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帝国戦記 第五章 第02話 『宣伝支援艦:後編』


1912年 04月13日 土曜日

フランス共和国ブルターニュ北西部のブレスト。この地にあるブレスト海軍基地はフランス海軍に於ける重要拠点だった。充実した湾岸設備に加えて海軍工廠を有し、また基地施設内には1830年にルイ・フィリップ王によって設立された古い歴史を誇り、フランス海軍士官を数多く育ててきたエコール海軍兵学校の施設が存在するほどだ。

このブレスト港に国防艦隊に所属する1隻の戦艦が停泊していた。
戦艦の名は薩摩。
世界各地に薩摩級戦艦として売り出されている連なる戦艦だ。

しかし、外見からして他の薩摩級と明らかに違う。

主砲は45口径356mm連装砲塔への換装に留まらず、機関換装及びヴァイタルパートの防御力強化が行われ、95式62口径57o単装速射砲が20基増設されていた。

改装が行われたのは兵装と機関に留まらない。

艦船のマストの上部にある檣楼は仏塔型に変わっている。檣楼の上部各所には大型の無線装置、無線傍受装置、信号灯として10式信号灯が備わっており、その下には方位盤照準装置を有する射撃指揮所が設けられていた。この10式信号灯はかつての世界に於いて使われていたオルヂス型信号灯と九二式20cm回光通信機の良い点を兼ね備えた機材だったので、艦艇のみならず工兵隊や砲兵隊でも使える共通規格の機材だったので、帝国軍と日本帝国の友好国にも輸出されていたものだ。 

そして、これらの機材を有する檣楼を支える艦橋は電話等指揮通信、羅針盤、計算機、操舵装置、速力通信機(エンジンオーダーテレグラフ)などを設置するに十分な大型のものへと変わっていた。更には操艦用の艦橋と提督が指揮する艦隊用の艦橋を設けて、艦隊の旗艦として充実した設備を有する本格的なものになっている。

史実に於ける金剛級戦艦「霧島」の二次改装後のデザインに近い戦艦になっていた。

また、国防軍で使用している長門級戦艦及び葛城級巡洋艦と同じように後部砲塔から艦尾に掛けてティルトローター機の4式輸送機「紅葉」などを運用するヘリコプター格納庫及び発着甲板が設けられている。搭載数は並みのヘリなら4機で紅葉なら2機だ。

この薩摩は諸外国へのアピールを兼ねた宣伝戦略を意識した部隊。その性質から軍属待遇として乗り込んだ広報事業部の人員が多く乗り込んでいる。広報事業部からの出向という形でイリナ(国防軍広報課中尉待遇)が参加している事からその力の入れようが判るだろう。そして、この薩摩にフランス海軍海軍参謀総長のラペレール大将が来艦しており、その相手としてイリナが選ばれている。

「この船は他の薩摩級とは大きく変わっているようだな」

「そうなんです!
 薩摩級のコンセプトは拡張性ですので、
 時代に応じて変わっていくんですよ」

かつてカオリがガルシア大佐に語った同じような内容をイリナが嬉しそうに説明していく。ラペレール大将は愛らしい容姿をしたイリナの輝かんばかりの姿に年端も行かない少年のように心臓の鼓動が早くなる。もちろんラペレール大将には成熟した大人としての分別があったので、そのような様子は内心で押しとどめていたのだ。

ラペレール大将だけではなく、彼に随伴する二名の同伴将校も同じような心境だった。流石は人気女優というべき活躍ぶりであろう。言葉と仕草で相手の心を見事に掴んでいる。

「なるほど、
 だが改装によって重量が増したようだが速度は?」

「大丈夫ですよ。
 速度も機関改修によって最大速度は24.5ktから
 25.7ktにまで上昇していますよ!」

「戦艦なのに並みの偵察巡洋艦より高速とは凄まじいな」

ラペレール大将の言葉に同伴将校の一人が同意を示すように頷く。彼はレジオン・ドヌール勲章の4等(オフィシエ)を取得していたユージン・ルイ・ジリィ少佐である。ユージン少佐は第一次ブレスト沖海戦で戦艦パトリエで第二砲塔長として乗船しており、日本艦の強さを肌で感じ取っていただけにその気持ちが大きい。彼には国産に拘って危険を許容する殊勝な思想は持ち合わせていなかった。いわば現実主義者である。また、史実では1913年にレジオン・ドヌール勲章の授賞を受けていたが、この世界に於いては政治的な要因によって1年早まっていた。

