇的な結末が約束されている。もちろん、日本側のパイロットではパラシュートの携帯は義務付けられている。

配置された各機が互いに死角を補いつつ敵戦闘機に対して防御機銃の火力を集中していける陣形から繰り出される弾幕は、これまで味わったことの無いものだった。例えるならば進行方向の上下左右から断続して撃たれる事だろうか。

1機、1機と機銃弾の火線に晒された機体が堕ちていくが、
突撃を辞め様する機体は無かった。

何たる弾幕!
だがここで引き下がることは出来ないっ

フェアリーIIIDの集団の先頭を行くのはプロクター大尉である。この部隊の誰よりも空対空ロケット弾による攻撃経験が豊富な彼が先陣を切るのは当然といえる流れだった。

「このまま突っ込む」

プロクター大尉はこれまで味わったことの無い防御射撃に驚くも、欧州大戦のエースパイロットらしく直ぐに勇気を持って恐怖心を押さえ込んだ。冷静に見ると敵機からの射撃は旺盛だが、命中率はそこまで高くは無い。自然と心は落ち着いていく。

そもそも同じ照準システムならば固定銃と固定銃の命中率の差は個定銃の方が圧倒的に高いのだ。一説によると7倍も違うと言われるほどだ。それに条約軍第14航空戦隊も訓練は行ってきたが、防御射撃を用いた実戦は今回が初めてだった事もあって、不慣れな部分もあって命中率の低下に繋がっていた。

緩降下の影響もあってフェアリーIIIDの速度は218km/hまで上がっていた。

先に突撃した戦闘機隊に続いてフェアリーIIIDの飛行隊も防御機銃の有効射程内へと突入する。1秒間に約60.5m進む計算なので、条約軍第14航空戦隊からの防御射撃を31秒間耐え切れば、ヘイルズ・ロケット弾の有効射程である120m内に入ることが出来るだろう。

「後10秒」

プロクター大尉は心の中で敵機をレティクルに捉えるのを心待ちにする。
コックピットに増設された電気点火に手を掛けて発射に備えた。歴戦のプロクター大尉はともかく、一般的なパイロットからすれば恐怖に耐える永遠ともいえる時間だった。それでも必死に耐えて任務を果たそうとする姿は英雄的な行為といっても良い。

史実に於いても1943年にドイツ空軍のヴァルター・ダール少佐が提唱して実戦配備されたシュトリム・グリッペ(突撃飛行隊)と呼ばれる飛行部隊は、敵の重爆撃機編隊に対して100mまで接近して攻撃を行っていた。防弾装甲で強化された戦闘機とはいえ、多数の爆撃機からなる防御機銃からの攻撃はかなりの勇気と技量が必要な作戦行動だったと言われている。シュトリム・グリッペ(突撃飛行隊)と比べて貧弱な機材で挑むイギリス空軍の勇気を疑える者は居ないだろう。

プロクター大尉は有効射程内に到達したものの、
ギリギリまで引き付けて打ち込む為に1秒遅れて発射した。

プロクター機が放った12発のロケット弾の内、7発が気流に流されて外れたが、残る5発が1式重爆撃機の操縦室から胴体中央翼を通り尾翼に及ぶまでの範囲に直撃していた。この時代の一般的な爆撃機ならば確実に撃墜出来ていただろうが、1式重爆撃機は並の爆撃機ではない。 最も堅牢な部分ならば高射砲の直撃に耐えられるような強靭な設計になっていたので、プロクター機の攻撃は中破止まりとなる。1式重爆撃機の最も柔らない部分の前面風防ですら特殊アクリルで作られているので1発の23o機関砲に耐えうる性能を有しており、それが無ければ撃墜されていただろう。

結果としてプロクター大尉を初めとした第4飛行隊の努力と献身、
そして偉大な勇気は報われる。

第4飛行隊の戦闘機隊は決死の努力と教官レベルのパイロット達の犠牲を持ってして護衛部隊を足止めし続けて、爆撃機隊攻撃に参加した攻撃隊の内、ソッピース7F.6ドラゴンは14機、フェアリーIIIDは21機の撃墜となったが、発射できたヘイルズ・ロケット弾のうち51発が有効弾となって17機の1式重爆撃機に叩き込むことに成功していたのだ。

被弾した17機の1式重爆撃機の内、1機がエンジンに重要な問題を発生させたのだろうか、煙を噴出しながら徐々に高度を下げていく。1式重爆撃機は重装甲であっても無敵の存在ではない。構造上どうしても発生してしまう脆弱な部分は存在するのだ。

その損傷した1式重爆撃機は編隊から離れて、飛行針路を北へと向ける。恐らくエンジン出力が低下した関係から、高度と速度の維持が出来なくなったのだろう。

防御機銃の射程圏から脱したプロクター機は、最も損傷を受けているだろう1式重爆撃機を遠目で見ることが出来た。

「あの様子では帰投は無理だ。
 可能な限り勢力圏に近づいてから不時着を行うしかない」

プロクター大尉は作戦に成功したと思うも、
味方の様子を見て心境は暗くなる一方だった。

機体性能を超えた大いなる戦果をたたき出していた第4飛行隊であったが、攻撃隊の内、残存機数は29機だけであり、その多くが1式重爆撃機からの防御射撃によって機体は傷ついている。加えて護衛隊と戦った40機のソッピース7F.6ドラゴン戦闘機からなる部隊は損傷機の追撃どころではなく、自らの生存を勝ち取るために絶望的な性能差との敵機と戦闘中だった。全滅や大損害と言って差し支えない被害である。

エンゲルス基地まで残り30km。

残る損傷機を含む73機の1式重爆撃機からなる爆撃機隊はエンゲルス基地の最終アプローチである攻撃目標コースへと侵入していく。爆撃機隊の針路変更はもう行えないが、爆撃を止める手立ては、不確実な戦果しか期待できない高射砲陣地のみとなった。

こうなると速度に劣り、大きく戦力をすり減らした第4飛行隊では行えることは無い。

しかし、これはイギリス空軍の敗北を意味するものではなかった。

機体回収の任を受けたエンゲルス特務部隊は第4飛行隊の出撃より早くにエンゲルス基地から出立しており、不時着機の発生に備えていたのだ。エンゲルス基地から離れた場所で条約軍の勢力圏と言えば、この地より北にしかないので不時着機の針路を予測するのは容易かった。もし、エンゲルス基地の周辺に落ちたならば焦る必要は無い。部隊を戻して回収すればよい。戦いの舞台は、より大きな勝利を目指した次のステージに移行しつつあったのだ。
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【あとがき】
今回は第4飛行隊にフォーカスを当てました。少し長くなりそうだったので、本作戦をここで一旦区切りました。続きは19話で続ける予定です。

更新に少し間が開きましたが今年もよろしくお願いします!

(2021年01月08日)
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