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帝国戦記 第五章 第13話 『ハワイ攻略戦 中編』 


空から恐怖の大王が来るだろう、
アンゴルモアの大王を蘇らせ、
マルスの前後に首尾よく支配するために。


「予言集」第10巻72番



幕張港では国防軍の制海艦「鳳翔」、戦艦「長門」「陸奥」、護衛艦4隻が、明日の出港に向けての準備が進められていた。この7隻の艦艇はハワイ攻略作戦に参加する友軍艦艇との合流海域に向かうのが当面の目的である。そのような状況の中、高野とさゆりの両名は、制海艦「鳳翔」の提督用居住区にある執務室で緊急案件について話し合っていた。

高野が伝えられた情報を情報を話している。
表情からして良い案件でないことが伺えるだろう。

「…以上、これらの事から、
 イギリス帝国がニーオルスン基地への強制査察を計画しているらしい。
 名目は中央同盟国に対する軍事支援としてイギリス海峡への機雷敷設の疑惑だ」

「私たちに行う理由が無いですね」

「行う理由が無いが、潔白を完全に証明するのも難しい。
 商船に艤装した工作船の仕業といわれてしまえばなお更だね。
 覇権国家というものは利益になるなら、
 些細な事でも大きな問題として扱う性質があるが…
 問題は、そのような機密に属しておかしくない情報が、
 この時期に此方側に伝わっている点だろう」

「目的はやはり?」

「我々の戦力を誘出してアメリカ側への援護の線が濃厚だな。
 目的は見据えているが、
 この件に関しては静観は出来ない。
 行動を起こさずに物事の成り行きを見守れば、
 ニーオルスン基地に対してイギリス側による強制査察が行われ、
 査察名目で機材や設備の持ち出しが行われるだろう」

高野の推測通りだった。強制査察はイギリス帝国による対日妨害工作の一環である。強制査察の可能性を示す事で、それを阻止しようとする戦力を誘い込む計画だった。性質が悪い事に、戦力の誘出しに成功すればイギリス帝国はアメリカ側へのカードとなり、誘出しが不発に終われば査察によって技術資料を得てしまう無駄の無さだ。そして、誘出しが不発に終わったとしても、行動を行った実績がイギリス帝国がアメリカ合衆国に示す誠意の証につながるのだった。

もっとも、戦力分散を狙う謀略であり、
イギリス帝国の思惑の内と判っていても傍観する事は許されない。

まず第一に欧米諸国による帝国重工の先端機材の分析は絶対に阻止しなければならなかった。機密保持対策が施されている機材の分析はこの時代の技術では不可能だが、電装品や機材の配列などの目に見える構造も技術的な参考に少なからずなり得るだろう。第二に、普通なら敵対行動といっても良い行動を黙認する事は国家威信に問題になりかねないので、放置することは出来なかったのだ。静観はイギリス帝国の一人勝ちになってしまう。

(ここまで侮れれるのは良い傾向とは言えぬ。
 しかし、イギリスに対する軍事力行使は上策とはいえない。
 戦力派遣と平行して外交ルートを通じて釘を刺すしかないな)

高野の考えは独自の考えではなく、
最高意思決定機関の共通見解だった。
日本帝国の国力で世界帝国を継ぐなど悪夢に等しい。

「では…」

「ニーオルスン基地への干渉に対する対抗戦略は最優先に位置する。
 それはハワイ攻略作戦を目前に控えた今でも変わらない。
 予防戦略に則って援軍を送る必要がある」

イギリス帝国は妨害工作に対する日本側からの反撃も、日本側がイギリス帝国を恐れて控えめに収まるだろうと思われているのが、イギリス帝国の態度からあからさまに見て取れるだろう。確かに日本側は恐れていた。しかしそれはイギリス帝国に対してではなく、イギリス帝国弱体化に伴う世界規模での面倒ごとの発生を恐れていたのだ。 故に、戦力を派遣してもイギリス帝国との軍事衝突は可能な限り避けなければならなかった。

「判りました。
 7811計画の発動準備を進めます」

「頼む。
 まずは緊急措置の第一段階を進めてくれ。
 最高意思決定機関の決定を待って第二段階へと進める」

7811計画とは北緯と東経の度から命名されていた作戦計画で第一段階は、ニーオルスン基地に対する長門級戦艦2隻、巡洋艦4隻からなる主力艦の派遣計画を示す。計画の概要は北極海航路を用いて艦隊戦力を北海に展開させ、イギリス帝国への牽制に当てる戦略である。7811計画は直ちに発動され、ハワイ作戦に参加するはずだった戦艦「長門」と同じく、横須賀軍港でハワイ攻略作戦に参加するために出港準備を進めていた戦艦「伊勢」が巡洋艦4隻と共に目的地をニーオルスン基地に変更する事になったのだ。









