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帝国戦記 外伝 第04話 『フィンランド湾洋上航空戦 中編』


1922年 07月25日 火曜日

戦艦「長門」、護衛艦4隻からなる第11任務艦隊がフィンランド湾に展開してた日仏合同艦隊の交代兵力として作戦海域に展開を始めて3日が経過していた。その第11任務艦隊に向けてイギリス帝国が進める日本艦隊襲撃作戦の第一段階として義勇イギリス・オーストラリア航空隊を主力とするプルコヴォ飛行隊が快晴の青空の下で飛行していたのだ。

サンクトペテルブルク中央部より南に17kmの位置に作られたプルコヴォ飛行場から発した攻撃隊だった。プルコヴォ飛行場は北欧条約機構軍に対する将来に向けた反撃作戦用に整備されていただけあって大規模なもの。攻撃用の部隊の他にプルコヴォ飛行場には国際赤十字のスタッフが常駐しており、それを支援する第70飛行隊に所属のビッカースバーノンMk.T輸送機も展開していた。国際赤十字は北欧軍からの早期攻撃を回避する為にイギリス帝国が呼び込んだものだ。

第11任務艦隊はサンクトペテルブルクから西に約30kmにあるバルト海フィンランド湾に浮かぶコトリン島の北5kmの沖合いに展開している。

プルコヴォ飛行場から飛びだったプルコヴォ飛行隊を率いるのが、ヴィクトリア十字章の授与を受けていたジョン・エイダン・リデル中佐だった。

リデル中佐は偵察飛行中に敵機からの攻撃で右太股に重症を負うも辛くも生還し、史実とは異なり帝国重工の医薬品もあって戦傷を受けた際に感染していた敗血症性から完治していたのだ。むろん、優れた製薬だけではなく、彼がイギリス陸軍航空隊(1918年4月1日にイギリス空軍となる)のパイロットになる前に所属していたアーガイル・サザーランド歩兵連隊で培った強靭な意志が重症を負ってもなお、諦めずに基地まで生還させていた事は疑う余地は無いだろう。

イギリス空軍の英雄であるリデル中佐はイギリス本土のファーンバラ飛行場から新鋭双発爆撃機のビッカース ヴァージニアMk.Xを装備した第7爆撃機隊を増援として受けていた。

ビッカース ヴァージニアMk.Xは史実では1922年に初飛行を終えて1924年に量産が始まっていた双発爆撃機であったが、この世界では日本機に対抗するためにる試作機であるビッカース ビミーの流れを汲む本機の配備が1年半ほど早まっていた。

ヴァージニアMk.Xは鋼構造のベースに布、木材、アルミ、ジュラルミン、布の各素材によって構成された双発機である。468馬力を誇るネイピアライオンIIを搭載することで、最高速度173km/h、上昇限界高度1520mで1360キロまでの爆装が行えた。また防御機銃として7.7mmヴィッカースMk.1機関銃を3基搭載し、被弾に弱いエンジン周りを金属構造で覆うことで防御力を強化している。夜間爆撃も行えるイギリス空軍が誇る新鋭機だ。

空軍が追加増援として新鋭機を投入した背景は二つあった。

一つ目は、この世界の日本海海戦に於いて魚雷攻撃を受けた長門が速度低下をきたした戦訓から、航空魚雷によって可能な限りの被害を日本艦隊に与えて長門級戦艦撃沈によって発生する政治的な得点を少しでも多く得ることである。

二つ目は情報は海軍側からのリークによって、海軍と密接な関係のあるイギリス帝国の最大の船舶会社であるP&O(ペニンシュラ・アンド・オリエンタル・スチーム・ナビゲーション・カンパニー)による海軍への援護射撃が大きいだろう。世界全域で行動する海運会社にとって海軍戦力の減退は悪夢に等しい。故に支援者を介して議会を動かし、空軍にも可能な限りの支援を行うように働きかけていたのだ。

実益と政治的な圧力が伴った結果である。

政治上の得点を得るために空軍は海軍側が投入する航空機を上回る規模の航空隊を用意していた。ビッカース ヴァージニアMk.X双発爆撃機(750kg爆弾1発を搭載)が49機、海軍側も使用しているソッピース クックーMk.II複葉雷撃機が61機、ハンドレページO/400重爆撃機(750kg爆弾1発を搭載)が20機、そしてオーストラリア連邦の第5飛行隊の23機を含むソッピース7F.6ドラゴン(11kg爆弾4発を搭載)の53機である。

プルコヴォ飛行隊には赤軍率いる12機のエアコーDH.9A軽爆撃機も参加していた。赤軍機の参加は政治的な意味合いが大きい。

英豪ソの195機に達する戦爆連合である。

航空機から魚雷を落とすという方法は、イギリスでは1914年にカルショット基地で実験が行われ、実戦としては1915年8月12日には水上機母艦ベン・マイ・クリーから飛びだったショート184水上機によってトルコの補給艦をマルマラ海で撃沈していた。欧州大戦後期に小規模ながらも組織的な運用で対艦攻撃任務で活躍したドイツ帝国海軍航空隊の戦訓も取り入れた、現時点でイギリス側が行える万全の体制を整えている。航空機から投下する爆弾に関する戦果はこれまで規模はともかくとして採算が取れないものが多かったが、今回は撃沈ではなく長門の上部構造物の破壊を目的としており問題視されていない。 むしろ、長門撃沈に至るならイギリス帝国は如何なる投資も惜しくは無かった。