「優速によって、
 砲戦を行うか行わないかの選択権が選べるのは大きいです」

ユージン少佐は砲術の専門家の見地から述べる。

もう一人の同伴者は陸軍のマキシム・ウェイガン少佐だった。彼はフランス人に多く見られるイギリス嫌い。そして輪にかけて政治闘争に明け暮れる政治家を嫌っている事で嫌いで有名だった。特に政治のごり押しによって進められたラ・ロシェル郊外戦の結果から政治に対する不信は頂点に達している。ただし軍人としては極めて有能で、優れた分析能力に基づく積極的な防衛戦術を得意としているのだ。その能力の高さは第二次世界大戦に於いては大勢を決したフランス戦末期に於いてフランス軍総司令官に就任して、装備と兵員が不足する中で優勢なドイツ軍の主力部隊であるクライスト装甲集団を退けていたほど。彼が第二次世界大戦に於いて最初からフランス軍の総指揮を執っていたならば歴史は異なる方向に進んでいたに違いないだろう。

「巨砲による高火力も相まって対地戦でも相当な力になるな。
 薩摩のような戦艦は常に戦略的要衝に移動可能だ…
 つまり、それは海上だけではなく沿岸部の陸上に於いても
 戦いの主導権を握れる存在を示している」

ウェイガン少佐も褒める。

彼がこのような結論に至ったのは当然だった。

彼は騎兵学校の教官も経験していたので機動性の重要性は当然ながら理解してる。そして、ラ・ロシェル郊外戦に於いてフランス第1軍団を壊滅せしめたのも艦載砲を転用した陸上要塞からの砲撃なのも知っていた。二つを組み合わせれば、ウェイガン少佐は固定概念に囚われずに薩摩級戦艦も同様の戦略価値を示すと導き出していたのだ。このように現実的な範囲に留めつつ、可能性を追求する思考の飛躍は簡単に見えて難しい。何故なら少しでもずれてしまえば妄想や失敗になってしまうからだ。

(しかし、凄まじいな…帝国重工の先端技術は)

ラペレール大将がそう思うのも当然だった。帝国重工が誇る高度技術は軍事技術だけではない。イリナは13歳に社会人として活動してきたと仮定しても、少なく見積もっても今年で20歳後半に達するのだ。だが、準老化抑制化粧品のような老化に対する対抗策の予備知識が無ければイリナの容姿は16歳位に見えてしまう。

とんでもない技術と思っていたが、
ラペレール大将はそれを不自然とは思わなかった。

帝国重工が1895年9月頃から販売をしていた準老化抑制化粧品を始めとした老化抑制製品を発売当初から使用してきた世界各国の裕福層の人々の間で同様の効果が見られたからだ。特に10代から使用してきた人々の間では顕著である。個人差はあるものの、使用者は30代後半になっても20歳前半の若さを保っている人々ばかりで、中にはイリナのような10代後半の若さを保った例も報告されている。

ただし、老化抑制製品は万能というわけではない。30代を超えてから使用した場合は、その効果は限定されるし、10代から使用したとしても使用を止めれば老化は緩やかに再発する。そして効き難い体質の人も存在するのだ。

嘘か真か真偽は不明だが、一切の製造方法が判らない老化抑制の製品は三つの噂があった。一つ目は老化抑制に関する各製品には高野一族の間で親しまれている、とある果物を加工して作られており、高野一族は知らず知らずに世代を通して、その果物を食べ続けた結果により常人よりも効き易い体質になっていたこと。(これは高野一族に於いて高齢者と思われる人物が少ない事から真実に近いと思われている)二つ目は、この果物こそが古事記に於いてタジマモリが入手して太后に渡った仙果の一つであり、天皇家から外界に出さない事を約束として受け取っていた仙果の種から育ったものらしいこと。

三つ目が長い時を経てようやく明治天皇から外界に出す許しを得て、
老化抑制の製品として日の目を見るようになったと……。

まゆつばものの噂だったが、
現に使用によって老化が収まっている事から、
これらの事が一般的な通説として定着しつつあったのだ。

もちろん、知識層の認識は違う。

高度な教育を受けた人々からすれば帝国重工が誇る高度な生物工学と遺伝子工学のなせるわざだと理解している。ただし、スパイからの情報によって老化抑制系製品の生産に重要な位置付けとされている老化抑制効果の高い果物があるらしい情報までは突き止めていたが、その先の情報には進めていない。

