帝国戦記 第五章 第05話 『大型砕氷コンテナ艦』
望みを絶つのは死を意味する。
大きな望みを持つ者は必ず勝つ。
セーレン・オービエ・キルケゴール
1914年 8月21日 金曜日
1914年7月28日に欧州では、
各国の間では欧州大戦、もしくは欧州戦線と呼ばれている戦争が勃発していた。
戦争の発端は1914年6月、オーストリア帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公夫妻がボスニアの首都サラエボでセルビア人民族主義者であるガヴリロ・プリンツィプの襲撃によって暗殺されたサラエボ事件が契機である。
この事件に対して懲罰的な対セルビア戦を目論むオーストリア帝国のレオポルト・ベルヒトルト外相らによって対セルビア宣戦布告が行われた事でロシア帝国が動き出した。 オーストリア帝国のセルビアへの宣戦布告を受けて、ロシア帝国政府は軍部からの突き上げから総動員令を布告するも、それに対してドイツ帝国も動き出す。 ドイツ帝国はロシア帝国に対して動員解除を要求したが、拒絶された事によって事態は後戻りできない場面に移行する。ロシア帝国の大々的な戦争準備に対してドイツ帝国も対抗するように8月1日総動員を下令し、翌2日にロシア帝国に対して宣戦布告したのだ。
8月12日にはオーストリア帝国軍とセルビア軍がセルビア西部ドリナ川沿いで戦端を開き、8月17日にはドイツ領内の東プロイセンのタンネンベルク周辺に侵攻を始めたロシア帝国軍と、それを防ごうとするドイツ帝国軍との間で、後に「タンネンベルクの戦い」と称される事になる戦いが始まっている。 太平洋方面でもアメリカ合衆国が林・ノートに対して挑戦的な返答を暗に示しているようにハワイ諸島の軍事施設強化を推し進めており、日米間の緊張が高まりつつあったのが現在の世界情勢だった。
この緊迫した情勢を鑑みて各国機関では戦争の行方を探ろうと合法・非合法を問わず、情報収集活動が活発に行われている。特に活発だったのがイギリス帝国だろうか。かの国は欧州諸国の中で最も情報を重要視していた。多額の資金を投じて行っているヨーロッパ大陸との海外用海底通信ケーブルの整備を見れば判るだろう。
イギリス帝国は現実主義的な政治思考から通信回線を一つに絞らずにドイツ帝国、オランダ王国、フランス共和国、スペイン王国の間にも通している。英国外務省の国家文書で確認できる限り、通信に関連する協定では1914年までに14カ国、合計44回の二国間協定を結んでおり、多国間協定は四つも締結していたのだ。 欧米と比べて優れた通信インフラを保有しているイギリス帝国は、情報戦に於ける優位を保障するものだった。しかし、この世界では更に上を行く存在として日本中央情報局と国防軍情報局が存在していたのだ。重要機関だけに双方とも公開されている情報は少ない。
高野とさゆりは幕張中心に立つ帝国重工本社の執務室で国防軍情報局からの報告を受けていた。報告を行うのは国防軍情報局に所属する準高度AIのシルフィ・レインフィリア大尉である。美少女であり、分析官と後方事業部のモデルも勤めていた。日本圏のみならずフランス共和国や北欧諸国でも人気が出ており、近々には彼女を主役にした写真集が出版される予定ほどだ。
そのシルフィ大尉が報告を行っている。イリナとはまた違った可愛らしさが眩しい。もちろん軍務中のシルフィ大尉の表情はモデルの時と違って真剣で凛々しが感じられる雰囲気を出していた。シルフィ大尉は手に持つ携帯用端末を操作してモニターを操作して情報を映す。
「イギリス帝国の動向ですが、
これらの情報からしてベルギーに対して
参戦要請に類するを工作を行っていると思われます」
「現状でベルギーに対する交渉材料となると、
例のロンドン条約の件…かな」
「お察しのとおりです」
高野の言葉にシルフィ大尉が同意する。
ロンドン条約とは1839年4月19日に調印された条約であり、その内容はイギリス帝国、オーストリア帝国、ロシア帝国、プロイセン王国、オランダ王国などの間で結ばれた、ベルギーのオランダからの独立を承認した条約である。ただの独立ではなく、列強各国がオランダからのベルギー独立を認める代わりにベルギーは永世中立を宣言することが決めたものだった。だが、その条約の根拠も今では揺らいでおり、現に1913年半ば頃からイギリス帝国とオランダ王国で、ドイツ帝国と日本帝国の誕生をもってしてこれまでの1839年のロンドン条約が無効ではないか、という論議が発生していたのだ。
