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帝国戦記 第二章 第45話 『戦後計画 3』


行動には常に危険や代償が伴う。
しかし、それは行動せずに楽を決めこんだ時の長期的な危険やコストと較べれば、
取るに足らない。


ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ










 1905年 8月4日 金曜日

日本側と条約側がイギリス帝国の仲介の下で香港にて開かれた停戦予備交渉がフランス共和国の強硬論により平行線を辿っていた頃、タイミル半島の北に南に幅約60kmのヴィリキツキー海峡を隔て、西はカラ海、東はラプテフ海を有する冬月諸島にて日本国防軍は軍事行動の準備を整えつつあった。

冬月諸島とは史実に於いてセヴェルナヤ・ゼムリャ諸島と呼ばれる総面積が約37000kuにも及ぶ大きな諸島である。本来なら、この諸島は1913年4月にB.ヴィリキツキーによって発見される筈だった。しかし、高野は戦後の北極圏戦略を見越して、1904年8月24日に行われたサンクトペテルブルクでの特殊作戦の後、極秘裏に国防軍によって基地の建設を行うように命じていたのだ。

この諸島に建てられた基地の名は冬月基地と言う。

帝国重工がサハリンにて建設した春石地区と同系列の機材にて、史実では十月革命島と呼ばれた、この諸島最大の島である冬月本島にて短期間のうちに恒久基地を作り上げている。

この冬月基地のサハリン島の春石地区と同じように、建設方式の多くに現地組み立て式のプレハブ工法に加えて建設資材はすべて既存のものを組み合わせて使用し、建設期間の短縮とコスト軽減を実現させていた。そして基地建設を更に短期間で行うべく擬体化工兵部隊の投入も行っているのだ。これらの事から春石地区が冬月基地の建設計画と連動していたことが伺える。

機材の輸送には183トンの貨物室を有し、巡航速度395.4km/h、飛行継続時間336時間という大輸送力と大航続距離を両立させた4式飛行船「銀河」によるピストン輸送によって補っており不安は無い。また北極圏の暴風も成層圏の下部に位置する晴天乱気流と比べれば容易く、成層圏での飛行能力を有する銀河にとっては大きな問題ではなかったのだ。 しかも銀河の輸送力を強化した改修型も設計段階に入っており、完成した暁には優先的に北極圏に回される事が決まっている。このように北極圏輸送網は時間と共に強化が進む進んでいく目処が立っているのだ。

帝国軍から、この冬月基地の視察に来ていた、
ラザレフ防衛戦にて活躍した秋山好古(あきやま よしふる)大佐は副官の稲垣大尉に言う。

「まったくもって帝国重工はとんでもない場所に、
 また大掛かりな基地を作ったものだな……」

「同感です。
 春石地区は知っていましたが、
 まさかこのような極地に、基地として流用するとは予想外でした」

稲垣三郎(いながき さぶろう)大尉は上官の言葉に応じた。

彼は史実に於いて日露戦争に満州軍参謀として従軍し、またシベリア出兵の際には浦塩派遣軍参謀として出征していた人物である。その後は日本体操学校長に就任した変わった経歴に持ち主であった。

「しかしまぁ全天候ドームとやらのお陰で、
 このような極寒の地にも関わらず凍える事は無いのは、有り難い限りだ。
 だが、このドームの部分は先月に完成したばかりらしい。
 今では快適だが、この基地も当初は多大な労力を有しただろうな。
 それを考えると苦労がしのばれる」

「ええ……並々ならぬ苦労だったでしょう」

「大浴場、公園、売店……
 このような極寒の地に凍えず過ごせる我々がいる。
 集光用巨大反射鏡による日光の確保、
 更には本土で行われている広報事業部の放送すら見れるのだ」

春石地区と同じく、冬月基地の居住区に位置する場所には、四角錐(ピラミッド型)で作られた640平方メートルのドーム状建築物を4つ連結させたもので構成されていた。この領域に人々が宿泊を行う低層建築物とリラクゼーション用の公園や売店があるのだ。

