左上 右上
■ EXIT
左下 右下
左上 右上
帝国戦記 第四章 第03話 『グレート・ホワイト・フリート』


彼らはたとえ失敗しても、素晴らしい成果を生む。
勝利も敗北も知らぬ、冷たく臆病な人々には到達し得ない場所なのだ。

セオドア・ルーズベルト





1907年 06月28日 金曜日
帝国重工がサモア南西約225kmの海域、水深1200メートルにあるウエスト・マタ火山でマグマ発電プラントの建設を極秘裏に始まる。




1907年 07月03日 水曜日
帝国学院に於いて電子・陽電子衝突加速器の建設が始まる。地震対策として積層ゲルアイソレーターと並進抑振ダンパーを設置した堅牢な施設として作られる。




1907年 07月15日 月曜日
ロシア帝国による半官半民の特殊会社である南満州鉄道株式会社が開業。




1907年 07月28日 日曜日
清国に於いて中国革命同盟会が広東省黄崗で蜂起するも清軍に撃破される。




1907年 08月31日 土曜日
イギリス帝国とロシア帝国の間でペルシア、アフガニスタン、チベットに於ける両国の勢力範囲を決定する英露協商が結ばれ、英露両国によるチベットの独立が承認。翌日、日本帝国もチベット独立を承認する。




1907年 09月13日 金曜日
三国間条約が解消となる。




1907年 09月25日 金曜日
幕張地区の中心地で建設が進められていた帝国重工本社ビルの全ての工事が完了し、落成式が大々的に執り行われる。




1907年 10月06日 日曜日
オーストリア帝国がセルビア独立王国の反対をよそに、
ボスニア・ヘルツェゴビナの併合宣言。




1907年 11月18日 月曜日
アメリカ軍によってフィリピンで行われている虐殺の事実がフランスの新聞記者によって明るみとなり、世界各国で反響を呼ぶ。日本帝国、ロシア帝国、フランス共和国がアメリカ合衆国に対して名誉ある撤退を提案するも、アメリカ側はこれを否定する。




1907年 12月03日 火曜日
ノヴァヤゼムリャ島 ― 冬月諸島 ― ラザレフ ― 東京 ― 中部太平洋諸島 ― 南極間に於ける直通回線が開通。




1907年 12月11日 水曜日
帝国軍と国防軍は翌年08月23日に合同で大規模な基地祭を開催すると発表する。



















1907年 12月16日 月曜日
アメリカ合衆国バージニア州南東部のハンプトン・ローズにあるノーフォーク海軍基地に停泊していたアメリカ大西洋艦隊が太平洋岸のサンフランシスコへと向かうために出港しようとしていた。それを見守るのはマッキンリーの後を継いだセオドア・ルーズベルト大統領をはじめとする大勢の見物人である。また、太平洋へと向かうアメリカ大西洋艦隊の全ての艦艇の艦体が白の塗装で統一されたことにより、白い大艦隊(グレート・ホワイト・フリート)とも呼ばれるようになる。

見物人の多くは、次々と出港していく大艦隊を頼もしそうに見ていた。

チャールズ・S・スペリー中将率いる、艦隊は次のような編成である。

戦艦(10隻)
「バーモント」「カンザス」「ミネソタ」「ニューハンプシャー」
「バージニア」「ネブラスカ」「ジョージア」「ニュージャージー」
「ミシシッピ」「アイダホ」

装甲巡洋艦(8隻)
「テネシー」「ワシントン」「ノースカロライナ」「モンタナ」
「メンフィス」「シアトル」「シャーロット」「ミズーラ」

日本海海戦で大打撃を受けたアメリカ海軍が、これ程の艦隊を編成する事が出来たのはマッキンリー前大統領の功績と言っても過言ではない。彼の肝いりで派遣した義勇艦隊が日本海海戦で壊滅したとはいえ、スペインとの米西戦争に戦勝していたマッキンリーの指導力は健在だった。彼は再選を諦め、大統領の任期を終えるまでに、苦労を重ねて海軍再建の基礎を築いていたのだ。この大艦隊は政治生命を燃やして得た成果と言える。

