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帝国戦記 第四章 第11話 『真神級施設艦』


国民に働く気がなければ、独立国になる資格はない。

服部正也





1909年 09月01日 水曜日
日本帝国に於いて移住制限法が制定。日本国籍取得には日本語及び英語、ロシア語、ドイツ語、フランス語のどれかを母国語並みに話せることと、帝国重工が指定した技能を修得しており、その上、心理テストをクリアした者に限られた。オーストラリア連邦が掲げた人種差別を基礎とした移住制限とは違って、日本帝国では能力と人格で全てを決める点が特徴と言えるだろう。




1909年 10月04日 月曜日
帝国重工は日本帝国の軍艦を購入した国に対してのみ、バイオ燃料ペレットを凌駕する5式燃料2型(第五世代バイオ燃料)の輸出を開始。世界各地で使われ始めた石油を凌駕する液体燃料の存在に世界各国は驚愕する。




1909年 11月18日 木曜日
公爵領に於いて沖ノ鳥島で建設していた発電機能のみならず、分離工学に基づいた再結晶技術の応用によって水素、リチウムなどの資源を抽出が可能な海洋温度差発電所が完成。 また、電池製造に必要な資源の国内自給に向けて、南シナ海の東沙諸島、南太平洋のサモア諸島、に同様の施設の建設計画が始まる。




1909年 12月01日 水曜日
アメリカ合衆国に於いて米西戦争の戦費調達の為に制定された電話税(連邦電話消費税)の税率が10%(従来は15セントの通話料に対して1セントの税金)にまで上がる。増税の理由は米比戦争の戦費確保の為であった。




1909年 12月17日 金曜日
第40代アメリカ合衆国海軍長官ジョージ・フォン・レンガーク・マイヤーは海軍機構の改革を実施し、旧式艦の総点検と海軍造船所の改築を行う。




1910年 01月08日 土曜日
北極圏バレンツ海にあるノルウェーと公爵領スヴァールバル諸島とのおおよそ中間地点に浮かぶビュルネイ島が公爵領への編入となる。




1910年 01月26日 水曜日
帝国軍第6師団が山岳戦専門部隊として改編を開始。手始めとして福岡県出身の五十君弘太郎(いそぎみ こうたろう)大佐率いる第13歩兵連隊が国防軍の下で訓練が始まる。




1910年 02月03日 木曜日
アメリカ合衆国に於いてアメリカ合衆国憲法修正第16条が制定される。財界と軍部の協力により史実より3年も早く制定され、議会は州の人口比に関係なく稼いだ個人所得に対する税を徴収できる所得税を徴収する事が出来るようになった。時期が早くなった理由は、電話税と同じ理由で、不足気味の戦費を補うためだった。




1910年 02月11日 金曜日
公爵領スヴァールバル諸島のスピッツベルゲン島ロングイェール(ロングイェールビーン)の西側に建設が進められていた常設のスヴァールバル空港が開設。



















1910年 02月17日 木曜日
チュクチ海に国防軍所属の艦艇が航行していた。

艦艇の名は霊仙(りょうぜん)である。

霊仙は水上を航行する船舶ではない。ましてや水中を進む潜水艦でもなかった。AC-004A局地制圧用重攻撃機「飛龍」の運用実績を元に作られた霊仙級航空艦である。飛龍と大きく違う点は、装甲防御は皆無で武装に関しては個艦防空用の最低限に留められていた事と、構造材の多くが非磁性体で作られていた事だろう。

非磁性体を多用した理由は、強力な磁界力場を船体直下から海面に向けて発生させ、それを反磁性である水粒子と反発させて、重量物運搬時に浮力(揚力)の足しにする為だった。強磁場で水や生物が浮く仕組みは古くから知られており、その仕組みを応用したものである。

つまり、霊仙級航空艦は大陸間の輸送を行う大型長距離戦略航空輸送艦だった。

ただし、導電性テザーの代わりに海水の反磁性を利用した反発力によって浮遊する原理から、重量物運搬時の最大安全飛行高度が現在の技術では高度235メートルという制約がある。それ以上の高度は安定性の問題が生じてしまう。加えて、陸の上を飛行する際は電子軌道運動干渉基による電子軌道の閉殻によって反磁性を補う必要があった事と、力場外に磁場が漏れない様にしなければならない処理が加算されるので、洋上以外での重量物輸送では速度低下は著しいものになる。

