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帝国戦記 第三章 第09話 『ラ・ロシェル市街戦 後編』
フランス軍の目的は北部からの2個中隊がデュパ・ティにて耐えている間に、大隊戦力をラ・ロシェル市内に展開させて防御線を構築し、これ以上の日本軍の進出を阻止するのが目的だった。この大隊は連隊根拠地のサントからラ・ロシェル南東にある上陸に適したシャラント海岸一帯に演習の名目で展開させていた部隊である。他の2個大隊も日本側に対する謀略としてそれなりの理由を付けてラ・ロシェル一帯に展開させていた。
フランス軍の方針は軍事作戦としてはあながち間違っていない。
だが思わぬ誤算が生じている。
一つの誤算は国防軍の上陸地点が開けたシャラント海岸ではなく、より困難な地点に、しかも短時間の内に重装備ごと上陸してきた事だった。二つ目は、日本側の動きに即応したまでは良かったが、時間稼ぎを行う筈だった2個中隊はシャン・ド・マルス広場一帯にて特殊作戦群からの攻撃によって短期間のうちに壊滅状態になっていた事である。フランス側は国防軍や帝国軍のように陸上兵力に於いても無線機が充実しておらず、伝令や生き残りがこの情報を司令部に持ち帰るには早くても3時間は必要だったのだ。
陸上戦に於ける戦術単位の情報や命令の伝達は欧米ではまだまだ伝令が主役である。
そして最大の誤算は相手の軍事技術力が海上兵力のみならず、
陸上兵力に於いても同等以上どころか、
桁違いに進んでいた事であろう。
そのような状況の中でラ・ロシェルから南東、タスドン方面からラ・ロシェルに面するモーベック河岸に差し掛かろうとしていた第12セネガル狙撃兵連隊第3大隊は脅威という表現すら生ぬるい出来事に直面しようとしていた。 もし、ラザレフ戦にて日本側の陸上戦力と本格的に戦端を交えたロシア帝国軍シベリア第2軍団に生還者がいれば事情が違っていただろうが、AC-004A局地制圧用重攻撃機「飛龍」と特殊作戦群を投入した念入りな追撃によって生還者は皆無であった。
ラザレフ戦を上回る試練が待っているとは知らずに進む、
第12セネガル狙撃兵連隊第3大隊は前方に日本軍と思われる一団を発見する。
規模は過大に見積もっても1個小隊を越えそうもない。距離が離れており、また迷彩によって判りにくかったが、日の丸が描かれた軍旗が掲げられており日本軍に間違いはなかった。ただし、フランス兵から見る、それら日本兵はやけに大きな体に見える。左手には武器の様なものがあったがフランス下士官が所持するルメールFABパリ-12レンズ双眼鏡の精度では限界があり、これ以上の情報は得られそうもなかった。重火器の可能性が頭の中に過るも、人間の腕力では片手で重火器の実用的な運用は不可能と言っても過言ではない。
ともあれ、フランス側にとって日本側の装備は不可解だったが、一番の謎は日本軍は河岸の段差と水源を防壁として活用するのではなく、守り難い橋の前方に兵を配置していた事だった。
防御拠点どころか、機銃陣地のようなものも見当たらない。
「あのような要衝に少数しか配置していないという事は、
中隊の籠城作戦が成功しているのだな……
しかし、何故にあのような場所で迎撃を行おうとするのだ?」
フランス軍の下士官の一人が呟くように言った。
その士官の疑問は他の士官や中隊長のみならず大隊長にとっても同じである。
小兵力しか展開させていないのは日本側に余力が無いからだと推測できる。しかし、それなのに何故に不利な地形に布陣しているかが判らなかった。市内各所にはマラン・ラ・ロシェル運河が通っており、大部隊が通れる場所は限られている。
普通ならば最良の抵抗拠点になる優位な場所に布陣するだろう。
だが不可解だろうとも進むしかない。
フランス軍は624名からなる大隊兵力であり、目前の敵と比べて控えめに表現しても自軍は17倍以上の兵力である。この様な状況で攻勢を躊躇えば、勝利を厳命しているモーリス・ベルトー陸軍大臣の怒りを買う事は確実だった。海軍の敗退後に陸軍が勝利を収めれば、その政治的な意義は大きい。それだけに圧力もまた大きかった。