「ミシシッピ」「アイダホ」の2隻はアルフレッド・セイヤー・マハン少将の提案した低コストで生産が出来る小型戦艦のミシシッピ級戦艦で補われていたが、それを除く8隻の戦艦は、コネチカット級戦艦である。このコネチカット級戦艦は日本海海戦の戦訓から貧弱な7インチ副砲を廃止して、代わりに速射砲を増強した戦艦である。

アメリカ海軍も当初はコネチカット級戦艦の増産ではなく、日本戦艦と同じように2基以上の主砲を搭載した新型戦艦を作ろうと試みていたが、米比戦争の長期化による予算の皺寄せによって主砲を4基搭載したサウスカロライナ級戦艦の開発が頓挫していたのだ。

単純に主砲を増やすなら簡単だったが、
それではバランスの悪い戦艦になってしまう。

何しろ主砲を増やせば、それだけ重量が嵩む。低下した速度を補うために機関を増やしたとしても、その分だけ燃料消費も増えるので、それを防ぐためには石炭の貯蔵庫も増やさねばならず、結果として重量が増してしまう。しかも防御しなければならない重要区画が増えるので、装甲など防御対策も増やさねばならない。これらの問題点をクリアした戦艦を開発する時間的余裕もなかったの大きい。航続距離と速度を諦めれば、主砲の数を増やすことも出来たが、用兵側からの反対で実現していない。

そして、最大の理由は限られた予算にある。

何しろ既存艦の改良艦ならば、準備した製造施設を流用する事も可能なので新設計の新造艦に比べて安く済む。更に配備する艦型を絞ることで建造費と運用費を抑える効果も期待できる点も大きい。加えて補修部品などの統一によって、コネチカット級戦艦の作戦能力が向上していたのだ。

この艦隊の目的は南米諸国に対して表向きは親善訪問を行いつつも、アメリカの力を示す事であった。しかし、より重要な目的が二つある。一つは、太平洋側にあるカリフォルニア州のサンフランシスコへと向かい、アメリカ西海岸のアメリカ国民に軍備拡張の支持を働きかける事で、更なる軍拡を実現すること。

そして、二つ目はより重要だった。

現段階では、極秘として外部には明かされていないが、サンフランシスコからハワイ諸島のホノルルを経てニュージーランドやオーストラリアなどのアジア各国に訪問し、植民地化を推し進めるフィリピンを経て、インド洋エジプトなどに寄りながら世界一周を実現する。 この世界一周によってアメリカ艦隊の展開能力と、その補給態勢の確保も含めて、それらを世界に誇示し、日本海海戦で活躍することなく壊滅したアメリカ義勇艦隊の汚名を雪ぐ意味があったのだ。

これには、日本帝国の勢力拡大によってフィリピンの孤立化にならないようにと恐れた議会保守派や軍人たちの要望、新たなる市場としてフィリピンの植民地化を期待していた大統領や有力議員の後援企業の働きかけもあった。ルーズベルト大統領としては各国訪問は良いとしても、日本との衝突の危険性があるフィリピン方面の派遣には慎重な姿勢を見せていたのだが、強い権限を有する大統領とはいえ独裁者ではない。

断れない事も多々にしてあり、このように進められている。

しかし、この艦隊を送り込むことによってアメリカは自らの国際地位を高めるどころか、大きな火種へと発展する事になろうとは、予想だにしなかった。そして、アメリカにとって問題だったのは、その問題を正確に予見していた人物がイギリス帝国と日本帝国の双方の要職に就いていた事であろう。














1908年03月14日 土曜日
精悍な顔つきな加藤高明(かとう たかあき)駐英大使が、鷹のような印象を感じさせる英国外務大臣のエドワード・グレイ子爵、とロンドンにある英国外務省本省で非公式な会談を行っていた。エドワード外務大臣は後に英国外務大臣の最長在任記録を記録するほどの英才で、鳥類学者も兼任しており頭の回転が速い。

