左上 右上
■ EXIT
左下 右下
左上 右上
帝国戦記 第五章 第12話 『ハワイ攻略戦 前編』


1915年 5月25日 火曜日

日本帝国はアメリカ合衆国からの奇襲攻撃に対して最後通牒を持って応えていた。最後通牒の内容は奇襲攻撃に対する謝罪としてハワイ無条件開放とフィリピンからの撤兵である。。アメリカ政府は国民の動揺を恐れて海戦事態を隠蔽しようにもフランス系通信社が海戦の結果を世界中に発信しており、情報の拡散は止めようがなかった。

一度に5隻の戦艦を失ったことが大きい。

海外の通信社によって広められてしまっては今更隠し通す事も不可能だった。世論が振り子のように揺れるアメリカ合衆国は回答を保留するが、その代償は高くつく。太平洋方面での日本艦隊の動きが活発になり、ハワイ近海に留まらず西海岸にまで日本艦隊が遊弋するようになっていたのだ。その結果、アメリカ合衆国の国威は過去最低まで落ち込み、サン・バルテルミー海峡海戦の敗北によって生じた株価暴落の際には、イギリス系商社の系列会社によるアメリカ企業の買収が相次いで行われていた。狙い済ましたような買収劇がイギリス帝国陰謀説に説得力を与えている。

現在のイギリス帝国の一人勝ちの状況からアメリカ国内ではイギリス帝国陰謀説が事実として語られており、アメリカ国民のイギリス帝国に対する感情は最低の水準に達していた。皮肉な事に日本帝国との避けられない対立が、イギリス帝国への感情悪化の歯止めになっていたのだ。日英の挟み撃ちになってしまえば、西海岸と東海岸の双方が大打撃を受けてしまう。

フィリピン条約の失効まで1週間を切っていたこの日、ハワイ防衛を巡る会議がアメリカ合衆国ワシントンD.C.の海軍省幕僚部の一室で行われていた。会議の参加者は中堅クラスの将校ばかりだが、議会の要望から海軍作戦部長ウィリアム・シェパード・ベンソン大将を通じて開かれた会議である。しかし、彼らの表情は一概にして暗い。 会議を取り仕切るのは海軍作戦部長の副官を勤める、米西戦争に於けるキューバ封鎖で手腕を見せたエドワード・ウォルター・エバリー大佐である。

「残念ながら我々に残されている艦隊戦力では、
 日本艦隊との直接対決は悲惨な結果に終わるだろう。
 まして、本土からハワイへの兵站線維持は不可能と言ってよい」

エバリー大佐が言った。

アメリカ艦隊の総力を結集していると言ってよいアメリカ太平洋艦隊がハワイ防衛の為にパールハーバー海軍基地に集結して訓練に励んでいる。しかし、先日のサン・バルテルミー海峡海戦に於いては日本艦隊に対して7倍の数の戦艦を投入したにも関わらずアメリカ海軍が敗北していた現実を考慮すれば、日本艦隊の妨害を前に兵站線維持が可能と考える方がおかしいだろう。

艦隊戦に対する一番楽観的な意見ですら相打ちだった。
そしてアメリカ海軍では、そのような楽観主義者は少ない。

驚異的な新型速射砲である14式127o64口径単装速射砲を搭載した戦艦「薩摩」との戦いで大敗を喫していたアメリカ艦隊が、薩摩よりさらに悪魔的な長門級戦艦と艦隊戦力のみで戦えばどうなるか嫌でも理解していた。そして、日本側の戦力として確認されているだけでも「長門」「陸奥」「伊勢」「日向」「扶桑」「山城」「加賀」「土佐」「金剛」「比叡」の大型戦艦が存在している。そして、「長門」「陸奥」「伊勢」「日向」「扶桑」「山城」は実戦経験をしており、他の戦艦も十分な訓練を行っていた。

