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帝国戦記 第三章 第14話 『日仏極秘会談』


私は全ヨーロッパが単一通貨を持つことを望む。
そのことは貿易をはるかに容易にするだろう。


ナポレオン・ボナパルト





横浜市中区山手186番、横浜港を一望できる高台にあるレンガ造り二階建ての華麗な意匠が施されていたフランス領事館から人道橋に向けて3台の車両が走行していた。進む方向からして東京府の方向に向かっているのが判る。前後には警護の高機動車が走り、その中央には帝国重工が1903年に発表していた流線型を生かした優れたデザインの高級車「疾風」が法定速度を守りながら走行していた。

この疾風の後部座席には高野とさゆりが乗車している。

高野とさゆりは和平交渉に於ける幾つかの交渉の仕上げをフランス側に行う為にフランス領事館に赴いていた帰りだった。二人は帝国重工東京支店へと向かい、そこから4式輸送機「紅葉」にて幕張へと帰路につくのだ。

「ジェラール大使は、
 攻撃目標に対する事前警告を高く評価してくださいましたね」

「普通はやらないからね。
 だが、苦労したかいがあったよ。
 元々から親日のジェラール大使だけでなく、他の人々からも良い心情を得ている」

オーギュスト・ジェラール。彼は若くしてアメリカ、スペイン、ドイツなどの在外公館に勤務し、その後は清国を経て、駐日大使となった文筆家としても有名な外交官だった。史実では1907年まで清国勤務だったが、この世界では帝国重工の存在により、日本の重要度が増していた事もあって赴任が早まっている。

話に出たように条約間戦争にて日本側が行った事前警告による攻撃は欧米諸国に於いて高い評価を受けていた。何しろこの時代の戦争では攻撃目標に警告などは行わない。戦術的に待ち伏せされるリスクが高いからだ。そして、批判など行えば、自分たちが度々行っている戦争が如何に下品かを世界に知らしめてしまう。それを避けるためには日本の戦争行為を稀に見る高貴なものと評価し、自分たちの戦争を普通と定義しなければならなかったのだ。

「ジェラール大使との会談の反応は上々だったが、
 残るは、明日に控えたルーヴィエ大臣との会談の結果次第だな」

高野は座り心地が良い後部座席にゆったり座りながら言った。
さゆりが応じる。

「私たちの策に乗るしかないでしょう。
 彼らがロシアに貸し付けた資金は膨大ですし、
 幾つかの仕掛けも施してあるので、大筋は変わらないと思います」

ルーヴィエとは、大統領に次いで権限の大きい、
フランス大蔵大臣のピエール・モーリス・ルーヴィエである。

工作商会を介した工作と日本の高貴な戦いの結果、
日本帝国内務大臣の榎本とルーヴィエとの極秘会談すら実現に結び付けていた。

ルーヴィエは史実では金融市場の面から日露戦争の終結に活躍した人物でもある。

この極秘会談に合わせて榎本は帝国重工から随伴する人員と共に4式飛行船「銀河」で渡仏していた。ラ・ロシェル北東1kmには国防軍によって本土連絡用としてロシェル・イルド・レ空港の整備が進められていたが、今回の渡仏には残念ながら間に合わなかった。しかし、完成すれば日本帝国・フランス共和国間の空路が開かれる事になる。フランス本土とアジアの距離を縮める事でフランスに恩を売りつつ、諸外国とのバランスを取りつつイギリス帝国に穏やかに対抗していくのだ。

単独で対抗すれば最終的なコストが嵩む。
それを避ける為の措置だった。

また、帝国重工はアーヴァイン商会を通じて、
大臣間で行われる極秘会談をセッティングしている。

アーヴァイン商会は帝国重工の工作商会だったが、それを表には出していない。あくまでもアーヴァイン商会は東方権益を調整する名目でフランス最大銀行のパリバ銀行(パリ銀行とオランダ貯蓄信用銀行の合併銀行)に協力している姿勢を取っていた。