「となると、
あの噂はイギリス側の仕込みだったのですね」
「おそらくは」
さゆりの言葉にシルフィ大尉が応じる。1839年のロンドン条約のあり方に関する疑問はチェンバレン議員が仕掛けた謀略であった。ドイツ帝国を封じ込める手段として周辺国のをイギリス陣営に引き込もうとする手段の一つ。
「イギリス帝国がこの段階になっても参戦を行わずに
義勇軍派遣の準備に留まっている理由に説明が付きます」
「どのような理由でしょうか?」
高野の言葉にさゆりが尋ねる。彼女自身も6通りの予想を考えていたが、どれが正解かを判断しかねていた。もう少し情報が得られれば正確な答えが出せるだろうが、知恵、直感、経験が絡み合う場面となれば高野が一歩先を行く。
「一つはドイツ軍主力がドイツ本国からある程度離れた時に
イギリス軍がベルギー領からドイツ領に向けて進撃する計画だろうね」
高野は教え子に教えるような口調で言う。
彼の様子は教授と言うあだ名に相応しい雰囲気を持っていた。
「なるほど。
ベルギーの独立保障を続ける代償としてイギリス陣営に誘うのですね。
イギリス帝国が有する外交・政治力なら十分に可能と判断できます」
「ええ、それともしベルギーが中立を固持した場合は、
偽情報をそれとなくドイツ側に流して二正面作戦を避けようとするドイツ側に
ベルギーを攻撃させて宣戦布告の大義名分として活用する。
どちらにしてもイギリスは最小の労力でドイツの評判を落としながら、
ドイツの敵を増やせのです。
手際からして流石というしかありません」
(或いは戦争でベルギー本国が混乱した際に、
ベルギーが有するアフリカ領の利権を奪い取る目的かもしれない。
有力な資源地帯が明らかになった今のアフリカは、
欧米間では中国大陸に近い魅力を有していると言っても過言ではないからね)
高野が思うようにアフリカ大陸の資源地帯を狙うのはドイツ帝国だけではなく、イギリス帝国のチェンバレン議員も狙っていたのだ。チェンバレン議員は第二次ボーア戦争でアフリカの2国を滅ぼして併合していた実績もあっただけに、ドイツ側よりも積極的だといっても良いだろう。流石はイギリス最強の帝国主義者と言ったところだろうか。
「ベルギーの件は了解しました。
最高意思決定機関で確認後に対処を行う事にしよう」
「それともう一つ報告があります。
イギリス帝国は早くて今年の12月までに、
北海南部で臨検と証した海上封鎖を行うようです」
国防軍情報局がチェンバレン議員が考案していた北海戦略を早期に入手できていたのは、情報源から得た情報と、接触作戦―――いわゆるスパイ活動の結果である。如何なる謀略も動かすためには幾つかの部署と人員を使わなければならないので、適切な諜報体制を築けば先端機器を使わずとも国家機密を入手する事も十分に可能だったのだ。
シルフィ大尉の言葉にさゆりがため息混じりに言う。
「流石は最強の帝国主義者の異名を持つチェンバレンと言ったところかしら」
「的確な妨害工作を行うのは流石と言うべきでしょう。
此方側に対しては、
ハワイ亡命政権の承認で手打ちを考えているやもしれません」
高野の推測に二人が頷く。イギリス帝国からすればハワイ諸島は無理をしてまで欲しい島ではなかった。
「現状でイギリス帝国と対立するのは得策ではないのは理解しています。
ですが、このまま封鎖が実施されれば、
北欧間でやっと作り上げた友好の絆が遠のいてしまう恐れが…」
さゆりの言葉には強い想いが篭っていた。シルフィ大尉も同じような気持ちだ。北欧戦略はアルゼンチン共和国や後に誕生するトルコのような本当の意味での友好国を増やす目的から進められてきた計画だけに、愛国心の塊と言ってもよい準高度AIたちにとってこそ、絶対に成し遂げたい計画だったので強い想いが篭るのも当然といえるだろう。
「わかっているよ。
事態が起これば霊仙級で凌ぎつつ、
対抗策として南極に投入予定だった宗谷級を回すことにしよう」
「ほ、本当ですか!