更に困った事にスパイからの情報によると長門と陸奥に留まらず、国防軍が運用する一部巡洋艦では新型速射砲に換装済みらしく、戦力差は開く一方だったのだ。

そのアメリカのスパイも国防軍情報部によって二重スパイに成り果てていたが、アメリカ側の絶望を促す戦略によって、選別した情報をアメリカ側に流している。

日本帝国との対立という思考を完全に放棄していたロシア帝国とフランス共和国は別として、欧米の海軍関係者の間では近代改修を行うたびに戦力価値を劇的に上げてきた帝国重工製の艦艇の存在にイギリス海軍には焦燥が広がり、アメリカ海軍では苦悩と絶望が広がっている。サン・バルテルミー海峡海戦の結果を公平に見る限り、新型速射砲を搭載すれば葛城級巡洋艦は欧米の新型戦艦に対しても脅威だった事が、彼らの苦悩を加速させていたのだ。何しろ、先日の海戦で大破したフロリダ級戦艦の二番艦の戦艦「ユタ」は主砲弾の被弾こそは無かったが、それでも現役復帰が困難と判断され除籍になっていた。

日本艦隊は政治的な目的から先の海戦ではアメリカ製戦艦に対しては、撃沈を避ける為にレニウム弾を使わずに戦っていたが、それでも例え通常弾であっても高威力の14式127o64口径単装速射砲からの砲弾を多数食らえばどうなるかが判ってしまう。

そして、チャールズ・S・スペリー中将率いるアメリカ太平洋艦隊の陣容は次のようになる。

戦艦(24隻)
「フロリダ」
「バーモント」「カンザス」「ミネソタ」「ニューハンプシャー」
「バージニア」「ネブラスカ」「ジョージア」「ニュージャージー」
「ミシシッピ」「アイダホ」
「ニューヨーク(旧英国戦艦ロード・ネルソン)」
「ペンシルベニア(旧英国戦艦アガメムノン)」
「ウェストバージニア(旧英国戦艦ハイバーニア)」
「インデイアナ(旧英国戦艦ヴィクトリアス)」
「キアサージ(旧英国戦艦イラストリアス)」
「テキサス(旧英国戦艦ロイヤル・ソヴェリン)」
「メイン(旧エンプレス・オブ・インディア)」
「アイオワ(旧英国戦艦ラミリーズ)」
「オレゴン(旧英国戦艦レパルス)」
「ミズーリ(旧英国戦艦レゾリューション)」
「ロードアイランド(旧英国戦艦プリンス・ジョージ)」
「マサチューセッツ」「オハイオ」

水上機母艦(1隻)
「ライト」

装甲巡洋艦(8隻)
「テネシー」「ワシントン」「ノースカロライナ」「モンタナ」
「メンフィス」「シアトル」「シャーロット」「ミズーラ」

軽巡洋艦(3隻)
「バーミングハム」「セーラム」「チェスター」

 防護巡洋艦(2隻)
「ニューオーリンズ」「オールバニ」

駆逐艦(36隻)
「トラクスタン」「ホイップル」「スミス」「ラムソン」
「プレストン」「フラッサー」「リード」「カッシン」
「カミングズ」「ダウンズ」「ダンカン」「エールウィン」
「パーカー」「ベンハム」「バルチ」「ポールディング」
「ドレイトン」「ロー」「テリー」「パーキンス」
「スタレット」「マッコール」「バロウズ」「ウォリントン」
「メイラント」「モナハン」「トリップ」「ウォーク」
「アムメン」「パターソン」「ファニング」「ジャーヴィス」
「ヘンリー」「ジョーエット」「ジェンキンス」

戦艦24隻、水上機母艦1隻、装甲巡洋艦8隻、軽巡洋艦3隻、防護巡洋艦2隻、駆逐艦36隻からなる戦力だった。大戦力と言ってよいが、現在の日本艦隊と戦えるかと問われれば、否という答えが大多数を占めるだろう。何しろアメリカ海軍が保有する戦艦の中で、フロリダ級戦艦を除けば旧式戦艦及び旧式小型戦艦に分類されていたものばかりである。

もし、アメリカ軍のハワイ防衛の戦力が艦隊戦力のみだったならば、アメリカ合衆国の国威は底値に突入していたに違いない。 現在も一応は列強に準じる発言力があったのは日本艦隊との対立に備えて拡張を進めてきたハワイ要塞のお陰だった。ハワイ要塞の規模から、欧米の認識ではアメリカ太平洋艦隊とハワイ要塞が連携すれば、優勢な日本艦隊に対しても大きな損害を強いる事が出来るだろうと考えられている。そして、ハワイ戦とアラスカ戦で日米の共倒れを狙うのがイギリス帝国の目的と世界では見られていたのだ。

