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帝国戦記 第四章 第05話 『統合軍基地祭』


驚異は全哲学の、探求は進歩の、無視は終わりのはじまりである。

ミシェル・ド・モンテーニュ





1908年 04月29日 水曜日
清国に於いて中国革命同盟会が雲南省河口で蜂起するも清軍に撃破される。




1908年 05月01日 金曜日
帝国財団が第五回帝国賞の受賞者を発表する。




1908年 05月21日 木曜日
アメリカ合衆国はイギリス帝国から改装戦艦3隻の購入を決定。




1908年 05月31日 日曜日
第二次ボーア戦争が終結。フェリーニヒング条約が結ばれ、トランスヴァール共和国、オレンジ自由国がイギリス帝国に併合される。




1908年 06月30日 火曜日
ロシア帝国領中央シベリア、エニセイ川支流のポドカメンナヤ・ツングースカ川上流で謎の大爆発(ツングースカ大爆発)が発生。




1908年 07月10日 金曜日
日本国銀行は帝国銀行の協力の下で、
先進的な偽紙幣対策を施した新紙幣への交換を開始する。














1908年 08月23日 日曜日
港の先には青々とした海面が広がる浦賀水道が広がっていていた。太陽の光を浴びて反射して輝く海面は、まるで航行している艦隊を祝福するような雰囲気すら感じられた。堂々と航行している艦艇の大半が帝国軍と国防軍のものである。

戦艦(9隻)
「長門」「陸奥」「伊勢」「日向」
「扶桑」「山城」「加賀」「土佐」
「金剛」

巡洋艦(10隻)
「葛城」「浅間」「春日」「日進」
「古鷹」「加古」「青葉」「衣笠」
「乗鞍」「黒姫」

護衛艦(25隻)
「雪風」「海風」「江風」「浦風」「野風」
「夏風」「強風」「神風」「朝風」「春風」
「松風」「旗風」「追風」「疾風」「朝凪」
「秋月」「照月」「涼月」「初月」「新月」
「若月」「霜月」「冬月」「春月」「宵月」

海防艦(15隻)
「鵜来」「沖島」「見島」「対馬」「豊橋」
「駒橋」「若宮」「沖縄」「奄美」「粟国」
「新南」「屋久」「竹生」「神津」「保高」

その他20隻

それら、洋上を航行する艦艇に加えて、
上空には12隻の4式大型飛行船「銀河」と36機の4式輸送機「紅葉」が編隊飛行している。

史実の1908年に行われた大演習観艦式ではなく、
これは、帝国軍と国防軍の合同によって行われている統合軍基地祭であった。

統合軍基地祭とは、帝国軍と国防軍の合同軍である地域別統合軍構想を内外に知らしめて、その連携を持ってして抑止効果にする事と、国民に対して軍隊への理解と親睦を深める事を目的とした軍事祭典である。 そして、現在は陸上部隊による観閲式と、海上部隊による観艦式の二本立てで行われる統合軍基地祭の目玉のひとつの観閲式の最中だったのだ。艦艇と飛行船の一部では、抽選で選ばれた一般客が乗船している。もちろん、機密保持や安全面の面から重要区画の入室は禁止されていたが。

更には、統合軍基地祭の模様が広報事業部によって日本本土に留まらず、
音楽隊による演奏を背景に、日本圏全域へとニュース中継が行われてすらいた。
地方の主要基地では地元住民向けの基地祭が連動して行われている。

余談だが、この統合軍基地祭は軍事祭を謳っていたが、軍事一貫ではない。

統合軍基地祭の中心として位置づけられた横須賀軍港の一帯では催し物として、各種の売店や広報事業部に所属するコンパニオン達による新体操の演技や音楽祭なども行われている。無論、地方で基地祭を行う軍事基地でも似た様な状態になっていた。

ともあれ、浦賀水道を航行する水上艦が陣形を整えて、受閲艦と観閲艦の双方に分れて幾つかの隊列へと分かれる。受閲艦の総指揮官は連合艦隊司令長官の坪井航三大将で、歴戦の司令官に相応しく、的確な指示によって艦隊運動に遅滞やミスが無い見事な運用で威風堂々と各艦が移動していた。整備が行われていた部隊間通信システムの存在も艦隊運動の向上に繋がっている。複雑な艦隊行動を行う、受閲艦の艦艇群の上空を航空部隊が通過していく。明治天皇が乗艦する御召艦(観閲艦)は伊勢。参列艦として行動する受閲艦が第一列から第五列へと再編成を終え、観艦式は次の段階へと進む。

第一列が単縦陣となって御召艦の側面へと針路を取る。

御召艦とすれ違う際に、受閲艦の艦上に整列した帝国軍士官、国防軍士官が召艦に対して一斉に敬礼を行う。国防軍には容姿端麗でかつ有能な女性将校が多く、彼女達の美しい動作も相まって絵の題材になりそうな光景だ。