このように、認識の差は有りながらも、
不老かつ長命の理由を曖昧ながらも多くの人々が理解していたのだ。

これらの推移は最高意思決定機関による情報戦略の効果だった。

人というものは自らに恩恵があるならば、適当な理由を講じて受け入れてしまう。その構造及び如何なる現象の積み重ねで機能を成しえているかなど一般の人にとってはどうでもよく、なんとなく判り易い理由があればそれで十分なのだ。 ただし、これが日本人だけの独占だったら何らかの理由をつけて非難していたに違いない。各国の有力層の大多数を無意識下に於いて共犯者に仕立て上げる事で、不老に対する非難を未然に防いでいる。誰だって成長期を終えた後の老化は大小の差はあれ恐ろしいものだ。

イリナは三人に対して丁寧に説明しながら甲板上を歩く。

イリナはモデルだけでなく報道のアナウンサーとしても活躍しているので話術は得意であり、薩摩の説明を行いながらも適度に雑談を交えて三人を飽きさせない。やがて第一砲塔の中に至る。

ラペレール大将はしばらく砲塔内を見ていたが、アルゼンチンで見た戦艦リバダビアに搭載されていた固定角度装填とは明らかに違っていた。各機材の配置は機能的であり、所々にある見慣れない機材も高度な技術が使われているのが判る。あまりの様子に驚きを隠せない。ユージン少佐とウェイガン少佐も信じられないような表情を浮かべていた。

(これは我々が知っている砲塔とは明らかに違う!)

「我々の知っている装填装置とは違うようだが、
 よかったら説明してもらえるかな?」

ラペレール大将は冷静さを装って言う。

「もちろんです!
 これは半自動装填装置になりますね。
 試作品なので量産化はもう少し後になるそうですよ!」

三人はイリナの言葉に驚くが、
先の戦争で日本艦が見せた異常なまでの速射性能から納得する。

何しろ列強に於いて主砲仰角の小さいものは別として、大きい大口径艦砲は概ね機械を介した機力装填に分類が出来るだろう。故に装填装置の仕組みは共通するものが多いので、現役軍人ならば薩摩に搭載されている装置は自動化が徹底しているのが人員数と装置の形からして概ね判るようになっていた。

そして薩摩級の密閉式砲室は次のような仕組みになる。

砲弾と薬嚢が装填がスムーズ行えるように極めて強力な装填補助装置と弾丸移送ホイストを採用していた。砲塔内に22名、給弾薬室に14名の合計36名の操作要員で運用する仕組みで、給弾薬室中央部から電動・油圧によって上下するエレベーターを介して砲弾と薬嚢が運ばれてくるのだ。

各機材の操作にはタッチパネルを介して大半の機械の操作を行う事で人員を抑えている。総合的な仕組みとしては史実に於けるアメリカ海軍のMk.16(55口径203mm砲)を発展したものが近いだろう。

機密兵器に属する即応弾システムには劣るが、この時代に於ける主砲装填装置としては破格な性能を有するものだ。もちろん発砲時砲弾同士の衝撃波の干渉による命中率低下を抑えるべく発砲遅延装置も搭載済み。

イリナによる説明が続く。 

「主砲発射速度は1分間に2.5発ですね」

「そして主砲は45口径356mm連装砲か…」

「薩摩級の建造当時は10式356mm連装砲塔の開発が間に合いませんでしたが、
 元々から拡張性を重視した設計ですのでこのように載せかえることも、
 難しくはなかったのです」

「見事な先見性と言うべきだな」

(ライミーが対薩摩級として建造したオライオン級戦艦だが、
 改修を施した薩摩級の優位は揺るがないだろうな。
 口径こそ同じだがあちらは343mm連装砲で、
 対する薩摩は45口径356mm連装砲だ。
 なによりコスト面で明らかに優位になっているぞ)

ラペレール大将は結論付けた。

オライオン級戦艦とは量産化が進む薩摩級の対抗措置としてイギリス帝国で建造が行われた最初の戦艦で、今年の1月から「オライオン」「モナーク」「コンカラー」「サンダラー」の合計4隻が順次竣工していた戦艦である。これらに関しては輸出用ではなく自国用だった事から薩摩級に対する意識の強さが判るだろう。