イギリス帝国は控えめながらも謀略論の肯定を始めていた。
戦略的な理由である。

先のサン・バルテルミー海峡海戦によって沈んでいた戦艦がイギリス製戦艦のみだった事がイギリス帝国にとって不味かったのだ。

イギリス製旧式戦艦の陳腐化が現段階で各国間で定着してしまえば、由々しき事態になるのは容易に想像できるだろう。確かにイギリス帝国は各国に旧式戦艦の多くを売却していたが、それでもイギリス海軍には3割程度の旧式戦艦が二線級の戦力として欧州戦線で運用されている。故に船団護衛や警護に就いている戦艦が役立たずと認知されてしまえば、商船の士気低下は避けられないし、海上保険の価格が上昇すれば輸送コストが増す。戦況が有利とはいえない状況で、戦争費用が増すのは避けねばならなかった。

なにしろ、イギリス製旧式戦艦は数が多い。
この運用されていた艦艇は改装艦を含めれば57隻に達しており、
その詳細な内容は次のようになる。

ベレロフォン級戦艦(旧式戦艦)3隻
英海軍で現役「ベレロフォン」
英海軍で現役「シュパーブ」
英海軍で現役「テメレーア」

ドレッドノート級戦艦(旧式戦艦)
英海軍で現役「ドレッドノート」

ロード・ネルソン級戦艦2隻(旧式小型戦艦)
米海軍で現役「ニューヨーク(ロード・ネルソン)」
米海軍で現役「ペンシルベニア(アガメムノン)」

キング・エドワード7世級戦艦(旧式小型戦艦)8隻
英海軍で現役「キング・エドワード7世」
米海軍で戦没「カリフォルニア(アフリカ)」(サン・バルテルミー海峡海戦)
英海軍で現役「ブリタニア」
英海軍で現役「コモンウェルス」
英海軍で現役「ドミニオン」
米海軍で現役「ウェストバージニア(ハイバーニア)」
英海軍で現役「ヒンドゥスタン」
米海軍で戦没「コロラド(ニュージーランド)」(サン・バルテルミー海峡海戦)

ダンカン級戦艦(旧式小型戦艦)6隻
英海軍で現役「ダンカン」
英海軍で現役「コーンウォリス」
英海軍で現役「エクスマス」
英海軍で現役「ラッセル」
英海軍で現役「アルベマール」
英海軍で現役「モンターギュー」

フォーミダブル級戦艦(旧式小型戦艦)8隻
英海軍で戦没「フォーミダブル」(欧州戦線)
英海軍で戦没「イレジスティブル」(欧州戦線)
英海軍で戦没「インプラカブル」(欧州戦線)
伯海軍で現役「ロンドン」
伯海軍で現役「ブルワーク」
伯海軍で現役「ヴェネラブル」
英海軍で現役「クイーン」
英海軍で現役「プリンス・オブ・ウェールズ」

カノーパス級戦艦(旧式小型戦艦)6隻
英海軍で現役「カノーパス」
英海軍で現役「グローリー」
英海軍で現役「アルビオン」
英海軍で戦没「ゴライアス」(欧州戦線)
英海軍で戦没「オーシャン」(欧州戦線)
英海軍で現役「ヴェンジャンス」

バーフラー級戦艦(旧式小型戦艦)2隻
除籍後スクラップとして売却「バーフラー」
除籍後スクラップとして売却「センチュリオン」

レナウン級戦艦(旧式小型戦艦)
除籍後スクラップとして売却「レナウン」

マジェスティック級戦艦(旧式小型戦艦)9隻
米海軍で戦没「イリノイ(マジェスティック)」(サン・バルテルミー海峡海戦)
米海軍で戦没「ウィスコンシン(マグニフィセント)」(サン・バルテルミー海峡海戦)
米海軍で戦没「ケンタッキー(ハンニバル)」(サン・バルテルミー海峡海戦)
米海軍で現役「ロードアイランド(プリンス・ジョージ)」
米海軍で現役「インデイアナ(ヴィクトリアス)」
露海軍で現役「ジュピター」
露海軍で現役「マーズ」
露海軍で現役「シーザー」
米海軍で現役「キアサージ(イラストリアス)」