大隊長は決断する。
命令を受けた伝令が各中隊長に向けて走る。
横陣にて行軍していた4個中隊がフランス陸軍の重要軍事ドクトリンである中隊銃剣突撃の準備を整えていく。あの恐るべき葛城級戦艦は連日の戦闘から弾薬不足なのか、ロシュフォール海軍工廠に対する攻撃を最後に砲撃は止んだままだ。大兵力で少数を蹂躙する勝ち戦を想像したのか、皆の表情は明るくなっていた。隊伍が整い、突撃に備えて各中隊長が最前列に立つ。
「銃剣装備!(ウィキペ・デネ・ヴァイオネッツ)」
号令と共に赤のパンタロンルージュ(ズボン)に青い上衣の突撃を行うフランス兵が手なれた動作でルベルM1886ライフルの先端に銃剣を装備していった。笛の合図により軍楽隊が鼓奏を始めて各中隊が前進を開始する。ラッパ手によって突撃を合図するラッパが連続して鳴る。
「突撃ぃ!!」
各中隊指揮官が率先して日本軍に向けて突撃を始めた。
それに続いて各中隊の兵達も続く。
銃剣突撃と言っても支援射撃が無い訳ではない。
大隊支援火器の虎の子である3門のM1897-75mm野砲と4艇のホッチキスMle1897重機関銃がが日本軍に向けて攻撃を始めた。彼らは突撃に参加せず支援に徹する。
通常の歩兵部隊からなる小隊ならば脅威だったが、
欧米水準と比べて著しく事情が異なっていた。
フランス軍の第3大隊を迎撃するのはシーナ大佐が率いる5式装甲服からなる国防軍の機動歩兵小隊のうち、別途任務に就いていた1個分隊を除いた36名からなる3個分隊だったのだ。耐弾レベル3+に達する5式装甲服を撃破する為にはホッチキスMle1897重機関銃やM1897-75mm野砲の至近弾による攻撃では足りない。
帝国重工の兵器が無ければ大砲の一大革命児として名を残しただろうM1897-75mm野砲も、現在の欧米に於ける科学水準で造られた砲弾の至近弾では5式装甲服に対しては有効弾には程遠かった。もちろんM1897-75mm野砲の直撃ならば5式装甲服の撃破に至ったが、終末ブースト時に音速を超える迫撃砲弾の迎撃が可能なスペックを有する準高度AIが相手である。より低速な野砲からの砲弾を捕捉するのは容易で、効果を期待するなら相当数の数を投入しなければ無理だった。
地獄が待ち構えているとも知らずに、フランス軍は突撃を続ける。
一度や二度ならず、野砲の至近弾が日本兵の周辺に発生するも誰一人として倒れない。フランス軍はこのような事態を想定しておらず、突撃を継続するフランス兵から疑問の声が漏れた。反撃は無くとも、攻撃が効かない事実に流石のフランス軍にも警戒心が高まる。
初期の楽観ムードは消えて言い知れない不気味さが満ちていた。
不気味であっても撤退の指示が無いので進むしかない。
この時、お互いの距離が250mまで縮まっていた。
ようやく日本側が動き始める。
装甲服に内蔵された統合ヘルメット表示照準システム(IHADSS)にあるヘッドマウントディスプレイ上にパッシブIR(赤外線)センサーにより捕捉した、接近中のフランス軍部隊のデータが表示される。
「ここまで引きつければ十分ね……」
シーナは4式ガトリング砲がセットされている左腕をフランス兵に向けて突き出す。
各装甲服が同じように続いた。
5式装甲服は特殊な技能や資質がなくても訓練を受ければ生身の兵士でも使えるように作られており、装甲服の基本動作は着用した人間の動きをそのままフィードバックされるので特別な操作は要らない。
シーナの視線に合わせて、装甲服に内蔵された統合ヘルメット表示照準システム(IHADSS)と連動している視線捕捉・指示照準装置(TADS)が捕捉済みの敵兵をロックオンしていく。特殊作戦群と同じく機動歩兵小隊もデータリンクによって各ユニットが攻撃を行うべき目標を振り分けており、効率的な攻撃が可能になっていた。
