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帝国戦記 外伝 第08話 『緊急展開 中編』


1922年 07月29日 土曜日

赤軍が大規模な攻勢を続けているヴァルダイ戦線の上空20kmには1隻の飛行船が眩しい朝日を受けながら飛行していた。国防軍所属の22式早期警戒管制艦「春海」であり、カレリアからレニングラードの一帯を監視するのが目的だ。春海は日本本土防衛用として作られた飛行船だが、優れた警戒能力の為に各海洋にも配備が進められていた。

春海の艦橋は霊仙と同じように少人数で電子兵装を効率よく扱えるように全艦コンピュータ環境に基づいた先進的な建築学で作られている。艦橋の奥に設置された艦長席には準高度AIの国場ミカコ少佐が席について指示を飛ばす。かつての世界では少女の外見でかつ可愛らしいアニメ声だったこともあって電子戦型の調整を受けていたにも関わらず情報部から宣伝部に転属にさせられていたが、この時代に来てからは本人の強い希望で情報収集艦の艦長に着任していた。ショートヘアで、趣味は歌に流行の情報収集。また密かにBカップサイズの胸にコンプレックスを持っている。

ともあれ、春海の重点監視対象は赤軍第9軍だ。

赤軍第9軍の攻勢によってヴァルダイ戦線に於ける帝国軍第2師団からなる北欧軍の防衛線は大きく後退していた。白海沿岸――ヴィゴゼロ湖――セゴゼルスコエ湖にかけては艦艇からの支援攻撃及び中島少将の必死の指揮によって辛うじて戦線は守られていたが北緯62度、東経34分にあるポベネツ周辺のルートは完全に突破されており、そこから東22km先にあった小さな町からなるカルフマキ(ソ連名ではメドヴェジヤ・ゴラ)にまで戦火が及んでいた。

「カルフマキの様子は?」

「現在、損害回復率41.7%、再編成中です」

再編成を行う部隊は帝国軍歩兵第29連隊第6中隊である。ソ連領の終末的な様子を概ね察していた住民の大多数はフィンランド側への疎開を始めており、帝国軍の中隊は住民脱出の時間を稼ぐために必死の防戦を行っていた。人道及び政治的な要素から住民を見捨てることは出来ない。第6中隊は被害を出しながらも耐え切れたのは、クムサ川を防御濠した野戦陣地と他の地域によりも優先的に航空支援を受けられていたことだろう。

ただし、休む間もない戦闘によって帝国軍歩兵第29連隊第6中隊の継続戦能力を著しく奪っており、作戦行動の限界は近かった。航空機による物資空中投下によって弾薬の補充を受けても人も装備も消耗していくので限界はある。

「第6中隊に接近している敵部隊は3つ」

「再編成が中断した場合、
 明日いっぱいまでの遅滞作戦に影響が出てしまいます」

「タイムスケジュールを考えると、
 再編成の完遂は絶対ね」

ミカコ少佐が指揮する春海は優れた警戒監視・情報収集・指揮管制の能力から北欧軍の支援の為に国防軍の一部航空部隊の指揮を移管されていた。ミカコ少佐は北東から迫る新たな敵3個中隊に高い脅威認定を下す。装備からして民兵よりも充実している赤軍の部隊なのが判る。ミカコ少佐は端末を操作すると既にその敵部隊は自動割り当ての際に第6中隊に近い順からエコー87、エコー88、エコー89の符丁が充てられていた。もっとも早く対応可能な航空部隊も同時に表示される。

遅滞作戦が失敗すれば、
その影響はヴァルダイ戦線には留まらない。

カルフマキの南南東にある約145kmの南には各戦線を支えるペトロスコイ(ソ連名ではペトロザヴオーツク)航空基地が存在し、その更に南に100kmには北欧軍のオロネッツ・カレリア方面軍が展開している。遅滞作戦が失敗して、戦線突破を許してしまえばオロネッツ・カレリア方面の北欧軍は包囲殲滅を避けるためにも撤退しなければならなくなるだろう。 各戦線に対する赤軍からの圧迫もあって大規模な援軍はムリだったが、オロネッツ・カレリア方面の戦略予備として配備されていた国防軍の第1戦闘団から援軍として1個大隊が北上している。

