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帝国戦記 外伝 第15話 『心理戦 3』







1922年 09月23日 土曜日

特務分隊が赤軍の後方で猛威を振るう中で、国防軍所属の全域機動団が出撃準備を進めていた。全域機動団はトラック島に駐屯地を設けており、島嶼部などの水陸両用作戦を主眼に置いた水陸機動団から発展していた地球全域に対応した強襲部隊である。無論、確実な出撃ではなく、特務分隊が何からの不調を起こした際に備えた措置だった。その際は、国防軍第8師団と連携した凶悪な作戦になるだろう。

そして、全域機動団は現状では備えのみだったが、
それは他の援護部隊が存在しないという意味ではない。

午前9時のまだ太陽が頂点に達していない時間帯、オネガ湖畔に位置するペトロスコイ基地に双発爆撃機と思われる大型軍用機の群れが出撃準備を進めつつあった。これら双発爆撃機の所属は帝国軍横須賀航空隊や日本帝国習志野航空隊などから抽出された操縦士(パイロット)によって新編成された第6航空軍である。条約軍の増援として用意された兵力だ。

第6航空軍はペトロスコイ基地の後方策源地であるニーオルスン基地から飛来していた爆撃機郡である。このような部隊がニーオルスン基地から展開していた時点で、かつて不毛の島と揶揄されたスヴァールバル諸島は北極圏戦略を担う重要な拠点として成長していた証拠と言えるだろう。

また、出撃準備を進める双発爆撃機の数は108機に上る、新鋭機である1式重爆撃機からなる爆撃機大隊だった。これは予備機を除けば第6航空軍の半数に達する数である。

1式重爆撃機は外観は史実において作られた四式重爆撃機が近いだろうか。帝国重工が零式輸送機で使用しているEHI-4発動機の性能を落としたモンキーモデルを使用した爆撃機だ。命名の理由は帝国軍で最初に正式採用された重爆なので、1式重爆撃機と名付けられていた。

1式重爆撃機は重爆撃機でありながらも航続距離は二の次である。優先したのは徹底した防弾性能の充実と、この時代に見合った防御機銃の搭載だった。防御機銃は12.7o連装機銃を機首、胴体上部、胴体左右、尾部の合計5箇所に有する双発爆撃機としてはかなりの水準に達している。爆弾搭載量は胴体内部の爆弾槽だけでなく、主翼に取り付けた兵装架にも爆装が可能になっており、総搭載量は合計で4800kg(爆弾槽のみなら2000kg)に達していた。乗員は7名である。構造材はチタン合金グラファイト・エポキシ複合材などのような高レベルの防御力を有するもので構成されているので、一般的な高射砲の直撃を食らっても墜落せずに帰還できる性能を有していた。また双発機にしたのは整備能力に負荷を掛けたくない運用側の事情があった。

また、生産性や整備性への考慮として機体構造材や部品の数を減らしつつも可能な限り特殊加工を行わない設計になっていたので過酷な前線に於いても稼働率を保てる機体と言えるだろう。航続距離を重視していなかったが、それでも航続距離は3350kmに達していた。兵装架に増槽タンクを付ければ航続距離は更に増す。巡航速度は245km/h、最高速度は320km/h、実用上昇高度は10100mだ。

そのような1式重爆撃機の群れが基地の地下格納庫から作戦行動に従って次々と滑走路へと進入していく。滑走路の一つ、2番滑走路でも慌しく1式重爆撃機の群れが飛び立つための最終アプローチに入ろうとしていた。

「ペトロスコイ管制塔より作戦該当機へ…
 離陸を許可する。
 滑走路進入手順はコードT-77にて送信。
 繰り返す、進入パターンはコードT-77にて送信。以上(オーバー)」

中隊規模以上の作戦機がひしめく状態においては、速やかに作戦を行う為に国防軍だけでなく帝国軍でも電子上で管理された離陸計画が作られている。特に電子管理を行えば不測の事態が発生した時に対処が行いやすいので、帝国軍では精神論よりも効率論が主流になっていたのだ。誰だって不便より便利のほうが良い。

「了解(ラジャー)、リマー41
 信号受信、2番滑走路に進入する。以上(オーバー)」

リマー41はこの爆撃機隊を率いる滋野大佐の符丁である。彼はハワイ攻略作戦の後に重爆撃機部隊の編成および、部隊指揮官としての経験を為にこの地に着任していたのだ。滋野大佐が搭乗する1式重爆撃機が滑走路の誘導灯に沿って進入アプローチを進める。また、滋野機は指揮官機として全般的な性能強化によって搭乗員が副官の1名増えており総数8名となっていた。

滋野大佐は副官に頷くとスロットルの操作して推力を高めて機体を前進させる。そのまま、ディスプレイスラッシュホールドと呼ばれる飛行機が滑走して、離陸・着陸を行うための直線状の滑走路部分を通過していく。そして、発動機からの生み出される強大な推力によって1式重爆撃機は滑走路の上を一直線に加速して行き、緩やかなカーブを描いて大空へと上昇して行った。