全ての攻撃プロセスを終えるとシーナの4式ガトリング砲が電気回転ドライブ方式によって多連装銃身が回転を始める。回転開始から1秒後に重低音と共に銃身が火を吹き、瞬く間に射線上に居た15人のフランス兵を引き裂いていく。7.62mm×51弾によって人体を構成していた部分が欠損し、肉片と血液と化して飛び散る。頭に被っていたケピ帽が宙に舞う。撃たれた者で生存者はいない。4式ガトリング砲を装備した機動歩兵が制圧射撃を担当し、その射撃から洩れたフランス兵に対しては、4式ガトリング砲の代わりに95式重機関銃を装備していた6名の機動歩兵が発射速度を抑えた精度重視の射撃によって片付けていった。
戦闘の模様は突撃を掛けたフランス軍が一方的に殲滅されていく。
フランス軍は勇敢だったが機動歩兵と戦うには余りにも条件が悪い。
彼らの歩兵用携帯火器の火力では5式装甲服に有効な打撃を与える事は出来ず、また4式ガトリング砲は1秒間に60発以上の弾丸を撃ち出すだけではなく、威力、射程、精度も欧米水準を越える桁違いの兵装であった。コンピュータ制御の為に無駄弾も殆どない。95式重機関銃もしかりだ。そして戦闘中に確固たる意思を持って敵と交戦が行える兵士は全体の15%に過ぎないのが普通だが、擬体兵は例外なく確固たる意思を持って戦いに挑んでおり、根本的に戦意と積極性からして違う。駄目押しとして撤退不可能な位置にまで引きつけられていたことも上げられた。
想定を超えた大惨事に、現時点で生き残ったフランス兵は恐怖すら忘れたように唖然とする。シーナはその隙を逃さず、素早くフランス軍に対して攻勢を開始した。奇跡的に生き残ったフランス兵も、その全てが捕虜となる。こうして第12セネガル狙撃兵連隊第3大隊はこの日を最後に歴史から姿を消すことになった。
カオリ率いる特殊作戦群は昼下がりを越える頃にフランス軍の2個中隊を壊滅させると、休む間もなくシャン・ド・マルス広場から東側に通じるシャン・ド・マルス通りを越え、そこから更に北東にある"天体の十字架"の意味があるラ・マリウス・ラクロワ通りに進出していた。
上陸地点から約4kmの地点にあるラ・マリウス・ラクロワ通りから北北東の地域を中心にカオリは指揮下にある12個分隊の内、10個分隊からなるマリウス分遣隊を配置する。直ぐ先には田園地帯が広がり、その北東600mにはピュイルボロー村があった。マリウス分遣隊はこれら一帯を守備するのだ。またマリウス分遣隊には、シャリュイエ公園一帯に設置された橋頭堡から派遣されてきた6台の重武装の高機動車(高機動多用途車)と、最大積載量8トン(路外4トン)の3式大型自動貨車(以後、3式トラックと表記)12台からなる車両部隊が合流を果たしている。
マリウス分遣隊は車両部隊と合流してから短時間の間で、
土嚢で周囲を囲った防禦陣地を構築していた。
このように僅かな時間でこの規模の陣地の構築を成し得た理由は、
使われている5式土嚢に秘密がある。
この5式土嚢には土ではなく、水分を吸いこんで膨張した保水型吸水重合体が詰まっていた。これは2分間ほど水に浸すだけで620mm×480mmで厚さ8mm、重さ0.5kgの麻袋に収められている保水型吸水ポリマーが水を吸収して膨張し、25kgの土嚢になったものである。水嚢と表現するべきだが、慣習として土嚢のまま定着していた。これは20世紀の終わり頃から日本国の運輸省や自衛隊にて使われていたものの改良型である。最大の特徴として設置と撤去(脱水処理には環境対応型専用水溶液を使用)が土の土嚢と比べてスムーズに進む事であろう。
近くに川が流れており水源には困らなかった。
作業地にて土嚢化を行う事を前提とするならば、
1台の3式トラックで8000から16000トン分の土嚢を運び込めるに等しく、
今回はその前提通りだったのだ。
また、陣地には4基の12基の95式70口径40o機関砲、4式ガトリング砲、24丁の95式重機関銃、4門の120o迫撃砲、24門の81o迫撃砲を有している。戦術ネットワークとリンクしている準高度AIだけに精密な迫撃砲攻撃に必要な前進観測班(FO)は無くても問題は無かった。また、各所に高出力の非認性ストレス兵器が設置されていく。
