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帝国戦記 外伝 第10話 『フィンランド湾海戦』


突撃した水雷戦隊が砲撃を受けて4分と経たずに、その最後の一隻が艦尾からの浸水によって傾斜を始め急速に沈み始めていた。この戦域に残る義勇イギリス艦隊の駆逐艦は残る5隻となってしまう。空母部隊にも4隻の駆逐艦は残っていたが戦闘海域から離れており、戦力としては期待が出来なかった。

僅かな時間で水雷戦隊は全滅したが距離は稼いだ。
幸先の良いことに徹甲弾が無いのか長門からの主砲発射は無い。
相手の戦艦は手負いだ、一気に畳み掛ければ今回は勝てる!

アディソン少将は驚異的な副砲の性能に驚くが戦意は一切衰えていない。なにしろ義勇イギリス艦隊を率いるスターディー中将は作戦前に長門を沈められるならば自分たちの戦艦を2隻沈めても良いと言い切っていたからだ。冷酷だが、本作戦に於いては戦艦ですら新鋭艦でなければ消耗品として看做している。

故に、駆逐艦ではどのような価値かは推して知るべしだろう。

上級司令部では水雷戦隊は敵艦隊に突撃して発射光から敵艦艇の位置を把握するのと、敵艦隊の隊列をかき乱すことのみを期待していた。全ての期待には応えられなかったが、日本艦隊の位置を把握できたのでまだまだ作戦計画の一環ともいえる。これまでの戦訓と実績から手段を選んでいては戦艦を含む日本艦隊との戦いには勝てないと理解していたのだ。

双方の艦隊の距離は22000に迫る。

義勇イギリス艦隊の速度は21.25ノットで対する日本艦隊の速度は巡航の22ノットで航行している。相対速度は43.25ノットに達するので1分に1334.4メートルも進む。

義勇イギリス艦隊の主力艦であるアイアン・デューク級戦艦「マールバラ」「デリー」と改オライオン級戦艦「ロイヤル・ジョージ」「オーダシャス」は主砲として45口径13.5インチ(34.3cm) Mk.Vを装備しており、最大仰角20度で21780mの射程を有する。インディファティガブル級のオーストラリアは45口径12インチ (30.5cm) Mk.[は最大仰角13.5度で17236mだ。主砲戦で主役を勤める4隻のイギリス戦艦は後1分にも満たない時間で有効射程内に達する距離だった。

「旗艦より発光信号、
 所定の作戦を開始せよ」

無線封鎖解除は行われているが義勇イギリス艦隊は、無線の飽和に伴う混乱を恐れて基本は慣れ親しんだ発光信号でやり取りを行うよう取り決めていた。事前の演習で被弾判定時や作戦変更時に各艦からの無電を受けた旗艦側が飽和して大きな混乱が発生していたのが理由である。戦闘中の混乱は避けなければならない。

通信士からの報告にアディソン少将は命令を下す。

「旗艦より全艦隊に発令、
 面舵6度、最大戦速度。
 本艦に続け!」

巡洋戦艦「オーストラリア」、軽巡「シドニー」、駆逐艦4隻からなるオーストラリア艦隊は防御力に難があるので、優速を活かして退路を断つのが主任務だ。イギリス本土に展開していたオーストラリア海軍が本作戦に参加していたのは、オーストラリア政府からの異様とも言える熱意の結果だった。オーストラリアはイギリス帝国の各自治領の中で日本を最も危険視しており、日本側との交戦機会を異常な熱意をもって待ちわびていたのだ。日本艦隊を撃破する海戦に参加することで、民意を安心させつつ国威を高めるのが目的である。イギリス帝国側は漁夫の利を狙う行為に辟易しながらも、被害担当及び二線級の戦力として参加を認めていた。

オーストラリア艦隊が作戦計画に従い、日本艦隊の背後に回り込もうと針路を変更してしばらくして、義勇イギリス艦隊主力部隊を勤める戦艦4隻「マールバラ」「デリー」「ロイヤル・ジョージ」「オーダシャス」からの主砲を用いた砲撃が始まった。

義勇イギリス艦隊からの砲撃は命中は無く、やや遠弾に留まっている。義勇イギリス艦隊主力部隊と日本艦隊との距離は18500mに縮まっていたが日本艦隊からの反撃は無い。

「今田攻撃が無いということは、
 やはり副砲では遠距離からの有効打は得られないようだな」

「そのようですね」

アディソン少将の言葉にパクハム大佐が同意した。

先程、水雷戦隊が攻撃を受けたのは約20000mの地点だ。義勇イギリス艦隊はこの距離では戦艦に対する有効打にならないと判断するのは当然の結末だった。数に勝る敵を接近する前に消耗させなければ、一般的な軍事的な常識から判断すると劣勢側の不利はより顕著になるだろう。