また、この会談には日英の双方から、1名ずつの付添い人が参加している。

イギリス側には保守党の掌握にも成功して、その影響力が増したチェンバレン議員で、日本側からは、今から8年前にロシアとの艦艇売却交渉で参加していたシーナ・ダインコートである。シーナの身分は帝国重工関係者ではなく、大使館秘書として参加しているものの、彼女の経歴からして帝国重工の代弁者と、暗に語っていた。だからこそ、イギリス側もシーナを秘書官としてではなく、重要人物として見ていたのだ。

会談の内容はアメリカ合衆国の行いに関する事前協議の一環で、グレート・ホワイト・フリート(以後、GWFと明記)の対応に関する話し合いである。

また、非公式な会談の為に、議事録は作成されていない。

「…我々と貴国はアメリカとの無用な戦争は望んでいない。
 この認識で宜しいですな?」

「無論ですとも。
 此方もGWFの目的が戦争目的ではなく、国威上昇の手段として見ております。
 そのような事に目くじらを立てるつもりはございません」

加藤大使はチェンバレン議員の言葉に、
別に珍しい事ではないと、付け加えて応じる。

加藤大使は東京大学法学部を首席で卒業して、更に法学士の学位を得ていただけに、高い知性を持つチェンバレンとのやり取りに遅滞なく応じていた。三菱本社副支配人の経験もあり、経済感覚も富んでいる。無論、この会談で使用している英語も母国語である日本語と同等レベルにあり、自由に話す事ができた。

「もっとも…GWFは国威上昇どころか、低下を招いていますが」

紳士として名を馳せているグレイ外務大臣が苦笑しながら言う。

グレイ外務大臣の言葉にあったようにGWFは裏目に出ていたのだ。

GWFの目的を要約すればアメリカが"列強"と肩を並べるだけの力があることを見せつける。この意図に集約されていたが、3月13日に行われたアメリカ側の発表で、航海の目的が世界一周と知られると、ヨーロッパ諸国ではGWFが日本帝国を威嚇するために太平洋へと認識した新聞各社が日米戦争不可避と騒ぎ立て始めたのだ。

史実と似たような展開になっていたが、この先は全く違っており、この戦争の危機からアメリカの外債が暴落と言ってよい位に下落を始めていた。何しろ、複数の列強からなる条約側との戦争に勝利した日本帝国に対して、アメリカ側は日本海海戦で派遣した義勇艦隊は大敗し、しかも、未だフィリピン戦で苦しんでいる。

これでは比較のしようが無い。

それに、帝国軍と国防軍は翌年08月23日に地域別統合軍構想に則って行われる、統合軍基地祭に備えて物資の集約と戦力の再編成を始めており、GWFが日本に到達するまでに、条約軍艦隊を下した日本統合艦隊の編成が容易と見られていた事実もアメリカにとって不利に働いていた。

市場は正直だったのだ。

日本帝国が外債を発行していれば急騰していただろう。
しかし、日本帝国は外資による介入を避ける目的から、外債発行を行っていない。

テーブルの上に乗せている腕を組みかえてからシーナが言う。

「ですが、これ以上の外債暴落はアメリカを自暴自棄にしてしまう…
 その危険性があります」

「世論に押されれば、そのケースも否定しきれないな。
 困ったものですな…」

残念そうな表情で言うチェンバレン議員にシーナが頷く。
言葉を交わしながらシーナは思う。

(やはりチェンバレンは相当な狸ね。
 影から煽っている黒幕の一人は貴方でしょうに…)

チェンバレンが暗躍するのは日米摩擦はイギリス戦艦を売る絶好の機会だからである。現状のアメリカ艦隊では日本艦隊には対抗は難しい。そして、短期間で戦艦を補充しようとするならばイギリスから買うしかない。日本の薩摩級戦艦の存在によって、イギリスの改装戦艦が思うように売れていないだけに、チェンバレンは大きな期待を掛けていたのは当然である。

そして、これはイギリスの資本家たちの希望でもあった。

旧式戦艦を改装して行う艦艇売却であっても、アームストロング社などの国内の軍事産業に改装工事という大きな仕事を与えることになるし、最終的にイギリス海軍は旧式戦艦の売却処分費を新造戦艦にあてる事になる。資本家にとって大きな利益が見込める一大イベントであろう。