本土からの援軍をあわせて、
兵力が揃うまで時間を稼がなければならなかった。

「敵部隊に近いのはCP101のユニットね。
 迎撃に直ちに向かわせて」

CP101とは空中待機していた4機の4式艦上汎用機「流星N型」からなる第101小隊を指す。小隊長機の識別信(コールサイン)は混乱が無いようにCP101になっていた。オペレーターは命令に従って端末を操作して命令を進めていく。

「CP101(コマンドポスト)、
 こちらHQ(ヘッドクォーター)、以上(オーバー)」

「こちらCP101」

「HQ(ヘッドクォーター)より、CP101へ。
 装備を申告せよ」

国防軍の機体は出撃時の兵装記録は残す決まりになっており、データリンクによってオペレーターが操作する端末上には詳細な情報が載っていたが規則として確認していたのだ。

「CP101(コマンドポスト)よりHQへ、
 こちら各機関砲796発、外翼下に23番6発、ロケットポッド6基、
 胴体下部に23番2発、小隊各機も同様だ。以上(オーバー)」

23番は10式汎用爆弾(230kg)であり、ロケットポッドは10式70oロケット弾発射ポッド(1基25発)だった。4式艦上汎用機「流星N型」は基本系からして、かつてのB7A艦上攻撃機「流星」とA-1スカイレイダーの合わせ子のような機体だったからこその重装備といえるだろう。そして流星N型は発展系であり、加えて本空域で活動している4式艦上汎用機は全てハワイ上陸作戦以外では性能を落して運用していた本機がリミッター解除によって本当の性能で飛んでいたのだ。普段は1トン程度の爆装(それでも諸外国の重爆に匹敵)に留めていたが、今回はその3倍強の武装になっている。

無論、攻撃を生き延びた者や多角的な観点から漏れるだろう大まかな搭載量に関してはエンジンの寿命を縮める代わりに出力を大幅に上昇させる特殊燃料を使用した事実を匂わせておく。どのみち作戦終了後には全面的な整備が必要なのでアリバイ工作は何時でも行える。少数ながらも帝国軍の流星も北欧軍として展開していたが、それらの機体に対しては新品のエンジンに換装する徹底したアリバイ工作を行う予定だ。現に高野の優先命令によってエンジンの臨時増産も始まっていた。

「HQ(ヘッドクォーター)了解。
 攻撃目標の情報を転送する。
 攻撃方法は自由、別命あるまで指定目標を叩け、以上(オーバー)」

「こちらCP101、了解(ラジャー)
 情報受信を確認、直ちに目標へと向かう。以上(オーバー)」

第101小隊各機の操縦士(パイロット)が着用する統合ヘルメット装着式目標指定システム(JHMCS)と、光学ガラス素子からなるHUD(光像式照準器)には航法モード時には飛行最適コースが表示され、操縦士(パイロット)は正面を見ているだけで迷うことな目標に到達できるようになっていたのだ。

「CP101より各機へ。
 全機傾聴せよ。
 これよりナインブリーフィングを行う」

小隊長は部隊内通信を用いて偵察情報を元に精密な2km戦術グリッドマップを合わせたアタックプランニング(攻撃計画)である簡易指令の打ち合わせを始めた。ナインブリーフィングはハワイ上陸作戦時から帝国軍と国防軍で行われている戦術行動である。

「第一目標は6-2-987、ベクター34、12500、32、4両の6cwt高射砲だ。
 各目標に23番を1発づつ叩き込め。
 また対空砲火によって射撃が難しい場合はロケット弾による牽制攻撃を認める。
 対空脅威排除の後に敵歩兵中隊を叩くぞ。
 被弾時の離脱経路はD9だ。
 各地になだらかながらも丘が存在する。高度に注意せよ」

第101小隊にとって敵目標の中で最も脅威値が高いのはオードナンスQF13ポンド 6cwt高射砲だ。各操縦士(パイロット)も小隊長の決定に対して異論は無い。エコー87の符丁を与えられた敵中隊の完全撃破ではなく、組織的抵抗力を損失させるのが目的だ。

