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帝国戦記 第二章 第41話 『ナガトショック 中編』


東郷中将率いる巡洋艦春日、護衛艦2隻からなる艦隊は日本海海戦にて救助した捕虜を下艦させる為に舞鶴軍港に入港していた。1時間ほどで春日に収容していた捕虜の下艦作業を終えると、次に補給作業を開始する。何を行うにしても物資が無ければ始まらない。

そんな中、春日の統合中将に統合軍令部から一つの命令が届いた。

電文を読み終えると東郷中将は言う。

「ふむ、どうやらゲストがこの艦に来るらしい」

「ゲストですか?」

春日艦長の伊地知大佐が尋ねた。

この春日は佐世保湾海戦にて戦没した常磐の生き残りにて運用されており、
艦長も常磐と同じ伊地知大佐が就いている。

艦長の質問に東郷中将が答える。

「うむ。
 帝国重工広報事業部の写真撮影と取材活動に協力すべく人員を受け入れた後、
 第五任務艦隊として長崎県の九十九島を通り横須賀に向かえとある。
 また取材活動や撮影には全面的に協力せよとのお達しだ。
 驚くなよ、取材班にはあのイリナ嬢が参加しているそうだ」

「本当ですか!
 兵たちが喜びます」

取材活動に関しても東郷中将や伊地知大佐がいやな顔ひとつ見せずに応じたのには広報事業部の花形スターが来るだけでなく帝国軍を取り巻く状況も大きい。戦時中に必要な戦力と物資を惜しみなく供給し、さらには援軍すら提供してくる相手に悪い感情など持ちようが無いだろう。この巡洋艦春日だけでなく、彼が率いる艦隊のその全てが帝国重工からの無償供給によって補われている。

しかも、その良好な関係は軍上層部だけではない。

農村生まれが多い末端の兵も自らの生活水準が向上し、帝国政府と日本最大企業でもある帝国重工が二人三脚となって推し進めた農業改革によって農民の生活水準が緩やかであっても向上していたことが大きかった。

伊地知大佐が東郷中将に尋ねる。

「で、来艦は何時ごろになるのでしょうか?」

「一時間後らしい。
 出港準備が整うのは3時間後だな……よし、
 彼女たちに失礼がないように念入りに掃除しておこうぞ」

「同感です」

伊地知大佐が艦内放送にて事情を説明し、手透きの兵に対して清掃作業に就くように命じる。帝国軍でも人気が高いイリナ達が来るとなって、清掃作業に対する熱の入れようは並々ならぬものがあった。兵たちにとってイリナと彼女が率いる開放派は憧れの女神といっても過言ではない。 広報事業部の写真集の多くは慰安品として帝国軍に提供されており親しみも大きい。このことから帝国軍の誰もがイリナを初めとした開放派は綺麗好きが多い事を知っていたからである。

元々、帝国軍は史実と同じく艦の清掃に対しては毎朝丁寧に行っており、汚れた箇所などは殆ど無かったと言えるだろう。その上での限られた時間であったが追加清掃を行った結果、春日の船内は塵一つない状態になった。

また彼女たちが使う部屋に関しても観戦武官の増員に備えて前々から空き部屋を用意しているので問題は無い。帝国重工製の軍艦は護衛艦クラスであっても風呂とシャワー室が完備されており、女性が乗艦しても問題は無かった。それもそのはず、帝国重工が建造したその全ての軍艦は自衛隊時代の護衛艦ひゅうがのように女性が乗り込めるように作られているのだ。

春日に於ける艦内清掃を終えた頃に
イリナを含めた20名が4式輸送機「紅葉」にて舞鶴軍港に到着する。

舞鶴軍港に来た広報事業部の人員は例外なく美少女や美女に属する女性であり、また各雑誌で活躍する女優であった。人種比率は日系と白人系の半々である。そして、その全員が襟章の付いた日本国防軍第1種礼装を身にまとっている。帝国重工は帝国軍に対して失礼が無いように、史実の日本軍でも歯科医を歯科医官として扱ったように、彼女たちを臨時の国防軍軍属として派遣していたのだ。史実との違いを上げるならば、士官と同等の身分・待遇で勤務する事であろう。