だからこそ、チェンバレンは資本家たちの要望を加味して、静かに暗躍していたのだ。

日本中央情報局や帝国重工はチェンバレンが行っている暗躍の証拠を、ある程度は掴んでいたが、それを公表することはない。知らぬ存ぜぬを通すのは、下手に公表してイギリスとの対立を招いては元も子もないからだ。現在の日本戦略はイギリス帝国に世界の面倒を負わせて、自国の開発に専念したいだけだった。

日本帝国は帝国と冠しているが、世界の覇権には全く価値を見出していない。

(ふふっ…そんなに戦艦を売りたいなら、沢山売らせてあげるわ。
 もちろん、見えない形で代価は頂くけどね)

シーナが魅力的な表情でチェンバレンに向かって言う。

「そういえば…ここ最近は、貴国は戦艦を売ろうと、
 色々と働きかけているようですね。
 ご活躍のお話を伺いますわ」

「貴方の様な美女に、お褒めに預かるとは恐悦至極ですな。
 しかし、活躍と言う程ではありませんよ。
 国民を食べさせていくためには商品を売らねばならぬので、当然の事を行ったまで。
 それは、我が国だけでは無く、貴国も同じと思いますが?」

英国紳士であるチェンバレンは、
素直に女性を褒めながらも見事なカウンターを放った。
それに加藤大使が反撃する

「もちろん。
 戦艦売却は各国が有する当然の権利です。
 我が国としては、非難するつもりは全くありません」

加藤大使が同意してするも、そこにはイギリスと日本の戦艦販売が同等である事を匂わせていた。高い知性を持つ者同士の言葉の応酬が続くが、互いに礼節を弁えており、問題に発展する前に互いに矛を収める。

「そこで、我が国からの提案ですが、
 戦争の原因になりかねないアメリカの外債暴落を抑える為に、
 貴国にはより強く、アメリカへの戦艦売却を働きかけて欲しいのです。
 有力な艦隊を保有すれば、国威も上昇して外債低下にも歯止めが掛かるかと…」

加藤大使の提案にチェンバレン議員は面白そうな表情を浮かべる。自ら望む方向に会談が動いたことに満足するも、安易には食いつかない。戦艦は売りたかったが、相手は大国と化した日本だからこそ、その慎重さが増していた。

「確かに名案ですが、
 今のアメリカにそのような財源があるとは思えませんな」

「貴国の後押しがあれば、アメリカは直ちに財源を確保できますわ」

シーナの言葉からチェンバレンは財源に繋がる記憶を辿る。

この会談の内容を加味し、日本側が知りながら戦艦購入に繋がる資金といえばかなり限定されるので、直ぐに一つの可能性に至った。

「ふむ…アメリカが売却を渋っているアメリカ領東サモアか…
 要するに、我が国がアメリカに売却するように働きかけろと?
 確かにアメリカ世論は売却に流れているが、このまま大人しくは売らないだろう」

「もちろんです。
 ですが、その売却価格がイギリスの介入によって、
 450万ポンドにまで上がるとなれば?」

「ほう?
 まぁ、その額ならば、今のアメリカならば売却に同意するでしょう。
 しかし、それでは貴国が一方的に損をするだけでは?」

日本側からの申し出にチェンバレンは困惑する。
グレイ外務大臣も同様であった。
確かに450万ポンドともなれば、旧式戦艦の改装艦ならば7隻程の額に相当するだろう。

イギリスからすれば戦艦の売却に繋がるのは好ましいが、日本の申し出は余りにも怪しすぎた。上手い話を鵜呑みにするほど、甘くはなかったチェンバレンは理由を考える。

(今の東サモアにそれまでの価値はあるとは思えぬ…
 いつでも無力化が可能な島に、そこまで資金を投入するのは何故だ?)

