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帝国戦記 外伝 第13話 『心理戦 1』


一生懸命だと知恵が出る、
中途半端だと愚痴が出る、
いい加減だと言い訳が出る。


武田信玄





1922年 09月18日 月曜日

ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国領土であるヴォログダの北西部に森林に隣接している馬車道があった。その馬車道を少し外れたところには小規模の野原が広がっており、そこに中隊規模の赤軍補給部隊が野営状態に入っていた。

時刻は深夜1時。
月の光も分厚い雲で隠されているような天候だ。

野営を行う彼らは後方の補給基地から前線の師団補給処に補給品を届ける部隊である。中隊に所属する二頭曵の二輪馬車が数多く停車していた。馬車といって侮るなかれ。移動の途中に馬への食事・水分補給と馬の体力回復を兼ねた休憩は必要だったが一両の補給馬車の積載量は3.5トンに達していた。

前線までは10kまで迫っており、悪路であったが明日の夕方には到着すると彼らの士気はそれなりに高い。道中に危惧していた航空機による機銃掃射が無かったことも大きいだろう。彼らは前線で戦うのではなく物資を運ぶのが役目だけに移動中が最も危険だったからだ。

野営地には軍用毛布を被って泥のように眠る兵士たちが数多く見られる。夜間であっても日本機によるハラスメント的な空爆を危惧してか標的となりかねない焚き火は野営地の中では行っていない。

そのような状況の中、
眠りに着かずに起きていた兵士たちも居る。

「運がないぜ…不寝番を命じられるなんて」

眠そうにしながら、そうぼやく兵士が居た。焚き火を中心にして6人に上る彼らは夜間の不寝番を命じられた兵士であり、野営地から少し離れた場所で歩哨として警戒に付いている。彼らは小規模ならば焚き火を炊くことが許可されていた。流石にヴォログダの9月の深夜ともなれば一桁台になるので暖かい飲み物が無ければ士気に影響する。同様の歩哨が野営地を囲むように4箇所設置されていた。

「ぼやくなよ。
 お前も知ってるだろ?
 あの地獄のような前線に比べれば俺たちはマシだ」

「不満を政治将校に聞かれたら前線送りになっちまうぞ。
 こいつを飲んだら巡回に出ようぜ」

そういうと兵士の1人が手招きをする。その兵士は鉄製のポットでスビテンと呼ばれるロシアで伝統的な蜂蜜をベースにスパイスを加えた飲み物を温めていた。彼らは野営地から離れた場所に居るので焚き火が許可されている。焚き火を用いて巡回に向かう前に用意した鉄製のカップに入れて飲むのだ。ぼやいていた兵士もスビテンが満たされたカップを受け取ると落ち着いたのか、流石に地獄の前線と比べればマシと同意する。前線に対しての補給任務を繰り返すと自軍が置かれている戦況が大体判って来る。此方側が優勢や互角ならば補給先の部隊が7割がた喪失していたり、すれ違う前線の兵士達の瞳が死んだような、全ての希望を喪失してきたような様子を出しているわけが無い。これまで補給を行った先々で悲壮的な雰囲気が満ちていたのだ。ひとつとして例外が無い。

また、この時期に於いては夜間の巡回に向かう前に暖かい飲み物を飲むことは在り来たりだったが、士気低下を防ぐために重要な部隊では、貴重な蜂蜜の支給など各種の優遇が行われていた。補給部隊が輸送中に逃亡してしまえば、前線の唯でさえ低下気味の士気が取り返しが付かない事態になってしまうだろう。少なくとも督戦隊に対する補給が途絶えてしまえば、恐怖によって辛うじて前線の崩壊を食い止めている枷すらも無くなってしまう。 それを防ぐための措置である。

―――林の奥で何か動いたような気が…
いや気のせいだな。
この時刻で夜の森林を明かりなしで踏破するなんて不可能だ―――

「さて、体も温まったし巡回に…」

兵士がそう言い終える前に20メートル先に見える森林の奥から僅かな物音が鳴った。物音の正体を確かめようと視線を向けた直後に、眉間に鋭く空気を切るような音と共に飛来してきたコンバットナイフが頭蓋骨を貫通して深々と突き刺さる。一切の抵抗を感じさせない程の凄まじい勢いだった。瞬時に絶命した彼は自分がどのようなもので死に至ったか理解することは無かっただろう。

他の兵士も不運だった。最初に絶命した兵士と同じタイミングで投擲されたコンバットナイフによって急所を深々と貫かれて、味方に危険を知らせる事も出来ずにこの世からの永遠の退場を余儀なくされたのだ。

木々の間からは全地域型迷彩(ACU迷彩)で身を包んだ9人の兵士達が一糸乱れぬ動きで焚きで火側に出てくる。彼らの迷彩服からして彼らは日本側の特殊部隊の兵士であろうか。

彼らの隊列は部隊を横一列で進ませる横陣(おうじん)の状態であったが、深夜でかつ月の光が雲によって閉ざされている暗闇の状態であったが、各員は重装備にも関わらず移動速度と互いの間隔に狂いが無かった。しかも彼らはナイフを投擲した全員が遠距離から急所に正しく命中させている。異常と言うよりもはっきり言って人間業ではない。

