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帝国戦記 第三章 第02話 『薩摩級戦艦』


修学なくしては技術なく、技術なくして修学なし。

プロタゴラス





東京府新宿町にある統合軍令部の第二会議室にて、帝国軍に於ける兵器開発を担当する帝国軍開発部の会議が開かれていた。参加者が村上格一(むらかみ かくいち)少将を中心とした4人ある。少将という階位が参加しているだけで会議の重要性がよくわかった。

村上少将とは史実に於いて艦政本部長や海軍大臣を務めた軍人である。居留民保護に従事した際には居留民から絶大な信頼感を勝ち取った程の人物で、日本海海戦では艦隊を率いて活躍し、前線や後方を問わず能力を発揮した軍人の中の軍人でもあった。しかも巡洋戦艦「金剛」の建造をイギリスに依頼するにあたり、村上は305o連装砲ではなく356o連装砲の採用を強硬に求め、欧米列強の戦艦に先駆けて日本戦艦が近代砲戦に適した356o連装砲の搭載を実現させた先見の明に飛んだ人物である。

海軍の兵器として航空機すらも採用し、第1次世界大戦を契機に起こった兵器改革に対応すべく技術開発面の総指揮を執った経歴もあった。また関東大震災の際、彼は横須賀鎮守府に中将上泉徳弥を介して食糧の配給を実現させ、飢餓に苦しむ多くの市民をも救っている。人徳者にして天皇に対する忠義は一点の曇りが無く、しかも記憶力が良く、数学に強く、技術に関して強い関心を持ち続けた人物なのだ。


2人目は近藤基樹(こんどう もとき)大佐である。

史実に於いては英国のグリニッチ海軍大学校で学び、海軍造船総監、造船造兵監督官(英国出張)、艦型試験所長、兼技術本部出仕などを歴任していた。また最初の国産戦艦「薩摩」や巡洋戦艦「筑波」の設計から、あの長門級戦艦に至るまで一貫して軍艦の設計に関与した人物である。造船学を講じ民間造船所にも協力して造船業の発展に貢献すらしている。現在、帝国軍で使用されている一等輸送艦と鵜来級海防艦の船体を設計したのも彼であった。


3人目は有坂成章(ありさか なりあきら)大佐である。

有坂大佐は史実では三十年式歩兵銃と三十一年式速射砲を作り上げ、日露戦争の勝利に大きく貢献していた技術士官であった。これらの実績によって彼は砲開発者として大きく称えられたが、彼自身は功名を誇ることを嫌った人格者である。現在は帝国学院にて定期講習を受ける事で材質工学を学び、その専門範囲を装甲材の分野に生かそうとしている。人命損失を悔やむ彼らしい行いであろう。


4人目は宮原二郎機(みやはら じろう)中佐である。

宮原中佐は工学博士にして、史実にでは宮原式水管缶を発明者した技術士官であった。また男爵位を持つ。彼の開発した機関は薩摩級戦艦、鞍馬級巡洋戦艦のような戦闘艦のみならず、その機関の派生は漁船にすら使用された程である。


彼らは史実の日本軍に於いて兵器技術や軍備に於いて重要な役割を担った人物であった。その彼らが話し合う会議の内容は、この日本帝国の技術にて建造する新型戦艦の建造計画に関する内容である。

有坂大佐が言う。

「しかし、戦艦ともなれば海防艦や木造掃海艇とは訳が違います」

「開発に必要な予算と資源に関しては、
 帝国重工が工面して下さるので問題は有りませんが…
 欧米水準を上回る戦艦でかつ将来性のある戦艦を設計せよとなれば難題です」

近藤大佐がかなりの難題に頭を抱える。なまじ凶悪な性能を有する帝国重工製の艦艇を誰よりも知っているだけに、実現できるかは別にして頭に浮かぶ設計案がそれに準じてしまうのだ。