あれは南極開発促進に必要不可欠な船では!?」
「判っている。
しかし、第一期計画を進めながら、
他の計画を推し進める余裕が無いのも事実だ」
「ありがとうございます!」
第一期計画とは1930年から日本帝国内に於ける帝国重工の依存度を減らして国内産業を本格的に育てていくのが目的である。このような計画が進められる背景としては大きな理由として帝国重工が宇宙開発に向けて、これまでより多くのリソースを投入できるような政治環境を整える事と、日本帝国を中心とした連合国家を形成していく土壌を作る意味が大きい。日本帝国と帝国重工がハワイ王国復興に向けて動くのも情だけでなく、連合体として招くための実利もあったのだ。公爵領の立場は1930年からはイギリス帝国に於ける自治領(ドミニオン)のような立場に変わって行く予定だった。すなわち、1905年に編成された日本統合艦隊や、同年に立案された地域別統合軍構想、そして1908年の統合軍基地祭も複数国間での共同軍としての下準備に過ぎなかったのだ。
そして宗谷級とは国防軍が極秘裏に建造を進めてきた大型砕氷商船舶を指す。
宗谷級はDAT船型(ダブルアクティング方式)の採用及び砕氷抵抗軽減ハル・ウォッシュ・システム(融雪散水装置)を始めとした幾つかの砕氷設備を搭載している大型砕氷コンテナ艦で、排水量は68250トン、全長274m、全幅32.3m、喫水12.7m、速力24.2ktの大型艦である。推進器は後進時にも100%の出力が出せる360度旋回可能なポッド型推進器を採用しでおり、砕氷能力は3.2mの氷の中を8ノットで航行可能だった。
宗谷級は史実に於いて2002年に住友重機械工業が建造した砕氷タンカー「MTテンペラ」を参考にして作られていたのだ。
本来ならばこの規模の排水量を有するコンテナ船ともなれば3900TEU(twenty-foot equivalent unit)程の搭載能力があるのだが、宗谷級は優れた速度性能と国際船級協会連合で制定されているIACS極地クラスのPC1(氷域で年間を通じて運行可能)の基準を満たす為の船体設計と複合型砕氷設備の搭載の代償によって搭載上限が排水量40000トンのコンテナ船に準じる規模に留まっている。 同じ砕氷船のMTテンペラと比べて積載量が大幅に少ないのは、運航採算シミュレーションに基づいて航行しても、南極海には凍結密氷域が多く存在しており、過酷な地域を長距離航海するので強力な構造的完全性による重量増加分、厳重な保護機構による重量増加が最大の要因だった。 ただし、船体構造自体が50年疲労構造仕様であり、また液体や気体を輸送するためのタンクコンテナも搭載可能なので有事の際には燃料輸送を行うことも可能なので経済性及び汎用性は高い。
また、動力部は通常動力ではなくレニウム型電子励起炉搭載を搭載したことによって燃料による喫水線が変わらない砕氷船としての得がたい利点がある。
本来の予定としてはまずは南極大陸の大規模開発用の機材運搬船として用意されたものだが、高野は宗谷級を北極圏航路に投入する事で、イギリス帝国の戦略を防ごうと考えたのだ。何しろ、南極海に適した宗谷級ならば、これまでのものとは異なり北極海に於いても大規模かつ季節を選ばない海上輸送が可能になる。すなわち日本海及び太平洋を北上し、ベーリング海峡を西に抜けて東シベリア海、ラプテフ海、カラ海、バレンツ海、ノルウェー海、北海の北部を経由し、日本と北欧を繋ぐ航路が完成するのだ。
ただし、宗谷級は従来型戦艦を超えるような大型艦だったので、北欧諸国で入港可能な港が存在しておらず、まずは高規格のコンテナクレーン、ガントリークレーンを有するニーオルスン基地に入港し、そこで積荷を仮陸揚げして他国の港でも入れる汎用船舶に詰め替えする仕組みを採る事になるだろう。
たとえ臨検が北海中部に及んでスカゲラク海峡が閉鎖されたとしても宗谷級を投入した状況ならば、ノルウェー海や北海北部に入れるなら十分だった。