また、質、量ともに充実した日本艦隊の勇士に続く様に外国陪観艦船として、12隻の外国艦が単縦陣で参加していた。

イギリス戦艦「マジェスティック」
ドイツ戦艦「ドイッチュラント」
ロシア戦艦「レトウィザン」
フランス戦艦「パトリエ」
アメリカ戦艦「カンザス」
オーストリア戦艦「アルパード」
アルゼンチン戦艦「リバダビア」
イタリア装甲巡洋艦「カルロ・アルベルト」
スペイン装甲巡洋艦「プリンセサ・デ・アストゥリア」
チリ装甲巡洋艦「ヘネラル・オイギンズ」
トルコ防護巡洋艦「メジディイェ」
タイ防護巡洋艦「マハ・チャルクリ」

12隻の内、レトウィザン、パトリエ、アルパードの3隻の戦艦は日本艦隊と砲火を交えた経験があり、3隻の乗員の多くが緊張気味である。

そして、参加しているのは艦艇だけではない。

横須賀軍港の式典会場には統合軍基地祭に招かれた各国の要人がいた。別のフロアには各国の新聞社も招かれている。会場に居ながらも、広報事業部の中継によって洋上の観艦式が鮮明に見る事が出来るのは、この時代では帝国重工の専売特許だった。もちとん、広報事業部から派遣されたコンパニオンたちが遠慮会釈を心がけながら、きめ細やかなサービスを要人たちに提供していく。

式典会場の一角では、
ロシア帝国の代表として式典会場に来ていたマカロフ大将が、
一人のフランス人に小声で話しかけていた。

「今思えばだ……
 我が祖国は、なんて恐ろしい国家に戦争を吹っ掛けたんだろうな。
 あの戦争に貴国を巻き込んで申し訳ないわい」

「貴国だけの責任ではないよ。
 開戦前を見れば時間さえかければ勝てると思うだろう…誰だってな。
 それに戦争を抑えようとしても、帝国重工の技術資産が余りにも魅力過ぎた…
 しかし、職を賭けても反対するべきだったと常々に思う」

ロシア帝国の名将であるマカロフに応じるのはフランス海軍参謀総長のオーギュスト・ブエ・ド・ラペレール大将である。彼はトラファルガー沖海戦で戦死したラペイレルの意思を継いで、フランス海軍再建の責任者として敏腕を振っていた人物だった。既に、ラペレール大将によって、新奇な用兵思想と沿岸海軍思想を掲げて、如何なる狙いで建造したのか少し理解しかねる船を建造していたにも関わらず、不思議と隆盛を極めていた新生学派は解散に追い込まれている。

マカロフ大将は口元に蓄えた豊かな髭を弄りながら言う。

「同感じゃて。
 帝国重工の重要性は判っていたつもりだが、完全に認識不足だったよ」

「本当に戦争が終わって良かった……
 次々と戦艦や巡洋艦を量産してくる相手との戦争なんて付き合いきれん。
 短期間のうちに要塞すら作ってしまう。
 おまけに通信技術は他の追随を許さないときている。
 戦いが続けばもっと酷い目に合っていただろうよ」

「巡洋艦と言えば、だ…
 我々が巡洋艦と思っていた雪風級が日本では駆逐艦相当の護衛艦と言うのも、
 既に驚きを通り越して笑うしかないじゃろう」

「うむ。しかも、たった4隻の駆逐艦で戦艦を沈めてしまうのだから、
 下手に手が付けられない」

ラペレール大将が溜息を吐く。

ラペレール大将のような重要人物が遠方遥々のフランスから日本に来ていたのは帝国軍や国防軍との交友を強化する目的もあったが、本当の狙いは別にある。これからのフランス海軍がヨーロッパ水域に於いて優位に保つためには、日本式の海軍に代えねばならないと考えていたからだ。史実に於いてもフランスは、第一次世界大戦時には戦力整備の為に日本帝国から多数の水雷艇を輸入している。

そして、ラペレール大将には判っていた。

装甲巡洋艦の整備に多大な力を注いでいたフランス海軍は、雪風級の存在によって、その根底から覆るほどの大打撃を被っていた事を。生き残った艦も数多く存在していたが、損害を受けていなくても、時代遅れの艦艇として従来のような抑止効果は期待できそうもなった。日本との戦争で装甲巡洋艦が活躍できなかった悲しい事実が世界の共通認識なのだから。

二人は幾つもの意見交換をしていった。
やがて、話題はアメリカへと移る。

「個人的な意見で構わぬが、
 アメリカの米比戦争の継続をどう思う?
 ワシからすれば余りにも危険な行いだと思ってるのじゃが」

「同感です。
 日本義勇軍の派遣が秒読みに入っている状態で、
 陸軍兵力の増派を行うのは挑発しているとしか思えません」

「じぁが、アメリカは、それを行ってしまった」

「ルーズベルトも強硬派の主張に苦労しているのが手に取る様に判ります」

「そうじゃろうなぁ…
 不安定な情勢に於ける政治対策というのも大変なものじゃ」

この様な日米摩擦下にも関わらず、アメリカの戦艦が日本の統合軍基地祭に参加していたのは、礼儀として基地祭に招いていた日本の好意に対して、対日融和派であるジョージ元帥の一派が動いて実現していた。