本作戦は欧州大戦で幾度も行われた対艦攻撃の戦訓を見直して行われた軍事作戦である。 指揮官機としてリデル中佐は無線機を強化したビッカース ヴァージニアMk.X双発爆撃機に搭乗しており、偵察機からの無電に従って進路を調整していた。リデル機に合わせて各機が続く。英豪ソの飛行隊を導くのは爆弾の代わりに強力な無線機を搭載したフェリックストウF.5飛行艇である。

イギリス軍に幸いしたのが、目標とする日本艦隊が東西約400kmの細長いフィンランド湾でかつ作戦地域が陸上に近く、研究していた来寇する敵艦隊に対する航空雷撃による迎撃計画を流用できた点だった。

また、本作戦と連動するようにカレリア地峡方面に対して北欧軍航空戦力を釘付けにする為に赤軍航空隊の全力出撃が行われている。スターディー中将率いる義勇イギリス艦隊も作戦海域に向けて進んでいだ。

「そろそろ日本艦隊が見えるはずだ」

リデル中佐は同乗する副官に命令を下す。胴体途中の背面にある銃架から副官の手によって信号弾が放たれた。搭載重量制限の問題から無線機を搭載可能な機体が限られており、このような命令伝達方法が採られている。もちろん各中隊長機には無線を搭載した機体が配備されており、中隊長機が教導機として行動して編隊各機が逸れない様に細心の注意が払われていた。

信号弾に従って編隊は高度を下げていく。

プルコヴォ飛行隊の攻撃目標である第11任務艦隊。その旗艦を務める戦艦「長門」の戦闘指揮所(CIC)には戦闘照明を担う赤系の夜間照明によって照らし出された二条カオリが居た。彼女は少将に昇進しており、第11任務艦隊の指揮を執っている。政治が絡む微妙な戦域だけに彼女のような重要人物は配属されていた。もっとも、共産嫌いのカオリの熱烈な意思も大きいが。

「英豪ソの連合部隊を見ると歴史が変わったことを痛感するわ」

情報部からの情報に加えて、赤外線、電波、光反射角度、無線コードなどの各種信号の放射・反射によって敵味方識別を判別するシグネチャーと言われる方法で機体を判別し、これまでの蓄積した情報によって解析を行うことで英豪ソの合同部隊と確認していた。 イギリス側の作戦を察知した国防軍であったが、敵の謀略を防ぎつつ、それを可能な限りび活用を可能にする為に戦力増強は行っていない。これは慢心や油断の類ではなく、性能制限を行わなければ十分な勝算があるからだ。それに万全な備えとして戦力を増強すればイギリス側も増強してしまうし、北欧方面には余剰の海上戦力はほとんど無い。加えて現時点での全面戦争はお互いにとって利益がまったく無いので、それだけは避けなければならなかった。

「こちらに来た当時では、
 このような展開は予想だにしなかったです」

「本当ね」

艦長の神埼レイナ大佐とカオリが会話を交わす。この航海中では長門の戦闘指揮所(CIC)には準高度AIしか入室していなかったので機密保持も完璧であり、歴史改変に関する会話も問題なく行えたのだ。もちろん油断などせずに盗聴対策も万全に行われていた。

「対空目標、有効射程内に到達済み。
 作戦開始位置に到達まで、後80秒」

「此方の戦闘機隊は?」

「艦隊防空圏外周部に悟られないように配備済みです」

ヴィープリの郊外に設けられた野戦飛行場には国防軍派遣軍に所属する16機の4式艦上汎用機「流星」がヴィープリ飛行大隊が高高度に展開している。ヴィープリ飛行大隊の任務は防空戦闘で万が一にも撃ちもらした敵機の掃討だった。

第11任務艦隊に対する編隊誘導の任務を受けていたフェリックストウF.5飛行艇は3機に上る。念入りなことにイギリス海軍が対空用に配備を始めたばかりのQF 4インチMk.V艦砲の最大射程15000mメートルの距離を採りながら飛行し、互いに距離を空けて簡単に偵察任務が失敗に終わらないように配慮がなされていた。

長門の防空火器は既にプルコヴォ飛行隊は既に射程圏内に納めていたが、戦略目標として全機撃墜が必要だったので十分に引き付けてから攻撃を始める手はずになっていた。歩兵部隊を重機関銃を備えた永久陣地へと誘い込むようなものだろう。加えて万が一にも取り逃がした際にも正しい有効射程を悟らせない意味もある。 ともあれ、長門が装備する速射砲は95式54口径127o連装砲12基から14式127o64口径単装速射砲へと20基に換装済み。砲門数は24門から4門減った20門(片舷に10基づつ)となったが、総合的な火力は大幅に上昇している。