「長門級を模倣する手もあるが、
 あれは日本の技術…いや欧米でも不可能だろう」

「同感です」

全員が村上少将に同意した。
村上少将が口を開く。

「ここから話す事は他言無用だ」

全員が頷くと村上少将は言葉を続ける。

「高野閣下の狙いは帝国軍に於ける軍事技術力の強化にある」

「その為だけに戦艦を建造すると!?
 しかし、現状で戦艦を建造しても我が軍の軍事費からして、
 これ以上の乗員は確保できません」

「それは理解している。
 話は変わるが、条約軍との戦争にて日本…
 いや帝国重工の艦艇はどのような評価になったか知っているだろう」

「戦前に砲撃能力に深刻な問題があると酷評を受けた葛城級ですら、
 今や列強海軍の垂涎の的になっています」

「そうだ、それと同時に欧米の造船技術は軒並み失墜した。
 新興国が作り出した軍艦に大敗したのだからな。

 何しろ先月の中頃に英国から我が国に極秘軍事支援という名の下で、
 キング・エドワード7世級戦艦と雪風級を交換する案すら西郷大将にあった位だ。
 現状でキング・エドワード7世級は必要だと思うか?」

「いりませんね」

「ああ、いらん。
 西郷大将は非礼が無いように丁重にお断りしたようだが、
 正直なところ彼らが建造を推し進めているベレロフォン級でも割が合わんよ」

戦艦と護衛艦(大型駆逐艦)であり、純粋な攻撃力からすればキング・エドワード7世級戦艦が勝るも、彼らが見ているのは純粋な戦闘能力だけではない。史実の日本軍とは異なり帝国軍では居住性、整備性、量産性、維持費という面をより重視している。

何しろ大損害を受けた軍艦が短期間のうちに戦線復帰を行えるほどの高い整備性はこれまでの軍艦にはなかった。従来艦ならば最悪の場合は年単位の時間が掛るだろう。また帝国重工製の艦艇は例外なく水兵たちがハンモックではなくベットで眠れるようになっていた事も継戦能力の向上に繋がっていた。

これらの事から村上少将の意見は当然と言える。

それに最高意思決定機関、帝国重工、帝国軍上層部の三者が帝国重工製の兵器の転売や海外流出を望んでおらず、そのような取引が成立するはずも無かった。

「話を戻すぞ。
 無論、建造する戦艦は帝国軍では使わない。
 この戦艦は国外販売用だ」

「実績の無い我々が作った戦艦など売れるでしょうか?」

「売れるさ。
 何しろ我々が設計する戦艦の設計図を監修するのは帝国重工なのだからな。
 列強の戦艦を軒並み沈めてきた艦艇を作り上げた実績は大きいし、
 帝国重工の実績を疑う者は、この世界にはもはや居るまい。
 販売先はトルコ、タイ、南米諸国を見ている。

 そして欧米の既存戦艦が軒並み旧式化となった現状からして、
 列強海軍と中小国家の海軍が対等の戦力を保有する機会でもあるのだ。
 時期からして絶好の売り時と言えるだろう」

宮原中佐の疑問に対して村上少将は自信満々に言った。

現に海軍作戦部長の山本権兵衛大将の元、各中小国家の海軍指導部に対して広報活動が水面下にて進められていく準備が既に整えられていた。また、その活動には広報事業部が全面協力する死角の無さだ。戦艦の設計図さえまとまれば直ぐにでも動き出せる状態と言えよう。

本来ならば戦艦建造技術を有し、ライバルになり得る筈だったイギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリアは現状では動けなかった。イギリス帝国に関しては大西洋に日本艦隊が展開している以上、まずは自国用に新鋭戦艦を配備せねばならなかった。それに主要造船所はベレロフォン級戦艦の建造で手がいっぱいである。 そして、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリアに関しては日本海海戦にて受けた打撃から海外に軍艦を売る前に、自国海軍を立て直さねばならない。イタリア王立海軍は損害が少なかったが、旧サルデーニャ海軍派と、旧ナポリ海軍派の対立の影響で大きく動けなかった。

それに対して日本帝国は横須賀海軍工廠で行われている一等輸送艦の建造と、その整備を除けば、戦時下にも関わらず各地の海軍工廠の多くを自由に使える状況だったのだ。その理由は主要艦艇の殆どを帝国重工が建造しており、また大規模整備に関しても帝国重工が行っていた事にある。

「なるほど」

「もっとも、帝国重工が監修する以上、妥協は許されないだろうな」

村上少将はそう言ってから、帝国重工の新製品である会議室に置かれた移動式白板(ホワイトボード)に黒・赤・青のマーカーで要点を書き込んでいく。史実に於いて1968年に誕生したホワイトボードであったが、会議などで活躍する事からこの時期に実用化されている。