「なお23番の投下モードはCCIP(命中点連続算出)とする。
 質問が無ければ以上だ。以上(オーバー)」

ナインブリーフィングを終えた第101小隊は飛行を続ける。距離が近かったこともあって第101小隊は直ぐに目標上空に到達した。アタックプランニング(攻撃計画)に基づいて4機の4式艦上汎用機「流星N型」は高度を下げていく。航空機から地上部隊攻撃に対する爆撃やロケット弾による攻撃では、地上部隊の移動方向に沿って攻撃するほうが爆撃効果は高い。

赤軍部隊は降下してくる日本機に気づく。
オードナンスQF13ポンド 6cwt高射砲からの対空射撃が始まった。

22式早期警戒管制艦「春海」によって目標の「自動割り振り」が行われており、第101小隊が攻撃対象に時間を割く必要がなかったのだ。もちろん、緊急時には小隊長の権限で割り当て変更も可能になっている。

各機が小隊長の動きに合わせるよう、
各々が目標とするオードナンスQF13ポンド 6cwt高射砲に向けて進む。

「小隊長機(リード)より各機。
 アプローチ(対地上目標攻撃準備)」

小隊長は命令を下すとすぐさま、機体の状態を航法モードからCCIPモードに切り替えた。定飛行方位や機首方位の表示はそのままだが経路上の地点情報を示すウェイポイントやウェイポイントまでに飛行時間などの情報が消えてる。その代わりに機体の進行方向を現すフライトパスマーカーから、 投下した際の爆弾の軌跡を表す爆弾投下線と着弾点ピパーが現れた。統合ヘルメット装着式目標指定システム(JHMCS)の表示も同様だ。また、それぞれが担当する目標には統合ヘルメット装着式目標指定システム(JHMCS)に四角のマークによって強調され、ピパーが四角と重なるような飛行経路に修正すれば攻撃目標に達するので攻撃目標を見失うことは無い。

操縦士(パイロット)達は着弾点ピパーが目標(オードナンスQF13ポンド 6cwt高射砲)を捉える前から爆弾投下線を重ねる。このような手間を掛けるのは攻撃目標を着弾点ピパーに収める前に爆弾投下線に乗せたほうが着弾点の誤差を減らせるのが理由だ。投弾のタイミングは着弾点ピパーが目標に重なった瞬間が最適になる。

対空射撃の中を進む4機の戦闘機動だが、
まるで機械で制御されたように無駄が無い。

これは操縦士(パイロット)の技量というよりも、フライ・バイ・ライトによる操縦制御の効果が正しいだろう。フライ・バイ・ライトの真骨頂は訓練兵ですらも安全を保ちつつ、限界に達しない範囲の最適機動が行える機能にある。墜落に繋がる危険な機動はプログラムによって制限されていた。

無論、帝国重工は流星は先進技術が多数使用された輸出禁止機だ。フライ・バイ・ライトを始めとした重要機材には盗難予防としてICチップと同じように、電磁波結合率にあった電力の断絶をはじめとした幾つかの条件が満たされないままで24時間を過ぎると自壊するようにナノウェアが組み込まれている。

「ナウっ!(攻撃機動を始め)」

着弾点ピパーが目標を捉える前に、小隊長を始めとした各操縦士(パイロット)は投下ボタンを押す。だが爆弾の投下は始まらない。機体に搭載された火器管制装置が選択された爆弾の情報を呼び出して機体の位置情報などから着弾点を算出して、最適のタイミングで投下するのだ。

最適高度に達した刹那、主翼に付けられた兵装架(ハードポイント)から1発の10式汎用爆弾が切り離され、目標へと自由落下していく。小隊長機は爆弾の投下軌道と反するように上昇に入る。10式汎用爆弾の尾部にある4枚からなる高抵抗フィンが開いて爆弾の落下速度を調整していた。落下速度を抑えるのは爆風や破片効果で自機の損傷を避けるのが目的だ。

「弾着(インパクト)、いま」

地表に4つの爆発が発生した。凶悪な量の熱と衝撃波が広がる。10式汎用爆弾の重量は230kgで炸薬量は96kgと平均的なものだったが、その爆発力は高性能爆薬によって諸外国が運用する同サイズの爆弾の威力を軽く凌駕していた。まるで倍のサイズの爆弾が爆発したような破壊の証を作り出す。

