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帝国戦記 第五章 第11話 『陰謀の種』 


イノベーション戦略の一歩は、
古いもの、死につつあるもの、陳腐化したものを
計画的かつ体系的に捨てることである。


ピーター・ドラッカー





1915年 5月17日 月曜日

「カリブ海では大変な事になりましたね」

東京府新宿町にある統合軍令部本部庁舎の統合軍令部議長の加藤大将によって議長室に呼ばれていた兵站部長官の田村中将が言った。田村中将はため息をつく。田村中将の視線は手に持つ帝国軍首脳部に配布が始まった15式端末(15式携帯情報端末)に向けられており、そこにはため息の元になった情報が示されていた。15式携帯情報端末とは指で操作するタブレット型デバイスであり、統合軍の高度情報化に基づいて一定階層の士官に支給されている帝国重工製の先端機器だ。極秘区分2の官給品なので取り扱いには厳格な基準が設けられている。

田村中将が目にしていたのはカリブ海に送り込む増援艦隊に伴う物資の手配だった。加えて、損傷艦に対する措置も行わなければならない。重度の損傷を受けた艦艇は工廠艦「初瀬」によって修理を行うよりも応急処置を施して本土に戻したほうが戦線復帰が早かったからだ。乗員の休息も行えるのが大きい。どちらにしても、行うのも兵站が関係する。

より多くのことを知っている加藤大将が預言者のような雰囲気で言う。

「大変なのはこれからだ」

「と、いいますと?」

「計画していたハワイ上陸作戦だが、
 予定を早めて7月中に行う事が決まりそうだ」

「2ヶ月ほど早くなりましたね」

田村中将が驚きながらも否定の言葉は言わない。帝国軍は自由ハワイ軍との共同でハワイ開放作戦を行う準備を進めてきたので兵力及び補給の準備はかなりのレベルで行われていたのが大きかった。帝国軍では火力と補給を重要視しており、作戦に必要な物資を30パーセント増しに見積もっているので元々から余裕があったのだ。

また、自由ハワイ軍は1個旅団規模の歩兵戦力と1個戦隊の艦艇から編成されていた。大軍ではなかったが侮れない戦力と言えるだろう。そして、フィリピン全土の開放は補給によるアメリカ疲弊を目的としていたので、「ゆっくり」と進めていくことになる。無論、フィリピン軍は了承済みだ。血が流れない代わりに戦果も得られず、現在よりも膨大なコストが掛かる戦線としてアメリカ合衆国財務省が震え上がっていくように昇華させていく戦略が非公式に進められていた。

「加えて、補給に関する追加がある。
 詳細な数値は端末を見て欲しい」

15式端末には膨大な量が示されている。帝国軍向けの軍需物資の生産は帝国重工一括のままであったが、その生産量は条約間戦争時に生産していた4倍の量が示されていたのだ。加えて流星と8式装甲戦闘車両の大増産に留まらず、平行して寒冷地装備の生産も示されている。

「寒冷地用装備の生産と8式装甲戦闘車両の増産!?
 まさかイギリスの思惑に乗るのですか?」

寒冷地装備と8式装甲戦闘車両の生産を見る限りフィリピンとハワイ戦で終わりそうもないのがわかる。そして、田村中将がイギリス帝国の思惑と言ったのは彼自身の考えだけではなかった。サン・バルテルミー海峡海戦はアメリカ帝国を嗾ける事によって日米間の対立を煽り、日本帝国の弱体化を図ろうとしたイギリス帝国の思惑によって起されたというのが世界に於ける定説として定着しつつある。

イギリス帝国陰謀説はサン・バルテルミー海峡海戦から帰還した戦艦「フロリダ」を始めとしたアメリカ海軍の乗員がアメリカ本土に帰還してから、イギリス帝国陰謀説 更に強まる傾向を見せる事になるのだった。 それを抜きにしても会談の際にイギリス側が見せた狙い済ましたようなタイミングで発生したチェンバレン議員の遅れ、アメリカ艦隊壊滅に伴うアメリカ企業の株暴落に付込んだイギリス企業(工作商会)の荒稼ぎもあって、イギリス帝国のこれまでの実績が、イギリス帝国陰謀説の説得力をこれまでにないほどに高めていた。イギリス帝国は陰謀説を全面的に否定していたが、その努力は全くといって良いほど意味を成していない。自業自得という言葉が相応しいだろう。 故に日本帝国がハワイで止まらずにアメリカ合衆国に深い入りすればするほど、イギリス帝国の思惑が進むと見られていたのだ。

