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帝国戦記 第二章 第40話 『ナガトショック 前編』


 1905年 5月27日 金曜日 早朝4時30分

漆黒の海上を白く切り分けて第三戦速にて進む日本統合艦隊の戦艦6隻、巡洋艦3隻、護衛艦8隻があった。日の出まであと10分ほどある微妙な時間帯であり、水平線上の赤味が増していたが艦隊の周囲はまだ闇に包まれている。 その闇の中を艦隊は闇に浮かぶ敵味方識別灯によって単縦陣を維持していた。

艦隊の先陣を務めるのは外からの印象では大破判定と言っても過言ではない戦艦長門である。しかし長門の損害は実際のところバイタルパート(重要防御区画)に対する損傷は軽微に留まっており主砲砲撃戦においては問題は無い。

長門の戦闘指揮所(CIC)にいる高野にさゆりから報告が入る。

「敵無線に反応無し、各種水中探査にも反応せず。
 機雷源迂回ルートは此方になりますがよろしいでしょうか?」

「コースに関しては一任する」

本作戦の概要は避難警報が発せられる前に旅順要塞を艦砲射撃にて破壊し、満州と半島に於ける条約軍の軍事施設を攻撃するのが目的であった。

黄海に多数設置されていた防御用機雷源も先日に旅順から出航した条約軍艦隊の航路によって安全圏が割り出されていた。万が一の際にも長門が備えている監視システムからすれば問題は無いと言える。それに黄海洋上を警戒艦として行動していた防護巡洋艦も条約軍艦隊として日本海海戦に参加し、戦没しており海上警戒網は大きく減少していた事も作戦を行う際の安心材料になっていた。

皮肉なことに反撃のお膳立ての少なくない部分が条約軍によって作られている。

またSUAV(成層圏無人飛行船)からの赤外線情報により漁船や商船などの作戦の障害になるような存在に対してからも余裕をもって回避するだけでなく、旅順に向けて退避行動を続けていた条約軍艦隊すらも見事に通り越していたのだ。日本側に政治的な理由がなければ条約軍艦隊は一隻残らず全滅していたであろう。

本来、夜間での艦隊陣形の維持は大変難しいものであったが、公爵領近海にて潤沢な補給の元で繰り返してきた訓練によって帝国軍と国防軍の艦艇は実現可能な領域まで航行技術を高めていた。それに加えて長門と陸奥に搭載されているEOTS(電子光学ターゲット探知システム)によって昼間と変わりない有視界索敵精度を有しており、万全ともいえる備えであった。

艦長のレイナが報告する。

「変針点まで後10秒」

「右二十度一斉回頭、用意……………回頭開始!」

さゆりの言葉にレイナが作戦ルートに照らし合わせて応じた。
長門の後部艦橋に二十度一斉回頭を意味する斉二信号燈が点る。

確かに長門の上部構造物は大損害を受けていたが、前部艦橋と違い後部分は悪い部分でも中破状態に留まっており応急修理の結果、信号燈が使えるようになっていた。無線封鎖状態のため無線は使えず、またレーザー通信のような指向性通信機器を有しているのは国防軍艦艇だけであり、このような古典的な手法が使われていたのだ。それに信号燈はモールス通信にも使えるため、将来に於いても廃れることのない装備ともいえる。

信号に従って各艦が舳先を大きく振りながら回頭していく。

「全艦、回頭完了、戦闘開始地点まで後600秒。
 作戦の最終中止勧告は為さいますか?」

「続行で問題は無い。
 タイムスケジュール開始! 全艦警戒レベルを上げよ」

「アイ、タイムスケジュールカウント開始!
 警戒レベル第2配備から第1配備へと移行します」

高野の言葉にさゆりが応じ、レイナと共に各艦内システムに命令を送信していく。

第1配備とは第2配備のように1日2交替で勤務する状態と違い、総員戦闘配置とほぼ同等の状態を指している。警戒レベルの上昇により、戦闘指揮所(CIC)の明かりが通常照明から赤い夜間照明の戦闘照明に変わった。

室内のメインモニターにて時間のカウントが進んでいく。

戦闘開始地点まで後120秒に差し掛かると高野に新たな報告が入る。

艦隊の位置は旅順半島の南10kmに位置する老偏島の近辺であった。この地点ならば条約軍による警戒も甘く、しかも条約軍重要拠点が日本統合艦隊の全艦の主砲射程内に収めることが出来る絶好の位置だったのだ。