富士級戦艦(旧式小型戦艦)2隻
露海軍で戦没「アルハンゲリスク」(佐世保湾海戦)
露海軍で戦没「サンクトペテルブルク」(佐世保湾海戦)

ロイヤル・サブリン級戦艦(旧式小型戦艦)8隻
米海軍で現役「テキサス(ロイヤル・ソヴェリン)」
米海軍で現役「メイン(エンプレス・オブ・インディア)」
露海軍で現役「ロイヤル・オーク」
米海軍で現役「アイオワ(ラミリーズ)」
米海軍で現役「オレゴン(レパルス)」
米海軍で現役「ミズーリ(レゾリューション)」
露海軍で現役「リヴェンジ」
希海軍で戦没「コントゥリオティス(フッド)」(欧州戦線)

トラファルガー級戦艦(旧式小型戦艦)2隻
豪海軍で現役「キャンベラ(トラファルガー)」
豪海軍で現役「ボタニー(ナイル)」

以上の事から、イギリス帝国が現在も多くの旧式戦艦を保有しているのが判るだろう。そして、これまでは旧式戦艦であっても改装戦艦ならば、2.3隻で当れば一線級の戦艦と戦えるだろうと予測されていたが、サン・バルテルミー海峡海戦で数に勝る改装戦艦が一方的な敗北を喫してしまったことが問題を大きくしていた。故に、イギリス帝国にとっては不本意だったが、陰謀によって沈んでいた事で事態を収拾してしまわなければ、いささか不味い事に成りかねなかったのだ。

改装戦艦の早期陳腐化はアメリカ海軍にとっては、
イギリス帝国に増して切実な問題だった。

「要塞との連携で戦うとしても、
 後方遮断が行われてしまえば、そう長くは戦えないぞ」

「サトウキビ畑を農園に転換すれば食糧事情は少しは好転するのでは?」

「無茶を言うな。
 彼らが砂糖販売の利益を捨てるわけが無い。
 それに現段階でそれを始めてしまえば、
 補給線の維持に自信がない事を国内外に宣伝するようなものだ。
 政治が許さないだろうな」

「そうか…そうだな…」

暗い意見が広がる。
そんな中、一人の中佐が意を決したような表情で口を開く。

「ハワイへの補給だが、もしかしたら何とかなるかもしれない」

「どういう事だ?」

「これ以上日本が優勢になるのをイギリス帝国が危惧している。
 中立の範囲を超えない内容ならば、
 アジア方面の船団の一部を用いて補給物資の輸送を手伝ってくれるらしい」

政財界と繋がりがある一人の中佐の言葉に、
賛否の意見が発せられる。

「フィリピンやカリブ海に続いてまたイギリスが儲けるのか?
 なんら血を流さずにして!」

「そうだ! そうだ!」

会議室の中はイギリス帝国に対する避難の声は勢いを増すばかり。エバリー大佐が皆を宥める事でなんとか怒りの声は納まった。それから2時間の論議の結果は、結局のところハワイへの補給もフィリピンと同様でイギリス帝国の助力を得なければ補給継続が不可能な事を再確認するだけだった。

「だが、補給さえ続けられればハワイは落ちない!」

「海軍が…陸軍の要塞に頼るのか」

「他に手段が無いのも確かだ。
 ハワイの防御力をもってすれば日本側の攻勢に対して2年、いや3年は持つ。
 日本側も大きな被害を蒙れば譲歩もするだろう。
 だが、補給が途絶えてしまえば14ヶ月程で飢餓線に到達するだろし、
 要塞砲も弾薬が尽きればただの標的に過ぎん」

エバリー大佐の理論的な言葉に皆が黙る。
欧州戦線で予想以上の活躍を見せた要塞を活かすことでしか活路が見いだせない。
アメリカ軍が保有する兵器では要塞を除けば現実的な対抗手段が無かった事もあって、イギリス帝国の力を借りた補給線維持へと会議の方向が流れていく。要塞に縋ることで絶望から逃避していた事も否めないが。苦境の中で希望を見出していた事は賞賛してよいだろう。