「相変わらず帝国重工の兵器は凄いな。
 空飛ぶ装甲車と言ってよい装甲を有しているにも関わらず、
 この機体は軽々と飛ぶことが出来る。
 速度も爆撃機としては申し分がない」

「甲式戦闘機とは大違いです」

副官が同意するが、比較された甲式戦闘機4型はこの時代の諸外国の水準からすれば十分に高性能機である。ただ、より高い兵器を見てしまうと色あせていたのだ。要約すると高性能機に慣れすぎた弊害といえるだろう。 また、滋野機の翼面下部には双方2箇所の兵装架が装備されており、それぞれ4発の10式汎用爆弾(230kg)が搭載されている。つまり主翼には合計12発の10式汎用爆弾(230kg)が搭載されており、胴体内部の爆弾槽の8発と合わせて1機で20発の10式汎用爆弾を投下することが出来るのだ。

滋野機が離陸を果たすと隷下の機体も続々と続いていく。

滋野隊と呼ばれる爆撃機大隊の離陸の流れはスムーズだ。集結ポイントに向かって飛行して、そこで編隊を整えていく。また、護衛用の戦闘機隊はペトロスコイ基地からではなく、前線近くの基地から発進して合流する計画だ。もっとも、この時代の戦闘機では落とすことは、体当たりを敢行しても難しいし、彼らの兵装ではこちら側の戦闘機隊を突破するのも至難だった。それでも護衛を付けるのは敵を侮っていない証明と言えるだろう。

集結ポイントで滋野隊が集結を終えると針路を南へと向ける。滋野機から作戦に参加する第6航空軍の機体に無線通信を繋げる。 その通信は指揮官機からの通信を表すコール音が鳴るが、その音質は一瞬だけ空電音に遮られるような感じがしたが直ぐに明瞭になった。空電音の原因は機器を介して軍用圧縮暗号通信を解凍したタイムラグである。その通信内容は各搭乗員が装備している骨振動イヤフォンを通じて通達されるのだ。作戦に関係する地上局や先行している偵察機要員とも無線は繋がっていた。

「全機傾聴せよ。
 本作戦の目的は中高度からの敵野戦軍に対する公算爆撃を目的だ。
 断続的に爆撃を行って敵軍の組織力と士気の低下を強いていく」

20分程南下すると近隣基地から来た81機からなる4式艦上汎用機「流星」戦闘機隊が護衛として合流する。甲式戦闘機4型が存在しないのは航続距離も短いことと、最高速度でも1式重爆撃機に及ばないからだ。

やがて爆撃目標が存在するヴァルダイ戦線へと到達する。

「目標まで後10分。
 これよりナインブリーフィングを行う」

ナインブリーフィングとは対地攻撃機が行う簡易指令であったが、帝国軍ではこのような公算爆撃でも利便性と戦力価値向上の面から導入していた。

「目標は3-8-51、ベクター28、16300、11800、野戦陣地郡だ。
 敵軍後方に友軍のFCが存在するので注意せよ。
 被弾時の離脱経路はR3だ。
 1-215-8に対空陣地が存在する。注意せよ」

目標となるのが赤軍第9軍が篭る野戦陣地郡だった。国防軍による戦略偵察によって全地球規模での精密な2km戦術グリッドマップが作られてた事によって、どのような時間帯であっても計器飛行方式によって作戦目標まで高い精度で到達する事が可能になっていた。適切な情報支援があれば戦術グリッドマップを活用する事でレーダーを用いずとも高精度な夜間爆撃すらも可能になっている。

また、特務分隊の作戦行動は極秘だったので、名目上は強行偵察隊を示すFCの符丁が与えられていた。

そして、滋野隊は4機で一つの編隊(27個小隊)に分割して、相互支援が可能な範囲で高度差を付けつつ配置する編隊になっている。史実において配置された各機が互いに死角を補いつつ防御機銃の火力を集中して敵戦闘機と対抗していくコンバットボックスと呼ばれた陣形だ。国防軍から提示させた帝国軍は、この編隊を箱型陣形と呼んでおり、重爆の基本編隊として取り入れていたのだ。第6航空軍の各機は見事な箱型陣形で編隊を組みつつ、周辺を警戒する護衛機と共に攻撃開始地点へと向かいつつあった。

「爆撃目標まで後200秒、
 爆撃行程への移行に伴い、コントロールを爆撃手へと移行せよ」

滋野隊が通信で爆撃準備を告げる。

この段階になっても赤軍側の戦闘機による迎撃はない。疲弊している赤軍第9軍のみならず、度重なる航空戦によって赤軍全体に於いても戦闘機は枯渇していたので、行いたくても行えなかった。例え戦闘機が十分にあったとしても、偵察機や見張り員などから形成される警戒網は条約軍に徹底的に狙い撃ちにしており、見張り員は空爆や特殊部隊によって掃討しているので定期的な警戒飛行を除けば即応は無理だろう。

赤軍にとって気の毒だったのは、例え戦闘機隊と警戒網が機能していたとしても戦闘機の性能差は絶望的で、防空網を突破しても1式重爆撃機の防御火力は桁違いだった点であろうか。