直撃や至近弾を問わず、狙われたオードナンスQF13ポンド 6cwt高射砲は原型を残していない。弾着地点から40メートル圏内に居た兵士は衝撃波や破片によって例外なく全員死亡しており、そこから300メートルほど離れていた者も生涯残るだろう負傷を負う。

車輌を狙った10式汎用爆弾の被害は車輌だけではなく兵士にも及ぶ。

爆風によって周辺の兵士が大なり小なりの差はあったが爆風によって吹き飛ばされていた兵士が居た。飛ばされた兵士の中には極めて稀だったが破片による致命的な傷を負わず意識を保っていた者もいたが、それは幸運といえるかは疑問が大きい。

「う、うわぁああああああ!?」

爆風によって飛ばされていた兵士の両手、両足がありえない方向で曲がっていた。しかも、地面に向かって落下していくのが判ってしまう。その哀れな兵士が飛ばされている軌道だが、まるで投石器によって投射された石のように緩い弧を描いていた。重い頭が鏃のように地面に真っ先に接触するのは確実だ。

「ぃ、い嫌だぁぁっ、だぁっ!?」

飛ばされた兵士は己が信じる存在に必死に祈ったが現実は厳しい。重力に従って激しく地面と衝突し、顔面複雑骨折及び、脊髄損傷によって兵役と人生の両方から物理的に解放された。

「小隊長(リード)より、各機へ。
 敵脅威目標は沈黙した。
 IR(赤外線センサー)に切り替えて密集している敵にはロケット、
 それ以外は機関砲で叩け!」  

小隊長の命令を受けた各操縦士(パイロット)はCCIPモードから機関砲モードに切り替える。定飛行方位や機首方位の表示はそのままだが経路上の地点情報を示すウェイポイントやウェイポイントまでに飛行時間などの情報が消えて、機関砲モードを表すGUNの文字と残弾を示す796Pと表示される。弾種は10式焼夷榴弾であり、生身の人間に対する有効殺傷半径は2.5mだ。軽装甲の貫徹能力を持つ対地攻撃に適した航空機関砲の砲弾である。

主要な対空防御手段を失った部隊に対して機関砲とロケット弾の攻撃が始まる。

「対空砲がやられたぞ!」

「味方機は何処だよ!?」

彼らの疑問はもっともだが、名誉の面から言うと赤軍航空隊の怠慢ではなかった。赤軍航空隊は先日のフィンランド湾洋上航空戦で壊滅しており、組織的な運用が不可能な状態になっている。むろん、赤軍上層部は制空権の重要性を学んでいたので、なけなしの戦闘機を攻勢当初から支援に投入していたが、こればかりは地上とは真逆の様子を見せていた。流星どころか甲式戦闘機4型に太刀打ちが出来ずに戦場から退場させられていたのだ。そのような事情を知る由も無い末端の兵士からすれば、今一番知りたい疑問だったであろう。

「畜生っ、一体どれだけの兵器を積んでるんだ!」

予想を上回る継戦能力の高さに兵士が悲鳴混じりに叫んだ。兵士の口々から同様の声が漏れる。赤軍の歩兵たちは昨日までとは大きく変わった空爆に恐怖が生まれ始めてきた。その間にも日本機による執拗な機銃掃射が行われ次々と兵士が倒れていく。腕や足を失ったものや、上半身と下半身が別々になった者も見られる。

日本機が通り過ぎると赤軍兵士は震えながらもこれで終わるだろうと願う。
が現実は厳しい。

「また来るぞ!!」

「止めてくれ! もう沢山だ!」

身を隠す兵士も発生していたが大して意味はなかった。木陰や草むらに隠れても特殊戦及び夜間戦闘任務に対応している統合ヘルメット装着式目標指定システム(JHMCS)がIR(赤外線センサー)を介して取りこぼすことなくしっかりと兵士の姿を映している。第101小隊の攻撃は彼らが潰走するまで止まない。そして、今朝になって前日までには見られなかった激しい対地攻撃を受けるのはエコー87のみならずヴァルダイ戦線の各所で発生していくことになる。赤軍にとっての夏の季節はロシアの大地と同じように短く終わりを迎えることになるのだった。
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【あとがき】
不定期更新ですが、これからも宜しくお願いします。

(2016年10月02日)
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