イギリス帝国から見ても長門級は強大だったが航続距離が短いらしい事から意図的に脅威対象から外されていた。彼らのプライドが対抗不可能という判断を避けていたのだが、それは感情の領域なのでここでは割愛する。 オライオン級は薩摩級に対して砲戦に於いて互角もしくは優位に立つように連装砲5基を有していたが、より大口径主砲に換装する余裕がなかった。これらの事実からして好意的に見てもオライオン級は薩摩級に匹敵する戦艦とは言い難いだろう。

「以上の事から艦隊間通信用の機材として10式無線電話を配備しています」

10式無線電話とは松代松之助(まつしろ まつのすけ)、鳥潟右一(とりがた ういち)、横山英太郎(よこやま えいたろう)、北村政次郎(きたむらまさじろう)、の四名が実用化した無線電話である。史実に於いて鳥潟、横山、北村の三人は火花式送信機で世界初の送受信可能な無線電話であるTYK式無線電話を開発しており、松代は世界初の船舶無線を開発していた人物である。四人ともその後の通信技術の基礎を担った程の逸材と言っても過言ではない。

そして、10式無線電話はTYK式無線電話の改良発展型だった。大きく違う点は火花送信機ではなく真空管式送信機として作られていたので近距離圏で数台使用した際に混信する問題が解決していた点であろう。もちろん限度はあるが、従来の火花送信機より優れていることは疑う余地が無い。

この10式無線電話は帝国重工が所有する輸出不可能な高度先端技術の代わりとして日本の輸出艦に標準装備として配備が進んでいた機材だったのだ。

「ありがとう。
 薩摩がどれほどの戦艦に生まれ変わったか十分に納得したよ」

イリナからの説明を聞き終えたラペレール大将は冷静に振舞っていたが冷や汗が止まらない。その様子はユージン少佐も同様だった。流石に受けた説明から、前の戦争で見せた異様な主砲発射速度に至らないことを理解するが、それでも脅威と言ってよい性能だ。各国が日本戦艦を購入する理由を理解する。

(帝国重工の方針からして間違いなく、
 薩摩に搭載されている各機材ですら輸出用にデチューンしたものだ。
 だが、それですら我が国では作る事すらできない機材…
 なるほど、これが戦艦による外交か)

ラペレール大将は薩摩がフランスに来る前にアルゼンチンに寄航していたのを知っている。かの国は同型艦のリバダビアとモレノを運用しており、寄航の流れからして確実に薩摩を次期改装案として見せていた事も予測が付く。ラペレール大将の予測は正しい。薩摩を見たアルゼンチン海軍は薩摩級の将来性に感銘を受けていた程だ。これには最強戦艦として名高い長門級の存在も将来性の後押しに繋がっている。つまり、現在に於ける科学技術的な限界と思われる最強の戦艦が長門級であり、薩摩級もいずれは長門級に準じる性能に至るだろうと希望的観測にすら及ぶほど。

(上手いやり方だ。
 決して時代遅れにはさせない安心感も大きい。
 軍艦ビジネスに意欲を見せるイギリス帝国が焦るのも無理もないな)

ラペレール大将が思うように、日英は世界戦略に関しては共同歩調を見せていたが、兵器販売に関してはかなりの衝突が起こっていた。これで両国が深刻な関係悪化に至らなかったのは日本側は中国大陸に全く興味を持たなかった事と、イギリス帝国の植民地には一切手を出していない配慮があった事、アメリカ合衆国にイギリス帝国が行っている戦艦売却に配慮している点が共同歩調を歩ませている要因になっている。奇妙な戦略環境によってイギリスの改装戦艦を購入し続けているアメリカ合衆国は悲惨そのものだったが…日英は容赦しなかった。 もちろん日本側の有力な軍事力が大きな抑止力となっていた事も忘れてはならないだろう。

「そろそろ昼食の時間なので、
 一旦食堂に行きませんか?」

「そうだな。
 日本艦の食事は美味しいと聞いているので楽しみだ」

そう答えながらも、ラペレール大将は海軍の先行きに対する悩みで占められていた。先の戦争で日本艦隊との戦闘で大損害を蒙ったフランス海軍だったが、艦隊再建に関しては軍事予算削減に伴って新造戦艦の建造が全く進んでいなかったのだ。その状況は深刻で、途中まで建造が進んでいた6隻のダントン級戦艦の内、船体の殆どが完成していた「ダントン」「コンドルセ」ですら建造停止に追い込まれていた程。

