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帝国戦記 外伝 第19話 『心理戦 7』


この最善なる可能世界においては、
あらゆる物事は、みな最善である。

フランソワ・マリー・アルエ


結論から言えば、国防軍はエンゲルス基地を始めとした主要施設に対しては24時間体勢で戦略偵察網による偵察を行っており、それらの情報からイギリス軍による組織的な日本機鹵獲計画を予測していた。

この日本機鹵獲計画の予測には特殊な技能は必要ない。

相応の装甲車両部隊が駐留しているなら配属理由は判るが、イギリス軍に於いて貴重な装軌式装甲牽引車ヴィッカース・ドラゴン Mk.Iを、前線でもない基地に配備するとしたら状況判断だけで敵の狙いを知ることが出来たのだ。

時間はエンゲルス基地攻撃から2週間遡る。
高野は幕張にある帝国重工本社ビルの執務室でさゆりから報告を受けていた。

「以上の情報からイギリス軍は撃墜機を鹵獲しようと、
 専用の部隊を編成してきたと推測されます」

「ようやく出てきたか。
 で、相手側の情報収集ルートだが、
 現地および戦術面の限定で良いので出してほしい」

高野の言葉を受けて事前に準備していた情報を15式端末に転送する。イギリス側による本腰を入れた鹵獲計画の始動は当然ながら予想済みだった。技術格差を早期に解決するには、技術情報を盗むか現物の解析を行うしかない。技術情報を盗む行為は悉く失敗しており、残る手段として自軍勢力圏内で撃墜した敵機の解析しかない。

情報を受け取った高野は納得の表情を浮かべる。端末には回収部隊の準備、フェアリーIIID汎用型に対するヘイルズ・ロケット弾の装備、哨戒網の整備などのイギリス側が進めている作戦内容が表示されていた。

「なるほど…この時代の技術で作られた空対空ロケット弾では、飛行している戦闘機のような高機動の標的を狙うのは現実的ではない。加えて重量物を牽引するともなれば狙いは1式重爆撃機だろうな。実現可能な点を押さえているのは流石はイギリス帝国と言ったところだろう」

高野はイギリス帝国の手腕を素直に褒める。鹵獲部隊を援護するために基地周辺に猟師の格好をした工作員を配置して小型無線機を用いた諜報網と強化しつつ、航空偵察戦力を用いて早期警戒網を整備する計画案は、この時代においては最上のものと言えるだろう。しかも、無線機の使用規定は厳格化されているらしく、殆ど傍受出来ない程の徹底振りである。

イギリス側が日本側の情報を集めているのと同じく、日本側もイギリス側の情報をかなりの力を割いて集めていたのだ。イギリス帝国の努力と実力は高いものだったが、国防軍が有する圧倒的とも言える技術的優位の前には部隊規模の秘密は隠し通すのは不可能あった。 情報収集の結果、イギリス帝国側が推し進める計画と、その計画には戦争省情報部が現地の諜報網を整備して、海軍省情報で防諜に力を注いでいたヒュー・フランシス・パジェット・シンクレア少将が専用の暗号作成に携わっている事を突き止めていたのだ。

「シンクレア少将といえば、
 あのホール大将の後継者と目される人物か…」

高野が言うホール大将とは、ウィリアム・レジナルド・ホール海軍省情報部長を指す。彼は史実における欧州大戦で、ドイツ帝国が領土問題を抱えているメキシコ合衆国にアメリカ合衆国を攻撃させて、アメリカ側による介入を防ごうとした構想を立てていたドイツ帝国の外務大臣アルトゥール・ツィンメルマンの謀略電報である「ツィンメルマン電報」の際に活躍した人物である。イギリス側は幅広い諜報能力を隠すために、ツィンメルマン電報に関する暗号文を解読していたにも関わらず、同様の内容が平文で流れるまで待って、それを持ってして始めて知ったという姿勢を採っており、更には直ちに暗号解読が出来なかったことをホール大将が公式に謝罪していたのだ。国家利益のためなら泥を被ることを厭わない人物であった。そのような人物の教えを受けている人物ならば、どのような人物かは推して知るべしだろう。