そして陣地の背後に回り込もうとしても東に5kmも行けば海になる。5km圏ならば十分に120o迫撃砲の射程圏内だった。これにツアー・デ・ランテルヌ塔からなどの狙撃を加味すれば陣地を突破しなければ大損害を受けるのは確実である。
南には機動歩兵小隊が守っており迂回を行っても結果は変わらない。
加えて3個歩兵中隊が各小隊に分かれて、
特殊作戦群と機動歩兵小隊を支援するように陣地の構築を始めていた。
防御体制としては、非認性ストレス兵器を除けばラザレフ攻防戦と似たような陣地だったが、各所にモジュラー式の5式拠点構築資材が用いられている。そして決定的に違っていたのが最前線にて守備に就いている兵の全てが人間ではなく擬体だった事であろう。各人が優秀な索敵システムを有しており、高精度の射撃が可能になっている。つまり、フランス軍はかつて米陸軍が21世紀初期に推し進めていた地上戦術ネットワーク機能による末端の兵士までを結ぶGCV計画によって整備された戦闘団と戦うに等しかった。
残る選択肢として残る海路は優勢な日本艦隊が遊弋しており自殺行為と同じである。
欧米の飛行船の能力では空路はありえない。
つまりラ・ロシェルに突入する為には、どちらかを正面から突破するしかなかった。
敵が詳細を知れば前門の虎、後門の狼という心境になるにちがいない。
そして、ラ・ロシェル湾には諸外国から見れば化け物じみた剣埼級補給艦(輸送艦)が2隻も停泊しており、そのうちの野間が主体となってラ・ロシェル戦域を支えるのだ。
何しろ1隻で28,000トンの物資を積載可能な補給艦である。上陸兵力からして十分すぎる物資だった。もう1隻の洲埼にも物資が搭載されていたが、こちらは主に機材や要塞建設用のモジュールキッドを運搬している。
ただし要塞と言っても大規模なものではなく、現時点では長門級戦艦で使われている95式50口径406o連装砲2基と砲撃に必要な必要最低限の施設だけを有する機能特化型であった。仕組みも艦載兵装の流用にて補う手堅い対馬要塞豊砲台の方式を採用し、更に短時間で建設が可能なように95式50口径406o連装砲は300個以上のモジュールパーツに分解されている。基礎部分もモジュールパーツを組み合わせて、主要区画を除けばコンクリートの代わりに特殊超分子ハイドロゲル(アクアマテリアル系無機複合ナノ複合体)にて作り上げる設計になっていた。
このような要塞に加えて、大西洋に展開している7隻の剣埼級の内、3隻がラ・ロシェルに向かっており、これらは残余物資をラ・ロシェルに揚陸してから本土に帰国する計画になっている。ただし、この3隻は残る4隻に物資を提供しており、ラ・ロシェルにて揚陸可能な物資は3隻合わせて2万トン程度である。これは日本側がラ・ロシェルに展開させている陸上兵力を考えれば1年は軽く凌げる物資なのだ。
また、国防軍では剣埼級を発展させた戦略輸送艦とも言える伊能級が計画中であった。
計画案としては6層に及ぶ車両甲板によって豊富な積載スペースを持ち、1000台程度の車両や装備を一度に運搬可能な事である。船体に2基の140トンクレーンを設置し強力な荷役能力を与える予定だった。艦橋前面にヘリコプター発着甲板を持たせる事も視野に入れている。能力としては1998年に就役した米海軍のワトソン級車両貨物輸送艦に近い。命名の由来は、足かけ17年をかけて全国を測量し大日本沿海輿地全図を完成させ、更に土地計測から得られた情報を元に地球全体の外周がおよそ4万km程度であると正確に予測していた、1745年生まれの伊能忠敬(いのう ただたか)から来ていた。
ともあれ、国防軍が防御態勢を整えていく中、マリウス分遣隊を残したカオリは2個分隊を率いて、ラ・ロシェルの近隣一帯に展開する残余の2個大隊からなる第12セネガル狙撃兵連隊を混乱させるために奇襲作戦を仕掛けようとしていた。
現在、兵力を2名づつの二人一組(ツーマンセル)に分かれて行動している。