チェンバレンの疑問はもっともだった。

確かにアメリカ領東サモアの戦略価値は低くはない。
公爵領に対する足がかりとして考えるならば要衝となりうる島だった。

しかし、その戦略価値も今では疑問符が付いている。まず第一に、周辺海域の多くが公爵領の影響下であり、その周辺を国防軍によって封鎖されてしまえば戦わずして敗北してしまう。何しろ、帝国軍と国防軍を合わせた艦隊戦力は世界第二位の規模で、今のアメリカ海軍では荷が重い。更に東サモアは策源地として扱うには経済的にも乏しいので、大軍を展開させただけ、兵站の負担が大きくなる。

極付けとして、東サモアはアメリカ太平洋艦隊が1900年から1904年に掛けて無理やり併合していた事が問題だったのだ。

支配下に置いたアメリカにとって都合の悪いことに、ここ近年のアメリカの国威低下を受けて独立の気運が高まっていた。東サモアと隣接する公爵領となった西サモアが、現地住民に配慮した発展を見せていた善政に比べて、東サモアではアメリカ軍による息苦しい統治が行われている落差と言うべき格差が、独立に向けた機運を後押ししている。

アメリカ側が、先住民に於ける西サモアとの交流を規制しようにも、
夜間の間で小船で移動されてしまえば、規制しようがない。

このようなフィリピンのような激しい独立闘争が起こる可能性を秘めていた島を手に入れても、後々面倒になるだけだ。

シーナの言葉に続いて加藤大使が言う。

「そこで一つお願いがあります」

「内容によっては即答はしかねますが、
 とりあえず伺いましょう」

グレイ外務大臣が頷くと、
チェンバレンも言葉を逃さないように集中する。

「我が国は国内世論の観点から、
 フィリピン軍に対して医薬品を初めとした人道支援を準備を進めています。
 事の進展によっては義勇軍の派遣もありえますが」

(日本がフィリピンに向かうなら悪くはない。
 前回の戦争では列強各国が義勇軍と言う名の兵力派遣を行っているだけに、
 批判も起こり難いだろう…
 我が国が中立でいられるなら、拡大しない様にコントロールは十分に可能だ。
 それに加えて、アメリカに軍需物資を売り込む機会にも繋がるやもしれん)

自らの考えが実用可能かを確かめる様にチェンバレンは質問を始める。

「なるほど…状況は理解しました。
 確かに人道支援や義勇軍という形ならば大きな問題には発展しませんからな。
 で、我が国に、それに対する支持を行えと?」

「いえ、中立的な静観で構いません。
 ドイツ帝国を牽制する形で中立さえ貫いてくだされば十分です」

加藤大使の言葉にグレイ外務大臣とチェンバレンが得心がいった様子を見せた。二人は日本政府はアメリカの行為を受け流すが、その代わりに高まる国内世論を満足させたい、これらに集約していると理解する。

そして、納得した。

イギリス政府は日本帝国に於いてアメリカ合衆国からの独立に向けて戦っているアギナルド率いるフィリピン軍に対する同情や支援を望む声が民間のみならず、軍や政府でも日々高まりつつあったのをスパイや新聞社を通じて知っていたからである。

チェンバレンにとって、
この会談はイギリス帝国にとっては非常に好ましい展開だった。

日本帝国がフィリピンや太平洋に関心を向ければ向けるほど、その目が中国大陸から遠のく。そして、利点はそれだけではない。日米双方の領土が極端に増えない程度の限定的な対立は兵器売買にも弾みが付くだろう。

日本側からの提案をグレイ外務大臣とチェンバレンの両名はイギリス帝国にとっても大きな恩恵のある申し出として判断し、各方面に働きかけることを日本側に確約する。そして、この日の会談の後、幾つかの会談などのやり取りを経て日英間で秘密条約の締結に至ることになるが、その内容は日本側が提示したものから、長年に渡って世界帝国を統治してきたイギリスに相応しい狡猾さが加わった対アメリカ政策へと進化していたのだ。
-------------------------------------------------------------------------
【あとがき】
互いの戦略の一致から英日の両政府が影から協力しながら、戦艦を欲しがっているアメリカに英国の戦艦(旧式)を分け与えていく(押し付けていく)心温まるお話に……この様な方法を取ったのは、イギリス帝国のような超大国を動かすには利害の一致が一番安心で確実だったからです。これに帝国重工と工作商会や、英国の軍需産業に加えて、アメリカ国内の軍拡を望む軍人たちも動く事に(汗)

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2012年01月30日)
左下 右下
左上 右上
■ 次の話 ■ 前の話
左下 右下