「鹵獲されないほうが良いが、
 此方の諜報能力を高く見られてしまうのは、もっと不味い」

高野が言葉を放つと、
さゆりは心からの同意を示す。

この時代に於いて完全とも言える傍受・偵察能力を持っていると思われるのは、今後の戦略にも悪い影響が出てしまうだろう。極端な例として重要情報の伝達ではアナログ手法を用いた方法を徹底されてしまえば、それに合わせるだけでも手間も増す。現在のような容易な入手を続けるためにも重要情報のやり取りは無線通信を始めとしたデジタル方面で続けて貰わなければならない。

「こちらの諜報活動を察知されないように、
 イミント、オシント、シギントで収集しております。
 此方の諜報活動は察知されていないので、
 イギリスに倣ってあえて鹵獲させる方法もありますが…」

イミントは写真・映像を分析することで得られる情報収集であり、オシントは書籍・公刊資料を収集して分析することで得られる情報収集だ。そしてシギントは無線通信や電子信号などを傍受して得られるものである。人から直接得られるヒューミントは今回の諜報作戦では使用していない。

「さゆりが言うように、
 イギリス側に塩を持たせる必要があるな」

高野は悪戯小僧のような表情を浮かべる。さゆりが疑問の表情を浮かべると、高野は説明を始めた。要するにイギリス側からすれば未知の新鋭機である1式重爆撃機の構造は知りようもない。つまり、突貫作業で良いので欠陥機を3Dプリンターで作成して、それを回収させる案だ。高野はイギリス帝国が満足しそうな素晴らしき欠陥機を作り出すために真田 に相談を持ちかけると嬉々として高野の執務室にやってきた。

「可能な限り精細な整備が必要で、
 将来的には参考にもならない欠陥機を作れば良いのじゃな」

「何か良案はありますか?」

「機体フレームには鋼鉄を使用して、装甲材としてデルタ合板を採用する。発動機は低速時には震動が多く発生するようにして、可能な限り悪い整備性になるように設計を盛り込む。エンジンを繋ぐパイロン部分と主翼には、特定の震動によって破損するような設計を組み込みつつ油圧や電気系統にも欠陥を残して、欧米諸国の最新技術水準あるいは1,2年程度先の技術で採算度外視になるように作成する。あとは怪しまれない程度に部品数を増やしておけば、苦労してリバースエンジニアリングを行ったら驚く羽目になるじゃろうて」

真田はあくどい表情を浮かべて言った。

鋼鉄を使用した航空機は加工などにコストを掛けなければ重量が過大になるし、錆びてしまう欠点が発生してしまうので、発動機の出力が限られる亜音速のプロペラ機では高確率で駄作機になる。

デルタ合板は特殊樹脂をアルコール溶液によって浸透させ、加熱とプレス加工で生成した板を接着剤で張り合わせた合板だった。航空機用の構造材として史実の独ソ戦中に於いてソ連で作られた使われてすらいるものだ。欠点としては重量が嵩むのと、耐火性には優れていたが、高温や湿度によって接着剤が劣化する問題もあることだろうか。特にこの時代の接着剤はカゼイン、にかわ、澱粉、天然ゴム、漆などの天然素材を使った接着剤を使用しているので、高温や湿度によって板が剥離する可能性も高いだろう。要するに大消耗戦のような状況なら使えるが、長期使用には向いていない。

苦労してリバースエンジニアリングを行うも良いが、出来上がるだろう機体は完全に再現が出来たとしても重量超過と、際どい箇所に於ける部品数の多さから発生する整備性の悪さに、経年劣化と共に進む主要部分の破損と錆びが生まれてしまうという、空飛ぶビックリ箱と言うべきか、凄まじい欠陥機が誕生するだろう。