上官の言葉に対して稲垣大尉が言う。

「だからこそ条約側がこの基地を奪いに来ないかと不安でなりません。
 島の大きさに反して、
 常備駐留兵力が3個中隊のみというのが……」

「いや、これで十分だろう。
 下手に数を増やせば兵站維持が大変になる。

 それに重装備の国防軍3個中隊の火力は侮れん。
 あれらの装備は間違いなくラザレフ守備隊の質を上回るぞ。
 優勢な装備と、旺盛な士気に加えて、この様な極地にして孤島をどうやって攻めるのだ?」

秋山大佐の言葉に間違いはなかった。

確かに冬月諸島は巨大な諸島であったが、この地域は十分な極地装備を有しなければ生存すら難しい地域なのだ。第一に北極圏で不十分な防寒装備で戦闘を行う事など自殺行為に等しい。現在の条約軍の技術からすれば探検隊のような装備になり、戦闘どころではないだろう。それに加えて国防軍の駐屯兵力は十分な耐寒訓練を積んだ、かつ優良な装備で身を固めた寒さに強い東北地方出身者とアイヌ人を中核とした部隊で固められている。任地がこのような僻地であっても国防軍部隊の士気は高い。

また秋山大佐の言う通り、任地がこのような僻地であって国防軍部隊の士気は高い。

帝国重工では任地が僻地の場合は、特別手当の支給が約束されている。この手厚い体制に加えて少数だったが開放派の士官が駐留しているのだ。開放派の女性たちが冬月基地の癒しになっていた事に加えて、定期的に来訪する公娼婦が彼らの支えにもなっている。

公娼婦と兵士を兼職するテレス少佐やナタリア曹長のような人々も冬月基地に頻繁に訪れており、また彼女達は公娼婦としてだけではなく、開放派の人々と共に水着のショーやイベントを開いたりしていた。余談だが、カオリによる氷原での裸体写真撮影もこの島で行われている。

これらの事から冬月諸島は僻地の割には意外と賑やかな場所と言えよう。

秋山大佐の言葉が続く。

「条約軍に全天候に対応している銀河の改良型のような輸送手段があるならともかく、彼らには北極圏で満足に運用可能な輸送手段がない。 例え、条約軍が輸送手段を得るべく北極圏付近に鉄道を作ろうにも、インフラ未整備の極地でそのような工事は簡単には進まない。完成する前に戦争は終わってしまうのは断言できるな」

「なるほど。
 確かに条約軍は我が軍が抑えている、カムチャツカ半島方面に対して
 攻めあぐねていますね。
 しかもこの北極圏と比べれば、まだ天候が大人しいツンドラ気候区にも関わらず」

「そうだ。 それらに加えて一部の国防軍と帝国軍を除いて、
 この冬月諸島は知られていないのだ。知らない場所を攻めようがない」

秋山大佐の推測は正鵠を射ている。

インフラ未整備の地に大軍団を展開するだけで大きな負担になるのだ。しかも戦闘を継続するとなると、負担の桁がさらに上がる。このような極地では戦争を行う前に兵站線の構築の時点で国力の多くを使い果たしてしまうだろう。

そして極地の兵站に関しては条約軍に比べて国防軍が圧倒的に優れている。

冬月基地には軍事基地として初めて新鮮野菜を提供する環境保全型の最新式の植物工場が幾つも建設されていたのだ。新鮮野菜の自給が兵站に掛る負担を大きく減らしている。施設を維持するエネルギーに関しても海中に沈めたケーソン防波堤型波力発電所から得ており問題は無い。予備発電機関として雪風級護衛艦で使われている95式統合電力システムを2基備えていた。帝国重工がここまで力を入れるのは、将来に於いて冬月基地を北極圏における一大拠点として整備して行くつもりなのだ。

現に、この冬月基地には毎日の定期輸送の積み重ねによって、
兵站物資に関しては1個師団が丸々12ヶ月戦えるほどの蓄積が行われている。

秋山大佐は外の荒々しい天候を見ながら言う。

「しかし、これから行われる作戦が成功すれば条約軍は詰みだな。
 投入兵力は小規模だが影響は計り知れない。
 日本側が攻撃可能にも関わらず、
 条約側は突如として攻める事が出来ない12000kmにも及ぶ長大な戦線が誕生するのだ」