イリナ達は乗艦報告を行うべく、舞鶴軍港の岸壁にある桟橋へと向かう。桟橋と春日を繋げる舷梯に到着すると、そこを警護する衛兵に敬礼を交わしてから、全員の乗艦許可を得るべく代表者であるイリナは、他の者をその場に残して単身で舷梯を上っていく。

春日の前部艦橋基部にあるドアの前に到着すると、
そこに居た士官にイリナは眩いばかりの制服姿にて敬礼を行い報告する。

「国防軍広報部少尉、イリナ・ダインコート。
 乗艦許可を願いします」

「乗艦を許可しますダインコート少尉。
 東郷司令が居る司令室までお連れするように言われております。
 司令室まで案内しますので付いて来て下さい」

「お願いします」

挨拶を終えると士官はイリナを連れて艦橋内部に作られた司令室へと向かう。
やがて中央通路からエレベーターにて昇り司令室に到着する。

「ダインコート少尉、ただいま着任しました。
 短い期間ですがよろしくお願いします」

「ようこそ春日へ、
 本艦はダインコート少尉を心より歓迎する」

司令室に招き入れた東郷中将が言った。
イリナが小さな手持ち鞄から一通の書類を取り出す。
その書類には統合軍令部からの書類を証明する判子が押されている。

「こちらが私を含めた20名の乗艦に関する書類になります」

「拝見しよう」

東郷中将はイリナから渡された書類に目を通していく。
電報で知らされていても命令書にて確認するのが正しい軍隊の姿と言えよう。
たとえ相手が帝国重工や国防軍であろうとも例外は無い。

史実のように一介の参謀や現地司令官の独断で戦端を開くような馬鹿げた出来事が起こらないようにこの世界の日本軍では命令系統は念入りに作られている。

また、このような20名にも上る突然の来訪者があっても問題は無かった。葛城級は巡洋艦という艦種だったが全長201.06m、全幅24.1mで、基本排水量は15084トンに達する大型艦であり、この余裕ある設計が司令室の設置と平行して、多くの観戦武官の収容を実現している。

何しろこの現状でも乗員収容には若干の余力があるのだ。

帝国重工製の戦闘艦艇では砲塔部分に於ける全自動電気油圧式を初めとした各所の省力化によって従来艦とは比べ物にならない人員削減を成し遂げており、そのお陰で葛城級は長門級と同じく居住区一人当たりの床面積は3.5uに及んでいる。これは史実の大和級戦艦が有する居住区一人当たりの床面積である3.2uよりも高い。それに加えて居住区設備には冷暖房が完備されており北方から南方にかけて問題なく運用可能な汎用性を獲得している。

居住性が良く観戦武官に与える負担が少ない、しかも予備浮力を多く保持しており沈みにくい両艦は賓客や観戦武官を受け入れるにもってこいの艦と言えるだろう。

書類の確認を終えた東郷中将が口を開く。

「確かに確認した。
 艦内における自由行動を許可する。
 部屋に関しては、この後に従兵に案内させるとしよう」

「ありがとうございます」

イリナは敬礼で応じた。
軍人としての顔から一人の少女の顔に切り替えて言う。

「差し出がましい事とは思いますが、
 この春日と護衛艦2隻の乗員全員分のプロマージュケーキを持参しました。
 洋菓子店榛名の品ですので、味は保障済みですよ。
 本日の夕食の際にデザートとして出して頂ければ幸いです」

「あの榛名のケーキですか!
 皆が喜ぶでしょう、感謝します」

東郷中将に続いて伊地知大佐も感謝の意を示す。

また洋菓子店榛名とは国内外の要人をもてなす為に、菓子作りの名人でもある高野はるなが全面的に監修して作られたお洒落なカフェテラスのことである。帝国重工御用達の店としてだけでなく、その良質な味と心配りの行き届いたサービスから味にうるさい海外要人からの評価も極めて高い店なのだ。噂に聞く榛名のお菓子を食べれるとなるなら心が躍るのは当然であった。