これにはジョージ派だけではなく、
イギリス帝国のチェンバレン議員の働きかけも大きい。

チェンバレンは、表面上だけでも日米間の友好をアピールし、日米間での直接的な戦争は起こりえないと云うメッセージを世界に向けて、外債の安定化を図るべきだとアメリカ側に非公式に伝えていたのだ。今は十分に戦力を蓄える時期で直接対立には時期尚早だとも。暗にイギリス戦艦の購入を勧める内容であったが、確かに現有戦力では日本艦隊に勝てないのも事実であった。

加えて、アメリカ外債を購入していた国内投資家たちの要望もある。

これらの流れも日英間で締結した秘密条約で決められていた内容だった。日本が英国戦艦の売却に適した戦略環境の構築に協力する代わりに、イギリスはドイツを牽制しつつ日本のフィリピンへの介入に中立の立場で協力し、全面戦争に発展しないように調整していくのだ。

完璧な日英の出来レースと云えよう。

数年後の第三者の立場から見れば日米間の摩擦を上手く突いたイギリスの圧倒的な勝利に見えるに違いない。アメリカは浪費し、日本は譲歩のために散財しているのだから。もっとも、そう見える様に、日本側が巧妙に調整していくのだが。これに関して、金銭的な勝利はイギリスで、長期戦略では日本の勝利である。帝国重工は戦略に必要な資金を出し惜しみするつもりは無い。

マカロフ大将が気の毒そうに言葉を続ける。

「夢中で火遊びを行っている者は、
 その火が飛び火するまで、近くに何があるかが気づかないものじゃ。
 それがとびきり危険な火薬庫であってもな…なまじ戦力が充実すると余計にのう」

「我々の国家がそうでしたから」

「うむ…苦い経験だったな」

歴史の経験者である二人の言葉は重みがあった。
ラペレール大将が気の毒そうに言う。

「ともあれ…遅かれ早かれ、
 米比戦争が続けばアメリカは日本との衝突は避けられません」

「そうじゃな。
 我々もそう判断している」

ロシア帝国では日米衝突に備えて先手を打っていた。正確に言えば、先手を打ったのはかつてロシア帝国内務大臣を務めていたプレーヴェである。アーヴァイン重工のプレーヴェは元部下のミルスキー内務大臣に話を通し、ミハイル商会を介して帝国重工に義勇軍として兵力の貸し出しを水面下に提案していたのだ。その兵力とはアーヴァイン重工によって臨時に雇用される極東ロシア軍である。

そして、プレーヴェの凄まじいところは、その情報をプレーヴェ個人の思い付きとして外部に流すことで、アメリカ合衆国を牽制する戦略案すら帝国重工に提示していたのだ。また、日本政府ではなく、帝国重工に交渉を持ちかけたのは、協力の暁に資金援助もしくは、可能ならば技術援助を得る為であった。

祖国ロシアの為なら幾らでも冷酷になれるプレーヴェは、イギリスと歩調を合わせつつ、アメリカの不幸を最大限に利用していくことになる。戦争にならない限り、イギリスより目立たないようにするのが、実利を重視するプレーヴェらしい配慮であろう。

ラペレール大将の分析が続く。

「外債の問題からアメリカとしては日本との全面戦争は是が非でも避けたいが、
 強硬派は撤退を許さないし、それに、このまま撤退すれば大統領の支持率が低下する。

 避けられない戦争ならば、中立のイギリスやドイツを後ろ盾として、
 限定戦争に留める可能性もあります」

「なるほど…
 善戦して、日本側から譲歩を引き出す目的か…
 戦艦を売りたがっているイギリスからすれば、
 自国の植民地には影響が無い限定された戦争ならば有り難いかもしれん…
 やはり、イギリスは侮れぬわ」

「先の戦争でも我々の苦戦を尻目に、
 イギリスだけが暴利を貪っていましたから」

「うむ。恐ろしい国じゃ。
 流石の日本や帝国重工もイギリスの老獪さには手を焼くようだのう」

ラペレール大将は心から同意するように頷く。
あまり人気を避けて話していては怪しまれると、
二人は話を切り上げ、純粋に式典を楽しむために意識を切り替えた。

何しろ、この式典には、あの有名な洋菓子店「榛名」のお菓子が多数出されており、それを楽しみにした人々も少なくはない。そして、ラペレール大将もその一人だったのだ。
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【あとがき】
プレーヴェの狙いは世界屈指の陸軍兵力を誇るロシア帝国軍と世界第二位の海軍力の日本帝国軍が結びつく可能性を示唆する事で、日米戦争を抑制しつつ、ロシア帝国の戦略的な価値を向上させながら、牽制した代償として帝国重工から金を得ること。そして、戦争になったら、アラスカ占領を唆して、傭兵部隊の派遣で利益を得ることだったり(悪)

ともあれ、イギリス帝国は、
より一層油断ならぬ大国としての地位を更に固めていくことになります。

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2012年02月12日)
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