「そうだな。恐らくはフランスは我々の申し出に応じると思うが…
 同時にプランBも第二段階まで進めておこう。
 コストを惜しみ一つの計画に固執して、
 それが破綻した時は目も当てられないからね」

「判りました」

「しかし…外債導入による経済振興は手元に資本金が無い場合は仕方が無い。
 だが…物事には限度がある。
 よくもまぁ、あの額までロシア、いやウィッテはフランスから借り入れたものだ」

高野が少し呆れたように言った。

「利子の返済だけで国家予算の8%程が消えてますからね」

「まったくだよ」

ロシア帝国の状況は比較的良好に見えるが、実際は際どい状態である。

ロシア帝国には1888年から1895年の間でフランス共和国が引き受けた5億フランに上る借款も1905年の時点で8割が残っていた。これは外債導入によるロシア経済振興というウィッテ路線の際に増えた国外の借金である。民間が請け負った借款を含めれば更に膨れ上がった。また、この5億フランの借款も今までの借款利率引き下げを目的とした借換債であり、国内に資金として投入できたものは2億フランに過ぎない。

プレーヴェがロシア財務大臣のセルゲイ・ヴィッテ伯爵を失脚させたのは、表向きの理由は戦争反対であったが、もう一つの理由としてヴィッテが希望的観測の下で、皇帝の権威の下で推し進めた対仏借款政策に対する怒りがある。

フランス国内に於ける借款の買い付けも年々減っており、外債導入策の崩壊は戦争前には見え隠れしていたのだ。ヴィッテがそれを補おうとロンドン、ニューヨーク、ベルリンでロシア国債の起債すら行うも、買い手が少数及び小額に留まっていた。

問題は膨れ上がる借款だけではなく、環境を整えずに行った農作物に対する競争原理導入によって農奴の割合が増加していた事もあったのだ。

プレーヴェが戦時国債によって膨大に膨れ上がった国内資金の多くを工業化だけでなく鉱山開発や農地開発に適切に投資をしていなければ、収益が頭打ちになるのは避けられなかったであろう。収益が頭打ちになれば、借金を返済する為の借款を、債権者により良い条件で行わねばならず、大変な事態になるのは容易に想像できる。

高野が言う。

「ロシア経済は我々の知る歴史に比べて比較的良好な状態だが、
 それに対して外交状況は目に見えて悪化している」

「戦時国債を購入した国々は気が気じゃないでしょう」

「ああ、そうだね。ロシアから購入した戦時国債は官民合わせて、
 イギリスは4億800万ポンド、アメリカは3億7500万ドル、
 フランスは過去の借款に加えて3億フラン…
 その他で金融的に余力のあった国々も少なからず戦時国債を購入している」

「これらの返済が履行されない限り、海外から新たな投資は呼び込み難いでしょう」

「そうだろうね。最大手貸付元のフランスですら躊躇はするのは確実だろう。
 外交戦略上の目的があるフランスは別として、
 諸外国が取り立てようにも現状では手段は無きに等しい」

高野の言葉の通り、諸外国が戦争によって借款の回収を行おうにも、ナポレオン1世によるロシア遠征の失敗からして、ロシア帝国は広く簡単に攻め落とせる場所ではなかった。ロシアの大地は冬は厳寒で、春と秋には大地の多くが泥濘と化す。インフラの最低限しか整っておらず、焦土作戦を行えば大地そのものが相手を消耗させる要塞になってしまうのだ。

それにロシア帝国が軍備増強の為に金を浪費すれば、ルーブル通貨の価値が下がってしまう。ロシア帝国が発行した戦時国債は外貨建債務ではなくルーブル債務だった事から実力行使は高確率で散財にしかならない。例え、散財に終わらないとしても、主要国の中で新たに戦争を行える様な余力を残している国はなかった。