「悔しいです…」

「仕方が無い。
 我々に残された選択肢は殆ど無いからな」

「力が足りないのはこんなに惨めな思いをするのか!」

艦隊戦力の戦力差は縮まるどころか広がる一方だったアメリカ海軍がハワイ要塞に向ける期待が大きいのも当然の流れである。そして、ハワイ要塞に向ける期待は軍部に留まらず、アメリカ政府と財界も失墜した国威回復の救世主として見ていたのだ。他に対抗手段が見当たらない軍部と政財界の強い希望もあって、アメリカ合衆国の国家方針がイギリス帝国の力を借りる方向へと向かうのだった。だが、彼らにとって幸か不幸かは別として、日米開戦後にネックとなるだろう予想されていたハワイ方面への補給だが、それほど長く続ける必要がなかったのだ。









1915年 5月29日 土曜日

大阪砲兵工廠は帝国軍に於ける火器生産の最大拠点である。その大阪砲兵工廠は大坂城三の丸米蔵跡地に作られていたが、今では大阪城東側の敷地の玉造口定番下屋敷跡地から更に南の練兵場全域、本町通に向けて拡張が続いていた。

拡張の内容は生産力の向上ではなく、
品質に関わるものが多い。

その一つが鋼材の定性と質、定量分析等、化学に関する一切の調査と試験を実施を行う化学分析所の設置が筋鉄門北側にあった大阪兵器本廠の跡地に行われていた。

そして、拡張工事でもっとも重要だったのが日清戦争時に火砲製造所第一工廠として使われていた工場の跡地を中心に建設されていた第一造兵廠だ。この第一造兵廠は帝国重工の助力によって4日前に立替工事を終えたばかりであった。徹底した空調システムによって施設内全体に於いて温度と気圧の差が最小限に抑えれられており、正確な測定が可能になっている。それに加えて耐振動対策を施した強固な基礎の上に立てられた上に、室内設置型重機と工作機械の基礎は完全に分かれており、振動伝達による誤差が生じないようになっていた。

この第一造兵廠に2隻の4式大型飛行船「銀河」が着陸している。

飛行船の積荷は帝国重工が生産した各種工作機械であり、大阪に駐屯する帝国軍第4師団所属第8歩兵連隊の兵士が周辺の警戒に当る中、国防軍工兵隊によって機材の運び込みが行われていた。

「機材の搬入はNo.256コンテナから始めて」

搬入指揮を執るのは国防軍技術将校の中佐に昇進していたソフィア・ダインコートである。彼女の指揮でコンテナが5式乙型特殊車両(ストラドルキャリア)によって工廠内に運び込まれ、手際よく開封されて工廠基礎との盤間連結が行われていく。

運び込まれる機材は旋盤、ボール盤、フライス盤、平削り盤、切落とし旋盤、縦削り盤、形削り盤、研削盤、中ぐり盤、歯切り盤に留まらず、駆動装置を組み込んだ普通旋盤、多軸ボール盤、平歯車研削盤、タレット旋盤が含まれている。最後の4つは技術水準は1935年に達する機材だった。

もっとも、この工廠の本当に凄いところは工廠の建造構造にあったが、
その真価に気が付く者は少ないだろう。

そして、この第一造兵廠には帝国軍の技術向上と抑止力の目的があった。技術の向上は重砲などの補修部品の生産を行わせることで技術向上を図る。そして、抑止力とは生産力と工業精度を見せる事で日本に対して長期戦を続ける危険性を伝えるのだ。

技術的な抑止力ならば帝国重工の施設を見せれば十分だろうが、それでは効きすぎてしまい抑えきれない脅威論に発展してしまうだろう。何しろ帝国重工の主要工場では3次元曲面加工が速やかに行える電磁式多軸複合加工機が使われており、精度及び生産効率が他勢力と比べ物にならない位に高い。

故に、諸外国に見せる力としては第一造兵廠が丁度良かった。

高野は力を不要に見せ付けても良い事が起こらないことを歴史から良く学び取っていたので、帝国重工の主要工場内は未だに極秘扱いになっている。

昼食時になるとソフィア中佐を始めとした工兵隊の全員が4式大型飛行船「銀河」の食堂室で昼食を食べていた。昼食のメニューは玄米ご飯、鮭のムニエル、和風しょうゆ味の海老と揚げ野菜のサラダ、オニオンスープである。デザートはプリンだ。