「そ、それは稀代の欠陥機になるでしょう。
 ただ、一つ懸念があります。
 不具合が多すぎると怪しまれませんか?」

「恐らく大丈夫だと思います。
 我々の1式重爆撃機が活躍を続ければ、
 解析結果から欠陥機を作り出しても技術不足が原因と思うでしょう。
 疑念を持とうにも1式重爆撃機が活躍していく否定できない事実が、
 真実から遠ざけてくれます。
 解析間違いや技術不足と結びつける可能性が高いです」

実際に飛ばして墜落させるのでリバースエンジニアリングも容易では無い。鹵獲させる機体は、十分に燃料を積んだ状態で飛ばすので墜落時には激しく燃え上がるだろう。もちろん、欠陥機とはいえ飛行可能な程度の完成度は持たせるので、後は史実に於ける2012年4月27日に行われたボーイング727型機墜落実験のように墜落地点の近くで搭乗者が脱出して1式重爆撃機モドキをイギリス帝国の警戒網に入るように墜落させる事でイギリス軍に回収させるのだ。

「目的はイギリス帝国の工作を成功に導くのが目的なので、
 墜落機を参考にするかしないかは二の次です」

「深みに嵌って貰えれば儲けものって事ですね」

「鹵獲させる機には極めて限定的だが、ヴィッカース7.7o機関銃の弾でも貫けるような弱点を用意しておくのも良いだろうね。初期生産型のいくつかに混じっていた欠陥と公文書に残しておこう。そのような理由なので、さゆりはそれとなく10機ほど回収手続きを行っておいてくれ」

高野は工作を隠蔽するために投資を惜しまない。帝国軍が受理していた1式重爆撃機の内、10機が回収対象となった。無論、代用の1式重爆撃機は新品が用意されるので帝国軍には損は発生しないようになっている。こうして、その日のうちに、真田は大型3Dプリンターである「56式大型立体印刷機」と、小型3Dプリンター「58式立体印刷機」を駆使した作品作りを始めたのだ。このような特殊な事情によって世にも珍しい手の込んだ芸術的欠陥機が完成することになる。




そして時間軸はエンゲルス基地空爆へと戻る。

芸術的欠陥機として用意された特別1式重爆撃機が飛行していた。この特別1式重爆撃機はペトロスコイ基地ではなく国防軍の別の基地から出撃した機体だ。護衛機として2機の4式艦上汎用機「流星N型」と、工作の最終工程作業用と乗員の回収用として1機の4式輸送機「紅葉」が僚機として飛行している。彼らは機密作戦として行動しているので、SUAV(成層圏無人飛行船)のレーダーから得た情報を元に敵味方を避けて飛行していた。この1式重爆撃機には解析されても困るような特殊な機材は一切搭載していないが、操縦士・副操縦士として2体の2式戦闘ユニットが搭乗している。彼らならばSUAV(成層圏無人飛行船)とのデータリンクも行えるし、何により突発的な不具合が発生しても切り抜ける性能を有していた。

「HQ(ヘッドクォーター)、より ズール1。
 警戒して方位211に向かえ、以上(オーバー)」

「ズール1、了解(ラジャー)」

ズール1は4式輸送機「紅葉」の符丁を指す。条約軍には知らせていない作戦行動なので、敵だけでなく味方にも遭遇しないように気を使っている。無論、万が一知られても極秘偵察任務の任務の体裁を採っているので、漏洩時のカバーストーリーは用意されていた。

「ズール1、こちらナイナー12、そちらの左側上空を併進中」

「ズール1、こちらナイナー18、そちらの右側上空を併進中」

ナイナー12とナイナー18は護衛機として行動している2機の4式艦上汎用機「流星N型」の符丁を指す。針路上に邪魔な敵偵察機などがいた場合処理するのが任務だ。

「ズール1、こちらアルファ1、そちらを追尾中」

アルファ1は特別1式重爆撃機の符丁を指す。2式戦闘ユニットの性能ならば友軍機の支援を受けずに任務遂行は可能だったが、万全を期するのと、万が一的に情報が漏洩したときに2式戦闘ユニットの存在を隠すために、人間が行っているような痕跡を残していたのだ。