重量物の輸送時には浮力を得るために膨大な電力が必要になるが、
霊仙級は新型の8式熱励起炉を4基も搭載しているのでそのような心配は無用だった。

通常飛行時では6基の98式電熱推進機で進む。重量物運搬時には磁場極性が異なる領域での磁力線のつなぎ替えの過程で生じる――――磁場エネルギーが熱と運動エネルギーに変換さた際の反発によって加速――――磁気リコネクション推力を併用する。 これは惑星や太陽の磁気圏から直接推進力を得たり、減速用の抵抗を得る磁気圏制御技術の派生とも言えるだろう。もっとも、核融合技術や医療技術にも関係があるので、何処の派生と断定するのは適してないかもしれないが。

ともあれ、霊仙の運用実績が良ければ、
更に「富士」「立山」「白山」の3隻が順次建造されていく計画である。

霊仙の艦橋は先進的な建築学で作られており、少人数で電子兵装を効率よく扱える作りになっていた。艦橋の奥に設置された艦長席に座るのが神崎隆(かんざき たかし)大佐。彼は元、巡洋艦伊吹の艦長で、現在は重工業事業部の製鉄部門責任者を務めている神崎久美の弟である。青年期の終りに差し掛かる年齢で活力に溢れていた。

「アルフベン指数に問題ありません。
 連結領域における非平衡電離も許容範囲です」

神崎大佐に報告を行うのは、副官を務める準高度AIのニーナ・レオーネ・フェルナンデス少佐である。テレス少佐と同じ褐色の肌でブルーの瞳に髪は金髪で、魅力的な容姿をしており、艦長の傍らに立つ姿も様になっていた。

神崎大佐はニーナ少佐に視線を向けて話す。

「エネルギーベクトルはどうだ?」

「異常なし。
 全ゲインは安定領域を保っており、
 磁力線再結合も良好そのものです」

「満足するべき結果だな」

「はい、これで北極圏に於ける輸送問題は大きく改善が進みます」

「そうだね〜」

二人の会話に95式デジタルカメラを手に持つイリナが続けて相槌を打った。イリナは霊仙の撮影及び、北極海航路の中継港として整備が進む公爵領のペヴェクへの取材と慰問を行うために8名からなる広報事業部の人員を率いて乗り込んでいる。もちろん、機密の塊である霊仙をそのまま公表する事は無く、大部分を曖昧にした状態で公開する予定だった。

そして、ペヴェクとは北極海(東シベリア海)に面し、南へ切れ込んだチャウンスカヤ湾に位置する天然の良港に恵まれた地域。ペヴェクから東64kmにあるクラスノアルメイスキーのノヴォポクロフカ村の麓には瀝青炭、錫、水銀、金、ウランを始めとした重要な資源が眠り、そこから東6Km先にあるプルカカイ鉱床には錫とタングステン鉱石が眠っているし、ペヴェクからやや離れた場所には複数の金鉱山などの鉱脈が存在しているなど、戦略的にも重要な拠点であった。もっとも、ウランを全く必要としていない帝国重工では、ウランの採掘は行われてはいない。

現在は、金とタングステンを中心とした環境に負荷を及ぼさない範囲の小規模な採掘事業を進めながら、完全閉鎖・人工光型の植物工場から成り立つ、ヴィンセント型都市型農業(アーバンファーム)の流れを汲む、4棟の翼型垂直農場ビルの建設が進められていた。32種類の畑で果物や野菜、穀物、肉、乳製品が生産されるものだ。 将来の異常気象による産地移動などの不測の事態に備えて、食料を国内で補うための予行の意味もある。

また、チャウンスカヤ湾には帝国重工が建造した、飛鷹級強襲揚陸艦の船体を流用して作られた真神級施設艦「三峯」が停泊しており、ペヴェク一帯の発展を支えていたのだ。機雷やケーブルの敷設を主任務とした敷設艦と違って施設艦の艦内には大型熱励起炉、バイオプラント浄化設備、バイオ燃料精製設備などを有しており、未開地地域に於ける迅速な都市機能の供給が可能になっている。発電能力はかなり過剰であったが、豊富な電力で困る事は無い。飛鷹級と同じく全通形式の飛行甲板を有しており、連絡用の航空機の運用も可能だった。