1915年 7月17日 土曜日

フィリピンとハワイからの撤退を拒んだアメリカ合衆国に対して日本帝国は7月8日に宣戦布告を行っている。フィリピン条約に関してはイギリス帝国が人道的な見地から強固に継続を求めていた事もあって、フィリピン条約の継続が今年の12月まで認められていた。

日米間での軍事行動は大規模なものは未だ発生していない。

フィリピン諸島で起こる小規模戦闘と、その他の軍事行動としては太平洋に浮かぶアメリカ領の島の制圧ぐらいである。北太平洋に浮かぶミッドウェー諸島も日本帝国の制圧下に置かれた島の一つ。この諸島は宣戦布告が行われた翌週に日本統合艦隊によって制圧下に置かれている。攻略の際にはアメリカ軍による迎撃は無かったが、それは無抵抗というわけではなく、諸島の周辺に膨大な数の機雷が設置されていた。

機雷に対して日本側は可変深度ソナーを始めとした機雷探査システムを搭載した、遠隔操作無人探査機の12式水中航走式機雷掃討具を持ち込んでおり、対応する事で被害を抑えていたのだ。12式水中航走式機雷掃討具で掃海を行いつつ、投入した12式水中航走式機雷掃討具との情報連結(データリンク)によって得られた探査情報を元に各艦艇も機関砲や速射砲によって掃海している。

アメリカ軍はミッドウェー諸島に対する戦略価値を軽視していたわけではない。

それどころか、1908年までは表向きは給炭所と通信ケーブル施設の名目で、アメリカ海軍はかなりの努力を投入する事でミッドウェー諸島のサンド島とイースタン島の間を爆破して水路を構築し、軍事基地の建設に取り掛かる直前まで進めていたのだが、イギリス帝国から旧式戦艦を多数購入した事によって予算の関係からご破算になっていたのだ。 そこで、ハワイ決戦を促す事で太平洋地域に於ける他の島々の陥落は軍事計画の一部と宣言する事で、日本占領下になった際にアメリカ海軍の政治的なダメージを抑えつつ、戦力の集中を実施する意図から、このような戦力配備が行われていた。

また、北太平洋の南鳥島(マーカス島)の東に位置するウェーク島、ミッドウェー島からは南に約1000kmの位置にあるジョンストン島、そして中部太平洋のパルミラ環礁を始めとしたアメリカ領の島々も同様に別働隊によって制圧済みで、これらの島もミッドウェー諸島と同じく守備兵力は皆無だったのだ。

現在、ミッドウェー諸島では2種類の航空基地の整備が急ピッチで進められている。一つは2式大型飛行艇の運用に使用するサンド島に設けられる飛行艇基地。もう一つが飛行船と航空機を運用するイースタン島の航空基地である。

5式拠点構築資材と重機を用いた工兵隊によって二つの基地は限定的ながらも運用可能な状態へと移行しており、航空基地としての一歩を築いていた。管制塔は墨俣要塞と同じように雪風級で使われている艦橋を改良して使用している。航空基地として整備が進むミッドウェー諸島は明日になれば本格的な運用が可能になるだろう。

ミッドウェー諸島の飛行艇基地は大規模なものではなかったが、現時点で8機の12式哨戒機「大洋」が展開を始めており、ハワイ近海のアメリカ海軍の潜水艦を3隻撃沈するなど大きな活躍を見せていた。

肝心の攻略作戦に於いては戦力の移動が順調に進められている。まずは、第1任務部隊として制海艦「鳳翔」、強襲揚陸艦「飛鷹」「隼鷹」「神鷹」「海鷹」、大型戦艦「陸奥」「日向」「山城」、巡洋艦3隻、護衛艦16隻、剣埼級輸送艦12隻、一等輸送艦103隻、一等油槽艦47隻からなる日本統合艦隊として再編成された戦力がハワイ諸島に向けて洋上を進む。艦隊旗艦及び作戦の総司令部として務めるのが高野が乗船している制海艦「鳳翔」である。自由ハワイ軍の大淀級巡洋艦「ペレホヌアメア」、鵜来級海防艦「ポリアフ」「リリノエ」「ワイアウ」「カホウポカネ」の艦艇が続いていた。