「いるいる…我々の標的どもがっ」

野営地の方を視線を向けつつ凄みがある低い声が流れた。
そう言ったのは信孝である。

彼らは国防軍の2式戦闘ユニットからなる特務分隊だったので、
異常でかつ人間業でなかった事も当然といえるだろう。

彼らは人間ではなく疲れも恐怖も感じない、何があろうとも作戦を完遂させようと動く、人に似せて作られた戦闘兵器である2式戦闘ユニットからなる戦闘部隊だ。

2式戦闘ユニットが開発された経緯は次のようになる。兵士に超人的な戦闘能力を発揮させる研究は外骨格の開発、化学的、遺伝的に人体を強化する手法などを引っ括めれば数多くあったが、国防軍は戦闘兵器を人型に落とし込むことで超人的な部隊を安定供給しようと考えていたからだ。人的資源の消耗を抑えつつ、敵軍に最大の消耗を強いる戦略も大きい。

そして、この特務分隊の特殊性は2式戦闘ユニットだけではなく、一部兵装も特殊だった。腰のマウントアタプターには特殊作戦郡が使用しているコンバットナイフを通常通りだったが、やや上には通常装備されている95式小銃ではない大型銃を装備している。それは火薬式の銃ではなくコイルガン形式で弾丸を発射する銃だ。弾頭を飛ばすための発射薬を詰める薬莢が不要な分、ひとつの弾倉に詰められている弾はM249軽機関銃が装備する5.56x45oのボックスマガジンと同等の100発に達していた。

だが、この銃の最も特徴的な点は弾倉に込められた弾数ではない。

最も特徴的なのは、コイルガンの出力を調整することで射出速度を調節する機能が盛り込まれている点だろう。すなわち掃射用の低速連続発射モードから、単発発射の高速で貫通力の高い状態など戦場の状況に応じて撃ち分ける事が可能だった。要約すると可変速型アサルトライフルである。

名称は22式電磁加速銃という。

22式電磁加速銃はこれだけ見ると良いとこ取りの銃に見えるだろうが、当然ながらデメリットも存在していた。まず、製造コストが嵩む事と、小銃というより軽機関銃に近いサイズから取り回しの面と重量の問題に加えて、射撃時に発生する反動の強さから生身の人間では携帯して使用出来ない点だ。本来は車上に設置する機銃であるのでこの様は問題は当然といえるだろう。だが、2式戦闘ユニットならば重量及び発射時の反動に耐えられるし、重量も問題にはならなかった。

2式戦闘ユニットのような人間離れした運用水準から見れば、22式電磁加速銃は小銃と対物ライフルの特徴を兼ね備えていた素晴らしい兵器だったのだ。

また、開発当初では弾丸は、より多くの弾数を弾倉に装填する為に、人体の血液に対して急激な燃焼反応を示す大型の特殊針を使用するものが計画されていた。威力としてはエクスプローダー弾の強化型に留まるものだが、主な2つの問題によって中止となっていた。まずは血液と反応する仕組みから完全な対人武器であり人間や人間に近い生物以外には使い道がない事と、ハーグ陸戦条約第23条5項「不必要な苦痛を与える兵器、投射物、その他の物質を使用すること」に抵触しそうな点である。特に後者は政治的な問題に発展しかねない要素が含まれていたので計画から外されたのは当然の流れと言えるだろう。体に銃弾や破片などが残っていない死亡した要因が不明な遺体の大量生産など騒動の元にしかならない。

そして各2式戦闘ユニットが背負うタクティカルバックパックには22式電磁加速銃の予備弾倉や6式擲弾、特殊爆薬のような火器類のみが詰められているので、彼らが最大効率で敵兵を殺傷するならば、恐るべき戦果になるだろう。加えて近接戦闘用として日本刀と思われる刀を背中に掛けている。

加えて、信孝は2式戦闘ユニットの中で指令ユニットとして行動するだけに性能が全般的に強化されており、準高度AIと同等の性能を有していた。戦いに支障がない範囲での人格を有していたが、基本ロジックは"見敵必殺"だ。また敵兵に威圧を与えうるような言動を放つ傾向もあった。要約すると"理的な戦の申し子"であろうか。

本来、2式戦闘ユニットの間では言葉を交わさずとも情報のやり取りは可能だったが、信孝はリスクが無ければ情報や思考を音声化する傾向があった。これには真田は信孝を戦闘機械としてではなく一個人として見ており、多少なりとも人間性を持たせたかった意向から行動原理に修正が加えられている。

特務分隊は兵士たちが暖を取っていた焚き火に彼らが近づく。
遺体を隠したり埋葬するのではなく、
倒れた兵士達からナイフを回収するためだ。

ナイフ投擲で敵兵を殺傷したのは、定期的な補給を空中投下によって受けられるものの、弾薬を温存することで継戦能力を可能な限り伸ばすためだった。無論、素手でも人間ならば容易く殺せるだろうが、9体居るとはいえ一度に6人を襲えば誰か1人は声を出せるかもしれない。つまり弾薬を節約しつつ、リスクを避けた行動だった。彼らは慢心しない。補給部隊の野営地にむかって警戒しながら空けられた歩哨網を掻い潜るように静かに前進を始めた。
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【あとがき】
新年おめでとうございます!
お待たせしました。

そして2式戦闘ユニットの初陣が始まりましたw
彼らはこれから後方で猛威を振るっていくでしょう(怖)

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(2020年01月18日)
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