1式重爆撃機には自動操縦装置と連動した爆撃照準器が備わっている。1式爆撃照準器2型と呼ばれる、この装置は「対地速度」「距離」「高度」「偏流角」「機位」「機体の水平度」「攻撃時間」などの情報から計測を行い照準器自体が入力した目標にしたがって、照準器の入力情報によって飛行経路・速度などのある程度の機体コンロトールを行いつつ、投下目標点での自動投下が行えるようになっていた。最適高度は高度6400mからの爆撃でCEP(平均誤差半径)は30mである。これは、史実におけるノルデン爆撃照準器の発展強化型と言える爆撃装置と言えるだろう。

  ノルデン爆撃照準器はカール・ルーカス・ノルデンの手によってアメリカ海軍で1923年には試作品が作られているので、この手のシステムは帝国軍が実践投入に先んじる事となった。

「爆撃用意……
 信管起動、高度そのまま、左5修正、投下用意……」

爆撃手は照準機を覗き込んで爆撃準備を進めていく。照準機に設けられたダイヤルを調整すると操縦系に連動しているので、それに従って機体が動いていった。1式爆撃照準器2型の仕組みは4式艦上汎用機「流星」と比べて簡略なものだが、この時代からすれば物凄いものと言えるだろう。

野戦陣地郡の周辺で無数の発射炎と硝煙が現れた。その数は合計19個に上る。これらは赤軍第9軍の残存戦力を守るべく配置されていた、イギリス帝国から資源と交換で贈られたQF3インチ20cwt高射砲によるものだ。

高射砲の有効射程から外れていたが、この時代のQF3インチ20cwt高射砲の最大射程は6800mだったので滋野隊の周辺に対空防弾による爆煙が空中に次々と発生していく。幸運にも数発の至近弾が発生するも、3インチ(76.2o)程度の至近弾では1式重爆撃機に損傷らしい、損傷を与えるには威力不足だった。滋野隊は何時でも敵戦闘機に対応できるように上空8000mを飛行しているので対空砲火の影響は受けていない。

「流石は1式重爆撃機だ。
 なんとも無い」

滋野大佐は自信満々に呟く。

彼は1式重爆撃機の実機地上耐久試験に立ち会っており、よほどの不運が重ならない限り、被弾したとしても基地には帰還できる自身があったのだ。司令官が超然としていれば部下も不要な不安を抱かずに済む。そして歴戦の司令官が持つ自信は部下へと伝播していくものだ。

爆撃照準に使用する命中点継続計算情報を元に爆撃手は情報を修正していく。1式重爆撃機に搭載された1式爆撃照準器2型は自由落下型の爆撃にしては、いささか高度であったのは、胴体内部の爆弾槽には中型の対地ロケット弾を搭載することも出来たからだ。つまりロケット弾に適応した弾丸飛翔経路の設定も可能になっている照準装置だった。その機能の理由は敵対空砲火網の射程外からの掃射攻撃とあったが、実際は真田のロマンによって付けられていた機能だ。

「宜候……宜候……投下!」

爆弾手が投下ボタンを押すと1式重爆撃機の爆弾槽、右左の兵装架の順番に10式汎用爆弾が重力に従って地上へと落ちていく。この光景は編隊を構成している、それぞれ1式重爆撃機でも同じように繰り広げられていた。暫くして地上に連続的に閃光と振動、それに伴う重低音を響かせながら強烈な爆発を次々と生み出していく。爆発が続く範囲から目標となった陣地群が広範囲に及ぶ損害が確実に出ただろうと思わせるものだ。

滋野大佐は各小隊を統括する各中隊長機から伝えられた情報を聞いて満足な表情を浮かべた。

「全機投弾成功のようだな。
 長居は無用だ、速やかに基地へと帰還する」

無論、一度の公算爆撃程度で敵軍の施設および士気などが壊滅するとは条約軍は考えていない。これから第6航空軍は昼夜を問わず、陣地郡に対して爆撃を続けていくことになるのだ。既に赤軍第9軍は攻勢開始地点に設けた野戦陣地郡から打って出る力を喪失していた。故に、士気が崩壊するまで公算爆撃を恒常化していけばヴァルダイ戦線方面に於ける赤軍の戦線は自然と弱体化していくしかない。

日本側の爆撃機隊を防ごうにも赤軍の何処を探しても赤軍第9軍に対して補充を行う力は、もはや無かった。無論、イギリス帝国では赤軍の弱体化を杞憂していたが、紛争というスタンスを貫く政権の意向によって大規模な地上軍の派遣はこれ以上は行えない。だか、老獪なイギリス帝国は赤軍弱体化を早期に予想しており、それに対抗する為の準備を水面下で進めており、それを実行に移すべく動いていく事になる。
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【あとがき】
twitterで行った人気投票で帝国戦記の第二次世界大戦編を進めることにしました。その準備として、外伝を6章として変更して、第二次世界大戦編を7章として、そこから始めるべきか悩みます。

まずは心理戦の話を終わらせる事にしますので、今後ともよろしくお願いします!

(2020年04月13日)
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