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帝国戦記 外伝 第11話 『5式軽爆撃機』







1922年 09月15日 曜日

北欧条約機構の本部があるフィンランドのヘルシンキから北北西20kmには、北欧条約機構軍の航空機開発拠点であるクラウカラ空技廠が設けられていた。北欧軍で使用している の装備の開発や、新規機材の開発などを行っている。帝国軍と国防軍の全面協力で設立されており、クラウカラ空技廠の初代所長として帝国軍の井上幾太郎(いのうえ いくたろう)准将が指揮していた。

井上は史実では工兵隊を率いて義和団の乱や日露戦争で活躍した人物であり、また1925年からフランスから来日したアンドレ・マリーン技師から航空機および航空戦に必要な情報を学び取って日本航空兵力の整備に尽力した人物の一人だったのだ。この世界でも日本の航空産業発展に関係している。

そしてクラウカラ空技廠の第一会議室に井上准将を筆頭に、
この施設の重要人物が一堂に会して会議を行っていた。

「新開発する単発軽爆撃機の方向性だが、
 どのような方向性で進めるべきか意見を聞きたい」

「優先する点は搭載量ですが、
 量産性とパイロットの安全を重視した防御設計も重要でしょう」

井上准将の言葉に少佐待遇でニューポール社から招聘されていた技師のマリーンが応じる。マリーンは史実では中島飛行機が1925年に飛行機開発の技術者として招聘していた。そこで彼は、三菱側に招かれたドイツ側の技師達が速度・火力・機動力を重視視していた中、マリーン技師は突出した性能よりもパイロットの保護を重視した防御力に念頭を置きつつ、生産性を高めた機体設計を重視した設計を行い、周囲にも自論を力説していた彼らしい発言だろう。

彼の設計思想は第一次世界大戦の空戦の推移や撃墜要因を調べた結果から来ている。どのような高性能機であってもパイロットを守る防御対策を怠れば、時間とともにベテランパイロットを失い、継戦能力を低下させてしまった実例があったからだ。量産が可能な航空機と違ってベテランパイロットは一朝一夕では作れない。この世界でも研究熱心はマリーンは、設計長という立場を駆使して墜落機の調査や負傷したパイロットなどの調査を行っており、かつての世界と同じような結論に達している。

そしてマリーンの招聘には帝国重工の意向もあった。

史実に於いて日本航空機の発展に寄与した彼への恩返しもあったが、それ以上にフランス軍の航空機開発を後押しする意味もある。将来に於いて北欧軍で使用する航空機材を全て日本側から運ぶのではなく、ある程度の機材は帝国重工が関与せずに日本やフランス及び北欧自体からも調達したいと考えていたからだ。補給の負担は軽いほうが好ましいし、自立した技術開発は大事である。もちろんニューポール社としても日本側からの申し出は渡りに船だった。何より日本機の技術に触れられる利益が大きいからだ。

「整備性も重要だと思います」

ブレゲー社から招聘されていたマキシム・ロバン技師が応じた。
この場にいる技師は全員がマリーンと同じように少佐待遇になっている。

そしてロバンの言葉は正論だった。高性能機であっても整備に難があれば継戦能力に支障が出てしまう。整備兵が多く必要になれば、その分だけ維持費も嵩む。軍隊は敵と戦う以前に予算と戦わなければならない。調達費用が安くても維持費が高ければ大変な事態になってしまうだろう。

ロバンも史実ではブレゲー社で設計係として勤めていたところ、中島飛行機の招聘に応じて来日し、外国人でありながらも日本航空産業の発展に貢献した一人だった。 ブレゲー社もニューポール社と同様に、多くの利益が見込めるのでクラウカラ空技廠への人材派遣要請を積極的に受け入れている。

1918年に帝国モスクワ技術学校を卒業していたアンドレイ・ツポレフがロシア王国から参加している。史実では彼は1910年にグライダーを製作して飛行した経験を有するなど、飛行することに強い情熱を捧げていた人物である。ロシアの飛行機設計者でツポレフ設計局の創業者でもあり、1925年には当時世界最高の双発機と一つとして見られていた全金属製の双発機TB-1を開発するなどの数々の活躍をしている。この世界では重要人物だったこともあり、特殊作戦郡がロシア王国に亡命できるように手筈を整えていたのだ。介入の結果、ツポレフ設計局はソビエトではなくロシア王国に誕生していた。

「可能ならば非爆装時には観測機として使えればより好ましい」

ツポレフが希望を言う。
双発爆撃機から旅客機へと改修機を作り出した彼らしい意見だった。この時代では航空機で使うアルミニウムなどの軽量資材は貴重だったので、装備を変更することで複数の用途が行える機体は想定以上の戦力価値が出てくる。

「複数の用途を行える利点は理解するが、
 欲張りすぎると器用貧乏な機体になってしまう」

ロバンが懸念を言った。

「道理ですな。
 欲を出した結果、必要量の爆弾を運べない、
 あるいは爆撃任務が難しい爆撃機は欠陥機と言って良いでしょう」

この世界で実用的なマルチロール機は世界で唯一、4式艦上汎用機「流星」のみである。各国は鎬を削って装備の変更によって制空戦闘、対地攻撃、偵察などの異なる任務を実施可能な機体開発を行っているが、どれも試験機の段階で開発中止に追い込まれていた。何かしらの機能を水準以上にすると何処かの機能が水準を満たさない危険なものになってしまうからだ。戦闘機と爆撃機で求められる機体設計は大きく違う。急降下爆撃や緩降下爆撃を行えるようにすると、降下時の負担に耐えられるように機体を堅牢にしなければならない。この堅牢性は防弾性とは違ったものである。双方を満たそうとすると重量が増してしまい、発動機の出力の限界から行えない。