サン・バルテルミー海峡海戦の結果の結果は次のようになる。(サン・バルテルミー海峡海戦はアメリカ側では第一次と第二次に別れているが、日本側では一つの海戦として認識されている。)

日本カリブ海艦隊は戦艦「薩摩」、巡洋艦「浅間」、護衛艦「海風」「山風」「江風」「冬月」が中破判定となり、大破の判定となったのが巡洋艦「神威」、護衛艦「浦風」「春月」である。撃沈されたのは護衛艦「宵月」だけであったが、全艦がかなりの損傷を受ける結果になっていた。

イギリス帝国の口車に乗ってしまったアメリカ側の被害は悲惨の一言である。

戦艦「カリフォルニア」「コロラド」「イリノイ」「ウィスコンシン」「ケンタッキー」、防護巡洋艦「デモイン」「ボルチモア」、駆逐艦「デイル」「ディケーター」「ホプキンス」「ハル」「プレブル」「スチュワート」「ウォーデン」「ベインブリッジ」「バリー」「チョウンシー」「ローレンス」「マクドノー」「ポール・ジョーンズ」「ペリー」は撃沈だった。投入していた5隻のイギリス製戦艦は全て戦没し、防護巡洋艦2隻、駆逐艦14隻も爆沈していた。戦艦「ユタ」は上部構造物を徹底的に破壊された程度に留まり、奇跡的に大破判定に留まっている。アメリカ製戦艦は政治的な意図もあってこの程度で見逃されていたのだ。もちろん、イギリス製戦艦に乗っていたナサニエル・R・アッシャー少将とフランク・F・フレッチャー少将は艦の爆沈に巻き込まれ戦死していた。

この戦果は情報連結(データリンク)の効果的な部隊運用に加えて、
14式127o64口径単装速射砲による活躍が大きい。

14式127o64口径単装速射砲は毎分42発。砲弾の初速は1051.6m/sという猛速だった。射程は通常弾なら37kmまで届き、誘導砲弾のような特殊な砲弾を使えば更に伸びるのだ。対艦・対空・対地戦闘が可能な万能砲であり、完全な自動管制のもとで射撃が行える。単位時間あたりの投射重量は凶悪そのもので、片舷8基からの砲撃だけでも1分間に336発の砲撃が可能で、それは20kmの砲戦距離ならばレニウム弾を用いずとも駆逐艦ならば1.2発で大破に追い込めるレベルだった。

そのような16基からなる14式127o64口径単装速射砲を前にして、しかも熱励起によるダメージによって装甲防御を無視してしまうレニウム弾を使用されたとなれば、アメリカ艦隊の駆逐艦と防護巡洋艦がどれほどの勇気を持ってしても標的艦以上の活躍が出来なかったのも当然といえるだろう。

戦艦であっても上部構造物が暴風のような射撃によって意味の成さない物体へと変貌させられてしまえば、継戦能力など瞬く間に尽きる。そのような状態では組織的なダメージコントロールも不可能であり、ダメ押しとして356o砲弾が叩き込まれれば爆沈も当然の流れだった。

アメリカ大西洋艦隊で生き残ったのは戦艦「フロリダ」「ユタ」、水上機母艦「ライト」、駆逐艦「トラクスタン」「ホイップル」の戦艦2隻、水母1隻、駆逐艦2隻のみである。自力で戦場から退避したのではなく日本側からの一時停戦の申し出によって無事に済んでいたのだ。停戦の理由としては双方の乗員救出を名目にしている。

日本側の本当の狙いはイギリス製戦艦の価値を下落させる事と、
生き証人を残す事にあった。

全滅させてしまえば、14式127o64口径単装速射砲の威力の秘密は守れるだろうが、今回はデメリットの方が大きい。イギリス帝国の情報戦略によって日本艦隊による奇襲によって全滅した事にもされかねないし、それを抜きにしてもアメリカ側からの敵愾心を無用に煽ってしまう。しかし、戦果拡大の絶好の機会にもかかわらず生存者救出を理由に停戦を持ちかければ美談として語り継がれるし、日本陰謀説流布の予防にもなる。

アメリカ側にとっても一時停戦のメリットは大きい。

ここで徹底抗戦するのは容易いが、それでは貴重な2隻の新鋭戦艦を失うどころか、後方に位置するアメリカ・カリブ海艦隊の全滅の可能性が大きいだろう。理性的なフィスク中将は現状を正しく認識し、日本側の申し出を受け入れた。救助活動後の即時撤退とカリブ海に於ける2週間の戦闘行為を確約した停戦である。書面を交わした正式な停戦条約ではなかったが、日本側は救助に全力を尽くした事から、各国から高い評価を得る事となった。