さしあたりの無い会話をしばらく話した後、イリナは東郷中将に対して撮影内容の報告と一つの作戦を話し合う。それらを終えるとイリナは司令室から退出し、割り与えられた部屋を確認してから船外で待っている19名を迎えに行く。

しばらくして東郷中将が言う。

「女性士官、軍艦での水着撮影、観戦武官の意識を利用した外交か……
 これも時代の流れかもしれぬな…」

「ですなぁ」

東郷中将の言葉に伊地知大佐に応じた。
二人に嫌悪の感情は無い。

開放派の存在は少なからず兵士の士気を支えており、またその開放派を率いるイリナの姉であり開放派でもあるソフィアは葛城級巡洋艦の主砲を設計している事を東郷中将と伊地知大佐は知っていた。それに加えてイリナの愛くるしい仕草と、その人なりも大きいだろう。

また帝国軍の一部大型艦では運用科に属する洗濯師(史実では洗濯夫)や炊事要員に女性を起用していた事も肯定材料として役立っていた。何しろ、この春日でも16人の10代後半の女性軍属が乗り込んでいる。

このような帝国軍に於ける女性進出はそれだけに留まらない。

神奈川県横須賀市にある旧陸軍士官学校と旧海軍大学校を統合した帝国軍士官学校では、軍務大臣の西郷従道と貴族院に所属する山縣系派閥の茶話会の全面的な後押しの下で国防軍と同じように女性士官を実現すべく、女性士官候補生の教育すら始められているのだ。

全ての準備を終えた春日は随伴していた護衛艦2隻を伴って最初の目的地である九十九島に向けて出航する。彼女たちが乗艦しなかった2隻の護衛艦も、憧れの女優たちを守るとあって士気は高い。それは軍属として以前から春日に乗り込んでいる16人女性も例外ではなかった。帝国重工広報事業部を率いる開放派は女性社会進出の象徴であり、ファッションなどの女性文化の大きな一翼を担っており、多くの女性達の憧れでもある。その存在感は極めて大きい。

中には「お姉さまと」目を潤ませる女性も居たとか……

ともあれ春日の夕飯時には、イリナを初めとした彼女たちが兵員食堂にて手渡しにてデザートを配るイベントすら企画されており、その士気は更に高まることになる。

また士気が高まったのは乗員だけではない。

樺太に居た観戦武官もそうであった。

彼らの多くが帝国軍との交流や、広報事業部による慰問によってイリナ達の熱烈なファンになっていたのだ。春日に観戦武官として乗艦しているイギリス帝国のイアン・ハミルトン中将もその一人である。容姿端麗で繊細かつ気配りが利くイリナ達が嫌われるわけが無く、乗員だけでなく観戦武官との関係を良好なものにしていくのに時間は掛からなかった。更には夕食後に空いた時間を生かして交流会を開き、希望者からの写真撮影とサインには出来る限り応じていくサービス精神の見せようだ。お互いに礼儀を忘れない紳士淑女的な交流が進められていく。

日本艦で出る食事は先端技術によって作られた艦船用バイオプラント浄化設備によって海水から作り上げた豊富な真水に、真空パック、冷凍食品、缶詰によって鮮度を保っており、豪華ではないが味は良質で栄養バランスが良く、また飽きないような献立で組み立てられている。流石に欧米の高級レストランには勝てないが、間違いなく欧米列強軍の食事水準を大きく超えた質の高いものであり、春日に乗艦していた観戦武官を大きく満足させていたのだ。

戦闘が無く目ぼしい戦訓は得られなくても、この春日の食事は良好で軍艦にもかかわらず清潔であり、下手な客船よりも心地も良い。また上陸すれば広報事業部による公演などに招待されるのだ。このような待遇を続けられれば各国の観戦武官の心境が良好になるのも当然であろう。

一応は、充実した食事と良好な居住性が末端の兵達の士気を高い水準で保つ一翼になっているという、士気に関する戦訓を観戦武官達は春日での生活で得ていたので全く戦訓を得られていない訳ではない。

実はそこに高野の狙いであった。

日本軍は徹底的な省力化と規格の統一に加えて軍需物資も帝国重工の一括生産によって軍事費を抑えており、他国よりも多く福利厚生にお金を注ぐ事が出来たのだ。観戦武官がこれを本国に伝え、戦訓に従って軍隊の食事水準を上げればどうなるであろうか?