「条約側の戦争計画は完全に破綻しますね。
 相手は攻撃できず、此方からは一方的に攻撃できるとなればなお更の事です」

「ああ、大きな血を流さずとも条約軍は負けたと勘違いするだろうよ。
 それに完全に対応しようとすれば膨大な軍事費が必要になる。
 どちらにしても相手がそれを理解したとき、
 日露戦争から発展した条約間戦争も終わりになるな」

彼らが言う通り、冬月基地にて日本の気候を問わない緊急展開能力を示す事で条約軍の継戦意欲を完膚なきまでに叩き折る事を目的とした軍事作戦の準備が進められていた。

その内容は、北極圏のラプテフ海と東シベリア海の間にあるコテリヌイ島とファデエフスキイ島を中核とするノヴォシビルスク諸島と、その手前にあるウランゲリ島の制圧。 そして西はノルウェー海に繋がるバレンツ海とカラ海を分け、ヨーロッパの最北東端に位置する北極海に浮かぶ列島であるノヴァヤゼムリャ島と、その南東にある大陸から75km離れたコルグエフ島を4式飛行船「銀河」による兵員展開にて同時に制圧する事にあった。

それぞれの地点に重装備の国防軍が緊急展開するのだ。

制圧予定の地点を全て合わせても500名にも満たない小規模かつ、敵に備えていないロシア軍守備隊では総兵力7個中隊に達する国防軍の侵攻部隊に対抗する事は不可能であろう。これらの地点の中で最大人口を有する街は、1870年に定住がはじまったノヴォシビルスク諸島のベルーシャ・グバである。その人口は約850人であった。第二位がコルグエフ島の南東部にあるブグリノという、ネネツ人からなる漁労やトナカイの放牧を生業としている集落であり、人口は100人程に過ぎない。

諸島に加えて近辺に敵の策現地になるような拠点が無い過疎地域ゆえに、7個中隊程度の兵力で十分に制圧が出来るのだ。すでに冬月基地にて作戦開始を目前に控えて15機の銀河と兵員の準備は最終段階へと向かっていた。

例え条約軍が犠牲を問わず兵力の展開を行い、北極圏に於ける占領地の奪還を実行したとしても、その頃にはAC-004A局地制圧用重攻撃機「飛龍」の展開と、艦艇資材を流用した簡易要塞が出来あがっているだろう。この事から防御力に不足は無い。

これらの諸島を制圧せしめれば、ノヴァヤゼムリャ島、冬月諸島、ノヴォシビルスク諸島、カムチャツカ半島、との間で連絡路を形成すると同時にノヴァヤゼムリャ島から北欧連絡路を得る事になる。空路に海路(海中)と、攻められ難い地形を生かして北極圏戦略と北欧戦略の施行や、ロシア革命が起こった際にロシア皇族と文化財を運び出す中継基地として活躍する事になるだろう。

戦争戦略でかつ、戦後戦略をも見据えた軍事作戦と言える。

稲垣大尉が言う。

「高野閣下の考案する戦略は驚くばかりです」

「それは同感だな。
 優れた戦略家であり経営者の高野閣下が日本に居た事は稀にみる僥倖と言える。
 しかし、驚いてばかりはいられん。
 帝国軍も夏には師団が新設され、
 そのうち一つが来年には欧州軍として、この冬月本島にも配備されるのだからな」

「我が軍で進められている例の地域別統合軍構想ですか…
 壮大過ぎてしっくりきませんよ」

「ははっ、これも慣れるしかないぞ」

地域別統合軍構想とは帝国軍の機密に属する計画の一つで、拡大する日本圏に対応すべく、戦後を目処に軍を地域別・機能別に編制しなおす軍再建計画の事であった。秋山大佐と稲垣大尉による帝国軍の視察も地域別統合軍構想と密着している。

秋山大佐は思う。

(大西洋で進められている作戦を知ったらこいつは驚くだろうな…)