1909年にはノルウェー西海岸のホルダラン県ベルゲンから首都オスロにまで延伸したベルゲン線が存在している。ベルゲンまではノルウェー海に接するノルウェー領のファーダ島から西に4.5kmにあるセーヴェイ島から通じる長さ50kmのフェンシローデン湾を通ればノルウェーの領海内なのでイギリス帝国であっても戦争相手国にでもならない限りは妨害する事は適わない。 加えて、ノルウェーのスウェーデンと国境を接しているヌールラン県ナルヴィクは不凍港であり、この町には1902年から開通しているバルト海北部ボスニア湾にある港町ルレオに通じる鉱石鉄道としての色合いが強い、オーフォート鉄道があったのだ。
「となると我々は宗谷級の展開準備に加えて、
1日でも早くハワイ亡命政権の承認を上手く引き出す事に力を注ぐ」
「判りました」
「それと、万が一に備えて戦闘車両の増産と、
ニーオルスン基地への哨戒機の配備を早めよう」
イギリス帝国は日本側が有する宗谷級と言う予想だにしない鬼手によって、イギリス帝国が推し進める戦略に於いて少なからずの狂いが生じることになる。
1機の2式大型飛行艇と思われる飛行艇が南太平洋上空を飛行していた。よく見ると一般的な2式大型飛行艇と違っている。大きく違っていた点を挙げるならば機首下部のボムベイや機体尾部のMADブーム、主翼端に武装搭載用の兵装架(ハードポイント)が設置され、胴体後部下面にはソノブイ投下装置が設けられていた点であろう。
この機体は国防軍の第1哨戒偵察航空群に所属しており、2式大型飛行艇の派生型である対潜哨戒機型の12式哨戒機「大洋」だったのだ。命名の由来は十九試哨戒機大洋から来ている。
12式哨戒機「大洋」の操縦席の後ろに座る若い士官の胸には戦術航空士(TACCO)の証である金色のウィングマークが輝いていた。12式哨戒機「大洋」の乗員は全て帝国学院の上位課程の進学先の一つ、国防軍士官学校の予備役将校訓練課程を卒業している国防軍の次世代を担う人材で構成されていたのだ。そして戦術航空士(TACCO)とはSUAV(成層圏無人飛行船)を介して国防軍基地にある対潜作戦センターからの命令の受領と、哨戒パターンやソノブイ敷設などの哨戒機が行う効率的な戦術や哨戒などを決定する役職である。
戦術航空士(TACCO)が作戦指揮卓を操作しながら機内放送で言う。
「戦術航空士(TACCO)より全乗員に告ぐ、
指定エリアにオンステーション。
これより対潜捜索に移行しソノブイ圏を形成する」
戦術航空士(TACCO)が視線を向ける作戦指揮卓には磁気探知装置(MADブーム)が探知した潜水艦位置情報に基づいて彼によって考案された散布領域がマークされていた。その情報は航法・通信員(NAV/COM)と連結しており、直ちにGPS対応電子海図表示装置と照らし合わせて散布領域に適した飛行航路を算出し、コックピットにいる操縦士(パイロット)に送信する。
12式哨戒機「大洋」が投下ポイントに到達すると戦術航空士(TACCO)が次の行動へと移った。
「直進飛行………投下!」
戦術航空士(TACCO)が作戦指揮卓に備わるタッチパネル式のコンソールの投下ボタンを押す。胴体後部下面にあるソノブイ投下装置から1基の使い捨ての対潜水艦用捜索機器である12式ソノブイが指定ポイント毎に発射されパラシュートを展開させて海面に向けて落下していく。12式ソノブイは着水時の衝撃でソナー吊下を開始し、信頼性のある、海水を電解質として発電を行う海水電池による電力で作動するものだ。もちろん機密保持用ナノウェアが仕込まれているので使用後の後処理の問題は無い。
「ソノブイ敷設完了」
戦術航空士(TACCO)から情報を受け取ったソナー情報を解析及び処理する対潜員(AW)が機器を操作を始めた。潜水艦の静粛化に備えた自動解析技術を導入しているが、やはり最終的な判定は人間の手で行われる。
「コンタクト…目標識別。
潜水艦に間違いなし」
「艦種は判るか?」
「お待ちください…出ました!