「周辺に警戒艦無し、奇襲成功です。
 艦隊速度、第一戦速に変更……飛行船、所定位置に付きました!
 水平線上にて日の出の兆候を確認」

「日の出と共に始まるこの攻撃が終われば我々が必要としていた戦略環境が整う。
 ようやくだ…本当の日本の歩みが始まる」

高野の言葉にさゆりやレイナを始めとした戦闘指揮所(CIC)の要員が頷くと、的確に攻撃プロセスを進めていく。砲撃に必要な座標データなどはSUAV(成層圏無人飛行船)にて収集済みであり、砲撃に必要な情報はあとは自艦の位置を入力するだけであった。

「第一目標、戦術グリッド01454-351154、旅順地区東鶏冠山北堡塁……
 全システム同調開始……完了、
 FCS(射撃管制装置)オンライン、諸元各艦に送信開始!」

東鶏冠山北堡塁とは旅順要塞の東側にある海抜119mの山に存在する半永久的な防御線として中国人労働者を使役して建設された軍事施設である。壕に進入してきた敵を掃射する側防窖室(そくぼうこうしつ)という防御施設を有する永久要塞で、史実の日露戦争では激戦区になった一つであった。 この東鶏冠山北堡塁には司令部、兵舎、弾薬庫、治療室、台所などが存在していたが、その規模は史実と比べて増大した駐屯兵力よって兵舎などを初めとした各施設の規模が大きく拡大している。

史実よりも進んだ日本軍の装備を持ってしても地上戦を挑めば大きな損害が出たであろう十分な機能を有している要塞であったが、高野は要塞を地上戦にて占領する必要のない戦略環境を整えていた事が、この東鶏冠山北堡塁にとって大きな不幸であった。

水平線の向こうから日が昇り、
時間と共に太陽の位置が高くなっていく。

旅順上空に侵入していた各銀河から座標を示す内容の無線通信が発信される。この銀河による支援が無くともSUAV(成層圏無人飛行船)からの情報で十分に砲撃は可能であったが、日本海海戦と同じく情報欺瞞の為に存在していた。戦後にこれらの銀河による弾着観測によって対地砲撃行っていたと明言するためであり、また攻撃状況を漏らさず撮影し、軍事施設のみの攻撃と言う証拠を作る役割もあったのだ。

「無線受信を確認、
 60秒後に第一射を開始します」

高野はさゆりからの報告を聞きつつ、
目標を捉えているメインモニターを静かに見ていた。

砲撃に必要な情報は前もってFCS(射撃管制装置)へと入力されており準備は整っているも、直ぐには射撃を始めない。60秒の間を置くことで受信後に座標情報を計算していたと言う信憑性を高める目的がある。このように何事にも備えておくのが国防軍の周到さと言えるだろう。

そうするうちに60秒が経過し、日本統合艦隊の戦艦と巡洋艦から25km先の東鶏冠山北堡塁に向けて艦砲射撃が始まった。護衛艦の主砲も射程内であったがこれらの攻撃はまだ先になる。今回の艦砲射撃は一斉射撃ではなく各砲塔の一門ずつの相互射撃であった。 戦艦6隻、巡洋艦3隻による艦砲射撃によって生じた多数の閃光が黄湾洋上にて煌く。

日本艦隊から放たれたのは24発の406o主砲弾、
9発の155o主砲弾の合計33発である。

これらの主砲弾は発射後から約50秒ほど過ぎてから、各艦がそれぞれに定められた攻撃目標に向かって着弾していく。試射でかつ無誘導砲弾とはいえ、極めて高い精度を出して攻撃目標の近くに大きな爆発が次々と生じていった。

弾着に関する情報は銀河ではなく更に上空を飛行するSUAV(成層圏無人飛行船)から各種正確な情報がもたらされてくる。今回は対地砲撃もあって、さゆりが送信した砲撃データにより砲撃結果はほぼ均一になっていた。

さゆりが報告する。

「第一射着弾。
 修正データを各艦に送信完了、修正仰角5度、第二射準備」

「夾叉以後は連続射撃でよい。
 砲撃は所定破壊値まで続行せよ」

「アイ、発射!」

高野の命令によりさゆりは動く。
第一射と同じく発射から約50秒にて砲撃結果が出た。
目標夾叉であり対地艦砲射撃の本命ともいえる本射攻撃のお膳立ては整った。

「第二射弾着、目標を夾叉。
 誤差情報入力、本射用意………即応弾システムリロード完了」

「よし、本射を開始しろ」

高野の命令によって長門が砲撃を始めると、一瞬遅れて他の艦艇も旗艦に続くように砲撃を開始した。本射であり、この時代の日本艦の特徴とも言える連続射撃によって流星雨のように火線が上っていく。旅順方面に展開する条約軍は太陽からの朝日に加えて、熾烈ともいえる艦砲射撃が注がれる事になる。対地砲撃に使用される砲弾は軍用爆薬であるCL-20爆薬の改良型で金属サーモバリック状態になっているCL-25爆薬を収めた3式汎用弾であった。