水平爆撃限定と割り切っても、その分の装置重量が増えるので、戦闘機としての適正が減ってしまう。だが、理想といって切り捨てることも出来なかったのだ。何しろ、このような相反する要求を満たしているにも関わらず4式艦上汎用機「流星」という実例があるからだ。4式艦上汎用機「流星」はこれらの要求に加えて、更に艦載機として厳しい条件をクリアしている恐るべき機体だった。

「そうなるとまず優先するべきは、
 搭載量、防御力、操縦性、航続距離を念頭に置いて、
 そこに量産性と整備性を加味すれば失敗しないと思われる。
 つまり、それらの要素を満たしつつ、
 作り上げた機体の中で追加装備によって行えような任務を探せば、
 最悪の事態は避けられると思うのだがどうだろうか?」

会議室に置かれた移動式白板(ホワイトボード)に井上准将が書き込んでいく。移動式白板(ホワイトボード)は利便性の高さから輸出品として売り出されており、クラウカラ空技廠にも持ち込まれている。

井上准将の言葉に全員が納得の表情をした。この中で欲を出して使えない機体を作り出したいと思うような凡庸な人物は誰一人としていない。
このように単発軽爆撃機の設計方針について話し合いが進められていく。

「発動機は甲式戦闘機4型と同型か改良で済ませれば、
 エンジン出力や整備からして理想といえるでしょう」


「信頼性も申し分ないですからね」

高出力かつ、すでに生産が行われている発動機があるならばそれを使わない手はない。加えて信頼性が高くて実戦運用の実績があるのだから。何より航空機の中で時間がかかるのは発動機の設計である。むしろ航空機は発動機によって基本的な性能が決まると行っても過言ではない。

「だが、整備ならともなくあれほどの発動機を我々で生産できるのか?
 生産は出来たとしても直ぐに可能とは思えぬ」

マリーンの希望に対するツポレフの懸念は最もだった。ライセンス生産を行おうにも、欧州や北欧の工業制度では信頼性に劣る発動機になってしまうし、劣化版に甘んじて出力が足りない発動機では機体性能が著しく落ちてしまうだろう。そして、輸入で補おうにも甲式戦闘機4型は4式艦上汎用機「流星」に及ばぬものの、諸外国の戦闘機と比べると性能は高く新鋭機といって過言ではないので、甲式戦闘機4型で使用している21式星形空冷9気筒発動機の数に余剰があるとは思えなかった。

「先月から新工場が動き出しており、
 ある程度まとまった生産数は確保が出来ると思います」

「それは初耳です」

井上准将が言う新工場は日本飛行機製作所の事を指す。日本飛行機製作所とは帝国軍士官だった中島知久平(なかじま ちくへい)が立ち上げた会社である。史実では中島は世界有数の航空機メーカーであり、東洋最大となる中島飛行機を立ち上げた人物だ。この世界では帝国重工が資本主になっていたので、退官も史実とは異なり容易に進んでいた。日本飛行機製作所は帝国重工から甲式戦闘機4型のライセンス生産に向けて投資と技術支援を受けていた。

そして、井上准将は日本航空産業の発展を担う人物として、日本飛行機製作所を重要視していた事と、帝国重工や帝国軍から北欧軍が独自開発するときに日本飛行機製作所を可能な限り使ってほしいと要請を受けていたからだ。もっとも要請を受けなくても21式星形空冷9気筒発動機の生産が行えるのは帝国重工と帝国軍の一部工廠に限られているので、井上准将は日本飛行機製作所を頼るつもりである。

「ただし、その工場はまだ小規模なので短期間で大量生産行えません」

「となると現状の発動機で進めて、
 発動機の改修は此方で行うのがベストか?」

彼らが言う改修といっても大規模なものではなく減速装置である傘歯歯車の改修や排気部分の改修に留まる小さなものだ。大規模改修を行えば時間もかかるし、新規設計の部品も増えてしまうので部品の共通化を図る目論見から外れてしまう。完全共通化は難しいにしても、補給負担の経験と予算の面から大部分は共通化したい。

「それならば先んじて発注を行えば、
 機体設計が終えるまでにそれなりの数が揃うだろう」

幾つかの方針をまとめた結果、
発動機の選定は21式星形空冷9気筒発動機となる。

北欧軍は開発を行う単発軽爆撃機の大量配備を考えておらず、時間をかけて全体で6個飛行大隊規模の戦力を整えれば良いと目的を絞っていた。一部の甲式戦闘機4型で行っていた爆撃任務を軽爆撃機で代用することで、戦闘機としての稼働率を維持したい目論見もある。幸いにも北欧軍は航空優勢を獲得しており、また大規模侵攻は行わない決定なので、このような余裕をもった開発が可能だったのだ。こうして北欧軍と、後にロシア王国軍、日本帝国軍の一部でも使われる5式軽爆撃機と呼ばれることになる軽爆撃機の設計が進められていくのだった。
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【あとがき】
久しぶりの更新になります。
振り返ると1年以上間を空けてしまった(汗)


(2019年11月04日)
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