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帝国戦記 第四章 第02話 『新鋭漁船』


スマートで目先が利いて几帳面、
これぞ船乗り

山本五十六





1906年 09月13日 木曜日
帝国重工の生命環境事業部が戦傷者に施していた再生医療のうち、 角膜再生と再生歯を高度先端医療として治療提供を開始。




1906年 09月19日 水曜日
チリ共和国は日本帝国の仲介でアルゼンチン共和国との不可侵条約を締結。




1906年 10月05日 金曜日
ドイツ領南東アフリカのプランテーションを中心に崔益鉉らが起こした暴動がロタール・フォン・トロータ中将が率いるドイツ帝国軍によって鎮圧される。




1906年 11月02日 金曜日
ロシア帝国に於いてレフ・ダヴィードヴィチ・トロツキーがクラスノヤルスク地方のノリリスクへ永久追放を受けるも、護送中に脱走する。




1906年 12月12日 水曜日
アーヴァイン商会がアーヴァイン重工として再編。




1907年 01月05日 土曜日
日本国内に於いて史実よりも23年も早く官公庁で専用回線を使用した写真電送が始まる。




1907年 01月21日 月曜日
ニューヨーク株式相場が暴落。
ジョン・ピアポント・モルガンを中心としたニューヨークの大物銀行経営者たちが金融危機への対策を協議する。




1907年 02月24日 日曜日
帝国重工の電脳事業部が汎用超並列計算機である7式複合計算機の試作機を開発。

7式複合計算機はフラーレン分子チップを採用した、マルチスケール・マルチフィジックス現象の処理は元より、各種推論エンジンの自己組織化が行えるリフレクティブアーキテクチャシステムを採用した分子計算機であった。




1907年 03月01日 金曜日
公爵領に於いて、「生体認証」「総合個人情報」「戸籍謄本」「社会保障番号」「納税者識別番号」などの情報を纏めたID制度を施行する。




1907年 03月19日 火曜日
ウラジミロフカ(豊原)に於いて樺太庁が開庁される。




1907年 04月01日 曜日
帝国重工の決算、税務、予算管理、固定資産管理、子会社の管理・指導を管理する重工経理部門から帝国銀行が発足。ただし、利用資格は帝国重工関係者と公爵領住民の2種類に限られていた。




1907年 04月04日 月曜日
統合軍令部に於いて対外有償軍事援助を管轄する日本国防安全保障協力局が設立される。




1907年 05月18日 土曜日
高野さゆり、老化のメカニズムを発表する。




1907年 06月10日 月曜日
日本帝国、フランス共和国、ロシア帝国の間で日仏露協約が調印される。

これによって日本はフランスとロシアの関係を相互的最恵国待遇に引き上げ、清国に於けるフランスとロシアの特殊権益を認める代わりにフランスとロシアの両国は日本と公爵領に於ける南シナ海、東シナ海、西太平洋、北極海、南極海の支配を完全に容認することを約束した。




1907年 06月15日 土曜日
オランダのハーグで万国平和会議が開催。
中立侵犯、開戦法規、陸戦法規が再定義され、国際紛争平和的処理条約が締結、更には常設仲裁裁判所の設置などが10月までに規定される事になる。




1907年 06月21日 火曜日
建造中の薩摩級戦艦のうち、完成した1隻がアルゼンチン海軍へと引き渡され、戦艦リバダビアとして運用が始まる。














イギリス帝国の首都ロンドンの郊外。その一帯の中で一際豪華な館の一室にて、極めて裕福な白人資本家の面々が今後の方針を話し合う為に集まっていた。彼らの血に連なる人々はイギリスだけでなく、フランス、ドイツ、アメリカ、イタリアにも及んでいる。それほどの旺盛を誇っていた彼らであったが、思いのほか良くはない状況らしく、彼らの表情は一様に暗い。

席に腰を掛けていた議長役の初老の紳士が言う。

「生物工学に基づく再生医療に、遺伝子工学から発展した準老化抑制か…
 これらに関しては我等が生産する機材では再現どころか、
 確認すら出来ぬらしいな」

「彼らが先に見つけた技術です。
 同じラインに立つには、此方も時間を掛けるしかないでしょう」

他の技術同様に帝国重工が発表した内容は、史実に於いて近年の内に到達しうる範囲に留まっている。基礎理論自体は比較的早く誕生する両分野であったが、実用技術は半世紀以上も先になるのも、この分野の特徴であろう。もちろん、他の技術同様に生物工学や遺伝子工学の機材は部外秘として外に出すことはない。