「HQ(ヘッドクォーター)、よりナイナー12。
 敵偵察機だ、迎え角2度で上昇中 そちらの位置から南南西9km、
 迎撃に向かえ以上(オーバー)」

「ナイナー12、了解(ラジャー)、
 方位214、迎え角2度、迎撃に向かう」

ナイナー12は復唱を終えると直ちに機体を敵偵察機に向かう針路を変更する。針路変更を終えるとスロットルレバーを操作して発動機出力を上げていく。特殊戦用の4式艦上汎用機「流星N型」にはレーダーを始めとした統合ヘルメット装着式目標指定システム(JHMCS)を採用などを装備しているので、このように索敵を行って敵を撃破して、直ちに撤退する作戦行動にはうってつけの機体だった。ナイナー12はターゲット指示サークルに従って進む。

しばらくしてナイナー12は、雲の合間からフェアリーIIID偵察型を発見する。

「敵機確認、19時方向、低空、交戦する」

「HQ(ヘッドクォーター)、受信(コピー)」

ナイナー12はHQ(ヘッドクォーター)に報告し、撃墜に向けた手順を進めていく。この段階でもフェアリーIIID偵察型は日本機の接近には気が付かない。ナイナー12は雲に隠れつつフェアリーIIID偵察型との距離を縮めていく。機関砲の有効射程である1400mに入るとヘッドアップディスプレイに機関砲発射許可を示すRDYの表示と機関砲弾着点(機関砲ピパー)が表示された。素早く操縦桿を操作してフェアリーIIID偵察型が機関砲弾着点(機関砲ピパー)内に収まるよう調整していく。フェアリーIIID偵察型が気が付くよりも早く、ナイナー12の機関砲が火を噴いた。完全な奇襲となり、彼我の性能差もあって勝負は呆気なく付く。

「こちらナイナー12、  敵偵察機を撃墜した」

「了解、ナイナー12、直ちに本隊と合流せよ」

ナイナー12は護衛機としての任務に戻った。敵味方に悟られないように墜落予定地点に近づくと、ズール1こと4式輸送機「紅葉」は特別1式重爆撃機のやや前方に移動する。4式輸送機「紅葉」の後部ランプが開くと、そこには固定されたヴィッカース7.7o機関銃に着くドアガンナーと、6式多目的ロケット擲弾発射器(6式擲弾)を構えた兵士がいた。高度は3000mなので、落下防止としてフックで機内のケーブルに繋いでいた。

6式擲弾の弾頭は両用弾の1型弾頭ではなく、ヘイルズ・ロケット弾の構造と威力に似せた弾頭が装填されている。つまり、特別1式重爆撃機が謎の墜落ではなくイギリス側の迎撃によって被弾して墜落に至ったという証拠を示すためだ。ヘイルズ・ロケット弾の有効性を信じさせると共に、イギリス側から諜報能力の高さを隠す意図から、このようなイギリス側に回収させるための墜落機が用意される事となった。また、条約軍第14航空戦隊から帰投中に2機の墜落が発生していたが、それは機体破壊を目的とした特殊任務を実施して対応している。

エンゲルス特務部隊は結果として、特別1式重爆撃機の墜落機を入手することに成功し、イングランド南岸ハンプシャー州にあるイギリス帝国の航空機研究機関であるロイヤル・エアクラフト・エスタブリッシュメントに墜落機の残骸が運び込まれる事となった。後にイギリス帝国は航空技術の発展に大きな混乱と浪費を生じさせることとなるのだ。
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【あとがき】
パソコンを起動すると概ね5分も経たずにブルースクリーンになってしまう…マザーボードの熱でシャットダウンしてるぽいなぁ。古いものだと14年前のパーツを使っているのでPC自体が寿命かもしれない。

色々な事情が重なって、更新に少し間が開きましたが今後もよろしくお願いします!

(2021年07月04日)
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