日本側の動きは北太平洋地域に於いても活発である。

カムチャツカ地方南部には旅行や居住が制限されている閉鎖地域にある潜水艦及び航空基地として整備が進んでいたアバチャ湾に建設されたアバチャ基地から6式大型飛行船「雲龍」、局地制圧用重攻撃機「飛龍」「屠竜」「呑龍」「火龍」、4式大型飛行船「銀河」5隻が発進していた。局地制圧用重攻撃機は当初は2機のみの参加だったが、7811計画に伴う戦力抽出を補うために4機に増加している。これらの飛行船はカムチャツカ半島の南東岸から太平洋に向けて南下を続け、各基地から発進していた総数28隻の4式大型飛行船「銀河」の船団とミッドウェー諸島の東方1000kmの地点合流を果たす。

総数38隻からなる飛行船団はの旗艦を務めるのは指揮能力が高い雲龍であり、これらの船団は第2任務部隊として行動していた。第2任務部隊はハワイ攻略作戦に於ける空挺作戦を実施するのが目的だったのだ。

「飛行船団との合流及び、
 陣形の再編を完了しました」

オペレーターの報告が雲龍の戦闘指揮所(CIC)に響く。

船団旗艦は雲龍であり、
霧島ユキナ中佐が雲龍と船団の指揮を執り行う。

「予定通りですね。
 総司令部から報告はありましたか?」

「ありません」

ユキナ中佐はオペレーターの報告に頷く。
第2任務部隊の現在地は降下地点まで50kmを切っていた。
降下目標はオワフ島カポレイ地区である。

「船団に通達。
 これより作戦開始地点に針路を向けます。
 90秒後にタイムスケジュール開始!」

「アイ、タイムスケジュールカウント開始!
 警戒レベル第2配備から第1配備へと移行します」

ユキナ中佐は空挺作戦の指揮官として乗船していた特殊作戦群の黒江少将にタイムスケジュール開始を伝えた。情報を受け取った黒江は行動を開始する。

「こちら前線司令部(ヘッドクォーター)。
 各員、待機状態のまま傾聴せよ」

前線司令部(ヘッドクォーター)の符丁は黒江を示す。黒江少将は銀河に搭載した8式有蓋指揮車の中に居た。黒江の隣には副官としてリリシア・レイナードが立つ。国防軍側から参加する兵員は準高度AIからなる擬体兵が大半だった。投入される兵士の質からして、ハワイ攻略作戦をどれだけ重要視しているかが判るだろう。

第2任務部隊は最高速度に近い速度で飛行しており、
降下地点まで10分を切っていた。
太陽はまだ地平線に沈んだままであり辺りは暗い。
漆黒に塗装された船団が暗い空の中を進む

「偵察写真と情報部の分析の結果、
 降下目標には戦闘車両の存在が300台ほど確認されている。
 フォードT型の機関銃搭載型と見て間違いないだろう。
 6式擲弾で十分に破壊可能だが、
 可能な限り戦闘車を用いて対応せよ」

アバチャ基地から発進した5隻の4式大型飛行船「銀河」はエンジン及び装甲を強化したタイプである。各機が有する貫通式貨物室には8式装輪装甲車系列に属する4両の8式歩兵戦闘車、8台の重装備の高機動車、12機の5式装甲服(X-5A4重機動装甲服)に加えて1個歩兵小隊と補給物資をそれぞれ搭載していた。特殊作戦群と特殊作戦研究部隊の合同部隊も参加している。例外なのは黒江が乗船していた銀河には歩兵小隊の代わりに指揮車両として8式有蓋指揮車を1台載せていたのだ。

8式歩兵戦闘車は車内に人員を乗せて走行するだけでなく、車体上面に搭載している8式25o機関砲と同軸機銃として8式7.62o機関銃によって限定的ながらも歩兵への直接火力支援が行える軍用車両である。探知・攻撃能力を有し、夜間戦闘も可能だった。射撃統制装置に関しては走行中も機関砲の照準を目標に指向し続ける自動追尾機能が備わっており、タッチパネル操作によって火器の操作が行われる。

もっとも特徴的な機能として友軍車両同士の情報共有によって同時に12目標までの同時協調射撃が行える事だろう。「自動割り振り」機能によって重複射撃(オーバーキル)や同士討ちを避けながら最適射撃が行えるのだ。「自動割り振り」は8式有蓋指揮車によって統制可能であり、これによって大隊規模の部隊であっても柔軟な最適化が可能になっている。 また、防御力の低下を避けるためにガンポート(銃眼)は設けられていない。また、浮航性を有しており、増加装甲を取り付けていなければ時速14kmによる水上航行が可能だった。兵員の搭乗数は半個分隊(6名)である。