「だが、新規技術開発には膨大な投資が必要になるぞ?
 ある程度仕組みが判っている飛行機ですら、未だに追いつけん。
 我々がそれなりの融資を行ったにも関わらず、
 出来上がったものは上昇高度は60メートルが精々だ。
 しかも飛行時間は極めて短い」

「ドイツでは電送写真の再現はできたのだ。
 研究を継続すれば不可能ではないはないのでは?」

電送写真とは、史実と同じく1906年10月17日にドイツ帝国のミュンヘン大学教授のアーサー・コーンが行った実験で行われた電送実験の事である。ただし、1904年9月4日から帝国重工によって始まっていたニュース中継によって、欧米に於いて特筆する技術と判断されず、大きな注目を浴びる事はなかった。逆に、アーサー教授はドイツ皇帝のヴィルヘルム2世から中継放送の再現を命じられ、四苦八苦していた程だ。

年齢と共に経験を重ねた紳士らしく、
初老の男性が楽観論を戒めるように言う。

「気の長い話だな…
 ドイツはモノクロ写真で精度が悪い。
 そして、向こうは総天然色の映像だぞ?
 加えて遠距離であっても問題なくやり取りを行っている。
 飛行機と同じように、その格差は大きい」

「……」

出来るかもしれないに比べて、相手側は数段先を問題なく行っている事実を指摘されると何も言えなかった。彼らの中には帝国重工が販売している医薬品に頼り切っている者も少なくはない。それに老化抑制が発展すれば不老長寿も夢ではなく、これらの事からも感情的に帝国重工を攻撃することも憚れた。第一、帝国重工の商品を仲介販売する事で大きな利益を得ている。

初老の紳士は帝国重工のやり口に、その手強さから思わず溜息が出た。

恰幅の良い中年の男性が応じる。

「ならば、しばらくは可能な限りバクーへの投資を優先するべきだろう。
 石油は今後の戦略物資になりうる資源だ」

次々と賛成の意見が出る。

バクーとはロシア帝国領内のカスピ海西岸に突き出したアブシェロン半島南岸にある、大規模な油田(バクー油田)の事を指す。史実と比べて内政問題が少し緩和されていたロシア帝国では、ヨシフ・ヴィッサリオノヴィチ・ジュガシヴィリ(ヨシフ・スターリン)による扇動によってバクー油田が炎上するような事はなかった。この結果、ノーベル系やロスチャイルド系(マイヤー・ロスチャイルド)などの大資本が管理する会社がバクー残っていたのだ。

「そうだな…しかし、ずいぶん話がずれてきたので本題に戻そう。
 帝国重工の助力を得ていたとはいえ、日本帝国も独力で戦艦を建造か……厄介だよ。
 しかも自国用ではなく、輸出用ときている」

初老の紳士の言葉に、
恰幅の良い中年の男性が応じる。

「特に問題なのが条約間戦争で示した日本戦艦の強さだ。
 あれが世界中に伝わった事で、我々の戦艦の威信に傷が付いてしまった。
 長門級を建造した帝国重工が監修した戦艦ともなれば、その期待は抑えようが無い」

「うむ…あのロシアですらも薩摩級の購入に向けて動いているのが不味かった。
 日本兵器の優秀さを、これ程に無いまでに引き立たせている。
 この修正は容易ではないぞ」

彼らの言う通り、イギリス戦艦が売れたのはブラジル海軍だけであった。それに対して日本帝国の艦艇は爆発的な売れ行きを見せ始めている。

アルゼンチン海軍は薩摩級戦艦2隻、鵜来級海防艦4隻の購入だけでなく、大淀級巡洋艦1隻と峯風級駆逐艦2隻を追加注文していた。この追加注文は、先に納入された戦艦リバダビアと4隻の海防艦の性能にアルゼンチン海軍が感銘を受けた事と、アルゼンチン海軍に於ける老朽艦を鉄屑として買い取る帝国重工の申し出が大きい。