村上少将はホワイトボードに、
多様性、居住性、整備性、生存性、発展性、経済性という6つの要点を書いた。

今回の戦争を通じて帝国軍が学んだ戦訓である。

そして帝国軍に於ける軍事技術力の強化を目的としている以上、
手を抜いて作るわけにはいかない。

もっともこの4人が手抜きを行う筈もなく、無用な心配であったが。

「戦艦、いや軍艦に必要な要素を集約すると以上の様になると思われる。
 これを踏まえて設計案を作り上げようと思うが、どうかな?」

村上少将の言葉に残る三人が頷く。
そして話は機関部に関する内容に移る。
戦艦の出力が定まらなければ武装や装甲を選定できないからであった。

宮原中佐が話し始める。

「経済性と整備性を考慮するなら機関の主機に関しては新規設計を行うのではなく、
 一等輸送艦で使用している圧力複式衝動タービンの2機2軸が適しています。
 それにあの機関ならば運用実績もあり、耐久性にも不安はありません。

 また、現在開発中の双流式反動タービンへの換装が容易に行えるように
 機関室を設計すれば将来性も十分に確保できます」

宮原中佐の発言には根拠があった。彼らの下で圧力複式衝動タービンを元に全翼車構造の小型軽量化を図った双流式反動タービンの開発を進めていたのだ。本来の目的は一等輸送艦の速度向上・航続距離増大を目的としていた。この機関は史実に於ける三菱パーソンズ式で、峯風級駆逐艦から重巡「青葉」に搭載された機関である。 また双流式反動タービンの燃料方式は宮原式液体燃料・燃料ペレット混焼缶になる予定であった。これは史実に於ける宮原式重油・石炭混焼缶に近い。

確かに輸送艦で使われている汎用機関ならば信頼性もあり、また量産効果もあって価格も抑える事が出来るからである。そして帝国軍の主要軍港ならば如何なる場所でも整備できる点も大きいだろう。

「となると出力は35000馬力程か…
 最終的には4基4軸になるような増長性を持たせるのも良いな。
 よし、機関はこれで行こう」

計算に強い村上少将は僅かなの間に、概略計算を行い馬力を算出した。
有坂大佐が発言を始める。

「いっそ主砲も305o連装砲で行きましょう。
 あの砲で固定角度装填ならば短期間にて開発が可能です。

 これも機関と同じですが、将来に於いてより大口径砲に換装が可能なように、
 また自由角度装填に変更できるように船体各所に余裕を持たせた方が良いと思われます」

「確かにそれならば多様性、発展性、経済性に反しないな。
 固定角度装填ならば信頼性もある」

「はい。主砲も背負い式砲塔にし、前後に2基づつ、
 合計4基に抑えれば居住性が圧迫されるようなことは無いでしょう。
 また敵の駆逐艦や水雷艇を排除する速射砲に関しては、
 第二部の面々に一任しようと思っています」

第二部とは帝国軍兵器開発に於ける砲熕部門(砲塔、重火器)の方向性や開発などを担当する部門だ。統合軍令部ほ発足時に運用部として、かつての陸軍技術審査部など砲開発に必要な部門を管理下に置いて再編されているので高い開発力を保っている。陸軍技術審査部で有名なのは四一式山砲であろうか。

この四一式山砲はタ弾を使用すれば射程距離に関わらず、高確率でM4中戦車に打撃を与える事が出来た山砲である。開発時期を考えれば凄まじい砲と言えるだろう。その使い勝手の良さから中国軍では朝鮮戦争まで使用されていた程であった。後に、この戦艦の為に開発された速射砲は汎用性の高さから輸出用陸上兵器の一つとなるのだ。

「後は列強が装備している魚雷……いらんな。
 今回の戦争でまるで役に立っておらん」

「ええ、無い方が応急被害対策(ダメージコントロール)がやり易いです。
 速射砲で狙われてしまえば魚雷攻撃は自殺行為に過ぎないでしょう」

「なるほど、これは悪くない。
 それに主砲を4基に限定すれば弾薬庫防御を充実させつつ、
 十分な居住スペースが確保できる!」

艦艇設計の近藤大佐が興奮気味に言った。
それから続けられた話し合いによって兵装の方向性が定まって行く。
一段落したところで、話が装甲材へと移った。

「強度からすればVC鋼か?」

「あれは費用が高すぎるし、滲炭処理だけで1ヶ月近く掛かる。
 帝国重工ならともかく、我が国の生産力では十分な量は確保できない。
 装甲材はニッケル鋼板、高張力鋼板、
 MNC鋼(均質圧延モリブデン無浸炭均質鋼板)で十分だろう」