主な特徴としては3式汎用弾は破片ではなく高衝撃熱圧力で破壊と殺傷を行うこの時代にはない攻撃方法にあるだろう。一点における破壊力はレニウム弾に劣るも、範囲攻撃から見れば列強軍が使用する爆薬と比べて威力が桁違いに違っており、また洞窟陣地に対しても有効といえる優れた破壊性能を有していたのだ。

このような主砲弾によって
ナガトショックを決定付けさせる決定的ともいえる大破壊が始まろうとしていた。














ダウニング街11番地にある第一大蔵卿官邸にてバルフォア第一大蔵卿とチェンバレンの二人は早朝から日本海で起こった海戦の報告に目を通している。二人の表情は信じがたい報告を見るような表情をしている。

「我らは確かに日本の勝利は予想していた…
 だが、これ程の勝利になるとは予想だにしなかった。
 チェンバレン、この件はどう思う?」

「ネルソン・タッチから始まった敵前回頭戦法に分断突破戦法、
 極めつけが我々の情報網にすらなかった大型戦艦……
 現地武官が集めた情報ではナガトというネームシップの戦艦らしい」

イギリス帝国が長門級戦艦の情報を得ていたのには理由がある。

救助に駆けつけた東郷中将率いる巡洋艦日進と護衛艦3隻は当海域に一部の護衛艦と共に留まっていた巡洋艦浅間からの情報により、海戦の大まかな流れを聞かされ、それを又聞きした観戦武官からの情報だったのだ。

情報を流布させるべく日本側が打った手段も大きい。その一つとして各艦に救助され軽症で済んでいた条約軍兵士を収容スペースの確保の名目から、4式輸送機「紅葉」にて観戦武官が多く乗り込んでいる日進に運び込んでいる。更には通訳の助力を頼む名目で観戦武官たちに捕虜との接触を行わせてすらもいたのだ。

状況証拠としてはこれ以上のものがない情報源と言えるだろう。

そして、この短時間に海戦地域から遠く離れたイギリス本土に長門級戦艦の情報が伝わっていたのは、東郷中将は司令部からの命令に従い、春日には観戦武官用の無線機室が臨時に設けられていた事にあった。表向きの理由は祖国から遠く離れた観戦武官が可能な限り故郷に残してきた親しい人々との連絡を取れるようにする人道的な配慮であったが、その本当の理由は海戦の結果を隠蔽や条約軍の都合の良いように操作されずに各国に流す事にある。

チェンバレンの言葉が続く。

「真偽はともかく、その戦艦の基準排水量が軽く3万トンは超えるらしい……
 建造元は例によってあの帝国重工だ」

「何時の間に……いや、葛城級という例もある。
 ありえん話ではないが、一体どこでそれほどの大戦艦を建造したのだ?」

バルフォア第一大蔵卿が当然の疑問を口にする。

「葛城級と同じく建造時期と場所は判らぬが存在するのは確かだ。
 問題となるその新型戦艦の搭載火器は305o連装砲が4基で前部と後部に2基づつ、
 127o連装砲が両舷に12基、57o単装速射砲と機銃が多数だな、
 主砲以外は雪風級と同じタイプらしい。速度に関しては情報を収集している状態だよ」

「日本側の砲は我々と同口径であっても威力が高い。
 それに加えて数十発の主砲弾と数発の魚雷を受けても戦闘力を維持した情報もある。
 正に要塞だな……それらの情報が正しければ正に要塞と言って良いだろう」

「ああ、それ以外の言葉が浮かばんよ。
 来年の末に起工が計画されているセント・ヴィンセント級では対抗できまい」

バルフォア第一大蔵卿の顔に落胆の表情が浮かぶ。
彼が準備を進めてきたセント・ヴィンセント級を基軸とした艦隊や新型戦艦によって葛城級を封殺し、日本帝国に圧力を掛けて技術情報を得ようと計画していたのだが、それも長門級の存在によって無期限延期になっていたからである。

「しかし、そのような戦艦が6隻もか……
 ロシア帝国よりも日本帝国の方が危険かもしれんな。
 唯一の救いが上部構造物が大きく壊れた艦があった事から、
 条約軍の火砲でも効果があるのは確実な事か」

観戦武官が集めた長門級戦艦に関する情報は日本側によって大きく下方修正されていた。観戦武官の相手をしてる将校には噂程度の情報しか与えられておらず、また条約軍兵士からの証言があったとしても推測情報が多く、観戦武官もそれ以上の情報を入手する事は出来ない。