時間の経過とともに敵編隊が第11任務艦隊まで15kmまで近づく。プルコヴォ飛行隊の速度はハンドレページO/400重爆撃機の最大速度に合わせた156km/hに達していた。

「ここまで引き付ければいいわね。
 さて……そろそろ第一幕の開幕と行こうじゃないか。
 防空戦、ECM(電子戦)、スタンバイ」

第11任務艦隊が艦隊防空戦闘へと移行すると同時にプルコヴォ飛行隊が第11任務艦隊に対して攻撃態勢に入る。爆装した機体は進路を長門の側面に向けて低高度の水平爆撃、雷撃は魚雷攻撃に適した高度へと移行していく。 ソッピース7F.6ドラゴンの航続距離を考えると余り余裕はない。もっとも、日本側はイギリス側の謀略を活用する戦略目標もあったので第11任務艦隊の位置はプルコヴォ飛行隊が届く範囲で航行していたのだが。

雷撃任務を負うソッピース クックーMk.II複葉雷撃機に先行して、ソッピース7F.6ドラゴンの飛行隊が前に出た。ソッピース7F.6ドラゴンは、その240km/hに達するイギリス機の中でも優れた高速性能を生かして4発の11kg爆弾を長門の上部構造物に叩きつけて、防空火器を破壊や損傷させる任務を受けていた。ただし、敵戦闘機が居れば搭載爆弾を廃棄して爆撃機や雷撃機を守るための防空戦闘へと専念する。

その場合は防空火器破壊の任務はビッカース ヴァージニアMk.X双発爆撃機が担う予定だったが、作戦の最大の障害になりそうな日本機が確認できないので当初の予定通りにソッピース7F.6ドラゴンの各中隊は進む。

やや遅れてビッカース ヴァージニアMk.X双発爆撃機、赤軍所属のエアコーDH.9A軽爆撃機が続いた。この2種の爆撃機は搭載している750kg爆弾で上部構造物の破壊を狙うのだ。ハンドレページO/400重爆撃機は4つの小隊に分かれて各大型駆逐艦(護衛艦)に向かう。

プルコヴォ飛行隊が攻撃に必要な最終アプローチに進む中、
上機嫌のカオリの命令に応じるようにオペレーターの報告が始まる。

「トレース番号01から189、自動割り当て済みです」

「探索部、速射砲及び機関砲の諸元入力完了。
 弾種は調整破片弾を選定」

「データ検証及び確認終了。
 防空火器システムは全て正常作動中」

カオリが最終確認としてデータリンクでシステムチェックを行った。確認するべきトラック項目は多数に及ぶが、高度電子知性体のカオリにとってはこの程度の情報確認は呼吸に等しい行為だったので確認は一瞬で済む。

「よろしい。 では始めましょう」

プルコヴォ飛行隊の先頭から長門との距離が16250mメートルを切ると、レーダーと連動した自動射撃が無線通信を防ぐための電子妨害と同時に始まった。システムに連結した自動砲なので発射のタイミングは全てプログラムの範囲に伴って火器管制システムが行う。 そして、電子妨害を行うのは攻撃内容を一つたりとも敵側に渡さないためだった。長門が装備する片舷10基の14式127o64口径単装速射砲から放たれた、初速が1051.6m/sに達する砲弾がソッピース7F.6ドラゴンに向かう。砲弾がソッピース7F.6ドラゴンへと接触する寸前にCEP(平均誤差半径)が15mの20式多機能式近接信管が作動して、調整破片弾を炸裂させた。特殊焼結合金弾がソッピース7F.6ドラゴンに向かってばら撒かれる。散弾のように放たれた特殊焼結合金弾を回避するのは困難だ。当然の結果として多数の特殊焼結合金弾を受けたソッピース7F.6ドラゴンはバラバラに引き裂かれ、愛機と同じように四散した乗員は重力に従うままに海上へと落下していく。

CEP(平均誤差半径)を15m未満にする事は技術的には十分に可能だったが、兵器のコストを抑えるために現在の数字に留めていた。それに調整破片弾の破砕効果を担う破片は熱励起型の1.6キログラムの特殊焼結合金弾なので、同レベルのテクノロジーで対策を行わない限り、一発でも被弾すれば深刻な被害を避けられないものだった。

14式127o64口径単装速射砲の砲撃に続くように護衛艦4隻も長門に負けずと54口径127o連装砲による対空攻撃が始まる。長門が率いる護衛艦は国防軍向けの改雪風級であり、情報連結(データリンク)による統制射撃も可能になっていた。約1.4秒に一発の間隔で各127o速射砲から砲弾が放たれ、その度に敵機が墜落していく。

プルコヴォ飛行隊にとって不幸な事に片舷10基の95式62口径57o単装速射砲による対空射撃も始まって防空用の火力は更に増す。57o単装速射砲の発射速度は毎分220発である。しかも20式多機能式近接信管を使用していたことも相まって物凄い勢いでソッピース7F.6ドラゴンの各機を引き裂いていった。
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【あとがき】
最初はリデル中佐と滋野大佐の航空戦を考えましたが、
技量的に滋野大佐が圧倒的に優れているので断念。

今年も宜しくお願いします!

(2016年01月01日)
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