曳航船として期待していた雑役艦「レバノン」は計画段階にあった工廠艦ではなく、戦艦「ユタ」を曳航することで活躍したのが作戦目的を考えれば皮肉が利いているだろう。

ともあれ、日本帝国の武士道的な高潔な行いに反して、イギリス帝国が行った腹黒い行動に国際的な非難が高まる中、イギリス帝国との無用な対立を避けていた日本帝国も流石に考えを改め始めていた。ただし、現段階に於いて日本側が行う報復は控えめである。

対抗措置として最初に行われるのは、イギリス帝国と敵対しているオスマン帝国に対する大規模な軍事物資の提供であった。具体的には国内企業が前々から行っていた軍需物資の輸出に加えて、大阪砲兵工廠が重砲開発の技術習得の為に生産していた95式155o野戦重砲の大幅廉価型の10式155o榴弾砲の量産開始である。この10式155o榴弾砲の生産は輸出禁止の帝国重工製95式155o野戦重砲の代わりにオスマン帝国に対して行う無償供与の為に行われていたが、対外有償軍事援助の対象にある友好諸国に対しても格安の10式155o榴弾砲の供与が行われる予定になっていた。

従来から行われている輸出はスエズ運河はフランス国籍の船舶で通過していたので問題は無い。イギリス帝国が神経質になりそうな10式155o榴弾砲は輸送船団によってニーオルスン基地まで運び、そこから4式大型飛行船「銀河」によって空路によって運ぶ。

フランス共和国もイギリス帝国に対する日本側による間接的な報復に同調するように3両のMle-1870/93-320mm列車砲、8両のM1915-370o列車榴弾砲をドイツ帝国への売却を進めていた。この動きにはアーヴァイン重工の介入によって実現している。現にフランス共和国はアーヴァイン重工の助言を得て、イギリス帝国から露骨な怒りを買わないように、ドイツ帝国が代金支払いが難しい場合はアルザス・ロレーヌの地域の編入をもって代金として徴収する契約する方向で進めていた。翌月から、これまでの取引とは比べ物にならない大量の農産物と軍需物資がフランス共和国からドイツ帝国に売られていく事になるのだ。

フランス側にとっては実益があって、イギリス帝国に対する嫌がらせを大々的に行える得のある取引と言えるだろう。

イギリス帝国からすればフランス共和国の行いは許しがたいものであったが、フランス側の動きはサン・バルテルミー海峡海戦の報復の一環として日仏共同の戦略にも見えてしまい、黙って見過ごすしかなかった。流石のイギリス帝国も世界に拡散し続けるイギリス帝国の陰謀論から、これ以上の刺激は危険だと理解していたのだ。海戦後に行われた高野との会談の反応も加味されていた。

このように、イギリス帝国を巡る戦略環境は良好とは言いがたい状態に変化しつつある。

「途中まで成功した思惑は最初から失敗している思惑より劣る。
 イギリス帝国の思惑通りには進まないだろうな。
 ともあれ、補給に関する詳細な数値は端末に転送した」

「なるほど…大規模な陽動作戦ですか」

「本当の目的を秘匿しながら大規模な物資備蓄を始めなければならない。
 これから忙しくなるぞ」

「了解しました。
 この件に関しては優先的に取り掛かります」

比較的短時間で機械化への戦力化を行えるのには、これまでの積み重ねが大きい。帝国軍に於ける車両運用は10年前より行われており、8式装甲戦闘車両への移行は基本的な操作に留まるなら問題は無かった。なにしろ同レベルの軍事技術を保有した相手との戦闘を考慮しなくて良いのが大きいだろう。そして、4式艦上汎用機「流星」の訓練は模擬飛行装置(フライトシミュレータ)と睡眠学習装置を導入しており訓練効率は極めてよかったし、潤沢な機材と豊富な燃料も後押しになっている。

正面戦力の整備に留まらず、拡大する後方支援を支えるために国防軍では4隻の伊能級戦略輸送艦の建造も始まっていた。

これらの日本側の対米戦争準備は、国際世論からすればイギリス帝国の思惑通りに進んでいるように見えるだろう。しかし、このイギリス帝国によって行われた薩摩級の価値下落を狙った謀略の種は、自業自得によって生じていた誤解という糧を得て時間と共に大きく育っていき、やがて世界大戦へと拡大していく事になる。日本側の戦争準備が遠因となって後に「血の4月」といわれる大被害を連合軍にもたらす事になるのだった。
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【あとがき】
アメリカ軍のみなさん、フィリピンでゆっくりしていってね!!!

(2014年06月15日)
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