太陽は落ちつつあり、辺りの多くは闇になろうとする頃、カオリは今回のペアして行動している霧島リョウコ大尉と共に、プリュレ通りの住宅街を抜けて木が生い茂る郊外へと進出する。途中にて少しは早めの夕食を取った。夕食は全てがレトルトパウチ包装の戦闘糧食V型であり、火を使わずそれなり(携帯用野戦食としては上物)の味が楽しめる。
またリョウコは帝国軍第5連隊の訓練担当に従事していたが、
本作戦に当たって一時的に欧遣軍に来ていた。
フランス兵にとって不幸なことにリョウコはカオリには及ばぬが、
かなり好戦的な性格をしている。
二人とも60式個人防護装備を装備していたが、付属のガスマスクは装面していない。これは他の隊員に於いても同じである。ただし頭髪は束ねて邪魔にならない様にして、顔には多目的タクティカルゴーグルを付けていた。
そのまま二人は9m/s(時速32.4km)の速度を保ちながら郊外の奥へと進む。
人間が走って出せる速度の限界から考えれば突出した速度ではなかったが、重装備でかつ速度を保っていた点を考慮すれば如何に優れたものかが判る。邪魔な塀や壁はストレンジ・ナノカタリスト(強化用量子触媒)によって強化された人工筋肉が生み出す跳躍力にて越えていく。完全装備なので本来の跳躍力と比べて、やや下がっていたが、それでも走高跳世界記録級の跳躍に比べて約40%増しの約3.4メートルに達するので、ある程度の障害物は問題なかった。
2個分隊が行う奇襲作戦の概要は闇に溶け込み、フランス軍が明日のラ・ロシェル攻撃に備えて郊外の近隣にて夜営しているフランス軍部隊を人知れずに襲撃し、翌朝の攻撃に繋げていく事にある。夜間でもあっても全天候能力を有する彼女たちには昼間と同じように行動が可能なので問題は無い。
完全に日が暮れて、雲の切れ端から月光が注ぐ中、前方に在る小さな村の近隣にて何かを発見したカオリが木の後ろに潜む。リョウコも同じタイミングで隠れる。
「歩哨ですわね」
リョウコがカオリに言った。
カオリが見つけたのは主力部隊の周辺を警戒する1個分隊程度からなる警戒部隊のものである。もちろんカオリは当てずっぽうに進んでいたのではなく、事前に戦略偵察による得られた概略情報を元に進んでいたのだ。全ては目障りな目と耳を潰す為である。もっともフランス軍もこのような徒歩の進撃速度を考慮しておらず、また夜間戦闘を完全に除外しており、警戒態勢も厳しいものではなかった。直線距離ならばラ・ロシェルから3時間ほどの距離だったが、敵に発見されないように迂回するように進んでいたので、二人の速度でもこのような時間になっていたのだ。
カオリが言う。
「ええ、警戒部隊の夜営地に違いないわ。
リョウコはバックアップよろしく」
リョウコは頷くと消音装置付き95式小銃をそっと構える。
夜間で特に問題になる射撃時に生じる発射光に関しては、装備している消音装置にマズルフラッシュを抑える為のフラッシュハイダー機能も含まれているので大きな問題は無かった。
弾薬の温存のためにカオリは近接戦を行うのだ。
カオリは周囲を警戒しつつ、小銃をバックパックの左側面にあるファステックスを使って固定する。近距離突発戦に備えて腰からコンバットナイフを音も無く取り出して左手に構えた。攻撃位置へと移動を開始する。一切の油断もなく、素早くも音を立てない見事な静粛移動であった。
対する歩哨は退屈そうに周囲を警戒している。
このフランス兵はフランス軍の特色である例外を殆ど認めない厳格な全国民皆兵制度によって兵役に就いている者であった。フランスでは現時点に於いて20歳から45歳まで男子全員が何らかの国民役務の義務が課せられ、更に2年間は現役兵として奉仕することが義務づけられている。故に、戦争に関して積極性に欠けており、鍛え抜かれた職業軍人のような心構えは到底無理だった。
歩哨の大敵とも言える疲労と退屈から注意力が散漫になる。
夜間ともなれば、その負担は更に増す。
特殊作戦の多くが夜間に行われるのも、夜は歩哨の隙を生みやすい時刻だからである。
カオリはゆっくりと地面に足を下すように夜間隠密移動を行いつつ、
中腰にて茂みなどに身を隠しつつつ歩哨に接近していく。
不自然な音が出ないように細心の注意を払っている。