最高意思決定機関が推し進める対外有償軍事援助の一環であった。

現在、日本帝国が定める対外有償軍事援助に入っているのはスペイン王国、北欧諸国、アルゼンチン共和国、チリ共和国、タイ王国である。先に購入を決定したアルゼンチンも、後日老朽艦を鉄屑として買い取る事も決定し、不公平感が出ないようになっていた。チリも、その制度によって大淀級巡洋艦2隻と峯風級駆逐艦6隻の追加購入を決めている。

スペイン王国も将校を日本に派遣しており、
購入に至るのは時間の問題だったのだ。
特にスペインは心情的にも日本戦艦に好意的だった。

何しろ、スペインは米西戦争でアメリカから苦渋をなめさせられており、そのアメリカ戦艦を一方的に叩きのめした日本戦艦の購入は能力だけではなく、心情的にも非常に好ましかったのだ。

これらの情勢の結果からして、
イギリスやその資本家たちの焦りは増すばかりだった。

「それだけじゃない。
 彼らの艦艇は安すぎる!
 我々の6割に留まっている…まるで儲けを気にしていないような売り方だっ!
 由々しき事にアリサカ・ライフル(30式小銃)の輸出すら一部では始まっている」

彼らの言う通りである。
タイ王国では艦艇だけでなく、30式小銃の購入も始まっていた。
また、日本帝国製の兵器は、特に艦艇に於いては顕著で諸外国と比べて安い。

高品質な素材を廉価で大量生産してしまう帝国重工が製造に必要な資材と機材を日本側に供給していた事が原因である。もっとも判ったところで、彼らに規制する事などは出来ない。逆に、これに関しては彼ら資本家達が各方面に対して荒立てない様に手まわしを行っていた程だ。

彼ら資本家達には判っていた。

下手に公的に指摘してしまえば、帝国重工が行っている損得を度外視した国家に対する貢献と、自分たちの行いが比べられてしまう事を。そして、そのような事態になってしまえば、熱し易い民衆から自分達が非難に晒されてしまう事も。

これは利益の為に兵器を売りたい彼らの絶対的な弱点であった。

そして、彼らには信じられないだろうが、日本帝国が行っている兵器売買は、その多くに於いて金銭的な利益を目的としていない。その目的を要約すれば、日本に於ける軍事技術の向上を促すための技術修練と、列強各国が兵器輸出にて暴利を得ることを防ぎつつ、日本兵器を介して日本戦略環境の構築に絞られている。値段を付けているのは怪しまれない様にするアリバイ工作に過ぎない。それでも日本帝国に十分な資源をもたらすに値する利益を得ていたのだが。

「結論から言えばだ…
 我らが生産する兵器、
 特に結果が判り易い戦艦の優秀性を世界に見せなければもはや売り様がない」

「確かにトルコも我々の戦艦では無く、日本戦艦に興味を示している」

やや短絡的な結論に流れそうな流れに対して、
初老の紳士は修正を促す為に言葉を選びながら話し始める。

「まさか、彼らの印象を変える為に、
 ブラジルとアルゼンチンを争わせて、日本の薩摩級戦艦を沈めろと?
 縦しんば戦艦リバダビアを沈めたとしても長門級が出てくれば元の木阿弥だな。
 義勇艦隊と言う選択肢を日本側が執らないとは断言できないぞ」

「だが、長門級は航続距離が短い。
 日本から遠く離れた場所ならやり様があるのでは?」

「それは日本側の発表だ。鵜呑みには出来ぬ。
 もし公開している情報より航続距離が長かったらどうする?
 極秘裏に戦艦を建造する彼らならば、知られずに改装するのはより容易いだろう。
 忘れてもらっては困る、葛城級ですら強敵なのだ」

初老の紳士が放った言葉に誰もが言葉に詰まった。
脅威なのは長門級戦艦だけではない。俊足で長大な航続距離を有する葛城級もまた強敵だったのだ。しかも、困ったことに葛城級は短期間の内に量産を行っていた実績すらある。

彼らが紛争に於いても日本の存在に気を掛けるのは、条約間戦争に於いてイギリスを始めとした列強各国が義勇艦隊の存在を黙認していた事実があったからだ。つまり、日本側も彼らと同じように何時でも、いかなる戦線に於いて義勇艦隊という派兵カードを切れる事を示唆している。かつてとは違って、今の日本帝国は5大国の一翼にまで成長し、あまつさえ世界第二位の海軍戦力を保持しているのだ。薩摩級を沈めようと紛争を起こして、日本艦隊を呼び込んでは制御不可能な猛犬を誘い込むようなものだった。 