残る28隻には習志野第1空挺団所属の1個歩兵大隊が56両の8式歩兵戦闘車、112台の高機動車と共に分乗して乗船していた。無論、習志野第1空挺団が使う小銃は精鋭部隊に相応しい95式小銃改を使用するので兵士単体と見ても十分な火力を保有しているのだ。

「各車(シエラー)、待機状態から降下準備に以降。
 前線司令部(ヘッドクォーター)からシエラーへ、
 最終ブリーフィングを行う。

 ターゲットの西方2000よりカウント開始。
 カウント開始から8秒後に降下ポイントに入る。
 着地点はターゲット前方70メートル地点、被発見率は15.7%だ。
 作戦開始から15分後には日の出の時刻になる。
 日の出以降は被発見率は75%に上昇するので注意が必要だ。
 移動経路と制圧目標を再確認せよ」

日本側のハワイ攻略作戦は、世界初の航空強襲という1950年代の航空機動作戦の実施によって始まるのだ。陸上戦術に於ける強襲作戦と航空輸送を掛け合わせた戦術だった。堅牢なハワイ要塞の火力の大半が洋上艦に対してであり、対空能力が殆どない事を突いた作戦である。

攻略作戦に於ける空中機動火力として4機の局地制圧用重攻撃機だけでなく、銀河自体にも近接防御用に95式70口径40o連装機関砲をも6基を用いる。攻略作戦の最優先事項はハワイ要塞の要になるオアフ島の制圧である。作戦の第一段階としてオアフ島真珠湾の西側の守備を担当するイアナエ山斜面南端のカポレイ地区にあるバレット要塞を始めとした軍事施設の破壊もしくは無力化だ。これによって、要塞火力の死角を作り出す。第二段階はカポレイ地区から北西15kmのポカイ湾にあるコオリナ港から周辺にかけて広がる沿岸部からの強襲上陸作戦だった。ポカイ湾から投入する戦力は強襲揚陸艦「飛鷹」「隼鷹」「神鷹」「海鷹」に乗り込んでいる機械化部隊であり、支援火力と共にオアフ攻略を進めていく。第三段階が他のハワイ諸島全島の制圧だ。これがハワイ攻略作戦の大まかな流れだった。

空挺作戦を行わずとも、爆撃や艦砲射撃によってハワイ要塞を破壊する事も可能だったが、ハワイ攻略作戦で空挺作戦を行うのは後の戦略に関連する。艦隊戦力によって要塞を攻略してしまえば、高確率で欧米諸国の間に日本脅威論が巻き起こってしまうだろう。そこで、多大な労力と幾つかの条件が必要な、安易に行えない空挺作戦を交えた攻略作戦を実施する事で、欧米に於ける要塞の戦略価値を保持するのだ。要するに重装備を用いて行われる空挺部隊を撃退可能な守備隊展開を強いる事で軍事費負担を増加させつつ、日本脅威論を防ぐ目的がある。

黒江少将の言葉が続く。

「確認されている敵航空機はカーチスJN-2だ。
 大した脅威ではないが油断するな」

対空戦闘は車両に搭載した機銃も十分に対応可能だが、基本的に雲龍に搭載した4式艦上汎用機「流星」8機と、各飛行船が搭載している近接防御用の95式70口径40o連装機関砲で行う。本作戦に投入する4式艦上汎用機「流星」は特殊戦用のN型であり、速度や高度、爆撃照準に使用する命中点継続計算情報や機関砲射撃の照準に弾丸飛翔経路表示が表示されるヘッドアップディスプレイとグラスコックピット化に加えて統合ヘルメット装着式目標指定システム(JHMCS)を採用しており夜間戦闘任務も可能になっている。加えてレーザースポットシーカーの操作パネルとレーダー警戒受信機の脅威警戒表示装置、シーカー画像を映し出す表示装置すら備わっており、精密誘導兵器の使用すら可能になっていた。

「また、要塞周辺の戦力は2個連隊と確認されている。
 フォートデルーシー基地には1個師団が駐留しているが、
 増援部隊が来るまでに周辺地域を確保するぞ。
 これまでの任務と同じように完遂してくれる事を期待する」

黒江が言うように、本作戦に参加する将兵は全員が条約間戦争か米比戦争のどちらかで実戦経験を積んでいた。また、フォートデルーシー基地とはランドルフ砲台に隣接している陸軍基地で、小規模ながらも飛行場を有している。日本艦隊が来襲した際に、弾着観測機を飛ばすのが目的だった。

このように、アメリカ側が待ち受けていたハワイに対して日本側はアメリカ側の予想を上回る方法で攻撃が始まろうとしていた。
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【あとがき】
意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2014年08月18日)
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