当然ながら実際の長門級の性能は観戦武官の予想を軽く上回っている。

基準排水量は聞かされた値よりも大きい43500トンであり、満載排水量は49750トンに達していた。雪風級護衛艦にも搭載されている95式54口径127o連装砲も即応弾システムは大型のタイプとなっており、即応弾が198発から660発へと増えていた。同じタイプであっても性能は大きく向上しており、連続射撃時間と継戦能力に関しては4倍近いと言えるだろう。

これらの情報を纏めていくうちにチェンバレンは初めて日本帝国、いや帝国重工の得体の知れない”何か”が怖いと感じるようになった。此方が対葛城級の戦艦を建造すべく計画を進めていた中で、突然として列強の追従を許さない長門級の出現。しかもただの出現ではなく、列強各国が計画していた次期主力戦艦を大きく引き離した性能に加えて実戦評価すら済ませてしまった事がより大きい。

それだけでも異常事態にも関わらず、長門級が成し遂げた戦果は異様過ぎたのだ。

チェンバレンが恐怖を感じたのは日本海海戦の結果である。この海戦の実態は列強各国の合同艦隊とも言える条約軍艦隊と日本艦隊との戦いであった。世界一の海軍国であるイギリス帝国であっても苦戦は免れないような海戦を日本側は事もあろうに主力艦を損なうことなく、わずかに雪風級巡洋艦5隻のみという被害で切り抜けている。日本側の発表を鵜呑みにしていないが、間接的に仕入れた捕虜の情報からも日本側の大型艦の沈没は確認できていない。

日本側からの情報は多少なりとも誇張されていると思うが、英国は条約軍側に肩入れした列強各国の慌てぶりを諜報網を介して既に入手しており、各方面の情報の結果から海戦が日本側の勝利に終わった事を確信していた。

そして不気味なのが、大々的に誇る事が出来る戦果にもかかわらず、日本帝国政府はその情報を一切開示していない事にあった。まるで海戦の結果などに興味が無いような素振りである。アメリカも同じように情報を公開していないが日本とは立場が全く違う。日本は勝利者であり、アメリカは義勇艦隊における全主力艦を喪失した惨めな敗残者に過ぎなかった。緘口令を敷いているもの、犠牲者の多さから隠し通すのは無理に違いない。

弱味が有る所に謀略あり。

チェンバレンは米海軍力が大きく減退したのを好機と捉え、アメリカに駐在しているモーティマー・デュラン公使を介して米国に旧式戦艦を売りつける手筈を整えつつあった。チェンバレンは戦艦売買に関してはバルフォア第一大蔵卿から一定数までフリーハンドを得ていた事と事前に準備を進めていた事が、このような迅速な謀略を可能にしている。

仕込みは十分。
後は戦艦が必要だと思い込ませるだけである。

チェンバレンの行動は悪辣だったが政治家としては正しい。国家は国民を養うために国益を追求しなければならず、その国家を動かず議員も同じである。国際社会に於いて弱体化した国は、より強大な国に食い物にされるのが世の常であった。

チェンバレンが言う。

「だがバルフォアよ…この事態にどう対抗する?
 46隻の戦艦を含めた艦隊でもあの結果だ。

 我々が派遣した東洋艦隊では抑止力にすらなるまいし、
 第一に対抗しようと戦艦を増派したとしても、
 アジア方面にこれ以上の艦隊を配備しても採算が取れない」

彼の言うことは当然である。
艦隊を派遣すれば維持費が掛かり、その場所に物資を運び続けねばならない。

現在の艦隊数でも本国から離れたアジアという僻地だけに英国であっても軽い負担ではなかった。第一、イギリス帝国はアフリカで不毛な戦争を行っている状態であり、そのような状況でアジアにて新たな戦端を開くなど悪夢に等しいと言えるだろう。

バルフォア第一大蔵卿がチェンバレンに応じる。

「ああ、となれば今はマクドナルド公使が言っていたように
 好意的中立を維持するほうが国益に適うだろうよ」

「そうだな…後は日本と条約側の双方に恩を売る和平の仲介も良かろう。
 どのみち艦隊を喪失してしまえば条約軍は目的を果たせん。
 避けられない停戦ならば我々が介在することで発言力を得ることが出来る。
 後は日本が中国大陸に進出する前に我等がどう抑えるかだな」

バルフォア第一大蔵卿とチェンバレンが今後の戦略を定めるべく夜遅くまで話し合い、日本や条約側に対する基本対応を定めていく。しかし翌日には日本海海戦を上回る衝撃的な内容がもたらされる事になろうとは、この時の二人には知る由もなかった。
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【あとがき】
他の列強は損失補てん、イギリスは艦隊駐留費を得るべく清国にどんどん進出していきます。特に大損害を負ってしまった米国は必死にね(悪)


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(2010年08月29日)
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