更には、この義勇艦隊は軍事力のフリーハンドを意味するだけでなく、日本や帝国重工に対して技術開示を求めても、技術を秘匿する大義名分としても機能している。すなわち、提供した技術で建造された艦艇をもってして義勇艦隊を編成し、再び攻められては堪らないと……。こう言われてしまえば、引き下がるしかない。

結局のところ誰もが、強力な戦艦が無ければ現状の打開は不可能と云う認識を認めるしかなかった。対日方針は平和路線を維持するとして、彼らの今後の方針は日本と対立気味なオーストラリアとアメリカに可能な限りの兵器を売り払う事を主眼に進められる事になる。














サモア南方の海域で一隻の大型漁船が漁を行っていた。その漁船の大きさは只者ではない。諸外国の駆逐艦を上回り、防護巡洋艦に迫るサイズだったのだ。20世紀後半に於いて、世界各地でよく見かける大型漁船であったが、この時代に於いては出鱈目サイズと云えよう。

この漁船は漁業公団で採用されている遠洋漁業用の大洋1型で、
船名は第8瑞穂丸である。


漁業公団に所属する帝国重工製の最新鋭漁船でもあった。

瑞穂丸のカテゴリーに含まれる、この大洋1型は1905年から配備が始まった底引き網とまき網の操業を主に行う漁船である。まだ9隻しか存在しない貴重な船。大洋1型の基準排水量が2550トンに達する1級船(100トン以上の漁船)であり、最高速力が25ノット、巡航速度が18ノットという性能であった。サイズだけでなく、性能も半世紀以上も先に進んでいる。

そして、この漁船は従来のものとは明らかに違う。

大洋1型は漁船でありながらも、船の中はゆったりとしていて居住性の高さがあり、漁師一人ひとりに個室が与えられていた。冷蔵設備、搭載量、速度、航続距離、居住性の充実だけでは留まらず、艦橋はタッチパネル型操作盤が並んでいる。また、200kHzの周波数帯の魚群探知機を装備しており、漁業の効率化を成し遂げていたのだ。レーダーなどの機器も時期に応じて設置できるような構造にもなっており、将来における拡張性は十分であろう。

更には徹底した機械化、省力化によって乗組員は9人に留まっている。

漁業公団に所属すると資源管理、漁獲枠配分、漁業権などが厳密に公団によって管理されるが、それを補うメリットは、当然ながら大きい。個人経営ではなく、公団職員の扱いになる代わりに燃料費や機材費は公団持ちになるし、機材に関しても帝国重工製が使えるので効率性も桁違いに高かった。更に支援態勢が整っており、安全性が桁違いに高い。

要約すれば安全性が高まり、安定収入が得られる。

そして漁業公団は公団と名乗っているだけに、帝国政府、公爵領、帝国重工の関連会社、これら3箇所からの共同出資によって設立されていた。この漁業公団の存在によって日本帝国と公爵領の水産資源に過負荷を掛けない様に調整が可能になっている。漁業方式には20世紀後半に大きく飛躍したノルウェー漁業を参考にしており、漁獲割り当て、魚の最低価格などが決められていた。

また、この大洋1型のような先進的な船には公団職員の誰もが乗れる訳ではない。

心理審査(心理テスト)を受けなければならず、それを合格してから、船長と機関長は帝国軍か国防軍による基礎訓練を受け、技能試験に合格しなければならない義務があった。もちろん一般船員も簡略とはいえ専門訓練を受けなければならない。大洋1型は雪風級護衛艦と同じ位に先進的な機材故に、他では学べないからだ。

第8瑞穂丸の船長は31歳の若さで、学歴は初等部に留まっていたが、
熱心に各試験を合格していた事もあって、彼の月俸は85円に達していた。
この収入額は帝国軍大佐の月俸の7割に達しており、高級取りと言って間違いはない。

余談だが、公爵領では学歴よりも帝国重工が定めた技能検定を突破した者が重宝される。例え技能検定を合格しても、指定年数を過ぎれば再検定を受けなければならず、有効力のある資格を保持する為には努力の継続がそれなりに必要だった。漁業公団は帝国重工の風潮を基礎に作られていたのだ。また、日本帝国では学歴社会の傾向が強かったが、徐々に公爵領のような技能社会へと傾いていた。帝国重工からの生産機材を購入する際に、対応技能を満たしていなければ販売されないものがあったからだ。