E級潜水艦のSS-25です」
対潜員(AW)が口頭と同時に戦術航空士(TACCO)にデータを送信する。報告を受けた戦術航空士(TACCO)は珍しいものを見たような表情を浮かべた。
「カリブ海配備の潜水艦まで出てきたのか」
「そのようです」
国防軍での潜水艦識別は音紋解析のみに頼らず、潜水艦の艦体そのものが生じる極低周波を低周波ソナーブイによって探知する方式も取り入れていた。各国の潜水艦のデータは測量や測地としても活躍している海洋監視艦「響」「伊予」「玄界」「五島」「燧」「遠州」の6隻による探知・情報収集によって入手していたものがあるので精度に不安はない。
対潜員(AW)の報告から航法・通信員(NAV/COM)が最適コースの再算出を始める。機上武器整備員(ORD)が火器管制装置を介した兵装庫(ウエポンベイ)に収まっている12式魚雷の1基に発射諸元を始めとしたデータ入力が行われた。兵装庫(ウエポンベイ)には4本の魚雷の他には無誘導の12式150kg対潜爆弾なども搭載されている。
「対潜戦闘用意。
SS-25を目標1と呼称。低高度まで降下せよ」
機内に戦闘状態を示す電子音が鳴り響く。航法・通信員(NAV/COM)からの報告を受けた戦術航空士が判断を下す。命令を受け取った操縦士(パイロット)が機体高度を下げて左旋回を開始した。
「目標1、増速!」
「投下」
戦術航空士(TACCO)がコンソールを操作すると、開いていた兵装庫(ウエポンベイ)から12式魚雷を投下する。機体から離れた魚雷は制動・姿勢制御用ドラッグ・シュートによって減速状態で着水すると、推進を開始し、目標識別システムからの命令に従って旋回捜索パターンの航路を描きながら進む。
「状況、誘導フェイズに移行」
機上武器整備員(ORD)の報告と同時に12式魚雷は索敵圏に到達した。魚雷は標的1を捕捉するための探信音の発信を開始する。探信音によって生じた音響反射をデジタル処理して標的へと誘導する誘導システムを搭載しているので命中率が高いのが特徴だった。12式魚雷はそのまま目標1に向かって進む。
「最終フェイズに移行…
命中まで後10秒、9、8、7、6、5、4、3、2、1」
「目標1に命中」
「圧壊音を確認」
機上武器整備員(ORD)と対潜員(AW)の報告を戦術航空士(TACCO)が満足した表情で受けた。素早くコンソールを操作して対潜戦闘状態を解除する。
「よし!
演習終了。見事な訓練結果だ。
現時刻をもってトラックに帰還する」
戦術航空士(TACCO)の言葉を受けて機内に落ち着いた雰囲気が広がった。演習とはいえ実弾訓練は緊張を伴うものだ。攻撃対象となった標的1は存在していなかったが、12式魚雷があたかも標的1が存在しているように動いたのは、12式魚雷が固定的なロジックだけでなく、ソフトウェアプログラムによって動作を制御できるプログラマブル式を採用していたのが理由だ。要するに訓練用に調整したものを使用している。
今回のような演習は国防軍では頻繁に行われていた。
演習の内容は知らされておらず、潜水艦か不審船か現場に着くまで判らないようになっている。これも部隊の即応能力を知るためだった。何しろ12式哨戒機「大洋」は対潜哨戒のみならず不審船や海賊船に対する警戒任務も行う事も任務に含まれるのだ。
船舶の識別は自動船舶識別装置(AIS)によって行われる。
日本籍に於いて国際航海及び外洋で航行する船舶には例外なく1913年に日本帝国で制定された海上安全条例に基づいて船種、船名、海上移動業務識別(MMSI)コード、船舶位置、針路、速度、仕向地、積載物等を定期的に報告する義務が課せられていた。これらの情報を帝国軍や国防軍の基地システム通信部隊や陸上局が傍受し、各海域を行動している自動船舶識別装置(AIS)を搭載した艦船に哨戒活動を行わせることで商船の中から不審船や海賊船などを洗い出していた。
日本圏に来る海外の船舶も日本圏に入ると海上移動業務識別(MMSI)コードを除く海上安全条例の履行義務が課せられているので避けられない。正当な理由を行わずに報告を怠った場合は洋上臨検が行われ、更に悪質な場合には入国拒否になる事もあった。この海上安全条例だが上海条約を補強する利点もあったことから、英仏独露も積極的に賛同している。
12式哨戒機「大洋」には小型化した自動船舶識別装置(AIS)を搭載することで、海上安全条例の履行に大きく寄与すると期待されていた。機能としては史実に於けるP-3C-ARTRに近いだろう。ただし、12式哨戒機「大洋」は機体の生産よりも乗員の訓練に時間が掛かるために国防軍全体でも第1哨戒偵察航空群に所属する38機(予定配備数108機)に留まっていたのだ。
12式哨戒機「大洋」は海上交通路(SLOCs)を守る切り札の一つだったが、高野の命令によって1個飛行小隊の4機がニーオルスン基地への配備が決まる。貴重な高度技能を有した人材を北欧に配備した事実だけでも、高野が北欧と北極圏をどれだけ重要視しているかを、うかがい知ることができるだろう。
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【あとがき】
意見、ご感想を心よりお待ちしております。
(2014年01月13日)
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