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帝国戦記 外伝 第14話 『心理戦 2』


権力(政権)は銃口から生まれる

毛沢東





国防軍の2式戦闘ユニットからなる特務分隊は月光すら乏しい暗闇の中を物ともせずに赤軍補給部隊の警戒網を静かに食い破っていく。彼らの行き先で警戒網の食い残しは無い。警戒網掃討の過程で巡回の兵士とは別に尿意のために寝床から離れて際に彼らと遭遇してしまった赤軍補給部隊の兵士は己の死因すら分からぬまま、神経中枢に致命的な損傷を受けて絶命していった。圧倒的な性能でありながらも精密で隠密に長けた突破能力は、断末魔のような絶望の証を出すことは無い。

ある程度進むと司令ユニットを勤める信孝は背中に掛けている日本刀を抜く。

信孝と同時に8体の2式戦闘ユニットも日本刀を抜いた。獣避けとして野営地に必要最低限の数が設置されていた焚き火があったので、その炎の光によって日本刀の刃先が怪しく煌く。刃の部分を光異性化処理によって光の反射を防ぐことは出来たが、日本刀らしい鋭利な雰囲気が無くなってしまうので行っていない。もちろん雰囲気作りの為だけではなく、この理由は後々説明していくことになるだろう。無論、ただの日本刀ではなく高周波振動特殊鋼を用いたブレード状の刀として切れ味を向上させている日本刀だった。この近接武器の名称は2式日本刀であるが一般兵装としては量産化されないだろう。

野営地の中で軍用毛布を頭から被って眠る赤軍の兵士であっても信孝達は、赤外線画像で人体の急所を的確把握し、脊髄のような中枢神経に対して切先の部分から真っ直ぐ日本刀を突き立てる。抵抗らしい抵抗を受けずに日本刀は先端の切先から小鎬先(こしのぎさき)を経て横手筋の先にある刃先を超えて刃の反りが始まる物打まで刃が侵入していた。

「くっ……がっ!?」

瞬間的に致命傷を受けた兵士は絶叫を上げることすら許されずに微かに声を出すに留まり、やがて体を痙攣させてながら直に生命維持に異常をきたして絶命となった。 行く先々に居た眠りに落ちている兵士たちを絶命させならが進む先は、武器弾薬が積載されている弾薬輸送馬車だ。

弾薬輸送馬車として見極めるために一台一台丁寧に馬車を調べるのではない。彼らは爆薬の主要構成元素を内蔵された複合センサーを用いて検出することで位置を知るのだ。万が一として、弾薬コンテナ内の爆薬が気化しないほどに厳重かつ徹底的に密閉されていたとしても、中性子を照射することで発生する爆薬を構成する窒素原子からガンマ線(γ線)が放出されるので、それを頼りに調べればよかった。それが出来なくても荷馬車を支える車輪の沈み具合で重量物を運んでいると分かるし、最悪の場合でも目視確認を行えばよい。

特務分隊は馬車を見張る兵士を難なく捕捉する。

「うん…こんな時間に誰だ?」

赤軍兵士は絶望的な存在が迫っているとは知らずに誰何した。彼も敵が迫っているとは思っていない。精々、寝ぼけた友軍兵士が紛れ込んだ位だと高をくくっていた。部隊の中枢に巡回の兵士に見付からずに敵が侵入してくるなどありえるはすも無い、と彼は結論を下す。早速、寝ぼけた兵士に対して注意を行おうと机代わりにしていた樽の上に置いていたオイルランプを手に取ろうとするが、背後から回り込んだ信孝が彼の首を可動域を大きく上回る範囲で回す。彼は頸椎損傷よって絶命した。余り苦痛を感じずに済んだのは不幸中の幸いだろうか。