歩哨に悟られずに背後に回ると、静かに間合いを詰めると後ろから右手にて口を塞ぐと同時に、鋭く鮮やかに脊髄に対して斜め下からコンバットナイフを突き刺す。人体を知り尽くしているカオリは的確にフランス兵に致命傷を与えていた。
「…ドール・ビエン(おやすみなさい)」
カオリはナイフを突き立てた兵士の耳元にて、
まるでベットを共にする恋人に語りかけるように艶っぽい声で囁いてお別れの言葉を送った。
そのままカオリはフランス兵の遺体を死体を茂みの中に隠す。
コンバットナイフをヒップホルスターにしまい、小銃を構えて先に進む。
「体温からこの先の夜営地に9名の兵士がいるわね。
歩哨と思われる兵が2名北東と南東に……後の7人は休息を取っているようだわ。
そのうち4人の深部体温がかなり低いわね」
「その4名はよほどの疲労から眠りに落ちているのでしょう。
早く楽にして差し上げないと…」
リョウコは優雅に言うも、黙っていれば良家のお嬢様の雰囲気が備わっているリョウコの表情には形容しがたい禍々しさが浮かんでいた。これは準高度AI達の間では黒リョウコと例えられている状態である。今の彼女の行動はシンプルだった。戦争規定に則り、敵兵に遭遇すれば即座に殺すだけである。
もっとも、それはカオリも同じだった。
リョウコは質問する。
「で、行動基準はいかほどに?」
「見敵必殺よ。容赦は要らない」
「流石はお姉さま。
ふふふ……腕が鳴りますわ〜」
「先ずは見張りを殺るわよ。
音を立てずに静かに。
私は北東、リョウコは南東をよろしく」
「お任せ下さいませ」
こうしてカオリとリョウコ静かに二手に分かれて静かに村へと侵入していった。この警戒部隊を始めとして、第12セネガル狙撃兵連隊にとって恐怖に満ちた長い夜が幕を開ける事になる。
国防軍がこのようにフランス地上軍に対する攻撃にて艦砲射撃や、展開を完了した95式155o野戦重砲中隊による支援砲撃を行わず、上陸後から終始、歩兵戦力にて戦闘を行ってきたのは弾薬不足を演出する為であった。この段階で砲撃に対して過度に警戒されてはあとあとの戦いで面倒が生じてしまう。
現在のフランス陸軍のドクトリンは日本側にとって殲滅が容易い。
この事から下手に刺激を与えて、
陸軍ドクトリンに変化を促進させるのは好ましくなかった。
何しろ、フランス軍の兵力はラ・ロシェル近辺に展開させている兵力だけでは無い。
既に向かっている第57戦列歩兵連隊、第1植民地歩兵連隊第4中隊とは別にラ・ロシェルを基点に北北東160kmにあるリルにはフランス陸軍の第1軍団の鎮台が設置されており、潤沢な地上戦力があった。大兵力故に急激な戦力展開は無理だったが、2週間もすれば兵力移動が可能になるだろう。
更に東240kmのリモージュには第12軍団、北東260kmのルマンには第4軍団が存在していた。やや遠方のオルレアンには第5軍団、 ブールジュには第8軍団の鎮台が設置されていた。平時から20個軍団を保有する陸軍大国のフランスならではの大兵力と言える。展開に時間が掛かるとはいえ、決して侮ってよい相手ではなかった。
こうして国防軍は手札を潜めつつ、
ラ・ロシェルの戦いは次の局面へと向かって行く事になる。
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【あとがき】
将来、抵抗精神を具体化したようなアンリ・フネを誘いたいなぁ……
ともあれ、ラ・ロシェルは凶悪な防御態勢になっていくでしょう。海路のみならず空路による補給により戦線を支えていきます。また、戦艦の主砲を流用した要塞の中で有名なものと言えば、対馬要塞やオアフ島要塞があります。
【Q & A :95式50口径406o連装砲なんて余っているのでしょうか?】
砲身ならともかく、砲塔は余っていません。
建造中の戦艦比叡に搭載する筈だったもの流用しています。
意見、ご感想を心よりお待ちしております。
(2011年04月13日)
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