閑話休題

艦橋で操艦を行っていた船長が端末から鳴る電子音に目を向けた。

「何かありましたか?」

「国防軍からの電子文書通信だな」

船長は環境に居た船員に応じた。
端末には電文受診と書かれた文字が点滅している。

公団漁船の大型船は国防軍が保有する情報処理システムの一部の恩恵が得られており、各漁船が得た漁場情報をネットワーク上でやり取りを行う相互運用性を保有していた。データはネットワーク上の特定の場に格納されており、ローカル上にはデータが溜まらない仕組みだ。この事から、上位コマンドによるデータの変更、追加、削除が容易な事に加えて使用者が特殊技能を有していても、上位階層から随時施行されている監視プログラムによって不正使用も行い難いようになっていた。例え擬体級の能力があっても難しい。

機材が限定されている小型船では気象情報と不審船の情報が無線で伝えられる様になっていた。小型船であっても、十分な支援体制であろう。

また、帝国軍の一部の部隊でも同様のシステム導入が始まっている。

「で、その内容は?」

船員に応じる為に船長はタッチパネルの操作で届けられた
電子文書通信(電子メール)を開く。

送られてくる電子文書通信(電子メール)の種類はグループと個別に分かれている。グループは、複数の漁船に対してあり、送られてくる内容の多くが天気予報である。個別の場合は、その船に関する指定情報であり、多くの場合に於いて危険に関連していた。今回送られてきた電子文書通信(電子メール)の分類は個別である。

その内容は例に漏れず危険を示すものだった。

「哨戒中の飛行船が豪州海軍の砲艦を発見。
 針路上で遭遇する可能性があり、退避されたし…だそうだ。
 国防軍が急行中ともある」

砲艦とは、豪州海軍が哨戒能力を向上させるために改装していた砲艦サーベラスである。正面戦力として微妙だったサーベラスを哨戒戦力として転用していたのだ。

「臨検ですかね?
 ですが、ここは豪州の勢力圏からかなり離れている筈ですが…」

「白豪主義には常識が通用しないよ。
 我々の常識は彼らの非常識だからな。逆もまた然り」

「まっ、国防軍が間に合わなくても、
 いざとなれば、この第8瑞穂丸なら楽に振り切れるので問題ないですね」

船員の言葉に対して船長は楽観視してはいなかった。

豪州漁船が米海軍の艦艇に捕鯨砲を撃ち込んだという、信じられない前例があるだけに油断は出来ない。軍艦ともなれば臨検を装っていきなり砲撃してこないとも言い切れなかった。世界最先端の漁船とは言え、第8瑞穂丸は漁船に過ぎず、軍艦と戦えるような能力はない。

俊足で逃げるにしても、網を展開した状態では速度は落ちる。
それに軍艦が現れるたびに移動を行っていては作業効率も捗らないだろう。

「いや、警告に従って漁を行う海域を変えよう。
 欲を張って、この船に何かあっては不味いからな」

「了解」

直ちに第8瑞穂丸は速度を上げて離脱した。 砲艦サーベラスは日本漁船への臨検を求めて北上を続けるも、その日の夜、サモアから南600kmの海域で僅かな漂流物を残して連絡を絶ってしまう。何かしらの事故で沈没したのではないかと推測されたが、詳細を調べようにもサーベラスが沈んだと思われる海域には、中央部では深さ1万mを超えるトンガ海溝が広がっており、現実的な調査は不可能だった。

海難事故に於いて原因の解析が困難なことも珍しくはない。
サーベラスも例に漏れず原因不明の海難事故として片付けられる事となった。

そして、この事故によって豪州海軍では老朽艦を改装しても事故の危険性が高いと判断し、この日を境に新鋭艦の配備をより一層に望むようになる。
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【あとがき】
仕事が忙しい…日曜出社しなければorz

ともあれ、海で証拠隠滅とくれば、刑事コロンボ「殺人処方箋」での台詞を思い出します。
「海は世界最大のゴミ捨て場。証拠隠滅には適していますな」と…。確かに海のど真ん中で重量物の証拠を沈めてしまえば回収するのは難しい。

最初は軍艦から逃げる漁船で、「我に追いつく軍艦無し!」と電文を打たせようと思ったけど、そこまで接近させる必要性が思いつかず挫折。

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2011年12月03日)
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