厳しい現状の中、薩摩級を見た事によって焦燥感がより増している。

もちろん、常識人であり現実主義者のラペレール大将は現在の政治環境に於いては日本艦隊に対抗するつもりは全く無い。焦燥を感じていたのはイギリス帝国の軍拡に対してである。イギリス帝国は日本艦隊に対抗するべく、ギリシャ王国を始めとした親英国に改装戦艦を始めとした兵器を売却を推し進め、それらの利益の一部をもってしてイギリス帝国の各地では改オライオン級戦艦と言うべき「ロイヤル・ジョージ」「センチュリオン」「エイジャックス」「オーダシャス」とアイアン・デューク級戦艦「アイアン・デューク」「ベンボー」「マールバラ」「デリー」の建造が進められていたのだ。改オライオン級戦艦とアイアン・デューク級戦艦はそれぞれ1914年の竣工を目指している。

ドイツ帝国も艦隊戦力の強化を進めており、対薩摩級としてヘルゴラント級戦艦「ヘルゴラント」「オストフリースラント」「テューリンゲン」「オルデンブルク」の実戦配備を終えており、現在はより強力なカイザー級戦艦及びケーニヒ級戦艦の建造が始まっていた。

フランス海軍としてはヨーロッパ列強間との艦隊戦力の差がこれ以上開くのは好ましくなかったが、現状のフランス海軍には予算の関係上から打つ手がなかったのだ。

(日本と友好的な関係を築きつつある事に
 今は感謝するばかりだな)

ラペレール大将の気持ちはもっともなものだろう。旧世代の戦艦と違って今の戦艦は建造に前にも増して手間が掛かるようになっていた。例え予算問題が解決したとしても、今から建造を行っても出遅れ感は拭えない。

純粋に排水量からしても条約間戦争前と今では違っている。

戦争前では戦艦の排水量は2万トン未満が一般的であったが、オライオン級戦艦では25870トン、カイザー級戦艦では27000トンに達していたし、薩摩の排水量も改装によって26830トンから29830トンまで増えていたのだ。それに、このような大型艦ともなれば建造可能なドックも限られてしまう。

一同が食堂に向かって歩く。

薩摩は省力化が進んでおり乗員が少ないので、すれ違う人も戦艦としては少ない。ラペレール大将とユージン少佐は艦内各所の様子から人件費の面でも日本艦の優位性を理解させられる。戦時になれば被害対策要員としての人員を増やさねばならないだろうが、予算の制限が厳しい平時に於いて少数で運用可能な事は大きな利点になるだろう。

ユージン少佐とウェイガン少佐はイリナの横を歩くラペレール大将の二人から少し離れた場所を歩く。薩摩を見て二人はフランス軍の近代化の必要性をこれまでに増して痛感していたので、互いに意見を交換していく。

言葉を交わしていないがラペレール大将も後ろを歩く、
二人と同じ気持ちであった。

(今は悩んでも仕方が無い。
 出来る中で最善を尽くすしかないな。
 とりあえず国防軍に失礼がないように今日は食事を楽しむとするか)

ラペレール大将の悩みは思わぬ形で解決する事になる。

後日、日本帝国からフランス政府に対して、かつてヴェルニーが行った日本に対する貢献に加えて両国の友好関係をより良い方向に修繕する意味で、所定量の鉄くずと引き換えに薩摩級戦艦を建造する意思が伝えられるのだ。

もちろん水面下で工作商会による介入も進められており、議会承認もスムーズに通るのは確定路線だった。そして、鉄くずとして候補に挙がるのが6隻の旧式装甲巡洋艦「デュピュイ・ド・ローム」「ブリュイ」「ポテュオ」「ジャンヌ・ダルク」「モンカルム」「ゲイドン」、1隻の装甲艦「デヴァスタシオン 」、3隻の旧式戦艦「マッセナ」「アミラル・ボーダン」「フォルミダブル」である。

マッセナは史実に於いては1913年にボイラー事故で廃艦処分となるので、フランス海軍としては将来の不幸を避けられた意味で大きい。もっともフランス側はそのような事実を知る機会は無いのだが、これも偶然がもたらした幸運である。

また必要量の鉄くずだが、これは薩摩級戦艦を引き渡してから3年以内とされていたので、フランス海軍としても安心できる取引になっており、フランス海軍は短期間の審議で戦艦「クールベ」「ジャン・バール」の2隻を日本に依頼する事になるのだった。
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【あとがき】
ユージン少佐は史実と違って北部艦隊とは違う道を行くと思います。
この時代のイギリス帝国の造船能力は高いなぁ…

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2013年09月22日)
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