特務分隊は弾薬輸送馬車を見つけると、爆破するのが目的であったがすぐに爆破しなかった。弾薬輸送馬車の爆破準備を進めと同時に、近くに停車していた赤軍補給部隊の護衛車両であった1台のタチャンカの銃座から1基のPM1910重機関銃を拝借する。タチャンカとは馬車の荷車に機関銃を後部に向けて備え付けたロシア騎兵隊で用いられていた戦闘用馬車である。PM1910重機関銃は1902年からロシア帝国でライセンス生産されていたマキシム機関銃の改良型であり、赤軍ではこれ以後も改良を重ねて長らく赤軍で使われていく傑作機関銃だ。ただし、現在のロシア王国軍ではPM1910重機関銃と、それが使用する7.62x54oR弾の生産は縮小しており少しずつだが、日本から輸入し始めた高性能な8式7.62o機関銃への更新と、それに合わせた7.62mm×51弾の生産が始められている。

ともあれ、1体の2式戦闘ユニットが右手にPM1910重機関銃を持ち、左手に250連入りの弾薬箱を持っており、弾薬庫箱からPM1910重機関銃へと伸びる7.62x54oR弾のベルトが異様さを滲み出していた。PM1910重機関銃には急場の改造が施されている。銃架などで固定して使う機銃なので、右手で握るグリップのみでは本体重量を支えきることが出来ない。何しろ車輪付銃架と引手に加えて防盾は外されていたが、それでもPM1910重機関銃の本体重量は20.3kgに達するのだ。故に片手で支えられるように赤軍の補給物資から拝借したロープで機銃本体を固定して、左肩から掛けて支えられるように改良されていた。

特務分隊の動きに無駄は無い。

PM1910重機関銃を持った2式戦闘ユニットが射撃を開始すると同時に弾薬輸送馬車に仕掛けた爆薬を起爆させた。寝静まっていた赤軍補給部隊の面々は急な爆発音と断続して続く機関銃の射撃音によって構成される戦場音楽によって強制的に眠りの底から目覚めさせられる。

「て、敵襲ぅ!!!」

爆発音と同時に目覚めた叩き上げの兵士が直ぐに状況を把握して叫ぶ。

その勇気の代償は頭に一発、心臓部に二発の7.62x54oR弾を受けることで支払うこととなった。暗闇にもかかわらず、この精度は偶然ではない。2式戦闘ユニットは先端技術で作られているだけに、当然のように必要最低限の通信機器、航法システム、戦術データ・リンクシステム、射撃統制システム (FCS)、 外部監視装置、診断システムからなるベトロニクスを有していた。つまり擬態兵と同じように各種センサで敵兵の位置を認識し、それに対して弾道計算に基づいて射撃を行う。亜音速程度の飛翔体なら小銃弾を当てられる射撃性能を有しているので、弾道を把握する初弾以外は外しようが無かった。

「嘘だろ!?」

奇跡的にPM1910重機関銃を持った2式戦闘ユニットを目視した赤軍兵士は仰天する。PM1910重機関銃は鍛えた兵士ならば頑張れば持ち上げる事は難しくなかったが、片手持って射撃可能なものではない。第一に人の筋力では発射時の反動を抑えきれずに、正確に標的を狙うことなど出来ないだろう。それが行えている時点で異様過ぎるのだ。

「ひっ!?」

2式戦闘ユニットからPM1910重機関銃を向けられた兵士が悲鳴を上げた。視線は向けられていないが、射線は自分の方に向いている現実に、ただただ恐怖を感じるしかない。夜間にもかかわらず、しかも視線を向けずに自分を狙おうとしている非現実的な展開に恐怖と混乱が入り混じって頭がおかしくなりそうだった。

――――に、逃げないと死ぬ!――――

彼の判断は正しい。2式戦闘ユニットは殺害する目的で彼に対して3発の機銃弾を打ち込む。仰天した兵士は、その直後に恐怖と混乱の坩堝の中で機銃弾の頭部に一発、心臓部に二発の機銃弾を受けて死亡した。仰天から昇天へと忙しい人生の幕引きである。

赤軍補給部隊の不幸はPM1910重機関銃を操る1体の2式戦闘ユニットが振りまく攻撃だけに留まらなかった。

残る信孝をはじめとする8体の2式戦闘ユニットが敵側に心理的な恐怖を与えるために2式日本刀による近接戦闘を開始していたのだ。暗闇に乗じた断続した近接戦闘の発生が赤軍内の恐慌状態を加速させていく。