「撮影は順調?」

ソフィアは皿の上に盛り付けられている表面はカリッと、中は柔らかくほぐれた丁度良い具合に焼き上がっている鮭のムニエルを箸で切りながら言う。

「この調子ならば予定通りに終わると思うよ!」

ソフィアに応じるのは妹のイリナである。
イリナは広報事業部から軍属待遇として来ていた。

「よかったわ。
 年末には計画も動き出すことだし」

「うんうん。
 暗躍しているイギリスへの牽制にもなるからね〜」

「そうね…イギリスといえば、
 グローリアス級だけど、随分と変わった船になるらしいわ」

グローリアスとはイギリス帝国のジョン・アーバスノット・フィッシャー第一海軍卿の強い要望によって、強力な砲撃力と高速力によってバルト海上陸侵攻作戦支援を行うハッシュ・ハッシュ・クルーザー計画の特殊艦艇として1915年5月1日に起工された艦艇だ。僅かに遅れて「カレイジャス」「フューリアス」の起工も始まっている。そして、これらの3艦はサン・バルテルミー海峡海戦の戦訓によって、381mm連装砲塔2基、140o単装速射砲18基、533o水中魚雷発射管2門という兵装に変わる可能性が出てきたのだ。

その情報をまだ得ていなかったイリナはソフィアから説明を聞く。
イリナの可愛い表情に苦笑いが浮かぶ。

「薩摩みたいに上部構造物への制圧射撃を狙ってるとしたら、
 無茶だよね」

「無茶というより無理よ。
 下手をすれば珍兵器として名を残す事になるわね。
 流石はイギリスかしら」

「でも、同じイギリス珍兵器といっても、
 カヴェナンター巡航戦車やパンジャンドラムと比べれば普通普通!
 だって巡洋艦としてなら普通に戦えるんだよ」

「た、確かに…
 あれらと比べれば普通だわ」

1940年に開発されたイギリス帝国のカヴェナンター巡航戦車はエンジンより乗組員が先にオーバーヒートする悪夢のメカニズムとまで酷評された珍兵器である。何しろ、特異な構造によって稼働中の車内温度が40度を超す、とんでもないものだ。恐ろしい事に碌に試験運用を行わずに大量生産を始めてしまい、最終的には1700両近くが生産されている。北アフリカに送られた車両は車内温度の関係から実戦参加が行えないほどのいわくつきの戦車だった。

そして、パンジャンドラムは車輪を高速回転させて目標に突撃させる自走爆雷だったが、直進すら叶わない珍兵器界のエースだったのだ。

二人の話題は珍兵器から撮影へと移る。

「来月の先進科学にはどこまでの写真を載せる予定?」

「八八艦隊計画の全部だよ」

「大盤振る舞いね。
 でも、これで彼らは間違った憶測を働かせるでしょうね」

八八艦隊とは葛城級巡洋艦「妙高」「那智」「足柄」「羽黒」「高雄」「愛宕」「摩耶」「鳥海」、浦賀級掃海母艦「浦賀」「早瀬」「早鞆」「美保」「那沙美」「音戸」「釣島」「伊良湖」の建造計画である。

諸外国に於いてはソフィアが言うように、
間違った憶測が確度の高い情報として語られていた。

アメリカ合衆国では帝国軍と国防軍で8隻づつの長門級戦艦を保有する計画として見られており、イギリス帝国では長門級戦艦8隻、薩摩級戦艦8隻を新たに建造する計画として予測されていたのだ。彼らの思い込みは日米開戦後に先進科学に載った、「八八艦隊計画」の記事によってその間違った憶測を更に加速させていく事になるのだ。彼らいわく、戦時下に浦賀級のような大型掃海母艦を量産するわけがないと…故に、戦艦建造費を捻出しようとする費用工作の証左と捉える事になる。
-------------------------------------------------------------------------
【あとがき】
意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2014年07月6日)
左下 右下
左上 右上
■ 次の話 ■ 前の話
左下 右下