4隻のイギリス戦艦からの砲撃が続けられ、戦艦「長門」の周辺に水柱が近づきつつあったが日本艦隊の針路と速度に大きな変更はない。

アディソン少将は期待に胸を膨らませる。

このまま進めば副砲の船体の向きによっては火力として期待できるぞ!
こうなるとフィッシャー大将の功罪がはっきりするな。

アディソン少将がそう思うのも最もだろう。フィッシャーが海軍卿を辞任したことによって、戦艦の副砲に軽巡洋艦の主砲クラスに強化できていたのだ。強力な雪風級軽巡洋艦(実際は護衛艦)に対抗する為に戦艦の副砲強化は前線から根強く求められていた。何しろ、雪風級は日本海海戦に於いては近接攻撃によって装甲巡洋艦のみならず戦艦すらも沈めている。駆逐艦に向けた副砲ではなく、軽巡洋艦に対抗できる副砲が求められるのも当然の流れだった。

イギリス海軍に大きな改革を齎してきたフィッシャーだったが、戦艦の副砲口径強化を禁止していた事からして、負の遺産もそれなりに発生していた一つの例とも言えるだろう。

負の遺産を振り払った事によって得られた副砲の45口径6インチ(152mm) Mk.VIIは13350mの射程を有している。これまでイギリス戦艦が装備していた40口径4インチ (102mm) Mk.Iのような貧弱な副砲と違っていたのだ。

双方の距離が16000mになったときに状況が一変する。

その状況を真っ先に察知したのは先陣を切って日本艦隊に向かう旗艦マールバラの見張員だ。絶叫に近い報告を伝声管に向かって放つ。

「敵艦発砲ッ!」

日本艦隊が再び砲撃を再開したのだ。それぞれの片舷に6基づつ装備していた14式127o64口径単装速射砲による砲撃だった。竣工時に装備していた95式54口径127o連装砲と違って、現在装備している14式127o64口径単装速射砲の初速は1051.6m/sの猛速で、発射速度は毎分42発を誇る凶悪な砲弾が先頭を進む旗艦マールバラに叩きつけていく。

職務を忠実に果たしていた見張員が立つ艦橋頂上部の見張り所の真下にある射撃方位盤室に最初の砲弾が直撃した。砲弾の炸裂によって生じた衝撃波によって見張員は体を複数のパーツへと引き裂かれて苦しむ間もなく絶命する。悲劇はそれだけに留まらず、最初の直撃から殆ど間を置かずして被弾が絶え間なく発生していき艦橋全体に容赦の無い損害を与えていった。まるでミシンによって刻まれるダンボールのようだ。艦橋を構成していた物体が砲弾が直撃するたびに飛び散って水面へと落下していく。その中にはかつては人だったものも含まれていた。最初の被弾から1分と掛からずに三角柱型の船橋を持つ箱型から艦橋構造を支える檣楼支柱が大破となる。

「馬鹿な!」

双眼鏡を通して見た被害にアディソン少将は絶句する。

艦橋だったものが実用性が全く無い無意味な建造物へと変貌していた。連続した被弾を受けているにもかかわらず針路変更が行われない。状況からして艦橋部にある司令塔に大きな被害が生じたと判るが、それがまだ主砲弾による被害ならば納得は別として理解は出来た。だが、そ れを齎したのは全て副砲と見られる砲弾によるものだ。305mmの装甲を有する司令塔に副砲が打撃を食らわせることが出来るとなると、近距離とはいえ艦艇防御の思想が根底から覆ってしまう。実際は目視用スリット(展視溝)から破滅的な爆圧が入り込んで乗員を殺傷した被害によるものだが、イギリス側にとっては装甲板を貫通されようが、爆圧による被害であろうが、詳細が判らなければ"有効弾"による被害としか判断するしかない。

命中精度だけでなく破壊力も尋常じゃない!
この海戦・・・主砲抜きで戦っても碌でもない結果になるぞ!