接近戦を積極的に行うのは、四四計画に基づくからだ。四四の内訳は会敵した敵部隊に対して可能な限り4割殺害、4割欠損を目指す戦闘だった。欠損は生命に支障が無い範囲の体の部位欠損を指す。すなわち大多数において前線の兵士としてお役目御免となるような手首や足首などの恒久的損傷である。これは、戦争が生む出す恐怖を生き残りの兵士を介して他の敵軍部隊や後方に住む市民に伝える心理作戦の一環だった。数十人や数百人の戦傷病者の嘆きは戦時下では広がり難いが、それが数万、数十万と広がれば兵士や国民からの士気はだだ下がりになるだろう。

そして、戦傷病者に対しての支援をまともに取り合わず放っておけば社会不安の元と化すし、手厚い支援を行えば厳しい財政への更なる負担となっていくのだ。どちらの決断を行ってもイギリス帝国からの経済援助で延命措置を受けている状態のロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の財政は更に追い詰められることになるのは火を見るより明らかだった。

ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国に不幸なのは、改善の道が全く見えないことだろうか。そして、より不幸なのが彼らのような前線の兵士たちである。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

信孝と対峙してしまった兵士が恐怖の余り叫ぶ。

小銃のM1891から放たれた7.62mm×54Rを1発、2発と回避していく信孝の姿が彼の恐怖を駆り立てていた。信孝が手にしている大きな刃物も恐怖をより後押ししていく。判っているのは腕に張られた特徴的な白に赤い太陽の印からなる国籍標識から日本軍である事だろうか。赤軍と敵対する軍勢であり、絶望を振りまく悪魔のような敵だ。

彼は必死に戦意を保とうとする。
箱型弾倉に納められていた弾丸が残り3発。

残弾数を考えると儚い希望であろう。彼は距離が詰る前に倒そうと兵士は恐怖に塗りつぶされそうな心を押さえつけつつ、急いで狙いを定めて引き金を引く。無常にも3発目、4発目の弾丸も回避される。最後の一発に望みをかけて弾丸を放った。

「はっ!?」

彼は信じられないものを目撃した。

目前の敵はこれまでの7.62mm×54Rを難なく回避するだけでなく、射撃中の自分に向かって迷うことなく突っ込んでくる姿に加えて、事もあろうことか、最後の1発は日本刀の刃で弾丸を弾いたのだ。

「ほう…
 焦る状態にも関わらず、なかなか良い狙いだったぞ」

一方的な語りかけの行為だが、信じられないほどの重圧を感じる。褒められたが全くうれしくない。それどころか、疑問と焦燥とこのような化け物と遭遇してしまった不運に頭がおかしくなりそうだった。呼吸のリズムが己の意思に従わない、早く不正確な呼吸へと変貌していく。これまでの人生の記憶が忙しげに頭脳を駆け巡り始めた。まるで"走馬灯"のような感覚だ。このような超常現象のような存在と敵対して恐れない人など、殆ど居ないだろう。

人の形をした絶望が、抗う事すら適わぬ災厄が無常にも迫る。

彼は必死に絶望に対して生を掴もうと、空になった箱型弾倉を取り出して次の弾倉を装填しようにも日本刀の煌きが早い。装填しようとした箱型弾倉は左手と一緒に地面へと落ちたのだ。僅かに遅れてM1891も半ばから断ち切られて地面へと落ちていく。彼の肉体はこれまで味わったこと無い激痛が左手首に走って、右手で左手首を抱え込むようにして蹲った。幸か不幸か左手の欠損の代償として彼は命を繋ぐことになった。これから彼のような悲劇的な兵士が、この赤軍補給部隊で多数発生していくことになる。
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【あとがき】
更新をお待たせしました。

そして2式戦闘ユニットによる蹂躙戦闘が始まりましたw

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(2020年03月10日)
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