秋山大佐の心の中で言った独白のように日本の軍事作戦は北極圏に留まらない。

日本海海戦の勝利によって日本海と太平洋に於いて絶対的な制海権を得た日本側は、6月15日に帝国軍と国防軍の合同艦隊をSUAV(成層圏無人飛行船)の支援の元、極秘裏に大西洋のフランス植民地に向けて軍事作戦を行うべく日本大西洋艦隊を派遣していたのだ。 艦隊の規模は2個中隊を搭載した強襲揚陸艦「飛鷹」と、護衛戦力たる巡洋艦「葛城」「筑波」「生駒」「鞍馬」「伊吹」、そして、これらの艦隊の補給兵站を支える剣埼級大型補給艦7隻、合計13隻からなり、艦隊の名称は日本大西洋艦隊であった。

日本大西洋艦隊の艦隊司令は日本海海戦で勇戦した上村中将である。

この艦隊の規模からして、明らかに過剰ともいえる大型補給艦の隻数は、
作戦の長期化に備えた万が一の措置だった。

日本海海戦では国防軍の高野大将が合同艦隊を指揮し、今回は帝国軍の上村中将が合同部隊を指揮する。これで双方の指揮委譲の前例が作られ、後の大戦で大きく活きる事になるのだ。

また絶対的な戦力である長門級戦艦は、
航続距離の欺瞞などを含む政治的な問題から派遣は見送られている。

ともあれ、この日本大西洋艦隊の目標はカリブ海のリーワード諸島、セント・マーチン島から南の方に浮かぶ美しい白浜の海岸が広がるフランス植民地グアドループ県に属するサン・バルテルミー島の制圧が目的であった。サン・バルテルミー島の総面積は25kuで、人口が3000人にも満たない小さな島で、フランス共和国軍の駐留兵力も小隊程度に過ぎない。島の規模としては小笠原諸島の父島より時若干大きい島と言えば判りやすいであろう。

またカリブ海の島にしては珍しくその多くが白人系で占められてる。

サン・バルテルミー島は日本本土から約22000km離れた島であるが、葛城級の航続距離は巡航で14500海里(約26868km) に及び、飛鷹級強襲揚陸艦と剣埼級大型補給艦の航続距離は葛城級より長い事から燃料補給は一度で済む。日本側が有する列強軍を上回る長大な航続距離と巡航速度だからこそ、出来る遠征と言えるだろう。

また1個大隊を収容可能な飛鷹が2個中隊に留まっていた理由は、小さな島に過剰兵力の展開を行っても仕方がない事に加えて、補給回数を軽減させるために余剰スペースに補給物資を満載していた事が理由である。

そして、秋山大佐は知らなかったが、日本側の攻勢はこれだけではない。

南インド洋にあるフランス領南方・南極地域の制圧計画も立てられていたのだ。共に極過疎地域であり、小隊程度の兵力でも十分に制圧可能なのが特長であろう。この南インド洋に於ける制圧作戦に必要な戦力は2個小隊と4式飛行船「銀河」1機であり、既に南インド洋上空にて空中待機状態にあった。このような長時間の飛行が可能なのは飛行船ゆえの利点である。

そして、これらの大西洋と南インド洋にいる制圧部隊は北極圏での作戦開始と同時に一斉に動くことになるのだ。日本側による小兵力かつ、過疎地域にて行う軍事作戦だが、列強各国の思惑を大きく狂わす事になる、大作戦がその発動を静かに待っていた。
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【あとがき】
セヴェルナヤ・ゼムリャ諸島を占有しました。ここさえ保持できれば北極の制海権も楽に取れるでしょうし、弾道ミサイル潜水艦の展開も楽になる。また宇宙展開が遅れた際に、予防戦略の展開を兼ねているので帝国重工としては絶対保持の島だったりします。


【Q & A :停戦予備交渉はどうなっているの!?】

日本と条約側もイギリスの顔を立てる程度の参加なので平行線のままです。
ですがフランスの姿勢も次の作戦で態度が変わってくるでしょう。


【広報事業部の写真撮影3 】

カオリが冬月諸島で撮影し、雑誌「先進科学」に載った健全だけどエロス満載な写真で、彼女が手にしている銃は95式小銃のカスタムモデルになります。



意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年10月06日)
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