アディソン少将は声には出さなかったが、己の心中に言い知れぬ不安が過ぎり始めた。イギリス艦隊側は2発目の主砲弾直撃を出すが、長門に対して効いているような様子が見られない。

アディソン少将の驚きはまだまだ続く。

速射砲の射線が船首楼側面から1番主砲塔の下から、合計5基の副砲が1番煙突の側面まで設置されている場所に移っていった。僅かな時間を置いて副砲の弾薬庫に誘爆した。艦首前方が中破となり、艦首部に亀裂が入り速度が低下していく。戦艦「長門」からの副砲による射撃が止まらない。砲撃が1番主砲塔の集まり、やがて40秒ほど粘ったところで弾薬庫に被害が及んで、内部に納められている装薬袋に対して大きな化学変化である誘爆という現象を発生させた。主砲弾薬庫から艦尾にかけて船体が分離して轟沈となった。

イギリス艦隊の戦艦は3隻となる。

双方の速度は変わらないが、日本艦隊は針路を変えてイギリス艦隊との距離を保もつ戦術へと切り替えていた。マールバラの爆沈から5分30秒後に、ようやくイギリス艦隊側の主砲弾が戦艦「長門」に発生した。戦艦「ロイヤル・ジョージ」からの砲撃だ。その砲撃は二番砲塔の天蓋に弾かれてしまう。目立った被害は見当たらない。双方の距離は約15000mのほぼ保っており、接近しようと目論むイギリス艦隊に焦りが募っていく。

そうしている間に戦艦「長門」からの副砲による砲撃が戦艦「デリー」の艦橋を破壊しつく。戦艦「デリー」は必死の回避を試みたが、14式127o64口径単装速射砲は航空機や誘導弾の迎撃すらも可能な両用砲である。それらと比べれば鈍重な戦艦では回避などは夢のまた夢だった。副砲の狙う順番はマールバラと同じように艦橋の次に副砲群が狙われ、主砲弾薬庫へと至る流れで、旗艦の後を追うように爆沈を経て水面下へと消えていった。

「くそったれ!」

巡洋戦艦「オーストラリア」の艦橋で士官の一人が悪態をついた。
戦場の時間は無常に進む。
長門の狙いは戦艦「ロイヤル・ジョージ」へと移り、まるで決まりきったスケジュール表を消化するように、これまでの戦艦と同じ流れで沈めていった。日本艦隊に回りこむ任務を受けていたオーストラリア艦隊も任務を中断し、主力部隊と共に砲戦を開始するが、援護空しく海戦開始から23分後には戦艦「オーダシャス」も主力部隊の後を追うことになる。

残されたオーストラリア艦隊に絶望が広がる。
戦艦4隻でも勝てなかった相手に、巡洋戦艦1隻で勝つのは絶対に出来ない。

これまでか・・・


アディソン少将が撃沈の覚悟を決めたとき、戦艦「長門」からの発光信号が送られてきた。その内容は"戦闘を中断し、生存者の救出に当たれ"との事だ。水兵に広がる白豪主義だったが、このような絶望的な状況では反論よりも生き残れる事実に安堵する者の方が多かった。双方の救出活動によって43名が救出され、フィンランド湾海戦と命名される久方ぶりの列強同士の艦隊決戦は人道的な行動で幕を閉じることになったのだ。そして、義勇イギリス艦隊と日本艦隊との海戦は片方が主砲を使わず副砲のみを用いて戦うという、世にも珍しい戦いになっていた。しかも、連日の空爆によって手負いと見られた戦艦「長門」との戦いで完敗しており、イギリス戦艦の戦力価値を疑問視する声が各所で発生することになる。

義勇イギリス艦隊を撃退した、その翌日には国防軍は積極的な行動に出た。

北欧軍に攻勢を仕掛けていた赤軍だったが、艦砲射撃と空爆によって完全に攻勢は頓挫して各地の部隊は混乱状態となった。それに止めを刺したのは八握剣を部隊章に掲げる国防軍第8師団の部隊である。八握剣とは邪悪を罰した日本神話に出てくる神器だった。

投入していた国防軍第8師団は"特殊"な部隊である。

最小の戦闘ユニットですら機動歩兵部隊であり、8式歩兵戦闘車、8式装甲戦闘車両からなる部隊だ。彼らの動きを見ていると作戦行動に一切の無駄が無かった。それどころか無駄弾も全く発生させていない。明らかに訓練の有無によって獲られる成果を凌駕していた。

それもその筈、セキ・システム(全世界通信傍受・中継システム)を介して戦略AIによって指揮されている無人兵器群だった。準高度AIと違って機械的に効率よく敵を殲滅する戦闘兵器の群れであり、高度な目標の「自動割り振り」、整備と補給さえ適切に行えば戦い続けられる兵団だ。適切な後方支援体制がある限り、疲れ知らずで敵を効率よく処理していく部隊の活躍によって攻勢に参加していた赤軍を次々と大地へと帰して行くことになる。これらの失敗によってイギリス帝国とロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の戦争戦略は大きく狂う事になるのだった。
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【あとがき】
赤軍の状態は史実のスターリングラードより悲惨かもしれない・・・

(2018年07月15日)
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