士気高揚には繋がるが、
間違いなく軍事費の中で大きな比率を占める人件費が高騰するに違いない。

例え実行しなくても観戦武官が持ち帰った日本軍に於ける兵達の対応を噂で聞かされた者たちが羨み、自分達もと改善を求める様になるだろう。認められなければ不和に繋がり、認められれば軍事費が高騰する。そして日本は自軍の日常を伝えられるだけなので失敗しても痛手ではない。このように観戦武官は知らず知らずにして高野の策に協力する事になるのだった。

軍事費を大きくさせていく事によって欧米経済を圧迫させていくのが日本の基本戦略であり、日本海海戦で活躍した長門級戦艦もその一翼を担っている。

こうして帝国軍にて慰問と謀略を兼ねた交流会が進められる中、トラック諸島夏島港から国防軍に所属する2隻の戦艦が出港し、横須賀軍港に向けて北進していた。

長門級戦艦の7番艦「加賀」、8番艦「土佐」の2隻である。

この2隻は1903年の半ばから夏島港全天候型ドックにて建造が進められていた戦艦で、同じ長門級でありながら他艦と比べて量産効果による低価格化と自動化による省力化が進んでいたタイプであった。省力化に伴い継戦能力は若干低下したが、乗員保護と対沈性能には変わりない。むしろ人件費が抑えられている分、使いやすくなったと言えよう。

本来、日本側が計画していた戦争計画は帝国軍と国防軍を合わせて長門級戦艦8隻を中核とした艦隊による防衛戦であり、この2隻の長門級戦艦も本来の予定通りに進んでいれば実戦に参加していたであろう。

ともあれ、この2隻は竣工したての新鋭艦で本格的な訓練や最終調整はまだ行っておらず、航行はともかく戦闘は厳しい戦艦であった。だがこの2隻は戦術的な援軍ではなく戦略的な要素として行動するので問題はない。高野は戦力として使えなかったこの2隻を有効活用するべく、また遅れて竣工したのを逆手にとって長門級の隻数を6隻と思い込ませていたところに、もう2隻の戦艦を付け加える事で列強各国の冷静さと計算を狂わせる狙いがあった。

その情報伝達役として行動するのが巡洋艦春日に乗り込んでいる観戦武官である。長崎での撮影を終えて、春日が横須賀軍港に到着したとき、整然と並んだ8隻の長門級戦艦をその目に焼き付ける事になるだろう。

そのシナリオは続きがあり、また狡猾である。

帝国軍で4隻、国防軍で4隻の長門級戦艦を有する海軍増強計画を四四艦隊計画という名称で進めていた事を時期を見計らって公表し、その後に幾つかの情報を段階的に流していく事で日本側が水面下で長門級戦艦を倍増させる八八艦隊計画と言う計画を進めているように列強各国に思い込ませるのが高野の狙いなのだ。長門級戦艦の建造を全く察知できなかった列強各国は証拠が無くても、列強に察知されずに建造を成し遂げた主力艦である葛城級や長門級の実績があるだけに見えない影に怯えなければならなくなる。

高野による虚実交えた情報によって1.2年後には
列強各国の軍事戦略は軍事費高騰と共に大きな影響を受ける事になるのだった。
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【あとがき】
なんだか今回は説明ばっかりになってしまった(汗)
次は会話の量を増やします〜


【Q & A :帝国軍における女性軍属の待遇は?】
彼女たちの多くが元は日当4銭から8銭で働いていた紡績工場の女工です。帝国軍も女性を採用するにあたって国防軍を参考にしており、軍人給与法により最も階級が低い者でも月報が4.1円になっています。

この額は大工に劣りますが、一般的な日雇い人夫や農夫の月報をやや上回る給与なので、元の絶望的な生活と比べてかなり楽になるでしょう。しかも女工と違って食事代が引かれないのが大きな違いです。


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年09月06日)
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