加えて迅速な展開は逆に即時撤退が可能なことも意味している。

真神が有する、これらの設備はおいそれと他国に渡してよいものでは無い。しかし、大規模なインフラ整備を行わなければならない地域の中には、将来の戦略環境の如何によっては撤退を行わねばならない地域も出てくるだろうと予測されていた。この相反する難題を解決すべく、真神級が建造されていたのだ。 確かに発電所などを破壊してから撤退を行えば地元住民の恨みを買いやすいが、艦艇を本国に戻す行為は保有国の当然の権利であり恨み様がない。勿論、艦内には対人無人兵器を配備して不測の事態に備えている。

真神級の命名の由来は、善人を守護し、悪人を罰するニオンオオカミが神格化したものから来ている。日本に対して悪意を向ければ、その素晴らしい設備は立ち去ってしまうのだ。「名は体を表わす」ということわざの通りであろう。

ペヴェクの場合は、そのような事情とは違って、南極に展開している一番艦「真神」と同じように本格的な発電所が出来るまでの繋ぎとして停泊している。ただし、真神級は4万トンを越える大型艦であるため、開発途中のペヴェク港には停泊は出来ないので、直方体形状の浮体ブロック多数連結させたドックを建造し、そのドックに停泊していた。ドックから伸びる桟橋からペヴェク港に通じているので行き来に問題は無い。また、配管や送電線もその桟橋の下を通っているので真神の機能を生かすことが出来たのだ。

そして、霊仙のような艦艇が建造されたのは幾つかの目的があった。

目的の第一は通常船舶が行き難い場所への輸送である。

この時代の北極圏航路の多くが海氷や流氷などに覆われており水上航行は困難だった。帝国重工は砕氷艦による水上交易網の整備を進めていたが、やはり通常航路と比べれば輸送速度は格段に落ちてしまう。緊急に多量の物資が必要の場合に備えて霊仙が建造されていたのだ。確かに銀河の数は増大していたが、それに比例するように各方面に及ぶ人員輸送での必要度も増えていたので、一部地域に大量投入が難しいのが理由だ。

第二の目的は関東大震災時の備えだった。

何しろ、かつての関東大震災では46時間に及ぶ大火災が起こっている。そのような未曾有の大火災を阻止すべく、火災消火用に改装した4式飛行船「銀河」と共に霊仙が空中消火に従事する計画が立てられていた。この他にも防災公園や延焼防止用の道路の整備も進められている。

第三の目的として後に起こるだろう冬戦争への備えである。

冬戦争時に戦略環境の変化によって北海やノルウェー海の利用が難しい場合や、緊急輸送が必要な際には霊仙の存在はフィンランド共和国にとって大きな助けになるだろう。

流石に霊仙の積載量は水上艦比べると劣るが、それでも4式飛行船「銀河」とは比べ物にならない2620トンまでの物資を一度に運ぶことが出来る。21世紀初頭の戦略輸送機An-225ムリーヤ(最大搭載量300t以上搭載可能)に換算するなら、貨物搭載能力は約9機分に相当する規模で、その戦略的価値は大きい。ただし、霊仙の整備には手間が掛かるので帝国重工といえども、現状の技術レベルでは少数運用が精々だった。

端末を操作しながら神崎大佐は呟く。

「しかし、機動性に関しては流石に悪いな…」

「霊仙は航空輸送艦ですから」

「多くを求めるのは酷か」

「浪漫を追求する真田さんだって、戦闘用航空艦は諦めてるからね」

イリナの言葉に神崎大佐とニーナ少佐は同意する。霊仙は輸送船であり、輸送に必要な性能さえ満たしていれば問題は無い。それに武装を施したとしても装甲が皆無なので、防御力は皆無である。装甲化を行えば機動力も低下するし、それらの装備をバランスよく行ったとしても、結局は6式大型飛行船「雲龍」 と同じ問題に直面してしまうだけだった。

一時会話を一時中断してシステムチェックに入る。システムチェックと言っても大部分がAIによって管制されているので、よほどの事が無い限り、検査結果を見るだけに留まっていた。イリナは黙ってその様子をまじまじと眺める。ニーナ少佐に勝るイリナの能力なら十分以上の力になるが、今は広報事業部の一員として来ているので、緊急時でもない限り管轄外の事には口を出さない。