近藤大佐の言葉に有坂大佐が応じた。

「確かに主甲帯の部分ならば必然的に180mm以上の厚さになるから、
 無理にVC鋼を使う必要も無いか」

「ああ、装甲の硬さだけが船の耐久性ではないからな」

「まったくだな」

VC鋼(滲炭ビッカーズ鋼)とはクルップ鋼に対して、ニッケル、クローム、銅の含有率と浸炭処理の時間を増やす事で表面の硬度を改善した装甲鋼である。熱処理を2段階に分けて行う事から、生産に多大な工期とコストを必要としており、中小国では製造する事の出来ないものであった。また、かつての歴史に於いて金剛級から長門級までの全ての戦艦にて用いていた装甲材である。

そしてMNC鋼はモリブデンの含有率が高く粘りのある鋼板で、180mm以上の厚さならばNVNC鋼(新型ヴィッカーズ無浸炭均質鋼板)と遜色ない性能を発揮し、製造コストと工期も減らす事が出来る厚装甲材であった。

史実の大和級戦艦も、このMNC鋼を多量に使用している。

村上少将が言う。

「最高を目指し過ぎて財布が破綻しては意味が無いからな、
 装甲材はそれで行くとしよう。
 方位盤などは列強と同じもので間に合わせるとして、
 肝心の船体方式と建造方式はどうする?
 案があれば言ってほしい」

「船体案としては水槽に模型を浮かべて試験済みの
 凌波性に優れたクリッパー型艦首の長船首楼型が宜しいかと」

近藤大佐が即座に答えた。

長船首楼型とは、船首楼を船体中央部以降まで延長したものである。
史実の金剛級がこの戦艦のデザインとして近い。

「あのA-07か?」

「はい」

A-07とはA-01からA-10まであった戦艦模型のうち一つを指し、
凌波性や船体バランスを測る為に帝国軍開発部で作られたものであった。

近藤大佐が言葉を続ける。

「建造方法にはブロック工法と電気溶接を採用します」

「ブロック工法はともかく、電気溶接は強度的に大丈夫か?
 確かに重量軽減と工期の短縮は魅力的だが」

「一等輸送艦で十分に経験を積んでおり大丈夫でしょう。
 ただし、安全策として一部はリベット打ちにて行いますので、
 安全性は確実と言えるでしょう」

「なるほど、それなら不安は無いな」

村上少将は納得した。

確かに近藤大佐の言うとおり、横須賀海軍工廠(横須賀造船所)では1896年から電気溶接によって10,000トン級の一等輸送艦の建造が行われており実績に不足は無い。帝国重工から派遣された技術者による厳しい指導の賜物と言えよう。

このあと幾つかの会議を経て薩摩級戦艦の設計案がまとまり、小修正の後に帝国軍で建造が始められる戦艦のネームシップが薩摩級と命名され、高野と帝国重工の支援もあって驚きべき速さで横須賀海軍工廠にて起工となる。薩摩級は速射砲を除けば新規開発は殆ど無かったが、そのお手軽さと相反して欧米各国が現在計画している新型戦艦を上回る有力な戦艦が産声を上げようとしていた。
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【あとがき】
後に、帝国軍は輸出用の輸送艦、駆逐艦、巡洋艦の建造にも着手する事になるでしょう。
高野の狙いは帝国軍の軍事技術を押し上げつつ、列強各国が兵器輸出にて暴利をむさぼっている現状に一手を打つ事にあります。


【薩摩級、第一期モデルの性能は?】
排水量:26830t、全長:223m、全幅:32m、吃水:9.72m

機関:圧力複式衝動タービンを2機2軸、35500馬力
燃料搭載量:3275t

最大速度:24.5 kt、巡航速度:18.9 kt、航続距離:巡航で8900海里
乗員:士官・兵員:1180名

兵装
305o45口径連装砲:4基(8門)
127o50口径単装速射砲:16基
機銃多数


薩摩級は史実の金剛級の焼き直しでバランス安定型になります。


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(2010年12月15日)
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