高野の言葉が続く。

「だが、お陰で宇宙移民計画が遅れた際の安全策の一つを実行に移せる。
 多少の計画修正となったが、それを抜きにしても十分な成果だと思うよ」

「ええ、宇宙計画は僅かな失敗でも大きな遅れになりかねないので、
 備えが増えるのは大きいです」

そう言うと、さゆりは思う。

「知者の虜は必ず利害に雑う」というけど、やっぱり高野さんは凄い。常に利益と損失を考慮して、変化する物事の中で損失を最低限に抑えて何かしらの利益を得るのだから。祖国の為に頑張る高野さんってやっぱり素敵だわ。知的な表情を崩す事は無かったが、その想いにさゆりの胸の動悸が少し速くなった。

そのようなさゆりの心境とは対照的に、高野の戦略分析の様な会話が続く。
さゆりも思考をすぐさま対話に戻した。

「後は周辺国の安定だな…
 軍事費を抑えて行うならば、他の大国の協力が欠かせない」

「はい、必要コストが全然違います」

清国の不安定化は必然だったが、その他の日本領域の周辺が不安定な地域ばかりでは、日本圏の安全維持に膨大な資源が必要になってしまう。過疎地ならばともかく、東南アジアの人口はそれなりに多い。そして人口地帯の安定化には膨大な資本が必要になる。流石の帝国重工も日本圏の安定化に必要な投資で手が一杯だった。なにしろ日本圏と括っても、この世界の日本の領域は劇的に拡大しているし、宇宙進出に向けた投資も続けなければならない。

だからこそ、東南アジアの安定化に有力な金融力を有するフランスの力を借りるのだ。

何しろ、あのドイツ帝国も金融の面では現時点のフランス共和国には及ばない。ドイツ帝国がこの時期に金本位制に移行できたのは、普仏戦争で50億フランの賠償金を得ていたからである。

即ち、高野は1907年からフランスが官民問わずロシア革命に至るまでに約300億フランもの大金をロシア帝国に投資していく資本をインドシナ及び、ウラジオストクを中心としたプリモールスキイ地方に向けていく計画を立てていたのだ。ロシア帝国が積み上げてきた過去の負の遺産から来る、防ぎ様がない共産革命が起こった際に、開発が進んだプリモールスキイ地方がロマノフ王朝の命脈を支える事になるだろう。 史実では、その3割も返還されなかった事から、高野の計画はフランスにとっては神の祝福に近いものに違いない。もちろん、現地に悪い影響が及ばないように帝国重工や工作商会を通じて微調整を行っていく。

高野は隣国のロシアはもちろんの事、
不幸にもフランスとも戦端を開く事になったが、
その禍根を将来に残すつもりは無かった。

何しろフランス共和国とは江戸幕時代からの、良い意味での浅からぬ関係がある。

日本初の近代工場である蒸気船に対応した造船所(横須賀造兵廠)と製鉄所はフランス共和国の協力の下で作られていた。

江戸幕府からの協力要請に応じて実現に向けて動いたのはフランス公使レオン・ロッシュである。 そして、江戸から近く、深い入り江であった横須賀村に製鉄所と造船所を建設するために、1865年にはフランス理工系学校の最高峰であるエコール・ポリテクニック出身の海軍技術者のフランソア・レオンス・ヴェルニーと、彼に随伴する約130名に上る海軍士官、技師、職工、医師、教師を日本国内に招聘していた。彼らは施設の建設だけでなく、学校も作り上げて日本人技師の養成も行っていたのだ。

しかも、彼らは幕府が崩壊の危機を迎えようとしても帰国せずに日本の発展に尽くし、近隣のインフラの整備、医療行為、灯台の建設なども行っていた。イギリスの東洋政策に対する対抗も若干あったとはいえ、それを抜きにしても凄まじい貢献と言える。

純粋に感謝の意と、行き過ぎた国粋主義を予防から、ヴェルニーには、日本への貢献として1902年に帝国重工から感謝状及び、礼金として3万円が授与されていた。更にはヴェルニーに随伴して日本近代化の発展を支援したフランス各人に対しても礼金として1万円が授与されている。本人が存命していなければ、その配偶者に礼金が送られる徹底ぶりだった。