「船体及びプログラムに問題なしだな」

「真田さんの作ったものにミスはありませんよ」

「…まぁ、あの人は凝り性だからな」

「それも筋金入りのね!」

明るい笑いが艦橋に広がる。会話が途切れたところで、ニーナ少佐は三人分のニューギニア産コーヒーを入れて、神崎大佐とイリナに渡してから、思い出したように言う。

「社会保障の準備がようやく始まりましたね」

「あの仕組みならば、
 将来に於いても若年無業者が増える事は無いだろうな。
 甘やかすだけの社会保障とは違う」

「あれなら本当の意味で、最後の手段だからね」

日本帝国と公爵領が施行予定の社会保障は次のようになる。

史実の1927年に施行される健康保険法に先駆けて、6割個人負担の国民健康保険の制定、失業時に支払う雇用保険の制定、残された妻や子に支払われる遺族年金までは将来の日本の水準とあまり変わらないが、この先の生活保護制度が一線を画する。

まず、徹底的に違う点は、健康な大人が生活保障(日本国に於ける貧民労働層の下位から10万人の平均した水準の保証)を受けて5ヶ月が過ぎると返済義務が生じるのだ。利子は付かないが、返済期間は収入に応じて決まる。そして、職が決まらず返済が行えない場合は選抜召集対象になる。  選抜召集対象とは社会に必要だが、なり手の少ない分野に対して基礎訓練後に投入していく人材を集めるのが目的だ。下水道管理、ごみ処理、産業廃棄物再処理、など…就役に就いた者は4年の就労義務が課せられ、途中で投げ出すことは許されない。 悪質な事情で逃げ出せば全国指名手配として警察から追われることになるだろう。

もちろん、無償就労ではなく、一般的な給与が支払われるし、
課せられた任期が過ぎても、
本人が希望すればそのまま継続する事も可能な仕組みになっている。

また、選抜召集対象になって、例え職が決まらない場合の対策も万全だった。日の出と共に起き、日没にあわせて眠る、青森県に建設した厳しくも健康的な特別職業訓練所に(悪質な者から優先的に)入る事になる。彼らの食事は災害用備蓄品の保存食の中で賞味期限内の古いものが充てられる無駄の無さ。米も当然、古古米より古いものである。代わりに災害用備蓄品には新たな保存食が備蓄用として回されるので、費用が押さえられているので政府の負担は最小限で済むようになっていた。

これらを中核とした保障が5年以内に行われる予定になっており、現在は軽犯罪者を特別職業訓練所に入れて更生の目安を測る運用試験を行っていた。更生官は帝国軍と国防軍の中でも誠意ある"話し合い"を好む面目が選ばれており、侮れれることは無い。更生官として、この任務に就く軍人には特別手当が支払われている。

日本圏の社会保障は国民健康保険、雇用保険、生活保障、遺族年金の四本柱で進められる。この時代では充実した社会保障といえる内容であろう。

また、国民健康保険、雇用保険、生活保障、遺族年金に関する不正は国家と国民に対する罪とされており、刑法第157条文書偽造罪が適応され、弁解の余地はないものに関しては刑法246条詐欺罪や、場合によっては刑法77条内乱罪(国家の存立に対する罪)も加算されることになるのだ。国家の善意を悪用する者には相応の報いが与えられる事になる。

三人の会話が弾む。
それでも副官としての責務を忘れていなかったニーナ少佐が報告を始める。

「ただいまロング海峡を通過しました。
 これより東シベリア海に入ります」

「ペヴェクまでもう少しだね〜
 取材と慰問が楽しみっ」

ニーナの言葉にイリナが続いた。ロング海峡とは公爵領ウランゲリ島とユーラシア大陸の間に広がる海峡であった。ウランゲリ島からペヴェクまで直線距離で320Kmで、霊仙の現在の速度ならば1時間も掛からない。イリナは取材に期待を馳せながら、艦橋から見える風景を眺めつつ、コーヒーを口に含んで味を楽しんだ。
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【あとがき】
ペヴェク周辺って実はかなりの資源地帯だったりします。
鉱物資源だけでなく、森林資源も広がり、更にガス資源も眠っていたり…
ただし、開発するには相応の投資が必要ですが。


【真神級施設艦は何隻あるの?】
真神、三峯の2隻が配備中です。飛び地の開発を行うには最適な真神級ですが、サン・バルテルミー島のような小さな島には小型統合電力システム(IPS)で十分なので、真神級は少数生産に留まります。


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(2012年08月11日)
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