筋金入りなのがフランス式庭園のヴェルニー公園の建設が横浜港に隣接する形で進められている点であろう。完成すれば90年以上も早くヴェルニー公園の実現となる。

また、ハーバード大学を卒業し法学士の学位を受領していた金子堅太郎(かねこ けんたろう)が帝国政府の広報として、帝国重工の広報事業部と共同でヴェルニーの偉業や、かつて日本に配慮した外交や津波にさらわれた日本人を救助したプチャーチン伯爵の美談を称え、それを引き合いに出してフランスやロシアに対する敵愾心を抑えてすらいたのだ。

こうして国内の調整は帝国政府と広報事業部が共同で対処し、ほぼ完ぺきと言える効果を発揮していた。根強い広報活動の結果、日本国民の多くが現在の戦況はやや優位だが、長期戦になれば増税などの処置が必要になるので講和こそが望ましいと思うようになっている。まして相手を完全に打ち負かすことは国力的に不可能だと認識していた。

そして、同盟に至らなくてもフランスとの友好関係は後の戦争で白人と有色人種という下らない人種間戦争に括られる危険性を回避する意味でも有意義であった。ロシア帝国との関係も重要だったが、こちらはロシア革命が起こり、ロシア帝国が極東方面に遷都してきてからが本格的な付き合いになるだろう。

こうして経験を積んでいく事で帝国政府が国際情勢を冷静に判断できるように、また一時の勝利に奢らない様に日本帝国の成長を促していくのだ。そして成長とは子育てや学校教育と同じように時間を掛けて行うものである。その経験は日本圏の発展の大きな財産になるに違いない。

日本帝国の戦略の根幹には他国から掣肘を受けずに宇宙進出を果たす事にあったが、掣肘を受けなければ友好国ならば参加も吝かでは無かった。むろん、地球衛星軌道を封鎖も選択肢として残ってはいたが。如何なる展開にも対応できるように備えているとも言えるだろう。

高野は話題を変える。

「そういえば例のダミー施設だが、情報はどれだけ伝わっている?」

「カムチャツカ半島の施設には敵兵による偵察行動が遠距離ながらも実行されています。
 残るノヴァヤゼムリャ島、ノヴォシビルスク諸島に関しては二重スパイを介して、
 その存在を示唆している段階ですね」

「とりあえずは十分か」

ダミー施設とは墨俣要塞と似たような外観をしているプレハブ式のハリボテ建造物であった。当然の様に幻惑迷彩が施されており、遠距離から施設の正確な情報を得る事は叶わないように作られている。短期間で作られてしまった墨俣要塞という異常な実例によって、諸外国はそれを正規の要塞と誤認していたのだ。そして、極寒の地域だけに移動だけでも困難なのに、その先に要塞が控えているとなれば、ロシア帝国内の強硬派も日本側との抗戦及び領土の奪回に関して完全に諦めムードになっている。

更にダミーの要塞と言っても、その上から5式拠点構築資材を用いて改修を行えば、短時間の工事で120o迫撃砲を始めとした火器で武装できるように作られており、敵の侵攻に合わせてちょっとした野戦要塞になるのだ。

こうして和平に向けて帝国政府と帝国重工は有利な戦況に甘んじることなく、
国内及び諸外国及に対して積極的に働きかけを行っていた。
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【あとがき】
条約間との戦争が薩英戦争のように戦争の被害が限定されていた事も敵愾心軽減の大きな要素になっています。イリナは東欧系でソフィアはフランス系…二人は有名人で帝国軍でも人気があるので、そのお陰で人種で憎みにくいのも大きいw

しかし、フランスって議会が確りしてればもっと強かったのにね…
勿体無い。

ともあれ、この世界にソ連が誕生したら、ソ連首脳部は驚く事になるでしょう。自国の銀行には正貨(金)が殆ど無く、本来行われる筈だった300億フラン分の開発がソ連側に残らないという、最初からお先真っ暗な状態に(汗)

後に「スターリンの憂鬱」のような短編番外編を書くのも面白いかも。


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(2011年06月30日)
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